「うさぎ」
隣でぽつりと呟かれたその声を聞いて、ふと辺りに視線を向けた。
そこで視界に入ったのは、どこかの誰かが配っている風船だ。その風船の絵柄にうさぎがあった。
他にも猫や犬などいくつかの動物がふよふよと空を泳いでいる。その風船はその場にいる子供たちへ配られているようだった。
すぐにどういう主旨のものか確認すると、近くにあるショッピングモールがリニューアルオープンすることにより、近くのこの公園で風船配りの催しをしているらしい。
この場所は親子連れが集まる公園であり、土日となればそれなりに賑やかだ。大人二人でこの公園を歩いていると目立つとまでは言わないが、あまり何人もいるような感じではなさそうだ。
雪風は子供たちに与えられている風船の中のうさぎを見て、ぽろっと零しただけだろう。意味もなく、何となく目に入っただけかもしれない。
「いるか?」
試しにそう訊ねてみると、雪風は顔色を変えることなく風船から視線を外した。
「いるように見える?」
風船を貰える対象は子供であり、大人が欲しいと言ったところで貰えるわけもない。
だがそれは言ってみないと分からない。どうせ断られるだろうと分かっていても。
雪風が本当に欲しいと思っていないことも分かっていたが、なんとなく口から言葉が出ていた。
「貰って来てやるよ」
そう言って一歩踏み出すと、その行動に驚いたのか雪風が服を掴んで来た。それに制止されて足が止まる。
「いいって。欲しくない」
そうだろうと思っていたため驚きはしない。雪風も本当に貰いに行くとは思っていなかったはずだ。
それでも物理的にしっかりと止めた。そのまま風船から遠ざかるように歩き出す。
「ちょっと目に入っただけだし。それにひーたんだって欲しいわけじゃないでしょ」
欲しいわけではないだろうと言われるとその通りだ。雪風が呟くまで風船を配っているものにすら興味がなかった。
眼に入っていても見ていないも同然で、認識したのは雪風の声が耳に入ったからにすぎない。
「お前が欲しいのかと思って」
そんなわけがないと思いつつ告げると、雪風は呆れたように視線を逸らした。その反応はそんなわけがないと言いたげなものだった。
「俺が欲しいって言うわけない」
まあそれもそうか、と思いながら、二人で空いていた近くのベンチに腰掛けた。
公園を散歩しようと言い出したのは雪風の方だった。
日々多忙を極める雪風は、会社までの道のりも送迎がついているため、歩く機会が少ない。
それでも多忙にしている分、身体は疲れているらしく、自分から動こうと思わない限り運動をすることもない。
秋の気配が近付き、少し気候が心地良くなったところで、近くの公園まで散歩する程度ならばいい運動になると考えたのだろう。
二人で散歩する機会はあまり多くなかったため新鮮な感じがする。
ベンチに腰掛けてからも視界には風船があるため、必然的に眼に入って来た。
二人で子供たちに配られていく風船を眺めながら秋風に当たる。
何を話すでもなく、ただ静かに公園で遊ぶ子供たちの喧騒を聞いた。
「……別に、いつもうさぎを気にしてるわけじゃないから」
雪風は消え入りそうなほど小さな声で呟いた。
風に乗って消えてしまいそうなその声を、耳がしっかりと捉えたのは偶然ではない。
雪風の声を聞き漏らさないように、本当に小さい声さえ聞き逃さないように。それが日々の当たり前になっている。
「分かってる」
雪風はもううさぎではない。
むしろもううさぎだった頃よりも、そうでなくなった期間の方が長い。
それでも動物ものの何かを選ぶ際に、どうしてもうさぎを手に取ってしまう。
無意識にそうしてしまうのは雪風だけではないのだ。
ふと見かけたものを手に取って買ってしまう。それはどういうわけかうさぎばかりだ。
どこかでうさぎだった雪風を恋しいと思ってしまっているのか。
うさぎに囚われているのは雪風ではないのかもしれない。
そう考えながら自分の心中すら複雑でよく分からなかった。
「やっぱ貰って来るか」
呆然と風船を眺めながらそう呟くと、雪風が驚いたように顔を向けた。
そんな雪風と見つめ合うように顔を向けると、雪風が頬をこれでもかと膨らませる。
だが拗ねているようには見えなかった。ただ無表情で頬を膨らませてこちらを見ている。
何故か誘われたように親指と人差し指で引き寄せられ、そのまま膨れ切った雪風の頬を左右から押し込む。
ぷっと膨らんでいた頬が息を吐き潰れた。
「はい、うさぎの風船ね。これでもういいでしょ」
雪風はそう言ってベンチから腰を上げた。そして振り返る。
「帰ろ。ひーたん」
どうやらうさぎの風船の代わりをしたのだから、あの風船はいらないだろうということらしい。
それを聞いて少し可笑しくなりながらも、雪風につられる形でベンチから立ち上がった。
並んで歩きながら、雪風の頭の上に手を乗せる。
「お前、もううさぎじゃないんだろ」
分かり切ったことを訊ねてみたが、雪風の反応はあっさりとしていた。
「そうだけど、ひーたんのうさぎは俺だから」
いつかも聞いたような聞いていないような、そんなことを言いながら雪風は歩いている。
風船のように丸い頭を撫でながら、二人で家までの道を歩いた。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
「結局うさぎやんけ!」ということで、そろそろ私が書くうさぎコンビにも飽きてきた頃合いかと思うんですが今年もうさぎです。申し訳なし。
今年は忙しくてなかなかTwitterにいなかったので、よるこちゃんとも全然絡めず……3月に大人ひーたんを描いてくれていたのに今気付きました。まじで今。
今年もギリギリの進捗で毎年「来年こそは~」みたいなことを言ってるんですが、実は9/18っていくつかイベントが重なっていて、その準備で謎に忙しいんですよね。本当に来年こそ余裕を持ちたいな。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
隣でぽつりと呟かれたその声を聞いて、ふと辺りに視線を向けた。
そこで視界に入ったのは、どこかの誰かが配っている風船だ。その風船の絵柄にうさぎがあった。
他にも猫や犬などいくつかの動物がふよふよと空を泳いでいる。その風船はその場にいる子供たちへ配られているようだった。
すぐにどういう主旨のものか確認すると、近くにあるショッピングモールがリニューアルオープンすることにより、近くのこの公園で風船配りの催しをしているらしい。
この場所は親子連れが集まる公園であり、土日となればそれなりに賑やかだ。大人二人でこの公園を歩いていると目立つとまでは言わないが、あまり何人もいるような感じではなさそうだ。
雪風は子供たちに与えられている風船の中のうさぎを見て、ぽろっと零しただけだろう。意味もなく、何となく目に入っただけかもしれない。
「いるか?」
試しにそう訊ねてみると、雪風は顔色を変えることなく風船から視線を外した。
「いるように見える?」
風船を貰える対象は子供であり、大人が欲しいと言ったところで貰えるわけもない。
だがそれは言ってみないと分からない。どうせ断られるだろうと分かっていても。
雪風が本当に欲しいと思っていないことも分かっていたが、なんとなく口から言葉が出ていた。
「貰って来てやるよ」
そう言って一歩踏み出すと、その行動に驚いたのか雪風が服を掴んで来た。それに制止されて足が止まる。
「いいって。欲しくない」
そうだろうと思っていたため驚きはしない。雪風も本当に貰いに行くとは思っていなかったはずだ。
それでも物理的にしっかりと止めた。そのまま風船から遠ざかるように歩き出す。
「ちょっと目に入っただけだし。それにひーたんだって欲しいわけじゃないでしょ」
欲しいわけではないだろうと言われるとその通りだ。雪風が呟くまで風船を配っているものにすら興味がなかった。
眼に入っていても見ていないも同然で、認識したのは雪風の声が耳に入ったからにすぎない。
「お前が欲しいのかと思って」
そんなわけがないと思いつつ告げると、雪風は呆れたように視線を逸らした。その反応はそんなわけがないと言いたげなものだった。
「俺が欲しいって言うわけない」
まあそれもそうか、と思いながら、二人で空いていた近くのベンチに腰掛けた。
公園を散歩しようと言い出したのは雪風の方だった。
日々多忙を極める雪風は、会社までの道のりも送迎がついているため、歩く機会が少ない。
それでも多忙にしている分、身体は疲れているらしく、自分から動こうと思わない限り運動をすることもない。
秋の気配が近付き、少し気候が心地良くなったところで、近くの公園まで散歩する程度ならばいい運動になると考えたのだろう。
二人で散歩する機会はあまり多くなかったため新鮮な感じがする。
ベンチに腰掛けてからも視界には風船があるため、必然的に眼に入って来た。
二人で子供たちに配られていく風船を眺めながら秋風に当たる。
何を話すでもなく、ただ静かに公園で遊ぶ子供たちの喧騒を聞いた。
「……別に、いつもうさぎを気にしてるわけじゃないから」
雪風は消え入りそうなほど小さな声で呟いた。
風に乗って消えてしまいそうなその声を、耳がしっかりと捉えたのは偶然ではない。
雪風の声を聞き漏らさないように、本当に小さい声さえ聞き逃さないように。それが日々の当たり前になっている。
「分かってる」
雪風はもううさぎではない。
むしろもううさぎだった頃よりも、そうでなくなった期間の方が長い。
それでも動物ものの何かを選ぶ際に、どうしてもうさぎを手に取ってしまう。
無意識にそうしてしまうのは雪風だけではないのだ。
ふと見かけたものを手に取って買ってしまう。それはどういうわけかうさぎばかりだ。
どこかでうさぎだった雪風を恋しいと思ってしまっているのか。
うさぎに囚われているのは雪風ではないのかもしれない。
そう考えながら自分の心中すら複雑でよく分からなかった。
「やっぱ貰って来るか」
呆然と風船を眺めながらそう呟くと、雪風が驚いたように顔を向けた。
そんな雪風と見つめ合うように顔を向けると、雪風が頬をこれでもかと膨らませる。
だが拗ねているようには見えなかった。ただ無表情で頬を膨らませてこちらを見ている。
何故か誘われたように親指と人差し指で引き寄せられ、そのまま膨れ切った雪風の頬を左右から押し込む。
ぷっと膨らんでいた頬が息を吐き潰れた。
「はい、うさぎの風船ね。これでもういいでしょ」
雪風はそう言ってベンチから腰を上げた。そして振り返る。
「帰ろ。ひーたん」
どうやらうさぎの風船の代わりをしたのだから、あの風船はいらないだろうということらしい。
それを聞いて少し可笑しくなりながらも、雪風につられる形でベンチから立ち上がった。
並んで歩きながら、雪風の頭の上に手を乗せる。
「お前、もううさぎじゃないんだろ」
分かり切ったことを訊ねてみたが、雪風の反応はあっさりとしていた。
「そうだけど、ひーたんのうさぎは俺だから」
いつかも聞いたような聞いていないような、そんなことを言いながら雪風は歩いている。
風船のように丸い頭を撫でながら、二人で家までの道を歩いた。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
「結局うさぎやんけ!」ということで、そろそろ私が書くうさぎコンビにも飽きてきた頃合いかと思うんですが今年もうさぎです。申し訳なし。
今年は忙しくてなかなかTwitterにいなかったので、よるこちゃんとも全然絡めず……3月に大人ひーたんを描いてくれていたのに今気付きました。まじで今。
今年もギリギリの進捗で毎年「来年こそは~」みたいなことを言ってるんですが、実は9/18っていくつかイベントが重なっていて、その準備で謎に忙しいんですよね。本当に来年こそ余裕を持ちたいな。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
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南野雪風はもううさぎではない。
それは充分分かっているつもりだったが、実際のところ生活を共にしていると、それを実感することはあまりない。今もいつものマグカップを持ちながらソファーに座って妖怪特集を見ているし、本当に普通の人間だと思っている。
それはそれとして。
今日、偶然にも、本当に偶然にも、仕事中の雪風を見掛けた。夕食の買い物の前に銀行にでもと思い、いつもとは違う道を歩いているときだった。そのときの雪風は仕事中なこともあり、南野雪風そのもので部下らしき人たちと会話をしていた。仕事モードの雪風を見たのは本当に久しぶりで、思わず建物の影にそっと隠れた。隠れた理由は明確には分からない。なんとなくと言った方がいいのかもしれないが、本当になんとなく、雪風の視界に入ってしまうことでその眼に映るのはいけないような気がした。
雪風は淡々と仕事をこなしているのだろうし、部下の人たちもそんな雪風と仕事をしている。うさぎを捨てた頃の、雪子を捨てた頃の雪風は二人でいるときでもあんな感じだった。変わったのは一緒に住み始めてからだ。それからは少しだけうさぎの片鱗を見せるようになったが、それは同居をしているからということがあるのかもしれない。仕事をしているときの雪風が本来の雪風であり、今ソファーに座っている雪風は本来の姿ではないのかも、なんて。
「ひーたん、テレビ消す?ベッド行こうか?」
考え事をしていると突然雪風に話し掛けられた。やけに遠くから声を掛けられたような錯覚に陥ったが、座っているソファーが違うためだろう。考えていた内容を悟られないように、思わず手を左右に振って否定を表す。
「いや、それ見てるんだろ。えっと、一つ目?」
今テレビが映しているのは一つ目の妖怪だ。実際にはそんなものいるわけがないと思いながらも、番組はそういうものだと分かった上で放送しているのだ。要は話のネタということだ。
雪風はそう言ってテレビのリモコンを手に取り、そのまま躊躇うことなく電源ボタンを押してテレビを切った。
「別に今まで見てきたからテレビで見なくてもいいし」
先程まで妖怪を映していたはずのテレビは真っ暗になり部屋の中を映す。
「え、一つ目?」
「うん」
今までというのは昔の話だろう。電波なことをばかり言うと最初は敬遠していたが、それをそういうやつだと割り切ってしまえばなんでもなかった。確かに魔女と交流があったくらいだ、それこそ妖怪、一つ目と縁があってもおかしくはない。
「……そうか」
先程の思考に引き摺られて上手く言葉を返せず、ただ当たり障りのない返事を返すに留まった。すると雪風は手にしていたマグカップをテーブルに置き、怪訝そうな顔をして近寄って来る。ソファーの隣に座りつつも、ぐいぐいと身体を身体で押すようにされる。
「ひーたんなんか変」
相変わらずそういうところは目敏いらしく、何か変だと思ったらしい。だがここで言うようなことではない。
実際は会社にいるときの雪風が本当の雪風で、今ここにいる雪風はわざとうさぎに寄せているような、そんな雪風なのかもしれない、だなんて。
「俺もううさぎじゃないから何でもは分かんないよ」
家の中にいるのに雪風はどこか遠くを見るようにしながら言葉を紡いだ。何も答えずにいると雪風の顔が徐々に近付いて来る。
「なに?」
変な理由を述べろと、そう、言われている。
だが素直に言えるわけもなく、雪風の眉間を指で押した。
「いや、なんでもねぇよ」
軽く躱そうとしたことで、雪風はあからさまに不満そうな顔をする。その顔は会社では絶対にしない顔のはずだ。仕事中の雪風は不満があればもっと冷酷な顔をするだろう。こんな風に子供っぽい表情はしない。その表情が尚更、先程口にしなかったことの一部に思えて来る。
「家なんだし寛いでろよ」
考えていることを悟られないように、最低限の言葉で表したものがこれだった。別に無理する必要はない。過ごしやすい自分で過ごすのが一番いい。そう思ってのことだった。
そんな考えを他所に、雪風はいつの間にか腕に手を巻き付けていた。そのまま腕に頭を預け、またどこか遠くを見ているような眼をする。
「寛いでるよ。昔より全然寛げてる」
――昔より。
この雪風が言う昔というのが、実家にいた頃の、雪子だった頃のことを指しているならば、それよりも良くなっていることにはなるのだろう。確かにあの頃よりかは幾分かましだろうが、だからと言ってそれが寛げていると同義であるとは限らない。だが雪風の中ではある程度寛げている感覚らしい。そうなると今は無理なく普通にしているということで、仕事中のあの雪風も普通にした結果だということなのか。
「ありがと、ひーたん」
何も知らないはずなのに、全てを見透かしたような声色で、雪風が小さく礼を口にする。
「……そうか」
咄嗟に先程と同じ言葉しか出て来ず、まったく同じ返事をしたが、雪風の態度は変わらなかった。
そのまま数秒時間が流れる。その数秒がやけに長く感じた。
「一つ目の話する?」
「いやそれはいい」
過去に見てきたらしい一つ目の話をされても困る。
即答で遠慮すると、雪風はふふっと笑っていた。
「なーんだ」
何気なく笑う雪風の顔は本当に普通で、いつも通りで、なんだか妙に安心してしまった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
実は今年はうさぎコンビか、性癖の霹靂の二択で頂いていたんですが、直近で私が腰を痛めてしまって、一つ目の解像度というか、予備知識をしっかりと調べきることが出来なくて。せめてもの雰囲気ということで、話の内容が一つ目になっています。
毎年「今年こそ早めに書こう」と思って事前にリクエストを伺いに行くんですが、毎年ぎりぎりの進捗になっています。来年こそは余裕進捗にしたいです。
というか、毎年うさぎコンビって字下げもしてないし、台詞前後を改行する特殊な書き方をずっと貫いていたんですね。今年はいつも通りというか、普段通りの書き方をしてしまったな。ちょっともう変更する余力がないのでこのままでいきます。だからいつもぎりぎりすぎるのよ。
……と、思っていたのですが、ブログだと字下げの影響が酷かったので、今から去年までと同じ状態にします。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
それは充分分かっているつもりだったが、実際のところ生活を共にしていると、それを実感することはあまりない。今もいつものマグカップを持ちながらソファーに座って妖怪特集を見ているし、本当に普通の人間だと思っている。
