南野雪風はもううさぎではない。
それは充分分かっているつもりだったが、実際のところ生活を共にしていると、それを実感することはあまりない。今もいつものマグカップを持ちながらソファーに座って妖怪特集を見ているし、本当に普通の人間だと思っている。
それはそれとして。
今日、偶然にも、本当に偶然にも、仕事中の雪風を見掛けた。夕食の買い物の前に銀行にでもと思い、いつもとは違う道を歩いているときだった。そのときの雪風は仕事中なこともあり、南野雪風そのもので部下らしき人たちと会話をしていた。仕事モードの雪風を見たのは本当に久しぶりで、思わず建物の影にそっと隠れた。隠れた理由は明確には分からない。なんとなくと言った方がいいのかもしれないが、本当になんとなく、雪風の視界に入ってしまうことでその眼に映るのはいけないような気がした。
雪風は淡々と仕事をこなしているのだろうし、部下の人たちもそんな雪風と仕事をしている。うさぎを捨てた頃の、雪子を捨てた頃の雪風は二人でいるときでもあんな感じだった。変わったのは一緒に住み始めてからだ。それからは少しだけうさぎの片鱗を見せるようになったが、それは同居をしているからということがあるのかもしれない。仕事をしているときの雪風が本来の雪風であり、今ソファーに座っている雪風は本来の姿ではないのかも、なんて。
「ひーたん、テレビ消す?ベッド行こうか?」
考え事をしていると突然雪風に話し掛けられた。やけに遠くから声を掛けられたような錯覚に陥ったが、座っているソファーが違うためだろう。考えていた内容を悟られないように、思わず手を左右に振って否定を表す。
「いや、それ見てるんだろ。えっと、一つ目?」
今テレビが映しているのは一つ目の妖怪だ。実際にはそんなものいるわけがないと思いながらも、番組はそういうものだと分かった上で放送しているのだ。要は話のネタということだ。
雪風はそう言ってテレビのリモコンを手に取り、そのまま躊躇うことなく電源ボタンを押してテレビを切った。
「別に今まで見てきたからテレビで見なくてもいいし」
先程まで妖怪を映していたはずのテレビは真っ暗になり部屋の中を映す。
「え、一つ目?」
「うん」
今までというのは昔の話だろう。電波なことをばかり言うと最初は敬遠していたが、それをそういうやつだと割り切ってしまえばなんでもなかった。確かに魔女と交流があったくらいだ、それこそ妖怪、一つ目と縁があってもおかしくはない。
「……そうか」
先程の思考に引き摺られて上手く言葉を返せず、ただ当たり障りのない返事を返すに留まった。すると雪風は手にしていたマグカップをテーブルに置き、怪訝そうな顔をして近寄って来る。ソファーの隣に座りつつも、ぐいぐいと身体を身体で押すようにされる。
「ひーたんなんか変」
相変わらずそういうところは目敏いらしく、何か変だと思ったらしい。だがここで言うようなことではない。
実際は会社にいるときの雪風が本当の雪風で、今ここにいる雪風はわざとうさぎに寄せているような、そんな雪風なのかもしれない、だなんて。
「俺もううさぎじゃないから何でもは分かんないよ」
家の中にいるのに雪風はどこか遠くを見るようにしながら言葉を紡いだ。何も答えずにいると雪風の顔が徐々に近付いて来る。
「なに?」
変な理由を述べろと、そう、言われている。
だが素直に言えるわけもなく、雪風の眉間を指で押した。
「いや、なんでもねぇよ」
軽く躱そうとしたことで、雪風はあからさまに不満そうな顔をする。その顔は会社では絶対にしない顔のはずだ。仕事中の雪風は不満があればもっと冷酷な顔をするだろう。こんな風に子供っぽい表情はしない。その表情が尚更、先程口にしなかったことの一部に思えて来る。
「家なんだし寛いでろよ」
考えていることを悟られないように、最低限の言葉で表したものがこれだった。別に無理する必要はない。過ごしやすい自分で過ごすのが一番いい。そう思ってのことだった。
そんな考えを他所に、雪風はいつの間にか腕に手を巻き付けていた。そのまま腕に頭を預け、またどこか遠くを見ているような眼をする。
「寛いでるよ。昔より全然寛げてる」
――昔より。
