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2026/04/04 23:01 |
f01---立入禁止領域
「きゃー!迅矢くーん!」

スタジオの玄関を出れば、出待ちのファンたちの歓声が飛ぶ。
そういうのを黄色い声というのだろう。
迅矢はそんなことを呆然と考えながらその光景を見ていた。
仕事が終わって疲れたというのも然り、早く家に帰ってゆっくりしたいというのも然り。
この甲高い女の声は疲れが増す。
基本的には、こんなことはルール違反のはずだと、ろくに回らない頭が考える。
そんな中、一際しっかりした声で、その場を一喝する声が聞こえた。

「整列しなさい。」

その声の主は、この集団を纏めるトップ。
膝上の短いスカートに流行のジャケット。
それなりに化粧をして、アクセサリーも欠かさず着ける。
身形を整えた、そんな、今時の女の姿。
少し前までは黒髪だったはずの頭は、最近になり綺麗な栗色に変わった。
変わったというよりか、戻した、というのだろうか。
迅矢が初めて逢った時も、綺麗な栗色の髪をしていた。
だから、迅矢も最初は気付かなかった。
同じ学校だということも、あの金橋加弦だということも、初めて逢ったとき、最初は。

「かね。」

たった一言で整列する他の女たち。
頭を下げ、次の言葉を待っている。

そんな中、迅矢が呼んだ言葉は、他の女たちにどう聞こえただろう。

「お疲れ様でした。迅矢くん。」

頭を下げたまま、かねはそう口にした。
地声より一つか二つ高く上げた声。

迅矢くん。

迅矢はその声でそう言われる瞬間が嫌いだ。
何度も言っているのに、改めようとしない。
改める気がない、そんな呼び方。
今までに何度同じことを言ったか知れない。
この場所でも、他の場所でも。

「これ、ここにいる皆からです。今日はもう遅いので、これで失礼します。ゆっくり休んでください。」

そう言ったのは他でもない、かねで。
確かに時間は夜の九時半を過ぎている。
集団のルールとしては、夜の十時以降は追い掛けないという大前提がある。
この場を後にしたら、もう追いかけるような時間は残っていない。

「かね、来てたのか。」
「はい、迅矢くんのお仕事の日ですから。」

かねが迅矢の初めての仕事の日から、一度も欠かしたことはないことは、迅矢も充分解ってる。
でも、それは初めて逢ったときから今までがついていただけだとも思う。

今のこの状況を踏まえれば、かねがこの場に、迅矢の目の前に存在していることはおかしい。
そう思いながら、迅矢は用意されたタクシーに乗り込んだ。

「おやすみなさい。」

聞こえたかねの声。
その後に、揃った声で言葉を復唱する声が聞こえた。

タクシーに乗り込み、その場所を去ったすぐ、迅矢は携帯電話を取り出し、通話の発信ボタンを押した。
手に入れるのに随分時間が掛かった電話番号。
その番号に電話を掛ける。
コールだけが響き、五コール目でやっとコールが止んだ。

「はい、もしもし。」

聞こえてくる声に、通話の基本である挨拶もすっ飛ばして、文句を言う。

「…お前、なんで来たの。」

怒っているように聞こえていることは迅矢も分かっている。
いつもより、三割り増しで声が低い。
そんなことは、分かっているんだ、充分。

「なんでって、迅矢くんのお仕事の日はいつも行ってるじゃないですか。」

そんな低い声に物怖じせず、かねは先程と同じように話す。
迅矢の嫌いな喋り方で。
この状況でしか使わない、丁寧語で話すことに迅矢は苛立ちを覚える。

「その喋り方止めろ。〝オリキのトップ〟のお前に言ってるんじゃねぇんだよ。」

そう突き放すように言えば、電話口で少しの沈黙が流れた。


その少しを乗り越え、向こう側から声を振り絞るのが分かった。

「…じゃあ…、どうすればいいの…、秋吉くん。」

喋り方を非難すれば、トップの話し方ではなくなった。
だが、それは、プライベートの話し方になったわけではない。
その使い分けですら、今は迅矢に苛立ちを覚えさせる。

「その呼び方も止めろ。迅矢くん、秋吉くん、そう呼ぶ状況じゃねーだろ。」

いつも言ってるよな?
お前には、一つしか呼び方を与えてないはずだ。
そう付け足し、迅矢は更に続けた。

「迅矢って呼べよ。学校では秋吉くんって呼ばれるのを許してる。トップでいるときは迅矢くんって呼ばれるのを許してる。でも今は、プライベートだ。学校でも仕事でもない。個人の時間だ。迅矢って呼べ、加弦。」