それはそれとして。
今日、偶然にも、本当に偶然にも、仕事中の雪風を見掛けた。夕食の買い物の前に銀行にでもと思い、いつもとは違う道を歩いているときだった。そのときの雪風は仕事中なこともあり、南野雪風そのもので部下らしき人たちと会話をしていた。仕事モードの雪風を見たのは本当に久しぶりで、思わず建物の影にそっと隠れた。隠れた理由は明確には分からない。なんとなくと言った方がいいのかもしれないが、本当になんとなく、雪風の視界に入ってしまうことでその眼に映るのはいけないような気がした。
雪風は淡々と仕事をこなしているのだろうし、部下の人たちもそんな雪風と仕事をしている。うさぎを捨てた頃の、雪子を捨てた頃の雪風は二人でいるときでもあんな感じだった。変わったのは一緒に住み始めてからだ。それからは少しだけうさぎの片鱗を見せるようになったが、それは同居をしているからということがあるのかもしれない。仕事をしているときの雪風が本来の雪風であり、今ソファーに座っている雪風は本来の姿ではないのかも、なんて。
「ひーたん、テレビ消す?ベッド行こうか?」
考え事をしていると突然雪風に話し掛けられた。やけに遠くから声を掛けられたような錯覚に陥ったが、座っているソファーが違うためだろう。考えていた内容を悟られないように、思わず手を左右に振って否定を表す。
「いや、それ見てるんだろ。えっと、一つ目?」
今テレビが映しているのは一つ目の妖怪だ。実際にはそんなものいるわけがないと思いながらも、番組はそういうものだと分かった上で放送しているのだ。要は話のネタということだ。
雪風はそう言ってテレビのリモコンを手に取り、そのまま躊躇うことなく電源ボタンを押してテレビを切った。
「別に今まで見てきたからテレビで見なくてもいいし」
先程まで妖怪を映していたはずのテレビは真っ暗になり部屋の中を映す。
「え、一つ目?」
「うん」
今までというのは昔の話だろう。電波なことをばかり言うと最初は敬遠していたが、それをそういうやつだと割り切ってしまえばなんでもなかった。確かに魔女と交流があったくらいだ、それこそ妖怪、一つ目と縁があってもおかしくはない。
「……そうか」
先程の思考に引き摺られて上手く言葉を返せず、ただ当たり障りのない返事を返すに留まった。すると雪風は手にしていたマグカップをテーブルに置き、怪訝そうな顔をして近寄って来る。ソファーの隣に座りつつも、ぐいぐいと身体を身体で押すようにされる。
「ひーたんなんか変」
相変わらずそういうところは目敏いらしく、何か変だと思ったらしい。だがここで言うようなことではない。
実際は会社にいるときの雪風が本当の雪風で、今ここにいる雪風はわざとうさぎに寄せているような、そんな雪風なのかもしれない、だなんて。
「俺もううさぎじゃないから何でもは分かんないよ」
家の中にいるのに雪風はどこか遠くを見るようにしながら言葉を紡いだ。何も答えずにいると雪風の顔が徐々に近付いて来る。
「なに?」
変な理由を述べろと、そう、言われている。
だが素直に言えるわけもなく、雪風の眉間を指で押した。
「いや、なんでもねぇよ」
軽く躱そうとしたことで、雪風はあからさまに不満そうな顔をする。その顔は会社では絶対にしない顔のはずだ。仕事中の雪風は不満があればもっと冷酷な顔をするだろう。こんな風に子供っぽい表情はしない。その表情が尚更、先程口にしなかったことの一部に思えて来る。
「家なんだし寛いでろよ」
考えていることを悟られないように、最低限の言葉で表したものがこれだった。別に無理する必要はない。過ごしやすい自分で過ごすのが一番いい。そう思ってのことだった。
そんな考えを他所に、雪風はいつの間にか腕に手を巻き付けていた。そのまま腕に頭を預け、またどこか遠くを見ているような眼をする。
「寛いでるよ。昔より全然寛げてる」
――昔より。
この雪風が言う昔というのが、実家にいた頃の、雪子だった頃のことを指しているならば、それよりも良くなっていることにはなるのだろう。確かにあの頃よりかは幾分かましだろうが、だからと言ってそれが寛げていると同義であるとは限らない。だが雪風の中ではある程度寛げている感覚らしい。そうなると今は無理なく普通にしているということで、仕事中のあの雪風も普通にした結果だということなのか。
「ありがと、ひーたん」
何も知らないはずなのに、全てを見透かしたような声色で、雪風が小さく礼を口にする。
「……そうか」
咄嗟に先程と同じ言葉しか出て来ず、まったく同じ返事をしたが、雪風の態度は変わらなかった。
そのまま数秒時間が流れる。その数秒がやけに長く感じた。
「一つ目の話する?」
「いやそれはいい」
過去に見てきたらしい一つ目の話をされても困る。
即答で遠慮すると、雪風はふふっと笑っていた。
「なーんだ」
何気なく笑う雪風の顔は本当に普通で、いつも通りで、なんだか妙に安心してしまった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
実は今年はうさぎコンビか、性癖の霹靂の二択で頂いていたんですが、直近で私が腰を痛めてしまって、一つ目の解像度というか、予備知識をしっかりと調べきることが出来なくて。せめてもの雰囲気ということで、話の内容が一つ目になっています。
毎年「今年こそ早めに書こう」と思って事前にリクエストを伺いに行くんですが、毎年ぎりぎりの進捗になっています。来年こそは余裕進捗にしたいです。
というか、毎年うさぎコンビって字下げもしてないし、台詞前後を改行する特殊な書き方をずっと貫いていたんですね。今年はいつも通りというか、普段通りの書き方をしてしまったな。ちょっともう変更する余力がないのでこのままでいきます。だからいつもぎりぎりすぎるのよ。
……と、思っていたのですが、ブログだと字下げの影響が酷かったので、今から去年までと同じ状態にします。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
「三連休どっか行くか?」
ベッドの中でそう訊ねると、目の前の雪風は小さく頭を振った。
今年の九月は三連休があり、その後三日働くとまた三連休がある。
その間の三日間を休みにすると最大九連休のシルバーウィークになるらしいが、二人共暦通りの動きになっているため九連休はお預けだ。
雪風は立場的に九連休に出来るのではないかと訊ねたが、雪風曰く立場的に九連休には出来ないのだそうだ。経営者一族は好きなときに休めるのかと思いきや、経営者一族だからこそ一般社員には出来ることが出来ないらしい。
なるほどと思ったが、九連休あったところで雪風の仕事が減るわけではない。ましてや休んだ分連休明けがつらくなるのだと言われれば、それ以上聞く気にはなれなかった。
『ひーたんが九連休じゃないのに俺だけ休んでも意味ないし』
とまあ、こう言われてしまうと尚更だ。
そのため九連休のことは忘れて、二つある三連休のどちらかに出掛けるかと思いきや、それも雪風は嫌らしい。
「ひーたん、どこか行きたいの?」
ベッドの中の雪風がもぞもぞと動きながら喋る。
どこかに行きたいというわけではなく、別に家にいても構わない。ただ普通の土日は家にいることが多く、折角の三連休に雪風の行きたいところがあるならばと思っただけだ。
「別に。あってもどっかで外食とかそんなレベルだな」
「外食?」
もぞもぞと動いていた雪風の身体の動きが止まった。
何気なく出した外食という単語に思うところがあるらしい。
「いや、お前が行きたくないならいいけど」
「ひーたんのごはん好きだけど、作るの大変だもんね」
こう言ってはなんだが、雪風は何故かどこの家でも食べられるような家庭料理が好きだ。南野の家ではフルコースのようなものばかり食べていたからか、普通のものを好んで食べている。それも数年経てば落ち着くかと思っていたが、この様子ではそうでもないようだ。
「フレンチのお店予約する?」
雪風が肩に顔を押し付けてきて、甘えるような仕草をした。反対の手で頭に手を置き、ゆっくりと撫でてやる。
フレンチと言うが、恐らく雪風はフレンチを食べたいわけではない。
今でもたまに接待や南野の付き合いで必要なときには、フレンチや懐石料理を食べている。あくまでも雪風にとってそれらは毅然とした態度で臨むもので、二人で食べたいものではないだろう。
二人で食べるなら、もっとフランクなものでいい。近くのファミレスやファストフードでもいいのだ。
ファミレスはどうか分からないが、ファストフードならば今の時期、大手チェーン店各種が月見関係のものを販売している。
「月見系のなんか食うか?」
確か大手ハンバーガーチェーン店が軒並み月見系のバーガーを出していた。あとチェーン店の喫茶店も大きさで勝負のバーガーを出していたはずだ。一人で食べることはなく、夕食を家で食べているためまだ二人共食べていないはずだ。毎年食べているというわけでもないが、雪風の気が進まないままフレンチを食べるのもと思ってのことだ。
特に深い意味はなかった。本当に。
だが、それを聞いた雪風は勢い良く起き上がった。雪風の頭を撫でていた手が放り投げられる。
雪風の顔は驚きを隠せていなかった。
「いつもそんなこと言わないのになんで!」
「え?」
「いつもは月見系のもの食べようなんて言わないのに」
「いや」
「なんで今年は急に?」
いや別に理由なんてない。
雪風の気が進まないままフレンチを食べるよりも、もっと気軽で手軽なものでもいいかと思っただけのことだ。
正直、月見系のものでなくてもいい。というか何でもいいのだ。雪風が外食すら嫌ならいつも通り作ってもいい。三連休だから何かしなければならないわけでもない。
思った以上に雪風の反応が真剣で、この時期の月見系のものが嫌いだったのかとまで考えた。確かに食べているところはを見たことはないし、二人で食べたこともない。
「嫌なら別にいいけど」
驚きながらもそう言うと、雪風は起き上がった身体をもう一度ベッドに寝かせた。そして先程と同じように肩に顔を押し付けてくる。
「月にうさぎはつきものだから、ちょっとびっくりした」
明らかにちょっとではなかったぞと思いながら、これまたおかしなことを言うなと思った。
そういえば数年前、ベランダで月見をしたことがあった。
あのときの雪風は楽しそうだったが。最終的に月のうさぎのことを気にしていたのだ。
それを思い出して、また先程と同じように雪風の頭に手を乗せた。先程よりもしっかりと頭を撫でてやる。
「俺のうさぎはお前だけだって言っただろ」
雪風がうさぎではなくなっても、うさぎは雪風だけだ。
それになんだかんだ言っても、雪風はうさぎに愛着を持っている。その証拠にマグカップや食器類にうさぎ柄のものがいくつかある。雪風本人が使っているマグカップにもうさぎのマークが入っているのだ。
もう耳がなくても、あの頃のうさぎを捨てても、ずっと変わらない。
「お前が嫌ならいいから」
「ひーたん、昔より優しくなったよね」
「そうか?」
「昔より甘くなったっていうか、俺のこと甘やかすようになった」
そう言われたらそうかもしれない。
昔は、それこそ学生時代は、雪風のことを不思議なよく分からないやつだと思っていた。だが今になると、捨てるものを捨てて雪風は少し身軽になったのだ。
家では昔のうさぎだった頃とあまり変わらないように見えても、一歩外に出れば完璧な南野の御曹司をやっている。会社や父親の前でこんな風に振舞うことはないのだと知っているからこそ、家にいるときは少しだけ甘やかしているのかもしれない。
「月見のやつ、食べてもいいけど一人では食べないでね。俺の見てるときにして」
月のうさぎにひーたんを盗られないように見張ってるから。
本当に、遊びなのか真剣なのか分からないが、雪風が気にするならば無理に食べる必要はない。
それよりも雪風が美味しい美味しいと、ありきたりないつもの料理を食べているのを見る方がいい。
月のうさぎよりうちのうさぎの方が大事だ。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
一年ぶりなので、まず参考文献に目を通すところから、と思いきや。よるこちゃんがTwitterのアカを消していて、参考文献がほぼ消失しておりました……!何かあるなら出しといてと言ってから一か月、昔のうさぎはほぼなくてpixivも読むところから。
二年前の誕生日にいただいたはずのうさぎの「蜜を重ねる」漫画も消えていて、自分のiPhoneの写真フォルダを漁ったら出てきました。それを見て「うさぎのマークのマグカップ持ってるじゃん!」と思ったのです。
「今年ももちをつくよ」と言ってリクエストを聞いたら「大人もち」と言われたので、今年も大人もちです。よるこちゃんも大人もち描いてくれ(ぇ)
あと単純に過去の話から少しずつ取っていたりしますね。
ちなみに私は月見系のバーガーを食べたことがありません。
今年はマック、モス、ロッテリア、ケンタ、コメダ、ウェンディーズが月見系をやっているらしいですね。ウェンディーズって初めて聞いたぞどこにあるんや。
最近悲しいことがあったりして、落ち込んでいると思うけど、少しでも元気になってくれたら嬉しいな。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
ベッドの中でそう訊ねると、目の前の雪風は小さく頭を振った。
今年の九月は三連休があり、その後三日働くとまた三連休がある。
その間の三日間を休みにすると最大九連休のシルバーウィークになるらしいが、二人共暦通りの動きになっているため九連休はお預けだ。
雪風は立場的に九連休に出来るのではないかと訊ねたが、雪風曰く立場的に九連休には出来ないのだそうだ。経営者一族は好きなときに休めるのかと思いきや、経営者一族だからこそ一般社員には出来ることが出来ないらしい。
なるほどと思ったが、九連休あったところで雪風の仕事が減るわけではない。ましてや休んだ分連休明けがつらくなるのだと言われれば、それ以上聞く気にはなれなかった。
『ひーたんが九連休じゃないのに俺だけ休んでも意味ないし』
とまあ、こう言われてしまうと尚更だ。
そのため九連休のことは忘れて、二つある三連休のどちらかに出掛けるかと思いきや、それも雪風は嫌らしい。
「ひーたん、どこか行きたいの?」
ベッドの中の雪風がもぞもぞと動きながら喋る。
どこかに行きたいというわけではなく、別に家にいても構わない。ただ普通の土日は家にいることが多く、折角の三連休に雪風の行きたいところがあるならばと思っただけだ。
「別に。あってもどっかで外食とかそんなレベルだな」
「外食?」
もぞもぞと動いていた雪風の身体の動きが止まった。
何気なく出した外食という単語に思うところがあるらしい。
「いや、お前が行きたくないならいいけど」
「ひーたんのごはん好きだけど、作るの大変だもんね」
こう言ってはなんだが、雪風は何故かどこの家でも食べられるような家庭料理が好きだ。南野の家ではフルコースのようなものばかり食べていたからか、普通のものを好んで食べている。それも数年経てば落ち着くかと思っていたが、この様子ではそうでもないようだ。
「フレンチのお店予約する?」
雪風が肩に顔を押し付けてきて、甘えるような仕草をした。反対の手で頭に手を置き、ゆっくりと撫でてやる。
フレンチと言うが、恐らく雪風はフレンチを食べたいわけではない。
今でもたまに接待や南野の付き合いで必要なときには、フレンチや懐石料理を食べている。あくまでも雪風にとってそれらは毅然とした態度で臨むもので、二人で食べたいものではないだろう。
二人で食べるなら、もっとフランクなものでいい。近くのファミレスやファストフードでもいいのだ。
ファミレスはどうか分からないが、ファストフードならば今の時期、大手チェーン店各種が月見関係のものを販売している。
「月見系のなんか食うか?」
確か大手ハンバーガーチェーン店が軒並み月見系のバーガーを出していた。あとチェーン店の喫茶店も大きさで勝負のバーガーを出していたはずだ。一人で食べることはなく、夕食を家で食べているためまだ二人共食べていないはずだ。毎年食べているというわけでもないが、雪風の気が進まないままフレンチを食べるのもと思ってのことだ。
特に深い意味はなかった。本当に。
だが、それを聞いた雪風は勢い良く起き上がった。雪風の頭を撫でていた手が放り投げられる。
雪風の顔は驚きを隠せていなかった。
「いつもそんなこと言わないのになんで!」
「え?」
「いつもは月見系のもの食べようなんて言わないのに」
「いや」
「なんで今年は急に?」
いや別に理由なんてない。
雪風の気が進まないままフレンチを食べるよりも、もっと気軽で手軽なものでもいいかと思っただけのことだ。
正直、月見系のものでなくてもいい。というか何でもいいのだ。雪風が外食すら嫌ならいつも通り作ってもいい。三連休だから何かしなければならないわけでもない。
思った以上に雪風の反応が真剣で、この時期の月見系のものが嫌いだったのかとまで考えた。確かに食べているところはを見たことはないし、二人で食べたこともない。
「嫌なら別にいいけど」
驚きながらもそう言うと、雪風は起き上がった身体をもう一度ベッドに寝かせた。そして先程と同じように肩に顔を押し付けてくる。
「月にうさぎはつきものだから、ちょっとびっくりした」
明らかにちょっとではなかったぞと思いながら、これまたおかしなことを言うなと思った。
そういえば数年前、ベランダで月見をしたことがあった。
あのときの雪風は楽しそうだったが。最終的に月のうさぎのことを気にしていたのだ。
それを思い出して、また先程と同じように雪風の頭に手を乗せた。先程よりもしっかりと頭を撫でてやる。
「俺のうさぎはお前だけだって言っただろ」
雪風がうさぎではなくなっても、うさぎは雪風だけだ。
それになんだかんだ言っても、雪風はうさぎに愛着を持っている。その証拠にマグカップや食器類にうさぎ柄のものがいくつかある。雪風本人が使っているマグカップにもうさぎのマークが入っているのだ。
もう耳がなくても、あの頃のうさぎを捨てても、ずっと変わらない。
「お前が嫌ならいいから」
「ひーたん、昔より優しくなったよね」
「そうか?」
「昔より甘くなったっていうか、俺のこと甘やかすようになった」
そう言われたらそうかもしれない。
昔は、それこそ学生時代は、雪風のことを不思議なよく分からないやつだと思っていた。だが今になると、捨てるものを捨てて雪風は少し身軽になったのだ。
