「…じんや。」
そう呟きながら、繋いだ手に力を入れた。
豪邸に負けないくらいの大きな庭の真ん中で、歩くのを止めた。
七月上旬の、よく晴れた日だった。
「心配するな。」
その言葉に、つい先程抑えたばかりの想いが溢れ返る。
本当についさっき、十分も経たないほど少し前に、やっと落ち着かせた気持ちが、感情が、また咽返るほど戻ってくる。
「やだ、やっぱりやだっ!」
手を離し、そのまま胸に飛び込み、抱きつく。
「かづる。」
宥めるように、落ち着かせるように、名前を呼ぶ。
大好きな声が、名前を呼んでくれている。
でも、これはカウントダウンだ。
「や…やだよぉー…。」
眼から溢れる涙は止まらない。
止まってはくれない。
何度必死に止めても、また溢れてくる。
「じんやと一緒にいる。一緒がいい。やだ、行かないで。」
行かないで。
行かないで。
行かないで。
幼子のように何度も同じことを言い続け、嗚咽で何も言えなくなるほど、意気込んだ。
「一年もの長い間、ありがとう。ごめんな。」
一年。
たった一年だ。
長いなんて思わない。
寧ろ、一瞬のようだったとも思う。
「そんなこと言わないで!長くない!短かったよ…。」
一緒に過ごした一年は、とても一瞬で、泡沫のように消えてしまった。
ずっと、これからも、続くと思っていた日常が、突然崩れた。
「ごめんな。」
困ったように、名残惜しそうに、そう言われる。
「謝るくらいなら、一緒にいてよ。今日も明日も、明後日も、いままでと同じように暮らそう。」
「でも、返さなきゃ。」
家族に、お前を。
そう続けられて、益々涙が溢れた。
「返すってッ…!じんや!」
そんなこと、しなくていいのに。
「ほら、泣いてると俺が警察に行けないだろ。」
「行かなくていい!行かないで!ずっと一生、一緒にここで暮らそうって言ったのに!」
「泣かないで。ほんとに、行けないから。」
なら、行かなくていい。
泣けば行かないなら、いつまでだって泣く。
行けば、もう逢えない。
もう、姿を見ることも出来ない。
もう、声を聞くことも出来ない。
もう、触れることも出来ない。
もう、手を握ることも出来ない。
もう、抱き合うことも出来ない。
もう、唇を合わせることも出来ない。
もう、身体を重ねることも出来ない。
もう、愛を囁くことも出来ない。
今までの日常が、全部消えてしまう。
今までの日常が、全部無くなってしまう。
「一年前の今日、かづるに初めて触れて、すごく嬉しかった。自分への誕生日プレゼントに、って連れて帰ったこと、悪かったと思ってる。」
「そんなこと悪く思わなくていいって何回言えば分かるの!」
一年前の今日、この町外れの豪邸に来た。
重い瞼を開けると、頬を上げ嬉しそうに微笑む姿を見た。
誘拐されて、監禁されている、と知ったのは、その直後だった。
一日目、誕生日だと言った男を正面から殴りつけた。
一週間目、無視を決め込み、会話さえしなかった。
一ヶ月目、悲しそうな顔と、寂しそうな顔と、嬉しそうな顔と、笑った顔を一度に見た。
三ヶ月目、友達のように普通に話せるようになった。
六ヶ月目、初めて唇を合わせて、身体を重ねた。
九ヶ月目、毎日幸せで、愛しい時間を過ごした。
十二ヶ月目、誕生日に自首すると告げられた。
十三ヶ月目、今日。
今いるこの場所に来るまで、何時間掛かったことだろう。
今日になった瞬間から、起きた瞬間から、眼が合った瞬間から、何度、動作を止め、泣いたことか。
朝、誕生日だから、と昨夜も激しく重ねた身体を、もう一度重ねた。
表面的には誕生日だから、と誘われたけれど、本当は、最後だから、だと思う。
抱かれながら、何度も、行かないで、離れたくない、と泣いた。
終わった後も、もうこれが最後だと思い、涙が止まらなかった。
未練がましく仕度をし、部屋を出る前にも泣きつく。
お願いだから、考え直して。
傍にいてよ。
離れないで。
お願い、だから。
二人で暮らした部屋を出るまでに二時間。
階段を降りきるまでに三十分。
玄関を出るまでに三十分。
門を出るまでに、現在進行形。
部屋を出るまで、二時間も掛かった。
用意が出来ても、歩き出せない。
もう最後だということがありありと目の前に突きつけられ、ただ、泣くことしか出来なかった。
泣いて、喚いて、叫んで、困らせて、二時間。
階段を降りきるまでに、三十分も掛かった。