この雪風が言う昔というのが、実家にいた頃の、雪子だった頃のことを指しているならば、それよりも良くなっていることにはなるのだろう。確かにあの頃よりかは幾分かましだろうが、だからと言ってそれが寛げていると同義であるとは限らない。だが雪風の中ではある程度寛げている感覚らしい。そうなると今は無理なく普通にしているということで、仕事中のあの雪風も普通にした結果だということなのか。
「ありがと、ひーたん」
何も知らないはずなのに、全てを見透かしたような声色で、雪風が小さく礼を口にする。
「……そうか」
咄嗟に先程と同じ言葉しか出て来ず、まったく同じ返事をしたが、雪風の態度は変わらなかった。
そのまま数秒時間が流れる。その数秒がやけに長く感じた。
「一つ目の話する?」
「いやそれはいい」
過去に見てきたらしい一つ目の話をされても困る。
即答で遠慮すると、雪風はふふっと笑っていた。
「なーんだ」
何気なく笑う雪風の顔は本当に普通で、いつも通りで、なんだか妙に安心してしまった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
実は今年はうさぎコンビか、性癖の霹靂の二択で頂いていたんですが、直近で私が腰を痛めてしまって、一つ目の解像度というか、予備知識をしっかりと調べきることが出来なくて。せめてもの雰囲気ということで、話の内容が一つ目になっています。
毎年「今年こそ早めに書こう」と思って事前にリクエストを伺いに行くんですが、毎年ぎりぎりの進捗になっています。来年こそは余裕進捗にしたいです。
というか、毎年うさぎコンビって字下げもしてないし、台詞前後を改行する特殊な書き方をずっと貫いていたんですね。今年はいつも通りというか、普段通りの書き方をしてしまったな。ちょっともう変更する余力がないのでこのままでいきます。だからいつもぎりぎりすぎるのよ。
……と、思っていたのですが、ブログだと字下げの影響が酷かったので、今から去年までと同じ状態にします。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
それは充分分かっているつもりだったが、実際のところ生活を共にしていると、それを実感することはあまりない。今もいつものマグカップを持ちながらソファーに座って妖怪特集を見ているし、本当に普通の人間だと思っている。
それはそれとして。
今日、偶然にも、本当に偶然にも、仕事中の雪風を見掛けた。夕食の買い物の前に銀行にでもと思い、いつもとは違う道を歩いているときだった。そのときの雪風は仕事中なこともあり、南野雪風そのもので部下らしき人たちと会話をしていた。仕事モードの雪風を見たのは本当に久しぶりで、思わず建物の影にそっと隠れた。隠れた理由は明確には分からない。なんとなくと言った方がいいのかもしれないが、本当になんとなく、雪風の視界に入ってしまうことでその眼に映るのはいけないような気がした。
雪風は淡々と仕事をこなしているのだろうし、部下の人たちもそんな雪風と仕事をしている。うさぎを捨てた頃の、雪子を捨てた頃の雪風は二人でいるときでもあんな感じだった。変わったのは一緒に住み始めてからだ。それからは少しだけうさぎの片鱗を見せるようになったが、それは同居をしているからということがあるのかもしれない。仕事をしているときの雪風が本来の雪風であり、今ソファーに座っている雪風は本来の姿ではないのかも、なんて。
「ひーたん、テレビ消す?ベッド行こうか?」
考え事をしていると突然雪風に話し掛けられた。やけに遠くから声を掛けられたような錯覚に陥ったが、座っているソファーが違うためだろう。考えていた内容を悟られないように、思わず手を左右に振って否定を表す。
「いや、それ見てるんだろ。えっと、一つ目?」
今テレビが映しているのは一つ目の妖怪だ。実際にはそんなものいるわけがないと思いながらも、番組はそういうものだと分かった上で放送しているのだ。要は話のネタということだ。
雪風はそう言ってテレビのリモコンを手に取り、そのまま躊躇うことなく電源ボタンを押してテレビを切った。
「別に今まで見てきたからテレビで見なくてもいいし」
先程まで妖怪を映していたはずのテレビは真っ暗になり部屋の中を映す。
「え、一つ目?」
「うん」