家では昔のうさぎだった頃とあまり変わらないように見えても、一歩外に出れば完璧な南野の御曹司をやっている。会社や父親の前でこんな風に振舞うことはないのだと知っているからこそ、家にいるときは少しだけ甘やかしているのかもしれない。
「月見のやつ、食べてもいいけど一人では食べないでね。俺の見てるときにして」
月のうさぎにひーたんを盗られないように見張ってるから。
本当に、遊びなのか真剣なのか分からないが、雪風が気にするならば無理に食べる必要はない。
それよりも雪風が美味しい美味しいと、ありきたりないつもの料理を食べているのを見る方がいい。
月のうさぎよりうちのうさぎの方が大事だ。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
一年ぶりなので、まず参考文献に目を通すところから、と思いきや。よるこちゃんがTwitterのアカを消していて、参考文献がほぼ消失しておりました……!何かあるなら出しといてと言ってから一か月、昔のうさぎはほぼなくてpixivも読むところから。
二年前の誕生日にいただいたはずのうさぎの「蜜を重ねる」漫画も消えていて、自分のiPhoneの写真フォルダを漁ったら出てきました。それを見て「うさぎのマークのマグカップ持ってるじゃん!」と思ったのです。
「今年ももちをつくよ」と言ってリクエストを聞いたら「大人もち」と言われたので、今年も大人もちです。よるこちゃんも大人もち描いてくれ(ぇ)
あと単純に過去の話から少しずつ取っていたりしますね。
ちなみに私は月見系のバーガーを食べたことがありません。
今年はマック、モス、ロッテリア、ケンタ、コメダ、ウェンディーズが月見系をやっているらしいですね。ウェンディーズって初めて聞いたぞどこにあるんや。
最近悲しいことがあったりして、落ち込んでいると思うけど、少しでも元気になってくれたら嬉しいな。
よるこちゃん、相変わらず大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
「あいつらから連絡来た」
夕食の時間の世間話のように話すと、雪風は一瞬ぽかんとした顔を見せて手を止めていた。
そんなに驚くことかと思っていたが、雪風にしては衝撃だったのか驚いたように呟く。
「ひーたんのこと覚えてたんだ」
失礼な、と思ったがそれは自分でも少し驚いたことだった。
見えすぎる雪風の隣にいたからなのか、関わった時間が長かったからなのか、はたまた魔女の仕業か、実際のところどうかは分からないが、連絡が来たことは確かだった。
「久しぶりに会わないかって」
「結婚するのかな」
雪風の言葉に逆に驚かされた。思わず言われた言葉を繰り返す。
「結婚って」
「同棲してるんでしょ?うちもだけど」
「うちは同棲じゃなくて同居」
「同棲」
雪風は同棲だと言って譲らないが、同棲でも同居でも大した差はない。そして今はそんな話ではない。
突如高校時代の友人から連絡を受けたが、お互いに連絡をマメに取っていたわけだはなかった。そこで連絡してきたということは、何かあると考えてもおかしくはない。
ただ雪風の言う結婚かどうかはさておきだ。そもそも友人たちは法律的に結婚が出来ない。
「書類を書かない結婚なら、本人たちの心持ちだしね」
「結婚だって決め付けんなよ」
結婚だと言ったのは雪風で本人たちはそんなことを言っていなかった。それならば変な詮索はするべきではない。
雪風は止めた手を動かして目の前の秋刀魚を摘んでいる。
秋が近付き秋刀魚が美味しい季節になったから出したが、満足そうに頬張っているところを見ると間違いなかったようだ。
「お前いつなら空いてる?」
「日程決まってないの?」
「候補いくつか出してあった。こっちの日程に合わせるとか言ってたし、俺は休日出勤ねぇから実質お前の予定で決まるな」
届いた連絡には確かにそう記されていた。
この日程のどれかで、そのどれかはこちらが決めていいと。雪風の予定も確認して欲しいと。
だがその連絡への返事はまだしていない。雪風にも確認する、の一言さえも。
正直なところ、雪風が会いたがるかは分からなかった。
雪風はもううさぎではない。うさぎとして接していた相手に今の雪風が会いたがるかどうか、どういう反応をするか、そういったことが何一つ読めなかったからだ。
雪風が会いたがらなければ、どの日程も雪風は難しいから一人で行くと連絡しなければならない。
二人の時の雪風は半分うさぎのようにしているが、家を一歩出て一人になるとうさぎの片鱗すら見せない。徹底的に新しい南野雪風をしている。いや、本来の南野雪風と言った方が正しいのかもしれない。
本当はそちらの方が楽で、二人の時は変に気を遣っているのかもしれないが、どちらであっても雪風として接すれば問題ない。
雪風は十八年間の全て捨てた。捨て損ねたたった一つのもの以外の全てを。
雪風が無理をしないように、嫌なことを笑顔で受け入れてしまわないように、傍に居る者として確認は怠らない。
「みんなでわちゃわちゃするのも楽しそうだよね」
ぽつりと呟いた雪風の真意は掴めなかった。
「今すぐじゃなくていいし忘れてもいいからな」
そう告げて秋刀魚を摘まむ。口に放り込むと秋の味覚らしくいい香りが鼻を刺激した。
やっぱり秋は秋刀魚が美味い。
「お前、うさぎを拾わなくていいからな」
気を遣って半分うさぎでいる必要はないと、うさぎを捨て切りたいならばそれでもいいと、そういうつもりで言った言葉だったが、それを聞いた雪風は持っていた箸と茶碗を置いて勢いよく立ち上がった。
その顔が少し歪んでいるように見えた。
「俺のこといらなくなったのっ……!?」
「そんなこと言ってねぇだろ。座れ」
「だって」
「無理すんなって言ってんの」
会いたくなければ会わなくてもいい。
うさぎをもうしたくないならしなくてもいい。
いい加減自由に生きていいんだ。
半分うさぎでいることが負担ならやめてもいい。
「ひーたんのうさぎは俺だけ。そうでしょ?」
「そうだな」
雪風の問いに即答する。
うさぎは雪風だけ。
他の誰もうさぎにはならない。他の誰かをうさぎと呼ぶこともない。
『俺のうさぎ』は雪風ただ一人だ。
「……みんなで、仲良くわちゃわちゃしたい……」
「そうか」
「同窓会とか、そんなの無縁だと思ってたけど、四人でならやりたい……」
「わかった」
「ひーたん」
「俺は、お前が無理なく過ごせるならそれでいい。うさぎでもうさぎじゃなくても。『雪風』をちゃんと生きてるならいいんだ」
そこまで言って、やっと雪風は椅子に座った。
言いたいことが伝わったらしい。
夕食と風呂を終えてソファーで寛いでいる雪風の隣に座ると、雪風が肩に頭を乗せて来た。甘えているのだと分かり頭を撫でてやると笑って喜んだ。
その様子を見てやっぱり耳がない方が好きだなと改めて実感する。頭を撫でやすいし、撫でて雪風が喜ぶならばそれはいいことだ。
頭を撫でていると雪風が動いた。膝の上に乗られて身体が向かい合わせになる。
最近よくする体勢で、雪風は今はこの体勢がお気に入りらしい。少し前までは足の間に入るのがお気に入りだったようだが最近はよく向かい合う。
「日程、俺もどこでもいいよ」
「分かった。言っとく」
「ほんとはちょっと楽しみ」
「そうか、よかったな」
「ひーたん、すき」
「はいはい」
雪風が楽しそうに言うから少し安心した。
二人の用は十中八苦結婚の報告ではないだろうが、そうでなくても会って話すことは特別だ。しばらく会えていない友人たちの近況報告を聞いて、こちらも近況報告をする。
同棲しているのかと聞かれたら同居だと答えるが、ベッドが一つしかないことを考えると同棲なのかもしれない。
まあいい。どうせ雪風は同棲だと答えるだろう。それをいつも通り同居だと訂正して、昔を懐かしむような会にすればいい。
『お前のうさぎが』と言われたら、笑って『俺のうさぎが』と言うだろうけれど。
みんなで仲良くわちゃわちゃ、楽しみだな、雪風。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
一年ぶりなので、まずくまを読むところから。くまを読んでうさぎを読んで、自分が書いた過去作を読んで、よるこちゃんのTwitterも探しました。
過去にあった同窓会の話の少し前くらいに思ってくれればOKです。
お題は「仲良くわちゃわちゃ」だったので、普通に同窓会を書けばよかったと後から気付きましたね。
一年ぶりに書いたので、ちゃんとうさぎコンビになってるか不安だなぁ……
毎年参考文献を読み直すから、来年のために今から参考文献をしっかりストックしておきたいですね。
よるこちゃん、大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
今年は遅くなってごめんね。無理しすぎないようにしてね。
夕食の時間の世間話のように話すと、雪風は一瞬ぽかんとした顔を見せて手を止めていた。
そんなに驚くことかと思っていたが、雪風にしては衝撃だったのか驚いたように呟く。
「ひーたんのこと覚えてたんだ」
失礼な、と思ったがそれは自分でも少し驚いたことだった。
見えすぎる雪風の隣にいたからなのか、関わった時間が長かったからなのか、はたまた魔女の仕業か、実際のところどうかは分からないが、連絡が来たことは確かだった。
「久しぶりに会わないかって」
「結婚するのかな」
雪風の言葉に逆に驚かされた。思わず言われた言葉を繰り返す。
「結婚って」
「同棲してるんでしょ?うちもだけど」
「うちは同棲じゃなくて同居」
「同棲」
雪風は同棲だと言って譲らないが、同棲でも同居でも大した差はない。そして今はそんな話ではない。
突如高校時代の友人から連絡を受けたが、お互いに連絡をマメに取っていたわけだはなかった。そこで連絡してきたということは、何かあると考えてもおかしくはない。
ただ雪風の言う結婚かどうかはさておきだ。そもそも友人たちは法律的に結婚が出来ない。
「書類を書かない結婚なら、本人たちの心持ちだしね」
「結婚だって決め付けんなよ」
結婚だと言ったのは雪風で本人たちはそんなことを言っていなかった。それならば変な詮索はするべきではない。
雪風は止めた手を動かして目の前の秋刀魚を摘んでいる。
秋が近付き秋刀魚が美味しい季節になったから出したが、満足そうに頬張っているところを見ると間違いなかったようだ。
「お前いつなら空いてる?」
「日程決まってないの?」
「候補いくつか出してあった。こっちの日程に合わせるとか言ってたし、俺は休日出勤ねぇから実質お前の予定で決まるな」
届いた連絡には確かにそう記されていた。
この日程のどれかで、そのどれかはこちらが決めていいと。雪風の予定も確認して欲しいと。
だがその連絡への返事はまだしていない。雪風にも確認する、の一言さえも。
正直なところ、雪風が会いたがるかは分からなかった。
雪風はもううさぎではない。うさぎとして接していた相手に今の雪風が会いたがるかどうか、どういう反応をするか、そういったことが何一つ読めなかったからだ。
雪風が会いたがらなければ、どの日程も雪風は難しいから一人で行くと連絡しなければならない。
二人の時の雪風は半分うさぎのようにしているが、家を一歩出て一人になるとうさぎの片鱗すら見せない。徹底的に新しい南野雪風をしている。いや、本来の南野雪風と言った方が正しいのかもしれない。
本当はそちらの方が楽で、二人の時は変に気を遣っているのかもしれないが、どちらであっても雪風として接すれば問題ない。
雪風は十八年間の全て捨てた。捨て損ねたたった一つのもの以外の全てを。
雪風が無理をしないように、嫌なことを笑顔で受け入れてしまわないように、傍に居る者として確認は怠らない。
「みんなでわちゃわちゃするのも楽しそうだよね」
ぽつりと呟いた雪風の真意は掴めなかった。
「今すぐじゃなくていいし忘れてもいいからな」
そう告げて秋刀魚を摘まむ。口に放り込むと秋の味覚らしくいい香りが鼻を刺激した。
やっぱり秋は秋刀魚が美味い。
「お前、うさぎを拾わなくていいからな」
気を遣って半分うさぎでいる必要はないと、うさぎを捨て切りたいならばそれでもいいと、そういうつもりで言った言葉だったが、それを聞いた雪風は持っていた箸と茶碗を置いて勢いよく立ち上がった。
その顔が少し歪んでいるように見えた。
「俺のこといらなくなったのっ……!?」
「そんなこと言ってねぇだろ。座れ」
「だって」
「無理すんなって言ってんの」
会いたくなければ会わなくてもいい。
うさぎをもうしたくないならしなくてもいい。
いい加減自由に生きていいんだ。
半分うさぎでいることが負担ならやめてもいい。
「ひーたんのうさぎは俺だけ。そうでしょ?」
「そうだな」
雪風の問いに即答する。
うさぎは雪風だけ。
他の誰もうさぎにはならない。他の誰かをうさぎと呼ぶこともない。
『俺のうさぎ』は雪風ただ一人だ。
「……みんなで、仲良くわちゃわちゃしたい……」
「そうか」
「同窓会とか、そんなの無縁だと思ってたけど、四人でならやりたい……」
「わかった」
「ひーたん」
「俺は、お前が無理なく過ごせるならそれでいい。うさぎでもうさぎじゃなくても。『雪風』をちゃんと生きてるならいいんだ」
そこまで言って、やっと雪風は椅子に座った。
言いたいことが伝わったらしい。
夕食と風呂を終えてソファーで寛いでいる雪風の隣に座ると、雪風が肩に頭を乗せて来た。甘えているのだと分かり頭を撫でてやると笑って喜んだ。
その様子を見てやっぱり耳がない方が好きだなと改めて実感する。頭を撫でやすいし、撫でて雪風が喜ぶならばそれはいいことだ。
頭を撫でていると雪風が動いた。膝の上に乗られて身体が向かい合わせになる。
最近よくする体勢で、雪風は今はこの体勢がお気に入りらしい。少し前までは足の間に入るのがお気に入りだったようだが最近はよく向かい合う。
「日程、俺もどこでもいいよ」
「分かった。言っとく」
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「そうか、よかったな」
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「はいはい」
雪風が楽しそうに言うから少し安心した。
二人の用は十中八苦結婚の報告ではないだろうが、そうでなくても会って話すことは特別だ。しばらく会えていない友人たちの近況報告を聞いて、こちらも近況報告をする。
同棲しているのかと聞かれたら同居だと答えるが、ベッドが一つしかないことを考えると同棲なのかもしれない。
まあいい。どうせ雪風は同棲だと答えるだろう。それをいつも通り同居だと訂正して、昔を懐かしむような会にすればいい。
『お前のうさぎが』と言われたら、笑って『俺のうさぎが』と言うだろうけれど。
みんなで仲良くわちゃわちゃ、楽しみだな、雪風。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
一年ぶりなので、まずくまを読むところから。くまを読んでうさぎを読んで、自分が書いた過去作を読んで、よるこちゃんのTwitterも探しました。
過去にあった同窓会の話の少し前くらいに思ってくれればOKです。
お題は「仲良くわちゃわちゃ」だったので、普通に同窓会を書けばよかったと後から気付きましたね。
一年ぶりに書いたので、ちゃんとうさぎコンビになってるか不安だなぁ……
毎年参考文献を読み直すから、来年のために今から参考文献をしっかりストックしておきたいですね。
よるこちゃん、大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
今年は遅くなってごめんね。無理しすぎないようにしてね。
「ただいまー!」
夕飯の支度をしていると、雪風の帰宅の挨拶が聞こえ、声のした方におかえりと告げたが、肝心の雪風はなかなか姿を見せなかった。様子を見に玄関まで歩くと、今朝は持っていなかった荷物を抱えている。会社から何か持ち帰ってきたようだが、雪風は普段仕事を家に持ち帰っては来ない。おかしいなと思ったところで、雪風に問う。
「その荷物なんだ?」
「明日からテレワークになったの」
「テレワーク」
「在宅勤務のこと」
「いやそれはわかる」
聞けば、世の中を騒がす感染症のあれこれで、ついに雪風も出社の必要がなくなったらしい。とはいえ、南野は世間的に被害が出てきた辺りから社員たちにテレワークを推奨していた。雪風は管理職という立場上すぐにテレワークにはならず、それはこれからも継続するのかと思っていたが、ようやく雪風も在宅で仕事を出来るようになったとのことだ。
毎日ハイヤーでの送迎がある雪風は満員電車や人込みには無縁だが、会社の方針がやっと雪風にも適応されたのはいいことで、出社の必要がないのならばわざわざ出社する必要はない。
雪風の荷物を少し持ち、一緒にリビングへと入る。
荷物はノートパソコンと周辺機器、あとは必要な書類が山ほどという感じだ。
適当に部屋の隅にまとめて置いておけば、雪風がそれぞれ必要な場所へ持って行くだろう。
手をしっかりを洗いに行った雪風が戻って来てから話しかける。
「じゃあ明日から家にいんのか」
「ひーたん明日も仕事でしょ?」
「うちはテレワークなんてないからな」
在庫管理の仕事は日々変化する在庫の管理が仕事だ。テレワークではどうにもならない。ただ相手をするのは人ではないため、そこまで接触する人は多くない。請け負い元の南野の仕事が止まれば休みになることもあるだろうが、そういったことは今のところない。テレワークになることは今後もないだろう。
「じゃあ明日から夕飯作るよ」
「いいって。お前は仕事あるだろ」
雪風はにこやかにそう言ったが、家でするからと言って仕事が楽になるわけではない。それに仕事は書斎でするだろうし、生活スペースとは分かれている。わざわざいつもしていないことをする必要はない。
キッチンに戻り、冷蔵庫から卵を取り出しつつ言うと、雪風は隣で頬を膨らませていた。
「ひーたんのご飯美味しいけど、いつも作ってくれてるし……」
どこか拗ねたようにいう雪風は夕飯を作りたいというよりか、何かしたいという感じだった。隣で手元を見ているが邪魔するのが嫌で手を出してくることはない。
「大丈夫だって。それより切らしてた蜂蜜買ってきた。食後に生姜湯作ってやるからそれ飲んで早く寝ろよ」
「蜂蜜いっぱい?」
「蜂蜜いっぱい」
「飲む」
感染症だけではなく風邪も心配になってくるこの時期は、無理をするとよくない。今のところ感染症の火の粉は飛んできていないが、いつそうなるかも分からない。一緒に暮らしている以上、どちらかが感染すれば道連れだ。だが、だからとって離れて暮らすことは選択肢にはない。