一段降りる毎に、徐々に近付いて行く下段。
一段降りる毎に、徐々に近付いて来る別れ。
手を引かれながら降りても、その一段一段が嫌で、一段毎に涙が流れた。
玄関を出るまでに、三十分も掛かった。
階段を降りきってから、立っていられなくなって、しがみついた。
そのまま泣くだけ泣いて、また困らせた。
何度も、嫌だ、と、行かないで、と、離れたくない、と告げながら泣いた。
その間も、涙を指で拭ってくれて、掌で頭を撫でてくれて、腕で身体を抱きしめてくれて。
ふんわり香る匂いに、また涙が止まらなくなった。
門を出るまでに、現在進行形。
玄関から出て、歩き始めた。
でも、やっぱり、立ち止まって、現在進行形。
立ち止まって歩かなくなっても、絶対、無理矢理歩かせようとはしないから、一緒に立ち止まる。
だから、現在進行形。
「かづる。…愛してる。ずっとずっと、愛してる。絶対迎えに行くから、それまで待ってて?かづるが待っててくれるなら、俺、頑張れる。…待ってて、くれる?」
「…っ待ってるっ!ずっと待ってるから!だから、絶対、迎えに来て…。」
「愛してる、かづる。本当に、心から愛してる。」
「じんや、好き、大好き。俺も心から愛してる。」
「かづる、全部終わって、また始められたら、最初に何しよっか。どうしたい?」
そう聞きながら、手を繋ぎ直し、ゆっくりと歩き始める。
何から始める?んー、どうしよっかなー。かづるは何がしたい?
俺ね、一緒に映画も見に行きたいし、一緒にショッピングもしたい。
今までは、この屋敷から出たことないもんね。
だから、かづると、一緒に外に行きたい。
外で、一緒にいろんなことを楽しみたい。
だめ?かづるが嫌じゃなかったら、どこでも行きたいな。
あ、海もいいよね。旅行もいいなー。
かづるはどうしたい?何したい?
かづるがしたいことは全部してあげたいな。
子供は作れないけど、でも、やりたいことはいっぱりあるよね。
子供欲しい?
ううん。じんやがいればそれでいい。
他には、何も要らない。
この先の二人の未来を話しながら歩いていたら、そこはもう、門の外だった。
そう呟きながら、繋いだ手に力を入れた。
豪邸に負けないくらいの大きな庭の真ん中で、歩くのを止めた。
七月上旬の、よく晴れた日だった。
「心配するな。」
その言葉に、つい先程抑えたばかりの想いが溢れ返る。
本当についさっき、十分も経たないほど少し前に、やっと落ち着かせた気持ちが、感情が、また咽返るほど戻ってくる。
「やだ、やっぱりやだっ!」
手を離し、そのまま胸に飛び込み、抱きつく。
「かづる。」
宥めるように、落ち着かせるように、名前を呼ぶ。
大好きな声が、名前を呼んでくれている。
でも、これはカウントダウンだ。
「や…やだよぉー…。」
眼から溢れる涙は止まらない。
止まってはくれない。
何度必死に止めても、また溢れてくる。
「じんやと一緒にいる。一緒がいい。やだ、行かないで。」
行かないで。
行かないで。
行かないで。
幼子のように何度も同じことを言い続け、嗚咽で何も言えなくなるほど、意気込んだ。
「一年もの長い間、ありがとう。ごめんな。」
一年。
たった一年だ。
長いなんて思わない。
寧ろ、一瞬のようだったとも思う。
「そんなこと言わないで!長くない!短かったよ…。」
一緒に過ごした一年は、とても一瞬で、泡沫のように消えてしまった。
ずっと、これからも、続くと思っていた日常が、突然崩れた。
「ごめんな。」
困ったように、名残惜しそうに、そう言われる。
「謝るくらいなら、一緒にいてよ。今日も明日も、明後日も、いままでと同じように暮らそう。」
「でも、返さなきゃ。」
家族に、お前を。
そう続けられて、益々涙が溢れた。
「返すってッ…!じんや!」
そんなこと、しなくていいのに。
「ほら、泣いてると俺が警察に行けないだろ。」
「行かなくていい!行かないで!ずっと一生、一緒にここで暮らそうって言ったのに!」
「泣かないで。ほんとに、行けないから。」
なら、行かなくていい。
泣けば行かないなら、いつまでだって泣く。
行けば、もう逢えない。
もう、姿を見ることも出来ない。
もう、声を聞くことも出来ない。
もう、触れることも出来ない。
もう、手を握ることも出来ない。
もう、抱き合うことも出来ない。
もう、唇を合わせることも出来ない。