今までというのは昔の話だろう。電波なことをばかり言うと最初は敬遠していたが、それをそういうやつだと割り切ってしまえばなんでもなかった。確かに魔女と交流があったくらいだ、それこそ妖怪、一つ目と縁があってもおかしくはない。
「……そうか」
先程の思考に引き摺られて上手く言葉を返せず、ただ当たり障りのない返事を返すに留まった。すると雪風は手にしていたマグカップをテーブルに置き、怪訝そうな顔をして近寄って来る。ソファーの隣に座りつつも、ぐいぐいと身体を身体で押すようにされる。
「ひーたんなんか変」
相変わらずそういうところは目敏いらしく、何か変だと思ったらしい。だがここで言うようなことではない。
実際は会社にいるときの雪風が本当の雪風で、今ここにいる雪風はわざとうさぎに寄せているような、そんな雪風なのかもしれない、だなんて。
「俺もううさぎじゃないから何でもは分かんないよ」
家の中にいるのに雪風はどこか遠くを見るようにしながら言葉を紡いだ。何も答えずにいると雪風の顔が徐々に近付いて来る。
「なに?」
変な理由を述べろと、そう、言われている。
だが素直に言えるわけもなく、雪風の眉間を指で押した。
「いや、なんでもねぇよ」
軽く躱そうとしたことで、雪風はあからさまに不満そうな顔をする。その顔は会社では絶対にしない顔のはずだ。仕事中の雪風は不満があればもっと冷酷な顔をするだろう。こんな風に子供っぽい表情はしない。その表情が尚更、先程口にしなかったことの一部に思えて来る。
「家なんだし寛いでろよ」
考えていることを悟られないように、最低限の言葉で表したものがこれだった。別に無理する必要はない。過ごしやすい自分で過ごすのが一番いい。そう思ってのことだった。
そんな考えを他所に、雪風はいつの間にか腕に手を巻き付けていた。そのまま腕に頭を預け、またどこか遠くを見ているような眼をする。
「寛いでるよ。昔より全然寛げてる」
――昔より。
この雪風が言う昔というのが、実家にいた頃の、雪子だった頃のことを指しているならば、それよりも良くなっていることにはなるのだろう。確かにあの頃よりかは幾分かましだろうが、だからと言ってそれが寛げていると同義であるとは限らない。だが雪風の中ではある程度寛げている感覚らしい。そうなると今は無理なく普通にしているということで、仕事中のあの雪風も普通にした結果だということなのか。
「ありがと、ひーたん」
何も知らないはずなのに、全てを見透かしたような声色で、雪風が小さく礼を口にする。
「……そうか」
咄嗟に先程と同じ言葉しか出て来ず、まったく同じ返事をしたが、雪風の態度は変わらなかった。
そのまま数秒時間が流れる。その数秒がやけに長く感じた。
「一つ目の話する?」
「いやそれはいい」
過去に見てきたらしい一つ目の話をされても困る。
即答で遠慮すると、雪風はふふっと笑っていた。
「なーんだ」
何気なく笑う雪風の顔は本当に普通で、いつも通りで、なんだか妙に安心してしまった。
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よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
実は今年はうさぎコンビか、性癖の霹靂の二択で頂いていたんですが、直近で私が腰を痛めてしまって、一つ目の解像度というか、予備知識をしっかりと調べきることが出来なくて。せめてもの雰囲気ということで、話の内容が一つ目になっています。
毎年「今年こそ早めに書こう」と思って事前にリクエストを伺いに行くんですが、毎年ぎりぎりの進捗になっています。来年こそは余裕進捗にしたいです。
というか、毎年うさぎコンビって字下げもしてないし、台詞前後を改行する特殊な書き方をずっと貫いていたんですね。今年はいつも通りというか、普段通りの書き方をしてしまったな。ちょっともう変更する余力がないのでこのままでいきます。だからいつもぎりぎりすぎるのよ。
……と、思っていたのですが、ブログだと字下げの影響が酷かったので、今から去年までと同じ状態にします。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
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