昨日も生姜湯を雪風に飲ませようとしたところで蜂蜜を切らしてしまい、ただ生姜の強いお湯になってしまっていた。それもあり今日の買い物では蜂蜜を買い、今日こそは生姜だけではない生姜湯を作ってやりたかった。
食後に作った蜂蜜入りの生姜湯をゆっくりと飲む雪風は、熱いのか息を吹きかけ冷ましつつという感じだった。両手でマグカップを持ち、ソファーに座りながら飲む雪風を見ていると、急に頬に触れたくなった。
雪風の隣に座りつつ、右手で雪風の左頬を触り、撫でると、雪風が頬を摺り寄せ、手に懐いた。
「どうしたの、ひーたん」
「いや、別に……」
「いちゃいちゃしたくなった?」
「密になるといけねぇだろ」
「一緒に住んでるんだから、密になるのは仕方ないよ」
「いやまあ、そうだけど」
そう言いつつも、雪風の頬に触れることを止められず触れていると、雪風は懐いていた手から抜け出し、目の前のテーブルの上にマグカップを置いた。そして両手を広げる。
「だっこ」
雪風の言葉に腕を広げれば、雪風が腕の中へと収まる。そのままひょいと持ち上げて膝の上に乗せれば、雪風の顔が少し上に見えた。
そのまま力の限り抱き締められ、驚きながらも雪風の背をリズムよく叩いてやる。
「密になっちゃだめなんて、日課のちゅーも出来ないね」
「おい。毎日ちゅーしてるみたいに言うな」
毎日キスしてないだろ、と思いつつ正論を返したが、雪風は何も言わなかった。
もしかして、毎日キスしたいのだろうか。
「ひーたん」
耳元で雪風が話す。耳に届く息がくすぐったくなり、身を捩った。
「一緒にお風呂入ろ」
「一人で入れ」
「だめ、一緒に入る」
急に何故一緒に風呂なのかと考えたが、どうやら密になるからといろいろ規制されていることに嫌気が指しているようだった。
確かに風呂ならばいくら接触してもすぐに洗い流せるが、それはそれで別の問題が生じるだろうと断り続けた。
ところが雪風は一切引かず、結局は二人で風呂に入った。
朝になりいつも通り二人で朝食を食べ、弁当を作りつつ雪風の分は皿に取り分けてラップをしておいた。昼に温めて食べるように言い、仕事に向かう準備をした。
「いってらっしゃい、ひーたん」
玄関で雪風に見送られつつ仕事に行くのは新鮮で、どこか変な感じがした。
そのまま仕事をし、お昼には弁当を食べ、また仕事をし、夕方には帰路につく。
夕飯の買い物で必要なものだけ買い帰宅すると、書斎から雪風が出てきて玄関へと現れる。
「おかえり、ひーたん」
この時間に雪風が家にいるのもまた新鮮で、朝と同じように変な感じがした。
雪風が家にいると、こうやって出迎えてくれるのかと心の中でだけ思い、雪風には言わなかった。
「まだ仕事してんだろ。夕飯出来たら言うから」
「今日はもう終わり」
「もう?」
「通勤の時間がないから。定時はもう過ぎてる」
確かに、定時で帰宅するのと定時で家にいるのでは違うだろう。いつもならばこの時間に雪風は仕事を終え、今から帰宅するはずだ。それも残業がなければの話で、残業があればそれをこなしてから帰宅する。
エコバックを抱えながら廊下を一緒に歩き、後ろの雪風に問う。
「じゃあ一緒に夕飯作るか?」
「作る!え、作る!」
二人で一緒に作れば早く作れて、早く食べて、早く片付けられる。そうすれば寝るまでの時間が多く取れ、二人でゆっくりする時間も長くなる。
二人で夕飯を作り、一緒に食べ、片付けを分担しつつ、風呂に入った。
「ひーたん」
ベッドに入ってから雪風に呼ばれ、腕の中にいる雪風に視線を向けた。
どうした、と仕草で聞いてやると、雪風は小さく呟く。
「最近、いちゃいちゃ出来てないね」
雪風の言ういちゃいちゃとは、密にならないようにと制限しているいくつかのことだろう。雪風にもしものことがあっては困ると思ってのことだが、そのことで雪風は不安に思っているのだろうか。
「いちゃいちゃしたいのか」
「ひーたんはしたくない?」
ここで、したくないと嘘でも言ってしまうと、雪風は悲しむだろう。今は何でもないようにしていても、一人になったときに悲しむ。それが分かっているから、嘘でもしたくないとは言えない。
考えるのに気を取られ答えずにいると、雪風が腕の中から出て行く。
「変なこと聞いてごめん」
雪風のその言葉に、咄嗟に腕を伸ばし、もう一度雪風を腕の中に捕らえていた。ぎゅっと抱き締め、逃げられないようにする。
「ひーたん?」
不思議そうに呼びかけられ、腕の力を少し緩める。
「お前がしてもいいなら、いちゃいちゃするか」
そう言いつつ、雪風の額と頬と首筋と、あらゆるところに口唇を触れさせる。
その最中に雪風が身を捩らせたが、構わずに続ける。
「お前が我慢しなくていいってんなら、別にいい」
触れていいならばいくらでも。
久々に口にした雪風はとても甘く、いつか買った蜂蜜のようだった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
久々にうさぎコンビを書いたら「どんなのだっけ!?」となり、前回自分が書いたものを読み返すところから始めることになりました。
今年はこのご時世もあり「蜜を重ねる」がお題でした。「密」かと思ったら「蜜」だったので、「蜂蜜」と「密」を主軸に書きましたが、時事ネタの経験があまりなく、うさぎコンビも久々で、なんか纏まったかどうかすら怪しいです。
でも今回は珍しく、雪子の影も魔女の影もありません。
よるこちゃん、大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
夕飯の支度をしていると、雪風の帰宅の挨拶が聞こえ、声のした方におかえりと告げたが、肝心の雪風はなかなか姿を見せなかった。様子を見に玄関まで歩くと、今朝は持っていなかった荷物を抱えている。会社から何か持ち帰ってきたようだが、雪風は普段仕事を家に持ち帰っては来ない。おかしいなと思ったところで、雪風に問う。
「その荷物なんだ?」
「明日からテレワークになったの」
「テレワーク」
「在宅勤務のこと」
「いやそれはわかる」
聞けば、世の中を騒がす感染症のあれこれで、ついに雪風も出社の必要がなくなったらしい。とはいえ、南野は世間的に被害が出てきた辺りから社員たちにテレワークを推奨していた。雪風は管理職という立場上すぐにテレワークにはならず、それはこれからも継続するのかと思っていたが、ようやく雪風も在宅で仕事を出来るようになったとのことだ。
毎日ハイヤーでの送迎がある雪風は満員電車や人込みには無縁だが、会社の方針がやっと雪風にも適応されたのはいいことで、出社の必要がないのならばわざわざ出社する必要はない。
雪風の荷物を少し持ち、一緒にリビングへと入る。
荷物はノートパソコンと周辺機器、あとは必要な書類が山ほどという感じだ。
適当に部屋の隅にまとめて置いておけば、雪風がそれぞれ必要な場所へ持って行くだろう。
手をしっかりを洗いに行った雪風が戻って来てから話しかける。
「じゃあ明日から家にいんのか」
「ひーたん明日も仕事でしょ?」
「うちはテレワークなんてないからな」
在庫管理の仕事は日々変化する在庫の管理が仕事だ。テレワークではどうにもならない。ただ相手をするのは人ではないため、そこまで接触する人は多くない。請け負い元の南野の仕事が止まれば休みになることもあるだろうが、そういったことは今のところない。テレワークになることは今後もないだろう。
「じゃあ明日から夕飯作るよ」
「いいって。お前は仕事あるだろ」
雪風はにこやかにそう言ったが、家でするからと言って仕事が楽になるわけではない。それに仕事は書斎でするだろうし、生活スペースとは分かれている。わざわざいつもしていないことをする必要はない。
キッチンに戻り、冷蔵庫から卵を取り出しつつ言うと、雪風は隣で頬を膨らませていた。
「ひーたんのご飯美味しいけど、いつも作ってくれてるし……」
どこか拗ねたようにいう雪風は夕飯を作りたいというよりか、何かしたいという感じだった。隣で手元を見ているが邪魔するのが嫌で手を出してくることはない。
「大丈夫だって。それより切らしてた蜂蜜買ってきた。食後に生姜湯作ってやるからそれ飲んで早く寝ろよ」
「蜂蜜いっぱい?」
「蜂蜜いっぱい」
「飲む」
感染症だけではなく風邪も心配になってくるこの時期は、無理をするとよくない。今のところ感染症の火の粉は飛んできていないが、いつそうなるかも分からない。一緒に暮らしている以上、どちらかが感染すれば道連れだ。だが、だからとって離れて暮らすことは選択肢にはない。
昨日も生姜湯を雪風に飲ませようとしたところで蜂蜜を切らしてしまい、ただ生姜の強いお湯になってしまっていた。それもあり今日の買い物では蜂蜜を買い、今日こそは生姜だけではない生姜湯を作ってやりたかった。
食後に作った蜂蜜入りの生姜湯をゆっくりと飲む雪風は、熱いのか息を吹きかけ冷ましつつという感じだった。両手でマグカップを持ち、ソファーに座りながら飲む雪風を見ていると、急に頬に触れたくなった。
雪風の隣に座りつつ、右手で雪風の左頬を触り、撫でると、雪風が頬を摺り寄せ、手に懐いた。
「どうしたの、ひーたん」
「いや、別に……」
「いちゃいちゃしたくなった?」
「密になるといけねぇだろ」
「一緒に住んでるんだから、密になるのは仕方ないよ」
「いやまあ、そうだけど」
そう言いつつも、雪風の頬に触れることを止められず触れていると、雪風は懐いていた手から抜け出し、目の前のテーブルの上にマグカップを置いた。そして両手を広げる。
「だっこ」
雪風の言葉に腕を広げれば、雪風が腕の中へと収まる。そのままひょいと持ち上げて膝の上に乗せれば、雪風の顔が少し上に見えた。
そのまま力の限り抱き締められ、驚きながらも雪風の背をリズムよく叩いてやる。
「密になっちゃだめなんて、日課のちゅーも出来ないね」
「おい。毎日ちゅーしてるみたいに言うな」
毎日キスしてないだろ、と思いつつ正論を返したが、雪風は何も言わなかった。
もしかして、毎日キスしたいのだろうか。
「ひーたん」
耳元で雪風が話す。耳に届く息がくすぐったくなり、身を捩った。
「一緒にお風呂入ろ」
「一人で入れ」
「だめ、一緒に入る」
急に何故一緒に風呂なのかと考えたが、どうやら密になるからといろいろ規制されていることに嫌気が指しているようだった。
確かに風呂ならばいくら接触してもすぐに洗い流せるが、それはそれで別の問題が生じるだろうと断り続けた。
ところが雪風は一切引かず、結局は二人で風呂に入った。
朝になりいつも通り二人で朝食を食べ、弁当を作りつつ雪風の分は皿に取り分けてラップをしておいた。昼に温めて食べるように言い、仕事に向かう準備をした。
「いってらっしゃい、ひーたん」
玄関で雪風に見送られつつ仕事に行くのは新鮮で、どこか変な感じがした。
そのまま仕事をし、お昼には弁当を食べ、また仕事をし、夕方には帰路につく。
夕飯の買い物で必要なものだけ買い帰宅すると、書斎から雪風が出てきて玄関へと現れる。
「おかえり、ひーたん」
この時間に雪風が家にいるのもまた新鮮で、朝と同じように変な感じがした。
雪風が家にいると、こうやって出迎えてくれるのかと心の中でだけ思い、雪風には言わなかった。
「まだ仕事してんだろ。夕飯出来たら言うから」
「今日はもう終わり」
「もう?」
「通勤の時間がないから。定時はもう過ぎてる」
確かに、定時で帰宅するのと定時で家にいるのでは違うだろう。いつもならばこの時間に雪風は仕事を終え、今から帰宅するはずだ。それも残業がなければの話で、残業があればそれをこなしてから帰宅する。
エコバックを抱えながら廊下を一緒に歩き、後ろの雪風に問う。
「じゃあ一緒に夕飯作るか?」
「作る!え、作る!」
二人で一緒に作れば早く作れて、早く食べて、早く片付けられる。そうすれば寝るまでの時間が多く取れ、二人でゆっくりする時間も長くなる。
二人で夕飯を作り、一緒に食べ、片付けを分担しつつ、風呂に入った。
「ひーたん」
ベッドに入ってから雪風に呼ばれ、腕の中にいる雪風に視線を向けた。
どうした、と仕草で聞いてやると、雪風は小さく呟く。
「最近、いちゃいちゃ出来てないね」
雪風の言ういちゃいちゃとは、密にならないようにと制限しているいくつかのことだろう。雪風にもしものことがあっては困ると思ってのことだが、そのことで雪風は不安に思っているのだろうか。
「いちゃいちゃしたいのか」
「ひーたんはしたくない?」
ここで、したくないと嘘でも言ってしまうと、雪風は悲しむだろう。今は何でもないようにしていても、一人になったときに悲しむ。それが分かっているから、嘘でもしたくないとは言えない。
考えるのに気を取られ答えずにいると、雪風が腕の中から出て行く。
「変なこと聞いてごめん」
雪風のその言葉に、咄嗟に腕を伸ばし、もう一度雪風を腕の中に捕らえていた。ぎゅっと抱き締め、逃げられないようにする。
「ひーたん?」
不思議そうに呼びかけられ、腕の力を少し緩める。
「お前がしてもいいなら、いちゃいちゃするか」
そう言いつつ、雪風の額と頬と首筋と、あらゆるところに口唇を触れさせる。
その最中に雪風が身を捩らせたが、構わずに続ける。
「お前が我慢しなくていいってんなら、別にいい」
触れていいならばいくらでも。
久々に口にした雪風はとても甘く、いつか買った蜂蜜のようだった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
久々にうさぎコンビを書いたら「どんなのだっけ!?」となり、前回自分が書いたものを読み返すところから始めることになりました。
今年はこのご時世もあり「蜜を重ねる」がお題でした。「密」かと思ったら「蜜」だったので、「蜂蜜」と「密」を主軸に書きましたが、時事ネタの経験があまりなく、うさぎコンビも久々で、なんか纏まったかどうかすら怪しいです。
でも今回は珍しく、雪子の影も魔女の影もありません。
よるこちゃん、大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
紅葉が色づく頃、月のうさぎに盗られないように。
秋の深まりを感じつつ、大きなビルを見上げながら、秋風を感じている。
紅葉狩りにでも行けたらいいと思ってはいるものの、なかなか実現していなかった。
それでも、明日は時間が取れるから、弁当でも持って紅葉狩りに行こう。
今日は土曜日だが、雪風は休日出勤だ。
いつもはマンションの前に迎えに来るハイヤーも今日は姿を見せない。マンションの敷地内にある駐車場には雪風が買った車が停められているが、雪風が運転することは基本的になく、必要以上に使われることはない。
今はもう新しくはない軽自動車をいつ、どんなつもりで買ったのか知らないが、車で出かけるとなっても、雪風は助手席が定位置だ。
車の維持費も駐車場代も雪風持ちだが、進んで運転することはなく、雪風にねだられてその車を運転することが圧倒的に多い。
その車で雪風を会社まで送り、また迎えに行くのが、雪風が休日出勤の日のルーティンワークになっている。
雪風を会社まで送り届けたら、無駄に広い部屋の掃除と、トイレ掃除と風呂掃除、やり残していた小さなことを片付ける。
今日は天気がいいから、洗濯物もよく乾くし、とても過ごしやすい。
ある程度やることが終われば、テレビを見たり、本を読んだりと時間を潰す。
昼食は簡単なもので済ませ、洗濯物を取り込んで、たたみ終われば、あっという間に夕食の準備に向いた時間になる。
下拵えの必要なものは前もって済ませてあるため、他の作り終えられるものは作ってしまう。
手際よく、ある程度作ったところで、一息ついた。
あとは食べる前に火を通すばかりだ。揚げ物はやっぱり揚げたてが一番美味しい。
使ったものを片付けてから時計を見ると、雪風の迎えにちょうどいい時間帯だった。
休日出勤をしなければならないほどの仕事を抱えているのは会社の体制的にいかがなものかと思うが、こればかりは仕方がない。名前と立場には想像以上のものがのし掛かるのだろう。
無駄に広い部屋と毎日のハイヤーの送迎がそれをまざまざと見せつけてきている気がした。
大きなビルの前にいると通行の邪魔になるから、車道近くの柵に座り、入り口を見る。車は近くのコインパーキングに停めているため、ここにはない。
時計を見て、問題が無ければそろそろ出てくるはずだと眺めていたところから、目的の人物が出てきた。
こちらを見て驚いたような顔をしたあと、勢いよく飛びついてくる。
「ひーたん!ただいまー!」
「おう、おかえり」
飛びついてきた雪風を受け入れ、頭を撫でる。
昔の、耳が付いていた頃より、何もない今の方がずっと頭は撫でやすい。
身長差もあり、頭を撫でる機会は以前より格段に増えた。その度に雪風が喜ぶのを見ると、いつでも撫でてやりたくなる。
「早かったな」
「今日は特別な日だからね!さっさと終わらせた!」
「えらいえらい」
笑顔で答える雪風を見て、テンションが高いことを密かに喜んだ。
雪風は耳を外してから、雪子を捨ててから、あの家を出てから、雰囲気が落ち着いた。
達観したように世界を見定め、うさぎであった頃の元気は鳴りを潜めていた。鳴りを潜めたというよりか、全て捨てたことによるリセットなのか、物事を冷たく言い放つこともあったし、大人になったと言えばそれまでだが、どこか物寂しげでもあった。
紅葉狩りをしたあの日も、雪風はそんな感じをしていた。
だからこそ、ずっと言わずにいたことを言ったのかもしれない。
捨て損ねたことを後悔しているのか、と聞いたときの雪風の顔を忘れることはできない。
それから、今まで以上にずっと傍にいたいと思った。
それからというもの、一緒に暮らし始めた雪風はまたうさぎのように振る舞った。捨てたはずのものを拾ったというにはどこか違う気がした。
うさぎだった頃より落ち着いてはいるし、あの頃の半分くらい、うさぎが戻ったような感じがする。それでも、雪風はうさぎではなかった。
それもこの部屋を出て、会社に行くときには一切を置いていき、会社ではあのときと同じような物寂しげな硬い表情で、人と接しているらしかった。会社の人が半分うさぎの戻ったような雪風を見たら、とても驚くだろうなと思う。
「ほんとに家でよかったのか?」
「ひーたんのご飯がよかったの!」
「ならいいけど…」
特別な日の夕飯に雪風が希望したのは、本当に些細なことだった。
家でいつも通りご飯が食べたい。でもちょっとだけ御馳走がいい。でもでも惣菜とかデリバリーじゃなくて、ひーたんの作ったご飯がいい。