もう、身体を重ねることも出来ない。
もう、愛を囁くことも出来ない。
今までの日常が、全部消えてしまう。
今までの日常が、全部無くなってしまう。
「一年前の今日、かづるに初めて触れて、すごく嬉しかった。自分への誕生日プレゼントに、って連れて帰ったこと、悪かったと思ってる。」
「そんなこと悪く思わなくていいって何回言えば分かるの!」
一年前の今日、この町外れの豪邸に来た。
重い瞼を開けると、頬を上げ嬉しそうに微笑む姿を見た。
誘拐されて、監禁されている、と知ったのは、その直後だった。
一日目、誕生日だと言った男を正面から殴りつけた。
一週間目、無視を決め込み、会話さえしなかった。
一ヶ月目、悲しそうな顔と、寂しそうな顔と、嬉しそうな顔と、笑った顔を一度に見た。
三ヶ月目、友達のように普通に話せるようになった。
六ヶ月目、初めて唇を合わせて、身体を重ねた。
九ヶ月目、毎日幸せで、愛しい時間を過ごした。
十二ヶ月目、誕生日に自首すると告げられた。
十三ヶ月目、今日。
今いるこの場所に来るまで、何時間掛かったことだろう。
今日になった瞬間から、起きた瞬間から、眼が合った瞬間から、何度、動作を止め、泣いたことか。
朝、誕生日だから、と昨夜も激しく重ねた身体を、もう一度重ねた。
表面的には誕生日だから、と誘われたけれど、本当は、最後だから、だと思う。
抱かれながら、何度も、行かないで、離れたくない、と泣いた。
終わった後も、もうこれが最後だと思い、涙が止まらなかった。
未練がましく仕度をし、部屋を出る前にも泣きつく。
お願いだから、考え直して。
傍にいてよ。
離れないで。
お願い、だから。
二人で暮らした部屋を出るまでに二時間。
階段を降りきるまでに三十分。
玄関を出るまでに三十分。
門を出るまでに、現在進行形。
部屋を出るまで、二時間も掛かった。
用意が出来ても、歩き出せない。
もう最後だということがありありと目の前に突きつけられ、ただ、泣くことしか出来なかった。
泣いて、喚いて、叫んで、困らせて、二時間。
階段を降りきるまでに、三十分も掛かった。
一段降りる毎に、徐々に近付いて行く下段。
一段降りる毎に、徐々に近付いて来る別れ。
手を引かれながら降りても、その一段一段が嫌で、一段毎に涙が流れた。
玄関を出るまでに、三十分も掛かった。
階段を降りきってから、立っていられなくなって、しがみついた。
そのまま泣くだけ泣いて、また困らせた。
何度も、嫌だ、と、行かないで、と、離れたくない、と告げながら泣いた。
その間も、涙を指で拭ってくれて、掌で頭を撫でてくれて、腕で身体を抱きしめてくれて。
ふんわり香る匂いに、また涙が止まらなくなった。
門を出るまでに、現在進行形。
玄関から出て、歩き始めた。
でも、やっぱり、立ち止まって、現在進行形。
立ち止まって歩かなくなっても、絶対、無理矢理歩かせようとはしないから、一緒に立ち止まる。
だから、現在進行形。
「かづる。…愛してる。ずっとずっと、愛してる。絶対迎えに行くから、それまで待ってて?かづるが待っててくれるなら、俺、頑張れる。…待ってて、くれる?」
「…っ待ってるっ!ずっと待ってるから!だから、絶対、迎えに来て…。」
「愛してる、かづる。本当に、心から愛してる。」
「じんや、好き、大好き。俺も心から愛してる。」
「かづる、全部終わって、また始められたら、最初に何しよっか。どうしたい?」
そう聞きながら、手を繋ぎ直し、ゆっくりと歩き始める。
何から始める?んー、どうしよっかなー。かづるは何がしたい?
俺ね、一緒に映画も見に行きたいし、一緒にショッピングもしたい。
今までは、この屋敷から出たことないもんね。
だから、かづると、一緒に外に行きたい。
外で、一緒にいろんなことを楽しみたい。
だめ?かづるが嫌じゃなかったら、どこでも行きたいな。
あ、海もいいよね。旅行もいいなー。
かづるはどうしたい?何したい?
かづるがしたいことは全部してあげたいな。
子供は作れないけど、でも、やりたいことはいっぱりあるよね。
子供欲しい?
ううん。じんやがいればそれでいい。
他には、何も要らない。
この先の二人の未来を話しながら歩いていたら、そこはもう、門の外だった。
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