迅矢は不本意ながら、学校でも妥協して、仕事のときも妥協している。
仕事が終わった今、プライベートの時間にそんな喋り方、そんな呼び方をされたくはない。
これは、今までに何度も言ってきたことで、何度も議論してきたことでもある。
それでも、毎回それらを無視する。
だから毎回、口を酸っぱくして言うしかないのだ。
そうでなければ、改善など見られない。
改善する気などないことも、知っているけれど。

だからこそ、迅矢はそのことを逆手に取った。
学校にいるときは金橋、仕事のときはかね、プライベートのときは加弦、そう呼ぶようにした。
使い分けるなら、使い分けてやる。
使い分けるから、使い分けてみろ。

「………じ、んや…。」

小さく、聞き逃すかもしれないというほど、小さく小さく、そう呟いた。
やっと、聞けた。
高く変えた声ではなく、いつもの地声で。
その声が聞きたくて、その声で、名前を呼ばれたくて、そう言ったけれど。

「で、なんで来たんだよ、加弦。」
「だって、トップが行かないわけには…。」
「ふざけんな。今日お前、熱あったろ。」

迅矢は今日、午前中は学校に行った。
仕事が午後からで、午前は行けたからだ。
行ったら、見れる。
行ったら、逢える。
だから、迅矢は時間の余裕があるときは、ちゃんと学校に行く。
勉強をしに行っているのか、と問われると、誤魔化すのが大変だけれど。
確かに今日、午前中は学校に行ったし、見れたし、逢えた。
だが、熱があるからと早退したことも確かなことだ。
そんな身体ではさすがに現れないと思っていた。
それでも、かねは、女の格好に化粧をして、あの場所に現れた。
姿を見た瞬間、頭に思い浮かんだのが、あの一言だったのだ。
口にするまでに時間が掛かったが、体調が悪いことは一目瞭然だった。
だからこそ、迅矢は心配になって電話を掛けた。



「下がったもん。」
「嘘吐くな。化粧で誤魔化したつもりかもしんねーけど、俺が分かんねぇわけねぇだろ。明日のテストどうするんだよ。」
「…大丈夫だし。」
「…そこにいろ。迎えに行くから。」

居るところは分かっている。
すぐ近くにあるコンビニだ。
行動範囲、趣向、時間帯、それらを考えたら、近くにあるコンビニしかない。

「いい、帰れる。折角送り出したのに、意味ないじゃん。」

意味ないなんて言わせない。
夜遅くに、熱がある身体でこんなところに出向いて、逢えて数分がいいところだ。
トップだということを踏まえても、長話するほどの時間はない。
だからとはいえ、無理をせずに学校で逢うという選択肢もある。
身体を痛めてまで、そんなことをして欲しくない。
声が聞きたいなら、電話する。
逢いたいなら、逢いに行く。
迅矢はそう言い続けているのに。

「…加弦。」

他に何を言っても無駄だ。
ただ、効力があるとすれば、好きだというこの声で、その名を呼ぶことだけ。
それを迅矢は知っている。
今までの経験上、これが一番効果的で、成功率が高い。
ただ、名前を呼ぶだけ。
この、声で。
好きだと言った、この声で。
たったそれだけでいい。

「………十分だけ、待ってる…。」

すると、消えそうなか細い声で、細く小さく呟いた。
恥ずかしくて、嬉しくて、申し訳なくて。
そんな感情が、今、あの身体の中を熱の熱さと共に駆け巡っているだろうと予測する。
そんな中、迅矢は思った。
勝った。
成功だ。
普段から負けず嫌いで、自分が弱っているところを見せたがらない。
だから、余計に今は嫌なのだろう。
だが、そんなこと構わない。
十分だけ待つというのならば、言い逃れが出来ないように十分以内に行ってみせる。
迅矢は必ず十分以内に着くからと電話を切り、タクシーの運転手に進路変更を告げた。


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2017/06/11 19:00 | 創作BL / 秋吉と金橋

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