雪風は料亭の味や、一流シェフの作る料理に飽きているのだと思う。二人で外食する機会が全くないわけではないが、決して多くはない。
近くのファミレスやファストフード店では楽しそうにしているが、それこそ食べる機会がなかったがゆえのアトラクションのような扱いなのだろう。
「今日のご飯なに?」
雪風が笑顔を向ける。
お楽しみだ、と言うと、雪風はふふふと笑った。
「楽しみだぁ」
帰宅した雪風は用意された夕飯に目を輝かせた。
揚げ物は帰宅してから揚げたが、それ以外は迎えに行く前に作ったものを温め直して食べる。
ヒレカツにエビフライといった揚げ物と、回鍋肉や八宝菜といった中華、チーズの乗ったハンバーグとだし巻き卵と秋刀魚の塩焼き、サラダにスープに箸休めが何品か。
ジャンルのごちゃ混ぜ感はひどいものだが、どれでも食べ放題だ。全て一人前から二人前の量だが、品数が多いから足りないことはない。むしろ余るだろうことを想定して作った。テーブルの上は乗り切らないほどの料理が所狭しと並んでいる。
余ることを想定して作ったから全部食べなくていいと言ったものの、雪風は見た目に反してよく食べる。思った以上に余らないかもしれないと思ったのは雪風が食べ始めてからのことだ。
年頃の少女に見合う程度に少食だった雪子に用意される食事の量は、育ち盛りの雪風には足りなかったのではないかと今でこそ思う。
それと同時にあの家で雪風が出されたものを美味しそうに食べているところがまったく想像出来なかった。
育ち盛りの雪風に必要以上に与えると、雪風は成長してしまう。雪子で居られる時間が短くなる。
雪風曰く、出されていた量は普通だったが、雪子が少食だったこと、なにより、雪風があの家での食事に、食が進むほどの価値を見出していなかったことが相まって、出された食事を完食することはほぼなかったという。
家を出てからも食事は栄養を補給するだけのものという扱いで、おざなりにすることも多かったと聞いた。
雪風が人並みに食べるようになったのは、一緒に暮らし始めてからのことで、それからは顔色や肉付きが少しずつ良くなっていったように思う。
抱き心地が良くなったと思った原因はおそらくそれだろう。
結局のところ、雪風は出された料理の全てに箸を伸ばし、とても満足したように箸を置いた。
やはり思ったより残らなかったなと思いつつ、それはいいことだとも思った。食に興味のなかった雪風が、作った料理を美味しそうにほおばるだけで、作ってよかったなという気持ちになる。
「雪風、先に風呂いってこい」
「一緒に入る?」
「ばか、早くいってこい、寝るなよ」
食べ終わってソファーに寝転んだ雪風を風呂へと追いやる。
あのままだと気付けば寝ていて、起こして風呂に行かせるまでに時間と労力を食ってしまう。
休日出勤をした雪風に一番風呂を譲り、その間にやれることをこなす。
余った料理を小さめな皿に移し替えつつ、後片付けをしていく。食器はキッチンに備え付けの食洗機が洗ってくれるから、それほど手間がかかることはない。
雪風に持たせていた空の弁当箱も軽く水で濯ぎ、食洗機の中に入れた。
あの食べっぷりを見ると今持たせている弁当箱で足りないのではないかと思わなくもないが、品数を多く作り過ぎたために無理して食べさせたかもしれない。余る前提で作ったから無理はするなと言ってはあったが、さすがに作り過ぎた自覚はある。次はさすがに考えて作ろうと思った。
ほかほかになって風呂から出てきた雪風を見て、入れ替わりに風呂に入る。
部屋と同じく風呂も広くて掃除は大変だが、湯船に浸かると足を伸ばせる大きな浴槽は有難く思う。浴室は全体的に余裕を持って作られていて、圧迫感や窮屈な思いをすることはない。雪風と二人で入っても余裕がある浴槽はジャクジーやらなにやらがついているらしいが一度も使ったことはない。
風呂から出ると、雪風はリビングのソファーに座り、パジャマを着つつ、頭をバスタオルで巻いていた。ある程度の水気を取ってからドライヤーをかけるのだが、今日はこのドライヤーをかけるのも雪風にはさせない。
「ひーたんに乾かしてもらうの気持ちいいー」
「そりゃどうも」
雪風をソファーの足元に座らせ、髪に指を入れドライヤーの風を根元に当てていく。ブラシで髪を梳かし、毛先を整える。
無事にドライヤーが終わると、整った雪風になった。よし、よく出来た。満足のいく出来に自信がつく。
「だっこ」
「はいはい」
足元に座っていた雪風が差し出す手を見つつ、雪風を抱きかかえ、膝に乗せながら背中をぽんぽんと叩いてやる。胸元に顔を押し付け、ぐりぐりと頭を振る。
「寝るか?」
「…んー……まだ…」
眠そうにはしているが、時間にすると午後九時を回ったところだ。いくらなんでもまだ早いか、と思いつつ、眠いならば寝てもいいんだがな、と一人考えた。
そこで雪風は思い出したかのように顔を上げた。
「ひーたん、お月見しよ」
「月見?今日満月だっけ?」
「満月じゃないけど、お月見したい!お月見!」
「わかったわかった、上に着てあったかくしてからな」
完全に思い付きだろうが、防寒さえしてくれれば却下する理由はない。まだ秋とはいえ、この時間だとさすがに肌寒い。風呂上がりなら尚更だ。
雪風が風邪をひいても、その風邪を代わってやることも、雪風に割り振られた山積みの仕事を代わってやることもできない。
できるのは、雪風のために暖かく消化の良いものを作り、食べさせることくらいだ。風邪が治っても、山積みの仕事をこなしていればまた体調を崩しかねない。予防のために万全を期すのは最低限必要なことだと思う。
風邪をひかないように、上着ともこもこした素材の靴下と、あとあれも、と部屋の中を探し歩く。その間に使い終わったドライヤーを片付けることも忘れない。捜し集めたものを雪風に渡すタイミングで同様に着込んでいく。
月見といっても、そんな予定ではなかったから、団子はないし他に代わりになるようなものも特に用意していない。月見酒になるようなものも特にはない。
麦酒や梅酒がないこともないが、それよりもココアとかスープの方が、と考え、買い置きのスープのバラエティーパックがあるのを思い出した。
キッチンに向かい確認すると、思った通りバラエティーパックがある。知らぬ間に雪風が飲んでいるかもしれないと思ったが、それは杞憂で記憶にある通りの数が残っている。
「雪風、麦酒と梅酒とココアとコーンスープとポタージュと、あ、オニオンスープもあるけど、どれがいい?」
「ひーたんはどれにするの?」
「いや、まだ決めてない」
雪風が酒を選んだら一緒に酒を飲んでもいいが、雪風が酒以外を選んだ場合に一人で酒を選ぶことはない。
正直、雪風の選択次第という形だが、コーンスープとポタージュは二袋ずつあるが、オニオンスープは一袋だ。ココアはまだまだ余裕がある。先にオニオンスープを選んで、雪風もオニオンスープを選ぶと数が足りなくなるから、そういう面をとってみても、やっぱり雪風の希望が優先だ。
「えーコーンスープもポタージュも捨てがたいな〜最近寒くなってきたもんね」
「じゃあ、コーンスープとポタージュ作るから半分ずつ飲めばいいだろ」
電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。
棚から色違いのマグカップを二つ取り出し、それぞれに粉末を入れた。あとは百円均一のショップで買った木製のティースプーンを二本用意し、沸いたばかりのお湯を入れて、手早くティースプーンで混ぜる。
「出来たぞ、ちゃんと着たか?」
「着た!大丈夫!」
「ほら、こっちコーンスープな」
「ありがとー」
マグカップを両手に持ちつつリビングに戻ると、雪風の防寒は済んでいた。
その手にコーンスープの入ったマグカップを持たせてリビングの窓を開ける。
秋風が肌に触れると心地よいが、それと同時にある程度の防寒は必要だったと選択に誤りがなかったことを感じた。
雪風を迎えに行ったときに鳴いていた秋の虫も、高層階のこの部屋までは聞こえてこない。
この部屋のベランダは広い。これもこの部屋の魅力の一つなのだろうか。
あの日の帰り道、雪風を送りながら、一緒に住むかと声を掛けた数日後、雪風は驚くほど早く引っ越しの打診をしてきた。その早さに思わず面食らってしまったほどだった。
二人で物件を決めるところから始めるのかと思いきや、雪風にはいくつかの守らなければならない条件があったようだ。
送迎のハイヤーが対応する立地であること、会社から極端に離れ過ぎないこと、セキュリティがしっかりしていること、南野が所有するマンションであること。
最後の部分は最終的に買い上げればこと足りるから無視してもいいと言われたときは開いた口が塞がらなかった。
そこで、雪風の名前や立場が、並の人間では到底考えられないほどの重圧なのだと、そう思わずにはいられなかった。
結果として、候補の中から雪風の会社が一番近いマンションを選んだ。近ければ移動距離が短くて通勤にかかる時間を減らせる。その分、雪風が長く家に居られればいいと思ったりした。
南野が所有するマンションだから、家賃はかからない。光熱費と生活費、駐車場代だけ追加で払えばいいという、なんとも経験し難い話を聞いた。
駐車場代は車の所有者である雪風が支払い、光熱費と生活費だけ折半という形になったが、それだと毎月の固定費すら少額の出費で済んでしまうと恐れ慄いた。
引っ越しをしたとき、部屋の広さと二人分の荷物を見比べて、釣り合いが取れないなとも思った。元々何かをコレクションする趣味はないが、それを差し引いたとしても、雪風の荷物は少なかった。
服なんて最低限しかないよ、と言っていた雪風の姿を見て、それはそうか、と思い至った。
あの家にいたときは、雪子だったときは、女物の服を着ていたはずだ。男物の、雪風の服は本当に最低限しかなかったのかもしれない。そして、その最低限の服さえ、雪風はあのときに捨てたのだろう。
引っ越した日に、既にある程度の家具は備え付けられていた。ゲストルームにするには十分過ぎるほど整っていた部屋だが、雪風はその家具さえ入れ替えさせていた。使えるならそのままでもいいのではないか、と思ったほどだが、雪風には思うところがあったようだった。リビングにはソファーを、広い寝室には大きなベッドを一つだけ入れた雪風は心なしか満足そうにしていた気がした。
それでも、ソファーとベッド以外の食器や調理器具は二人で揃えた。部屋ごとにカーテンを選んだり、棚を選んだり、新しいものが届くたび、既存のものと入れ替えて、二人で選んだものを据える。
入れ替えたソファーとベッドの金額も折半しようと申し出たが、雪風は自分のわがままだから気にしなくていい、運び出した家具も捨てるわけではなく別の南野が所有するマンションの部屋に置くのだと言っていた。
広くて使いやすいキッチンに、広くて快適な風呂、広くて居心地の良いベランダ。
狭いより広い方が、雪風の心が窮屈にならないかもしれないと思った。
雪風が引っ越しのことや、一緒に暮らすことを、父親になんと説明したのか、説明したのかすら、分からなかった。
雪風はそのことに一切触れなかったし、南野から何かを言われたりすることも今の今までない。
南野の下請け会社で在庫管理の仕事をしているが、会社で呼び出されることもなければ、クビにされてもいない。
雪風のすることを容認しているのか、それとも何も知らないのか、引っ越しの翌日、場所を間違うことなく雪風を迎えに来たハイヤーは何を思ったのだろう。
「ひーたん」
雪風に呼ばれ、意識が浮上した。
思ったより考え込んでいたようだ。
「今日はありがと」
マグカップを持った雪風がにっこりと笑った。
雪風の頭に手を置き、ゆっくりと頭を撫でる。ついさっき乾かしたばかりの髪が気持ちいい。
今日は甘やかし放題だ。なんたって特別な日だから。
「一緒に暮らし始めた日をこうしてお祝い出来るの、嬉しい」
二人の誕生日はそれぞれ春と夏だ。秋のいま、祝うようなことはこれしかない。
今日は、雪風をとことん甘やかすと決めた。
日頃の感謝というよりかは、日頃の労いを込めての方が近い。
名前、立場、仕事、環境、雪風を取り巻く全てが雪風に優しくあればいいと思いつつも、その優しく世界を全てこの手で作り上げたいとも思ってしまう。そんな力があるわけもないのに、そう思わずにはいられないあたり、雪風に甘いのだろう。
甘やかして雪風が笑顔になれるなら、それに越したことはない。
雪風の頭を撫でていた手を雪風の頬に滑らせる。冷えてきたかと思ったが、まだ大丈夫そうだ。マグカップのスープもまだ暖かい。
「交換ー」
雪風が持っていたマグカップを差し出してきた。コーンスープはまだ半分ほど入っている。持っていたマグカップを雪風と交換すると、雪風は美味そうにポタージュを飲んだ。
コーンスープもポタージュもどっちも飲めて満足という顔をしているのを見ると、思わず笑ってしまう。
バラエティーパックの残りはコーンスープとポタージュとオニオンスープが一袋ずつだった。次の買い物でまた買い足しておこう。これから冬になると飲みたくなる回数が増えるだろう。
「ひーたん、月見てる?」
「え、あー見てる見てる」
言われて月を見上げて見れば、満月ではないが、悪くはない月だ。
地上で見るより、ある程度高いところから見る方が月を近く感じたりするのだろうか。
昔の人は月の中にうさぎを見たというが、実際に月の中にうさぎを見た試しはない。本当にうさぎが見えるのかも怪しいものだ。
月を見ている雪風はやはり、どこかと交信したがっているようにも見えた。月を見つめるその眼が、月のその遥か彼方の違う世界を見ているようで、まさかこいつ、月のうさぎだったのか、月に帰るつもりなのか、なんて考えをそんなわけないな、と頭から追い出した。
それでも月を見ていると、なんだか心が落ち着く気がした。日本人だからだろうか。
それとも、隣に雪風がいるからだろうか。
「…月、綺麗だな…」
今まで、月を見て綺麗だと思ったことがなかった。むしろ、月見というものさえこれが初めてかもしれない。
月はずっと世界の中に在り続け、これから先の未来もずっとその場所に在り続けるのだろう。
「死んでもいいよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
雪風を見れば、月を見ず、こちらをじっと見つめている。
自殺願望でもあったのだろうか。このままこのベランダから身投げをする気か。この高層階から飛び降りたら間違いなく助からない。
咄嗟に雪風の手首を勢いよく掴むと、雪風は笑った。
「死んでもいいくらい、幸せってことー!」
満面の笑みを見せられて思ったことは、やっぱりこいつかわいい顔してるな、なんて間の抜けた考えだった。
雪風が幸せを感じることができて、その空間に一緒にいる。
雪風が、雪風自身の幸せを感じている。
あの家では感じていなかった感情をこの瞬間に感じている。
それがなにより価値のあることに思えた。
雪風の笑顔を見ながら、身投げをする気がないと分かると、ようやく手を離すことができた。
もし今、雪風がこの世からいなくなったら、そう考えたとき、その先は何も考えられなかった。
雪風がいない世界はどれほど色が抜け落ちる世界だろう。
「ポタージュ飲み干しちゃった。入ろ、ひーたん」
「あ、あぁ」
雪風に促されるままベランダを後にし、部屋に入る。心なしか素早く窓の鍵をかけ、カーテンを閉めたところで、雪風が抱き着いてきた。
「あんまり月を見てると、月のうさぎにひーたんを盗られちゃうかもしれないし」
遊びで言っているようで、どこか真剣味があって、だとしても本当にそんなことを思っているわけではないだろうとは思う。
それでも。
「俺のうさぎは、後にも先にもお前だけだよ」
そう言って、雪風の頭を撫でる。
雪風はうさぎではなくなってしまったが、それでも他のうさぎの存在を気にするくらいには、うさぎだったことを思い出にしているのかもしれない。
雪子を捨てたとき、雪風はそれまでの雪風もあっさり捨てた。その中にはうさぎも含まれていたが、うさぎを捨てたことを後悔しているわけではないようだった。
うさぎはあくまでも、それまでの雪風同様、学校生活をカモフラージュするための代用品で、目眩しの意味しかなかった。その目眩しに意味を持たせてしまったことには責任がないとは言えない。
けれど、そんなことを雪風に言おうものなら、なんと返されるか分かったものではない。
「寝るか、先行ってろ」
「はーい」
雪風からマグカップを受け取り、軽く濯いで水を溜めてシンクに置いた。これは明日食洗機を使う一回目のときに一緒に中に入れればいい。
リビングの電気を消して、寝室に入ると雪風が既にベッドに入っている。
「ひーたん、あっためてー」
「お前やっぱり冷えたんじゃ」
「大丈夫ー!ひーたんにくっついて寝るから」
ベッドの中から両手を広げて言うから、まさか風邪をひかせたかと思ったが、ベッドの中に入ってみても特別冷えている感じではなかった。
さすがに風呂上がりの暖かさとは言わないが、スープを飲んでいたのもやはり大きかったのだろう。
雪風が急に月見をしたいと言い出した理由は分からなかったが、あまり意味があるようには思えなかった。いつもの気まぐれか、思うところがあったのか、詮索するつもりはない。
月見をして、雪風が満足したならばそれに越したことはない。
言葉の通り、ベッドに入ると雪風はくっつくようにしてもぞもぞと落ち着ける場所を探していた。
ようやく落ち着いたのか、動きを止めると雪風は胸元に埋めていた顔を上げた。
「おやすみ、ひーたん」
「おやすみ、雪風」
子守唄代わりに雪風の頭を撫でつつ、二人で夢の中へと飛び込んだ。
明日は弁当を持って、紅葉狩りに行く予定を立てている。
あの日の雪風が、神様は趣味が悪いと吐き捨てたあの赤を、また狩りに行く。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年は私がちょっとプライベートで忙しくしていて、それが分かっていたので、お誕生日の二か月前からリクエストを聞いていたんですが、リクエストは「大人同棲うさぎがラブラブしているおはなし」でした。
「考えたけどもやっぱりどうしても餅は餅屋というか…」と言われ「本家本元の餅屋はよるこちゃんだからねwww」と言いました。
そして私、このあとがきを書くにあたって、よるこちゃんとのDMを見返したんですけども、二か月前のことだからか忘れてることがあり、いや、作品的には大まかにはリクエストに応えられているんですけど、もっと明るい内容でも良かったなーーー!!!!なんて今更思いました。
ちゅーもしてねー!!!!
「仄暗さとかそういうアレさとか、魔女も雪子も出てこないくらいの幸せ同棲生活にするぜ!」
とか宣言したんですけど、ところがどっこいですね。
魔女はいないけど、雪子の影はすごいです。
そして、リクエストを見誤った一番のダメなところは「同棲」だって言ってるのに、作中で「同棲」って単語は一言も出てこなくて、いうなれば「同居」すらも出てこないんですよね。
でも一緒に暮らしてます。同棲してます。ひーたんの口からも雪風の口からも出てきてないけど、同棲してます、許して。
何を思ったか「同棲」と「同居」の両方の単語を使わないことと、ひーたんの地の文で「俺」って使わないという変な縛りをつけていて(ひーたんの「俺」は台詞で一つだけ)、今考えるとそれこそなぜなの…って感じなんですが、期限まであと一時間切っているので、もうこれは生暖かい目で見ていただきたいですね………許して。
内容に触れていきますと、今回は去年の私のお誕生日プレゼントだった、大人うさぎの紅葉の話が、本編に昇格しまして、その紅葉の話を主軸に考えています。
同棲何周年記念かわからないけれど、二人でお祝いして、お月見する話です。
紅葉の話(よるこちゃん)→雷鳴り、雨降り降り(ゆずや)→この話、くらいの時系列のつもりなんですが、今回この話を書くにあたり、よるこちゃんから新しい設定をいただきました。
・ひーたんの仕事は南野の親の会社の下請けの在庫管理の仕事で土日祝休み
・雪風は休日出勤することがある
・(紅葉の話は)雪風の仕事終わりにひーたんが迎えにきている
・南野はハイヤーさんいそう(土日はお休み)
・ひーたんは車持てるほどお金持ちではなさそう
・南野が駐車場代はもってくれるし頼まれたら運転手は積極的にやるひーたん
・古い軽を運転するひーたん
ざっとこんな感じだったので、今回の話はこれを準用しています。
それ以外の公式外設定は私の捏造なので、よるこちゃんが追認しない限りは公式設定ではありません。
前回雪子が少女漫画好きとしたのですが、今回は雪子が少食だったとしてあります、公式設定ではありません。(雪子に捏造設定盛りすぎだぞわたし)
二か月も前からリクエストを聞いているのに、三日前にやっと書き始めて、文字数が5000文字になっても終わる気配がなく、6000文字でも終わらず、7500文字でようやく終わったんですが、寝る前に読み返していたら8000文字に増えていて、あと二時間だぞってときに何故か8500文字に増えていて、あと一時間と15分ってところで9000文字になっていたので、もう読むのさえやめました。
あと一時間切ったぞ、というところであとがきを書き出したんですが、あと30分ってところで今現在タイトルがまだ決まってません。無計画にもほどがある。
うさぎコンビのイメージソングを延々流しながら書きたいとか思ってました、イメージソングないですか、どうですか。
忙しかったとはいえ時間配分とリクエスト内容よく確認してから書いてよーーーと来年の戒めに…!
最後になりましたが、よるこちゃん、お誕生日おめでとうございます!
よい一年になりますようにー!
秋の深まりを感じつつ、大きなビルを見上げながら、秋風を感じている。
紅葉狩りにでも行けたらいいと思ってはいるものの、なかなか実現していなかった。
それでも、明日は時間が取れるから、弁当でも持って紅葉狩りに行こう。
今日は土曜日だが、雪風は休日出勤だ。
いつもはマンションの前に迎えに来るハイヤーも今日は姿を見せない。マンションの敷地内にある駐車場には雪風が買った車が停められているが、雪風が運転することは基本的になく、必要以上に使われることはない。
今はもう新しくはない軽自動車をいつ、どんなつもりで買ったのか知らないが、車で出かけるとなっても、雪風は助手席が定位置だ。
車の維持費も駐車場代も雪風持ちだが、進んで運転することはなく、雪風にねだられてその車を運転することが圧倒的に多い。
その車で雪風を会社まで送り、また迎えに行くのが、雪風が休日出勤の日のルーティンワークになっている。
雪風を会社まで送り届けたら、無駄に広い部屋の掃除と、トイレ掃除と風呂掃除、やり残していた小さなことを片付ける。
今日は天気がいいから、洗濯物もよく乾くし、とても過ごしやすい。
ある程度やることが終われば、テレビを見たり、本を読んだりと時間を潰す。
昼食は簡単なもので済ませ、洗濯物を取り込んで、たたみ終われば、あっという間に夕食の準備に向いた時間になる。
下拵えの必要なものは前もって済ませてあるため、他の作り終えられるものは作ってしまう。
手際よく、ある程度作ったところで、一息ついた。
あとは食べる前に火を通すばかりだ。揚げ物はやっぱり揚げたてが一番美味しい。
使ったものを片付けてから時計を見ると、雪風の迎えにちょうどいい時間帯だった。
休日出勤をしなければならないほどの仕事を抱えているのは会社の体制的にいかがなものかと思うが、こればかりは仕方がない。名前と立場には想像以上のものがのし掛かるのだろう。
無駄に広い部屋と毎日のハイヤーの送迎がそれをまざまざと見せつけてきている気がした。
大きなビルの前にいると通行の邪魔になるから、車道近くの柵に座り、入り口を見る。車は近くのコインパーキングに停めているため、ここにはない。
時計を見て、問題が無ければそろそろ出てくるはずだと眺めていたところから、目的の人物が出てきた。
こちらを見て驚いたような顔をしたあと、勢いよく飛びついてくる。
「ひーたん!ただいまー!」
「おう、おかえり」
飛びついてきた雪風を受け入れ、頭を撫でる。
昔の、耳が付いていた頃より、何もない今の方がずっと頭は撫でやすい。
身長差もあり、頭を撫でる機会は以前より格段に増えた。その度に雪風が喜ぶのを見ると、いつでも撫でてやりたくなる。
「早かったな」
「今日は特別な日だからね!さっさと終わらせた!」
「えらいえらい」
笑顔で答える雪風を見て、テンションが高いことを密かに喜んだ。
雪風は耳を外してから、雪子を捨ててから、あの家を出てから、雰囲気が落ち着いた。
達観したように世界を見定め、うさぎであった頃の元気は鳴りを潜めていた。鳴りを潜めたというよりか、全て捨てたことによるリセットなのか、物事を冷たく言い放つこともあったし、大人になったと言えばそれまでだが、どこか物寂しげでもあった。
紅葉狩りをしたあの日も、雪風はそんな感じをしていた。
だからこそ、ずっと言わずにいたことを言ったのかもしれない。
捨て損ねたことを後悔しているのか、と聞いたときの雪風の顔を忘れることはできない。
それから、今まで以上にずっと傍にいたいと思った。
それからというもの、一緒に暮らし始めた雪風はまたうさぎのように振る舞った。捨てたはずのものを拾ったというにはどこか違う気がした。
うさぎだった頃より落ち着いてはいるし、あの頃の半分くらい、うさぎが戻ったような感じがする。それでも、雪風はうさぎではなかった。
それもこの部屋を出て、会社に行くときには一切を置いていき、会社ではあのときと同じような物寂しげな硬い表情で、人と接しているらしかった。会社の人が半分うさぎの戻ったような雪風を見たら、とても驚くだろうなと思う。
「ほんとに家でよかったのか?」
「ひーたんのご飯がよかったの!」
「ならいいけど…」
特別な日の夕飯に雪風が希望したのは、本当に些細なことだった。
家でいつも通りご飯が食べたい。でもちょっとだけ御馳走がいい。でもでも惣菜とかデリバリーじゃなくて、ひーたんの作ったご飯がいい。
雪風は料亭の味や、一流シェフの作る料理に飽きているのだと思う。二人で外食する機会が全くないわけではないが、決して多くはない。
近くのファミレスやファストフード店では楽しそうにしているが、それこそ食べる機会がなかったがゆえのアトラクションのような扱いなのだろう。
「今日のご飯なに?」
雪風が笑顔を向ける。
お楽しみだ、と言うと、雪風はふふふと笑った。
「楽しみだぁ」
帰宅した雪風は用意された夕飯に目を輝かせた。
揚げ物は帰宅してから揚げたが、それ以外は迎えに行く前に作ったものを温め直して食べる。
ヒレカツにエビフライといった揚げ物と、回鍋肉や八宝菜といった中華、チーズの乗ったハンバーグとだし巻き卵と秋刀魚の塩焼き、サラダにスープに箸休めが何品か。
ジャンルのごちゃ混ぜ感はひどいものだが、どれでも食べ放題だ。全て一人前から二人前の量だが、品数が多いから足りないことはない。むしろ余るだろうことを想定して作った。テーブルの上は乗り切らないほどの料理が所狭しと並んでいる。
余ることを想定して作ったから全部食べなくていいと言ったものの、雪風は見た目に反してよく食べる。思った以上に余らないかもしれないと思ったのは雪風が食べ始めてからのことだ。
年頃の少女に見合う程度に少食だった雪子に用意される食事の量は、育ち盛りの雪風には足りなかったのではないかと今でこそ思う。
それと同時にあの家で雪風が出されたものを美味しそうに食べているところがまったく想像出来なかった。
育ち盛りの雪風に必要以上に与えると、雪風は成長してしまう。雪子で居られる時間が短くなる。
雪風曰く、出されていた量は普通だったが、雪子が少食だったこと、なにより、雪風があの家での食事に、食が進むほどの価値を見出していなかったことが相まって、出された食事を完食することはほぼなかったという。
家を出てからも食事は栄養を補給するだけのものという扱いで、おざなりにすることも多かったと聞いた。
雪風が人並みに食べるようになったのは、一緒に暮らし始めてからのことで、それからは顔色や肉付きが少しずつ良くなっていったように思う。
抱き心地が良くなったと思った原因はおそらくそれだろう。
結局のところ、雪風は出された料理の全てに箸を伸ばし、とても満足したように箸を置いた。
やはり思ったより残らなかったなと思いつつ、それはいいことだとも思った。食に興味のなかった雪風が、作った料理を美味しそうにほおばるだけで、作ってよかったなという気持ちになる。
「雪風、先に風呂いってこい」
「一緒に入る?」
「ばか、早くいってこい、寝るなよ」
食べ終わってソファーに寝転んだ雪風を風呂へと追いやる。
あのままだと気付けば寝ていて、起こして風呂に行かせるまでに時間と労力を食ってしまう。
休日出勤をした雪風に一番風呂を譲り、その間にやれることをこなす。
余った料理を小さめな皿に移し替えつつ、後片付けをしていく。食器はキッチンに備え付けの食洗機が洗ってくれるから、それほど手間がかかることはない。
雪風に持たせていた空の弁当箱も軽く水で濯ぎ、食洗機の中に入れた。
あの食べっぷりを見ると今持たせている弁当箱で足りないのではないかと思わなくもないが、品数を多く作り過ぎたために無理して食べさせたかもしれない。余る前提で作ったから無理はするなと言ってはあったが、さすがに作り過ぎた自覚はある。次はさすがに考えて作ろうと思った。
ほかほかになって風呂から出てきた雪風を見て、入れ替わりに風呂に入る。
部屋と同じく風呂も広くて掃除は大変だが、湯船に浸かると足を伸ばせる大きな浴槽は有難く思う。浴室は全体的に余裕を持って作られていて、圧迫感や窮屈な思いをすることはない。雪風と二人で入っても余裕がある浴槽はジャクジーやらなにやらがついているらしいが一度も使ったことはない。
風呂から出ると、雪風はリビングのソファーに座り、パジャマを着つつ、頭をバスタオルで巻いていた。ある程度の水気を取ってからドライヤーをかけるのだが、今日はこのドライヤーをかけるのも雪風にはさせない。
「ひーたんに乾かしてもらうの気持ちいいー」
「そりゃどうも」
雪風をソファーの足元に座らせ、髪に指を入れドライヤーの風を根元に当てていく。ブラシで髪を梳かし、毛先を整える。
無事にドライヤーが終わると、整った雪風になった。よし、よく出来た。満足のいく出来に自信がつく。
「だっこ」
「はいはい」
足元に座っていた雪風が差し出す手を見つつ、雪風を抱きかかえ、膝に乗せながら背中をぽんぽんと叩いてやる。胸元に顔を押し付け、ぐりぐりと頭を振る。
「寝るか?」
「…んー……まだ…」
眠そうにはしているが、時間にすると午後九時を回ったところだ。いくらなんでもまだ早いか、と思いつつ、眠いならば寝てもいいんだがな、と一人考えた。
そこで雪風は思い出したかのように顔を上げた。
「ひーたん、お月見しよ」
「月見?今日満月だっけ?」
「満月じゃないけど、お月見したい!お月見!」
「わかったわかった、上に着てあったかくしてからな」
完全に思い付きだろうが、防寒さえしてくれれば却下する理由はない。まだ秋とはいえ、この時間だとさすがに肌寒い。風呂上がりなら尚更だ。
雪風が風邪をひいても、その風邪を代わってやることも、雪風に割り振られた山積みの仕事を代わってやることもできない。
できるのは、雪風のために暖かく消化の良いものを作り、食べさせることくらいだ。風邪が治っても、山積みの仕事をこなしていればまた体調を崩しかねない。予防のために万全を期すのは最低限必要なことだと思う。
風邪をひかないように、上着ともこもこした素材の靴下と、あとあれも、と部屋の中を探し歩く。その間に使い終わったドライヤーを片付けることも忘れない。捜し集めたものを雪風に渡すタイミングで同様に着込んでいく。
月見といっても、そんな予定ではなかったから、団子はないし他に代わりになるようなものも特に用意していない。月見酒になるようなものも特にはない。
麦酒や梅酒がないこともないが、それよりもココアとかスープの方が、と考え、買い置きのスープのバラエティーパックがあるのを思い出した。
キッチンに向かい確認すると、思った通りバラエティーパックがある。知らぬ間に雪風が飲んでいるかもしれないと思ったが、それは杞憂で記憶にある通りの数が残っている。
「雪風、麦酒と梅酒とココアとコーンスープとポタージュと、あ、オニオンスープもあるけど、どれがいい?」
「ひーたんはどれにするの?」
「いや、まだ決めてない」
雪風が酒を選んだら一緒に酒を飲んでもいいが、雪風が酒以外を選んだ場合に一人で酒を選ぶことはない。
正直、雪風の選択次第という形だが、コーンスープとポタージュは二袋ずつあるが、オニオンスープは一袋だ。ココアはまだまだ余裕がある。先にオニオンスープを選んで、雪風もオニオンスープを選ぶと数が足りなくなるから、そういう面をとってみても、やっぱり雪風の希望が優先だ。
「えーコーンスープもポタージュも捨てがたいな〜最近寒くなってきたもんね」
「じゃあ、コーンスープとポタージュ作るから半分ずつ飲めばいいだろ」
電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。
棚から色違いのマグカップを二つ取り出し、それぞれに粉末を入れた。あとは百円均一のショップで買った木製のティースプーンを二本用意し、沸いたばかりのお湯を入れて、手早くティースプーンで混ぜる。
「出来たぞ、ちゃんと着たか?」
「着た!大丈夫!」
「ほら、こっちコーンスープな」
「ありがとー」
マグカップを両手に持ちつつリビングに戻ると、雪風の防寒は済んでいた。
その手にコーンスープの入ったマグカップを持たせてリビングの窓を開ける。
秋風が肌に触れると心地よいが、それと同時にある程度の防寒は必要だったと選択に誤りがなかったことを感じた。
雪風を迎えに行ったときに鳴いていた秋の虫も、高層階のこの部屋までは聞こえてこない。
この部屋のベランダは広い。これもこの部屋の魅力の一つなのだろうか。
あの日の帰り道、雪風を送りながら、一緒に住むかと声を掛けた数日後、雪風は驚くほど早く引っ越しの打診をしてきた。その早さに思わず面食らってしまったほどだった。
二人で物件を決めるところから始めるのかと思いきや、雪風にはいくつかの守らなければならない条件があったようだ。
送迎のハイヤーが対応する立地であること、会社から極端に離れ過ぎないこと、セキュリティがしっかりしていること、南野が所有するマンションであること。
最後の部分は最終的に買い上げればこと足りるから無視してもいいと言われたときは開いた口が塞がらなかった。
そこで、雪風の名前や立場が、並の人間では到底考えられないほどの重圧なのだと、そう思わずにはいられなかった。
結果として、候補の中から雪風の会社が一番近いマンションを選んだ。近ければ移動距離が短くて通勤にかかる時間を減らせる。その分、雪風が長く家に居られればいいと思ったりした。
南野が所有するマンションだから、家賃はかからない。光熱費と生活費、駐車場代だけ追加で払えばいいという、なんとも経験し難い話を聞いた。
駐車場代は車の所有者である雪風が支払い、光熱費と生活費だけ折半という形になったが、それだと毎月の固定費すら少額の出費で済んでしまうと恐れ慄いた。
引っ越しをしたとき、部屋の広さと二人分の荷物を見比べて、釣り合いが取れないなとも思った。元々何かをコレクションする趣味はないが、それを差し引いたとしても、雪風の荷物は少なかった。
服なんて最低限しかないよ、と言っていた雪風の姿を見て、それはそうか、と思い至った。
あの家にいたときは、雪子だったときは、女物の服を着ていたはずだ。男物の、雪風の服は本当に最低限しかなかったのかもしれない。そして、その最低限の服さえ、雪風はあのときに捨てたのだろう。
引っ越した日に、既にある程度の家具は備え付けられていた。ゲストルームにするには十分過ぎるほど整っていた部屋だが、雪風はその家具さえ入れ替えさせていた。使えるならそのままでもいいのではないか、と思ったほどだが、雪風には思うところがあったようだった。リビングにはソファーを、広い寝室には大きなベッドを一つだけ入れた雪風は心なしか満足そうにしていた気がした。
それでも、ソファーとベッド以外の食器や調理器具は二人で揃えた。部屋ごとにカーテンを選んだり、棚を選んだり、新しいものが届くたび、既存のものと入れ替えて、二人で選んだものを据える。
入れ替えたソファーとベッドの金額も折半しようと申し出たが、雪風は自分のわがままだから気にしなくていい、運び出した家具も捨てるわけではなく別の南野が所有するマンションの部屋に置くのだと言っていた。
広くて使いやすいキッチンに、広くて快適な風呂、広くて居心地の良いベランダ。
狭いより広い方が、雪風の心が窮屈にならないかもしれないと思った。
雪風が引っ越しのことや、一緒に暮らすことを、父親になんと説明したのか、説明したのかすら、分からなかった。
雪風はそのことに一切触れなかったし、南野から何かを言われたりすることも今の今までない。
南野の下請け会社で在庫管理の仕事をしているが、会社で呼び出されることもなければ、クビにされてもいない。
雪風のすることを容認しているのか、それとも何も知らないのか、引っ越しの翌日、場所を間違うことなく雪風を迎えに来たハイヤーは何を思ったのだろう。
「ひーたん」
雪風に呼ばれ、意識が浮上した。
思ったより考え込んでいたようだ。
「今日はありがと」
マグカップを持った雪風がにっこりと笑った。
雪風の頭に手を置き、ゆっくりと頭を撫でる。ついさっき乾かしたばかりの髪が気持ちいい。
今日は甘やかし放題だ。なんたって特別な日だから。
「一緒に暮らし始めた日をこうしてお祝い出来るの、嬉しい」
二人の誕生日はそれぞれ春と夏だ。秋のいま、祝うようなことはこれしかない。
今日は、雪風をとことん甘やかすと決めた。
日頃の感謝というよりかは、日頃の労いを込めての方が近い。
名前、立場、仕事、環境、雪風を取り巻く全てが雪風に優しくあればいいと思いつつも、その優しく世界を全てこの手で作り上げたいとも思ってしまう。そんな力があるわけもないのに、そう思わずにはいられないあたり、雪風に甘いのだろう。
甘やかして雪風が笑顔になれるなら、それに越したことはない。
雪風の頭を撫でていた手を雪風の頬に滑らせる。冷えてきたかと思ったが、まだ大丈夫そうだ。マグカップのスープもまだ暖かい。
「交換ー」
雪風が持っていたマグカップを差し出してきた。コーンスープはまだ半分ほど入っている。持っていたマグカップを雪風と交換すると、雪風は美味そうにポタージュを飲んだ。
コーンスープもポタージュもどっちも飲めて満足という顔をしているのを見ると、思わず笑ってしまう。
バラエティーパックの残りはコーンスープとポタージュとオニオンスープが一袋ずつだった。次の買い物でまた買い足しておこう。これから冬になると飲みたくなる回数が増えるだろう。
「ひーたん、月見てる?」
「え、あー見てる見てる」
言われて月を見上げて見れば、満月ではないが、悪くはない月だ。
地上で見るより、ある程度高いところから見る方が月を近く感じたりするのだろうか。
昔の人は月の中にうさぎを見たというが、実際に月の中にうさぎを見た試しはない。本当にうさぎが見えるのかも怪しいものだ。
月を見ている雪風はやはり、どこかと交信したがっているようにも見えた。月を見つめるその眼が、月のその遥か彼方の違う世界を見ているようで、まさかこいつ、月のうさぎだったのか、月に帰るつもりなのか、なんて考えをそんなわけないな、と頭から追い出した。
それでも月を見ていると、なんだか心が落ち着く気がした。日本人だからだろうか。
それとも、隣に雪風がいるからだろうか。
「…月、綺麗だな…」
今まで、月を見て綺麗だと思ったことがなかった。むしろ、月見というものさえこれが初めてかもしれない。
月はずっと世界の中に在り続け、これから先の未来もずっとその場所に在り続けるのだろう。
「死んでもいいよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
雪風を見れば、月を見ず、こちらをじっと見つめている。
自殺願望でもあったのだろうか。このままこのベランダから身投げをする気か。この高層階から飛び降りたら間違いなく助からない。
咄嗟に雪風の手首を勢いよく掴むと、雪風は笑った。
「死んでもいいくらい、幸せってことー!」
満面の笑みを見せられて思ったことは、やっぱりこいつかわいい顔してるな、なんて間の抜けた考えだった。
雪風が幸せを感じることができて、その空間に一緒にいる。
雪風が、雪風自身の幸せを感じている。
あの家では感じていなかった感情をこの瞬間に感じている。
それがなにより価値のあることに思えた。
雪風の笑顔を見ながら、身投げをする気がないと分かると、ようやく手を離すことができた。
もし今、雪風がこの世からいなくなったら、そう考えたとき、その先は何も考えられなかった。
雪風がいない世界はどれほど色が抜け落ちる世界だろう。
「ポタージュ飲み干しちゃった。入ろ、ひーたん」
「あ、あぁ」
雪風に促されるままベランダを後にし、部屋に入る。心なしか素早く窓の鍵をかけ、カーテンを閉めたところで、雪風が抱き着いてきた。
「あんまり月を見てると、月のうさぎにひーたんを盗られちゃうかもしれないし」
遊びで言っているようで、どこか真剣味があって、だとしても本当にそんなことを思っているわけではないだろうとは思う。
それでも。
「俺のうさぎは、後にも先にもお前だけだよ」
そう言って、雪風の頭を撫でる。
雪風はうさぎではなくなってしまったが、それでも他のうさぎの存在を気にするくらいには、うさぎだったことを思い出にしているのかもしれない。
雪子を捨てたとき、雪風はそれまでの雪風もあっさり捨てた。その中にはうさぎも含まれていたが、うさぎを捨てたことを後悔しているわけではないようだった。
うさぎはあくまでも、それまでの雪風同様、学校生活をカモフラージュするための代用品で、目眩しの意味しかなかった。その目眩しに意味を持たせてしまったことには責任がないとは言えない。
けれど、そんなことを雪風に言おうものなら、なんと返されるか分かったものではない。
「寝るか、先行ってろ」
「はーい」
雪風からマグカップを受け取り、軽く濯いで水を溜めてシンクに置いた。これは明日食洗機を使う一回目のときに一緒に中に入れればいい。
リビングの電気を消して、寝室に入ると雪風が既にベッドに入っている。
「ひーたん、あっためてー」
「お前やっぱり冷えたんじゃ」
「大丈夫ー!ひーたんにくっついて寝るから」
ベッドの中から両手を広げて言うから、まさか風邪をひかせたかと思ったが、ベッドの中に入ってみても特別冷えている感じではなかった。
さすがに風呂上がりの暖かさとは言わないが、スープを飲んでいたのもやはり大きかったのだろう。
雪風が急に月見をしたいと言い出した理由は分からなかったが、あまり意味があるようには思えなかった。いつもの気まぐれか、思うところがあったのか、詮索するつもりはない。
月見をして、雪風が満足したならばそれに越したことはない。
言葉の通り、ベッドに入ると雪風はくっつくようにしてもぞもぞと落ち着ける場所を探していた。
ようやく落ち着いたのか、動きを止めると雪風は胸元に埋めていた顔を上げた。
「おやすみ、ひーたん」
「おやすみ、雪風」
子守唄代わりに雪風の頭を撫でつつ、二人で夢の中へと飛び込んだ。
明日は弁当を持って、紅葉狩りに行く予定を立てている。
あの日の雪風が、神様は趣味が悪いと吐き捨てたあの赤を、また狩りに行く。
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よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年は私がちょっとプライベートで忙しくしていて、それが分かっていたので、お誕生日の二か月前からリクエストを聞いていたんですが、リクエストは「大人同棲うさぎがラブラブしているおはなし」でした。
「考えたけどもやっぱりどうしても餅は餅屋というか…」と言われ「本家本元の餅屋はよるこちゃんだからねwww」と言いました。
そして私、このあとがきを書くにあたって、よるこちゃんとのDMを見返したんですけども、二か月前のことだからか忘れてることがあり、いや、作品的には大まかにはリクエストに応えられているんですけど、もっと明るい内容でも良かったなーーー!!!!なんて今更思いました。
ちゅーもしてねー!!!!
「仄暗さとかそういうアレさとか、魔女も雪子も出てこないくらいの幸せ同棲生活にするぜ!」
とか宣言したんですけど、ところがどっこいですね。
魔女はいないけど、雪子の影はすごいです。
そして、リクエストを見誤った一番のダメなところは「同棲」だって言ってるのに、作中で「同棲」って単語は一言も出てこなくて、いうなれば「同居」すらも出てこないんですよね。
でも一緒に暮らしてます。同棲してます。ひーたんの口からも雪風の口からも出てきてないけど、同棲してます、許して。
何を思ったか「同棲」と「同居」の両方の単語を使わないことと、ひーたんの地の文で「俺」って使わないという変な縛りをつけていて(ひーたんの「俺」は台詞で一つだけ)、今考えるとそれこそなぜなの…って感じなんですが、期限まであと一時間切っているので、もうこれは生暖かい目で見ていただきたいですね………許して。
内容に触れていきますと、今回は去年の私のお誕生日プレゼントだった、大人うさぎの紅葉の話が、本編に昇格しまして、その紅葉の話を主軸に考えています。
同棲何周年記念かわからないけれど、二人でお祝いして、お月見する話です。
紅葉の話(よるこちゃん)→雷鳴り、雨降り降り(ゆずや)→この話、くらいの時系列のつもりなんですが、今回この話を書くにあたり、よるこちゃんから新しい設定をいただきました。
・ひーたんの仕事は南野の親の会社の下請けの在庫管理の仕事で土日祝休み
・雪風は休日出勤することがある
・(紅葉の話は)雪風の仕事終わりにひーたんが迎えにきている
・南野はハイヤーさんいそう(土日はお休み)
・ひーたんは車持てるほどお金持ちではなさそう
・南野が駐車場代はもってくれるし頼まれたら運転手は積極的にやるひーたん
・古い軽を運転するひーたん
ざっとこんな感じだったので、今回の話はこれを準用しています。
それ以外の公式外設定は私の捏造なので、よるこちゃんが追認しない限りは公式設定ではありません。
前回雪子が少女漫画好きとしたのですが、今回は雪子が少食だったとしてあります、公式設定ではありません。(雪子に捏造設定盛りすぎだぞわたし)
二か月も前からリクエストを聞いているのに、三日前にやっと書き始めて、文字数が5000文字になっても終わる気配がなく、6000文字でも終わらず、7500文字でようやく終わったんですが、寝る前に読み返していたら8000文字に増えていて、あと二時間だぞってときに何故か8500文字に増えていて、あと一時間と15分ってところで9000文字になっていたので、もう読むのさえやめました。
あと一時間切ったぞ、というところであとがきを書き出したんですが、あと30分ってところで今現在タイトルがまだ決まってません。無計画にもほどがある。
うさぎコンビのイメージソングを延々流しながら書きたいとか思ってました、イメージソングないですか、どうですか。
忙しかったとはいえ時間配分とリクエスト内容よく確認してから書いてよーーーと来年の戒めに…!
最後になりましたが、よるこちゃん、お誕生日おめでとうございます!
よい一年になりますようにー!
「もう一度、言って」
車が走り出してから、雪風はそっと呟いた。
何を、ととぼけることも出来たが、それよりも、と考え至ったことを口にした。
「10年後にまた言ってやるよ」
未来のことを告げるこの言葉は雪風にどう聞こえるのだろう。
車を走らせながら、紅葉が遠くなってゆく。
次に紅葉を見ることになるのはいつだろう。
どれくらい先のことか、今は見当もつかないけど、毎年じゃなくていい。
またいつか一緒に見れたら、それでいい。
「俺、南ちゃんじゃないよ」
意外だ。気付いたのか。
正直な話、雪風は気付かない、というか知らないと思っていた。
でもよくよく考えてみると、雪風が言った言葉は彼女が言った言葉と同じだったから、もしかしたら最初から知っていて、同じ言葉を言ったのかもしれない。
「でも『南野』だろ」
「ケチ」
「南ちゃんだ」
しばらく走り続けたら紅葉は見えなくなっていた。
いつの間にか雲行きが怪しくなってきている。雨が降るのかもしれない。遠くで雷の音が聞こえる気がする。
「雷だね」
雪風も気付いたようだ。これは足早に退散した方が賢明だ。
ただし、安全運転は忘れない。一人ならともかく、雪風を乗せたまま焦るのは良くない。何かあったら大変だだ。雪風は身分ある身なわけだし、会社のこととかいろいろと問題になるかもしれない。なんて、考えつつも、そんなことは大事じゃない。
俺が雪風を失うことの方が、よっぽど問題だ。
「ひーたん」
「んー?」
「余所見したら雷落とすよ、…だっちゃ」
「…だっちゃ」
余所見、とは、この場合は運転のことではない、はずだ。
ただ言われただけならばそう思っただろうが、だっちゃだ。
雪風に続いてだっちゃと言えば脳内にかわいい女の子が現れた。
角が生えていて、虎縞柄のビキニで、八重歯。
なるほど、雷を落とすか。
「なにお前、押しかけ女房する気なの」
「場合によってはそれも辞さないよ」
「あーまぁ、いつかは」
一緒に住むことも選択肢の一つだし。…なんて。
雪風は心配しているようだが、俺としては何を今更心配することがあるのか、という感じだ。
これまでずっと一緒にいて、一度だってそんなことがあっただろうか。
「余所見する暇なんかねーよ」
ただでさえ、ずっとお前を見てきたんだから。
それにしても。
「意外だな。漫画とか好きだったっけ」
今まで話題に出たことはないはずだ。思ったより年代が古いが、有名な作品なら一般教養程度で知っているのかもしれない。
俺もしっかりと読み込んだわけではないが、一般教養程度で知っている。
このくらいの漫画になると、読んだことが無くても知っている、になるのだから、名作と云うのは名に違わず名作なのだろう。
「俺がじゃないよ」
そう言った雪風は特に表情を変えたりはしなかった。
ただ一言、何でもない事かのように言った。
雪風が、じゃない。
なるほど、そういうことか。
その意味が分からないほど、馬鹿ではない。
「でも、紅天女がどっちになるかは知りたいかな」
「紅天女?」
「紫のバラの人とのことも気になるけどね」
「紫のバラ?」
今度はまったく分からなかった。
「紫のバラの人といい、ウィリアム大おじさまといい、あしながおじさんが都合よくいるところは現実味がないけど」
「なるほど、わからん」
「少年漫画より少女漫画だからね」
紅天女なんて漫画あったのか。紫のバラの人やウィリアム大おじさまなんていうのは知らないが、あしながおじさんは分かる。
少女漫画には詳しくない上に、この話の流れからすると古い作品だろう。知らなくても仕方ないか、と思い直した。
「陰で支えてくれる素性の分からない人より、ずっと傍にいて見守ってくれている人の方が、よっぽどいいと思うよ」
雪風の横顔を盗み見ると、何処か遠くを見ているようだった。
そろそろ本格的に雨が降りそうな感じがする。
なんとなく、こっちを向かせたくなった。
「雪風」
名前を呼んでみたが、雪風は顔をこっちに向けなかった。
呼ばれただけでは向かないか、と思いつつ返事もしないとは。
何事もないかのように、世間話であるかのように、さらっと言うのもありだろう。
「一緒に住むか」
遠くを見ていたはずの雪風が弾けるようにこっちを見る。
ついさっき、いつかなんて言ったのに、もうそのいつかが来たのか、なんて思っているのかもしれない。
雪風の眼が、顔が、驚きを隠せていない。
「………それって…」
そう言っている間に目的地に着いた。駐車場に車を停める。
俺を見る雪風の頭の上に左手を置き、ゆっくりと撫でてやる。
そのまま手を頬に滑らせると親指が雪風の口唇に触れた。
さらさらの髪に、すべすべの肌、柔らかい口唇、そして、俺を映す瞳。
「ずっと傍にいないとだろ」
あぁ、ちょうど、雨が降ってきた。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
「大人うさぎコンビ」を今年の誕生日プレゼントで頂いてですね。
やばかったと思いません?これもうほぼ本編じゃんと言われて、本編OKですって言ったら本編になったんですよ?意味分からなくないですか?意味分からないですよね?私は今でも意味分からないです。神。
そんな紅葉のうさぎコンビの直後を、日頃の感謝と本編化の御礼を兼ねて。
タイトルは「かみなりなり、あめふりふり」です。語感を大切にしました。嘘です。なんとなくです。
書いてる最初から、だいぶとネタに走っていることは言ってあったので、よるこさんには(概ね)承諾を頂いているんですけど、肌に合わなかった方は本当にすみません。
全部私が好きな作品なんですよ。(でしょうね)
Twitterでだけ元ネタの作品に触れていたので、こちらにも追記します。
上から、タッチ(浅倉南)、うる星やつら(ラム)、ガラスの仮面(紫のバラの人)、キャンディ・キャンディ(ウィリアム大おじさま)です。
「漫画とか好きだったっけ」というひーたんの問いに「俺がじゃないよ」と答えた雪風ですが、この話で漫画が好きだったのは雪子です。
そして、雪子が女の子だったから、少女漫画ばかり読んでいた、その雪子と辻褄を合わせるために雪風もそれらの作品を一度以上は読んでいる、ということなのですが、雪子が漫画好きなのは公式設定にはありませんので、ご了承ください。
少し古い作品なのも年齢層を雪子に合わせて少し上を設定しているからです。
本当は雪子の年齢層からしても少し上だと思いますが、普及の名作はいつ読んでも名作ですからね。
機会があれば是非。
車が走り出してから、雪風はそっと呟いた。
何を、ととぼけることも出来たが、それよりも、と考え至ったことを口にした。
「10年後にまた言ってやるよ」
未来のことを告げるこの言葉は雪風にどう聞こえるのだろう。
車を走らせながら、紅葉が遠くなってゆく。
次に紅葉を見ることになるのはいつだろう。
どれくらい先のことか、今は見当もつかないけど、毎年じゃなくていい。
またいつか一緒に見れたら、それでいい。
「俺、南ちゃんじゃないよ」
意外だ。気付いたのか。
正直な話、雪風は気付かない、というか知らないと思っていた。
でもよくよく考えてみると、雪風が言った言葉は彼女が言った言葉と同じだったから、もしかしたら最初から知っていて、同じ言葉を言ったのかもしれない。
「でも『南野』だろ」
「ケチ」
「南ちゃんだ」
しばらく走り続けたら紅葉は見えなくなっていた。
いつの間にか雲行きが怪しくなってきている。雨が降るのかもしれない。遠くで雷の音が聞こえる気がする。
「雷だね」
雪風も気付いたようだ。これは足早に退散した方が賢明だ。
ただし、安全運転は忘れない。一人ならともかく、雪風を乗せたまま焦るのは良くない。何かあったら大変だだ。雪風は身分ある身なわけだし、会社のこととかいろいろと問題になるかもしれない。なんて、考えつつも、そんなことは大事じゃない。
俺が雪風を失うことの方が、よっぽど問題だ。
「ひーたん」
「んー?」
「余所見したら雷落とすよ、…だっちゃ」
「…だっちゃ」
余所見、とは、この場合は運転のことではない、はずだ。
ただ言われただけならばそう思っただろうが、だっちゃだ。
雪風に続いてだっちゃと言えば脳内にかわいい女の子が現れた。
角が生えていて、虎縞柄のビキニで、八重歯。
なるほど、雷を落とすか。
「なにお前、押しかけ女房する気なの」
「場合によってはそれも辞さないよ」
「あーまぁ、いつかは」
一緒に住むことも選択肢の一つだし。…なんて。
雪風は心配しているようだが、俺としては何を今更心配することがあるのか、という感じだ。
これまでずっと一緒にいて、一度だってそんなことがあっただろうか。
「余所見する暇なんかねーよ」
ただでさえ、ずっとお前を見てきたんだから。
それにしても。
「意外だな。漫画とか好きだったっけ」
今まで話題に出たことはないはずだ。思ったより年代が古いが、有名な作品なら一般教養程度で知っているのかもしれない。
俺もしっかりと読み込んだわけではないが、一般教養程度で知っている。
このくらいの漫画になると、読んだことが無くても知っている、になるのだから、名作と云うのは名に違わず名作なのだろう。
「俺がじゃないよ」
そう言った雪風は特に表情を変えたりはしなかった。
ただ一言、何でもない事かのように言った。
雪風が、じゃない。
なるほど、そういうことか。
その意味が分からないほど、馬鹿ではない。
「でも、紅天女がどっちになるかは知りたいかな」
「紅天女?」
「紫のバラの人とのことも気になるけどね」
「紫のバラ?」
今度はまったく分からなかった。
「紫のバラの人といい、ウィリアム大おじさまといい、あしながおじさんが都合よくいるところは現実味がないけど」
「なるほど、わからん」
「少年漫画より少女漫画だからね」
紅天女なんて漫画あったのか。紫のバラの人やウィリアム大おじさまなんていうのは知らないが、あしながおじさんは分かる。
少女漫画には詳しくない上に、この話の流れからすると古い作品だろう。知らなくても仕方ないか、と思い直した。
「陰で支えてくれる素性の分からない人より、ずっと傍にいて見守ってくれている人の方が、よっぽどいいと思うよ」
雪風の横顔を盗み見ると、何処か遠くを見ているようだった。
そろそろ本格的に雨が降りそうな感じがする。
なんとなく、こっちを向かせたくなった。
「雪風」
名前を呼んでみたが、雪風は顔をこっちに向けなかった。
呼ばれただけでは向かないか、と思いつつ返事もしないとは。
何事もないかのように、世間話であるかのように、さらっと言うのもありだろう。
「一緒に住むか」
遠くを見ていたはずの雪風が弾けるようにこっちを見る。
ついさっき、いつかなんて言ったのに、もうそのいつかが来たのか、なんて思っているのかもしれない。
雪風の眼が、顔が、驚きを隠せていない。
「………それって…」
そう言っている間に目的地に着いた。駐車場に車を停める。
俺を見る雪風の頭の上に左手を置き、ゆっくりと撫でてやる。
そのまま手を頬に滑らせると親指が雪風の口唇に触れた。
さらさらの髪に、すべすべの肌、柔らかい口唇、そして、俺を映す瞳。
「ずっと傍にいないとだろ」
あぁ、ちょうど、雨が降ってきた。
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これまた、よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
「大人うさぎコンビ」を今年の誕生日プレゼントで頂いてですね。
やばかったと思いません?これもうほぼ本編じゃんと言われて、本編OKですって言ったら本編になったんですよ?意味分からなくないですか?意味分からないですよね?私は今でも意味分からないです。神。
そんな紅葉のうさぎコンビの直後を、日頃の感謝と本編化の御礼を兼ねて。
タイトルは「かみなりなり、あめふりふり」です。語感を大切にしました。嘘です。なんとなくです。
書いてる最初から、だいぶとネタに走っていることは言ってあったので、よるこさんには(概ね)承諾を頂いているんですけど、肌に合わなかった方は本当にすみません。
全部私が好きな作品なんですよ。(でしょうね)
Twitterでだけ元ネタの作品に触れていたので、こちらにも追記します。
上から、タッチ(浅倉南)、うる星やつら(ラム)、ガラスの仮面(紫のバラの人)、キャンディ・キャンディ(ウィリアム大おじさま)です。
「漫画とか好きだったっけ」というひーたんの問いに「俺がじゃないよ」と答えた雪風ですが、この話で漫画が好きだったのは雪子です。
そして、雪子が女の子だったから、少女漫画ばかり読んでいた、その雪子と辻褄を合わせるために雪風もそれらの作品を一度以上は読んでいる、ということなのですが、雪子が漫画好きなのは公式設定にはありませんので、ご了承ください。
少し古い作品なのも年齢層を雪子に合わせて少し上を設定しているからです。
本当は雪子の年齢層からしても少し上だと思いますが、普及の名作はいつ読んでも名作ですからね。
機会があれば是非。
気が付くと、そこは一面の花畑だった。
季節の境目がないように咲き誇る花たち。
ふと何かに手が触れ、その方向を見るとタナハシがいた。
こっちこっち、と言うように手を引かれ、花畑の中を走る。
風が冷たくて心地いい。花の香りが漂ってきて、とてもいい匂いがする。
小鳥や蝶々が飛んでいて、遠くには蜜蜂も飛んでいるみたいだ。
とても綺麗な場所。こんなところが近くにあったんだ、なんて思いながらふと気付く。家の近くにこんなに広々とした花畑はないし、どう考えても近所ではない。
そんな場所をタナハシに手を引かれながらずっとずっと進んで行く。
ところで、ここはどこ。どこに向かっているの。タナハシ、まって。
「まってタナハシ、どこいくの」
『どこって、どこだとおもう?』
その瞬間、辺り一面の花畑が消えた。
白い小さな部屋に俺とタナハシだけがいて、目の前には扉が二つ並んでいる。
木目調のなんの変哲もない扉が二つだけ。他には何もない。窓も、机も、椅子も、なにもない。
『このふたつの扉の片方にはいいゆめが、もう片方にはわるいゆめがいるよ。
よく考えて、どっちに進むか決めてね。いつまでも待ってるから。
正解は扉が教えてくれるよ』
「扉が、教えてくれる」
タナハシは扉が教えてくれると言っているが、扉が喋るのだろうか。
ものは試しだ、扉に話し掛けてみる。
「扉さーん」
勿論扉はうんともすんとも言わず、無反応のままで、それはそうかと思い直した。普通に考えて、扉は喋らない。
段々とこれが夢であることが分かってきた。明らかに現実世界ではない。夢の中で夢を視ていると気付くことはなんと云うんだったか、起きたら調べてみよう。
それにしても、喋らないのならばどう教えてくれるのだろう。
扉の近くまで行き、観察してみてもただの扉で、特筆すべきことは何もない。
なんとなく左側の扉に触れると一気に声が入って来た。
あんたが居なけりゃ私はきっと幸せになれた
向こうへ行きなさい顔も見たくないって言ったでしょう
「っっっ!!!!!!」
反射的に扉に触れた手を引っ込めた。
これは、お母さん、の、声だ。
一気に湧き上がってくる嫌悪感となんとも言えない不快感。
驚くほど心臓の音がよく聞こえる。動悸が止まらない。自然と呼吸が荒くなる。
気持ち悪い。
夢なのにこんなにも気持ち悪いなんて。
いや、そもそも本当に夢なのか。夢と現実の違いも分からないのか。
必死に落ち着こうとするが、そう思い通りにはいかない。
近くにいたタナハシを抱き締めて離せない。
タナハシを抱き締めてから、どれくらい時間が経ったのか分からない。この部屋には時計がないし、そもそも夢の中のはずなのに、体感時間がすごく長い気がする。でも実際どうなのか分からない。分からないことだらけだ。
この扉がもしわるいゆめの扉なら、もう片方はいいゆめの扉なのかもしれない。
でももう片方の扉がこれ以上にわるいゆめの扉だったら。
でも、これ以上にわるいゆめなんてあるだろうか。
あるとしたら、くまが、棚橋が、
「俺の前から、いなくなる、とか………」
自分で考えてから酷く怖ろしくなった。
そんなときが来ないとは限らない、そんな、そんなときが。
恐る恐る右側の扉に手を添えると、聞き馴染みのある声が聞こえた。
何だっていいんだ世話役でも守護霊でもスタンドでも
俺はお前専属くまだから
だからもう難しいこと全部保留にしよう
一生単位で俺と一緒にいてよ
「一生単位で、一緒に」
何故だかわからないけど、涙が出てきた。こんなにも棚橋の声で安心する。そうか、安心したから、涙が出たんだ。ほっとしたから、棚橋の声を聞いて。
どっちを選ぶかなんて考えるまでもない。
この扉を開ける。
『開ける扉は決まった?』
俺に抱き締められてたはずのタナハシが足元で聞いてくる。
いつの間にか、俺の腕の中にタナハシは居なかった。
「決まったよ。棚橋がいるから、俺は『しあわせ』を感じてる」
タナハシ、一緒においで。
今度は俺からタナハシの手を取って、迷うことなく目の前の扉を開けた。
扉を開けると、そこは一面の花畑でさっきも見た光景だった。
さっきと違うところは、テーブルと椅子があって棚橋がいることだ。
「国東、ちょうど出来たところだよ」
棚橋がにこりと笑って持っていたお皿をテーブルの上に置いた。
タナハシに引っ張られながら棚橋の元へ行き、椅子を勧められた。
目の前にあるのは、出来上がったばかりのホットケーキ。
「ホット、ケーキ…」
そう呟くと、棚橋はまた笑った。
「一緒に食べよ」
目の前にはホットケーキで、バターもメープルシロップも蜂蜜もなんでも選び放題で、隣には棚橋とタナハシがいて、辺り一面はお花畑で。
棚橋が笑ってる。
「棚橋、俺ずっと棚橋の傍にいてもいい?」
小さく聞くと、大きく返って来た。
「当たり前だろ」
前髪をかき分けられ、額に温かく柔らかいものが触れた。
「ずっと俺の傍にいてよ」
出来立てのホットケーキの、いい匂いがした。
「…ゆ、め…」
目が覚めると、やけに頭の中がぼーっとした。
なんか、いい夢だった気がする。そんな気がする。
ホットケーキが出てきた気がする。そんな気がする。
よく覚えてないけど。
今日は気候がよくてついうとうととしてしまったようだ。
時計を見ると思ったほど時間は経っていない。
「ホットケーキ食べたくなっちゃったな」
夢に出てきたような気がするけど、出て来てないかもしれない。
でも今なんとなく無性にホットケーキが食べたくなってしまったから。
ホットケーキミックスの買い置きとかあったかな。
この間使ってた気がするし、ないかもしれない。
あったらホットケーキが食べたい。
「ただいま」
キッチンを探していると棚橋が帰って来た。
今日は用事があるって言ってたっけ。もう終わったのかな。
「おかえり」
「なに探してんの?」
「なんか、夢でホットケーキが出て来たから、ホットケーキ食べたくなっちゃって」
「あぁ、この間使い切ったからちょうど買って来たよ」
そう言って、エコバッグからホットケーキミックスが出てきた。
なんと、以心伝心。
「おやつに作ろう」
棚橋が笑ったから。つられて俺も笑った。
「食べたら眠くなるかな」
さっきまで寝てたけど、食べたらまた眠くなりそうだ。
「眠くなったら一緒に寝ればいいよ」
そう言って今度は二人で眠る。
おやすみなさい。いいゆめをみるよ。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「くまコンビ」から。
まず最初に、くまコンビについて、話をさせてください。
私はpixivで「くま依存症」を拝見しただけのただの読者でした。
そのときに「くま依存症」から与えられた衝撃は今でも忘れられません。本当に、忘れられません。
作品の中に確かに存在してる仄暗さや優しさ、衝撃的で何度も読み返したのです。
お話が進むにつれ、うさぎコンビも姿を見せましたし、かわいい双子の妹も姿を見せました。終わってしまうことがとてもさみしく思うくらい、くま依存症が好きでしたし、今も好きです。
私がうさぎコンビを推しているのは、その当時「誰かがうさぎコンビを描いてくださいと言わなければこのまま描かれないまま終わってしまうかもしれない」と感じたからでした。それからうさぎコンビを推すことにし、うさぎコンビを目にする機会も増えました。本当に嬉しいです。
「くま依存症」を好きな人は「くまコンビ」が好きなのが当たり前ですし、私もその一人です。それでもうさぎコンビばかりお願いしたのは、くまコンビと比べての情報量が圧倒的に少なかったからでした。
うさぎコンビが好きです、でも同じくらいくまコンビが好きです。
うさぎコンビは「未来がない」と思っていました。雪風が雪子をやっているまでの間がうさぎコンビで、未来はないのだ、と。だからこそ未来の話でも書くことが出来ましたが、くまコンビは違います。
くまコンビには「未来がある」と思っています。だからこそ、今回、お題を貰ってからプロットと上げるまでに結構悩みました。大筋はすぐ纏まったので、内容というよりは「どこまで描写するか」の一点においてです。
よるこ作品における魅力として私がすごく好きな部分は「不思議さ」にあります。だからこそ、今までうさぎコンビを書いてきたときに大事にしたことは「描写しすぎない」こと、でした。
私がオリジナル作品で書いているように書いてしまうと、うさぎコンビの持っている「不思議さ」が失われてしまうと感じ、段落は使用せず、極端に地の文を少なくし、その分改行を多めにしています。
それを今回も守ろうと思い、書き始めましたが、うさぎコンビには「未来がない」分、未来を想像しながら書くことが出来た反面、くまコンビには「未来がある」ため、よるこさんが開示しているくまコンビの未来と齟齬があってはいけません。くま依存症にある部分を引用し、書き上げてゆく。
結局なところ、書き上げた物に納得がいっているかと言われると、答えに困ってしまいます。今の私が自分の決めた決まりを守って書いたものがこの作品だけれど、でももっと良くする方法があるんじゃないかとか、オリジナルでもなく、版権の二次創作でもなく、創作の二次創作でご本人に読んで頂くことを前提としているからこそ、今回は今まで以上に悩みましたし、迷いました。
今までで一番長い話になったのも私の悩んだ結果というか、迷った結果というか、すっきりと仕上げることが出来なかったところなのかもしれません。
心残りは山程ありますが、今の私ではこれがくまコンビを壊さないように紡いだ精一杯でした。
くま依存症はとても素敵な作品なのです。私のこの作品では何も伝わらないかもしれないけれど、本当に素敵な作品なんです。この作品がくま依存症の評判を下げるなんて痴がましいことは思わないけれど、本当に素敵な作品なんです。それだけは本当に本当で、変わらない事実なんです。
季節の境目がないように咲き誇る花たち。
ふと何かに手が触れ、その方向を見るとタナハシがいた。
こっちこっち、と言うように手を引かれ、花畑の中を走る。
風が冷たくて心地いい。花の香りが漂ってきて、とてもいい匂いがする。
小鳥や蝶々が飛んでいて、遠くには蜜蜂も飛んでいるみたいだ。
とても綺麗な場所。こんなところが近くにあったんだ、なんて思いながらふと気付く。家の近くにこんなに広々とした花畑はないし、どう考えても近所ではない。
そんな場所をタナハシに手を引かれながらずっとずっと進んで行く。
ところで、ここはどこ。どこに向かっているの。タナハシ、まって。
「まってタナハシ、どこいくの」
『どこって、どこだとおもう?』
その瞬間、辺り一面の花畑が消えた。
白い小さな部屋に俺とタナハシだけがいて、目の前には扉が二つ並んでいる。
木目調のなんの変哲もない扉が二つだけ。他には何もない。窓も、机も、椅子も、なにもない。
『このふたつの扉の片方にはいいゆめが、もう片方にはわるいゆめがいるよ。
よく考えて、どっちに進むか決めてね。いつまでも待ってるから。
正解は扉が教えてくれるよ』
「扉が、教えてくれる」
タナハシは扉が教えてくれると言っているが、扉が喋るのだろうか。
ものは試しだ、扉に話し掛けてみる。
「扉さーん」
勿論扉はうんともすんとも言わず、無反応のままで、それはそうかと思い直した。普通に考えて、扉は喋らない。
段々とこれが夢であることが分かってきた。明らかに現実世界ではない。夢の中で夢を視ていると気付くことはなんと云うんだったか、起きたら調べてみよう。
それにしても、喋らないのならばどう教えてくれるのだろう。
扉の近くまで行き、観察してみてもただの扉で、特筆すべきことは何もない。
なんとなく左側の扉に触れると一気に声が入って来た。
あんたが居なけりゃ私はきっと幸せになれた
向こうへ行きなさい顔も見たくないって言ったでしょう
「っっっ!!!!!!」
反射的に扉に触れた手を引っ込めた。
これは、お母さん、の、声だ。
一気に湧き上がってくる嫌悪感となんとも言えない不快感。
驚くほど心臓の音がよく聞こえる。動悸が止まらない。自然と呼吸が荒くなる。
気持ち悪い。
夢なのにこんなにも気持ち悪いなんて。
いや、そもそも本当に夢なのか。夢と現実の違いも分からないのか。
必死に落ち着こうとするが、そう思い通りにはいかない。
近くにいたタナハシを抱き締めて離せない。
タナハシを抱き締めてから、どれくらい時間が経ったのか分からない。この部屋には時計がないし、そもそも夢の中のはずなのに、体感時間がすごく長い気がする。でも実際どうなのか分からない。分からないことだらけだ。
この扉がもしわるいゆめの扉なら、もう片方はいいゆめの扉なのかもしれない。
でももう片方の扉がこれ以上にわるいゆめの扉だったら。
でも、これ以上にわるいゆめなんてあるだろうか。
あるとしたら、くまが、棚橋が、
「俺の前から、いなくなる、とか………」
自分で考えてから酷く怖ろしくなった。
そんなときが来ないとは限らない、そんな、そんなときが。
恐る恐る右側の扉に手を添えると、聞き馴染みのある声が聞こえた。
何だっていいんだ世話役でも守護霊でもスタンドでも
俺はお前専属くまだから
だからもう難しいこと全部保留にしよう
一生単位で俺と一緒にいてよ
「一生単位で、一緒に」
何故だかわからないけど、涙が出てきた。こんなにも棚橋の声で安心する。そうか、安心したから、涙が出たんだ。ほっとしたから、棚橋の声を聞いて。
どっちを選ぶかなんて考えるまでもない。
この扉を開ける。
『開ける扉は決まった?』
俺に抱き締められてたはずのタナハシが足元で聞いてくる。
いつの間にか、俺の腕の中にタナハシは居なかった。
「決まったよ。棚橋がいるから、俺は『しあわせ』を感じてる」
タナハシ、一緒においで。
今度は俺からタナハシの手を取って、迷うことなく目の前の扉を開けた。
扉を開けると、そこは一面の花畑でさっきも見た光景だった。
さっきと違うところは、テーブルと椅子があって棚橋がいることだ。
「国東、ちょうど出来たところだよ」
棚橋がにこりと笑って持っていたお皿をテーブルの上に置いた。
タナハシに引っ張られながら棚橋の元へ行き、椅子を勧められた。
目の前にあるのは、出来上がったばかりのホットケーキ。
「ホット、ケーキ…」
そう呟くと、棚橋はまた笑った。
「一緒に食べよ」
目の前にはホットケーキで、バターもメープルシロップも蜂蜜もなんでも選び放題で、隣には棚橋とタナハシがいて、辺り一面はお花畑で。
棚橋が笑ってる。
「棚橋、俺ずっと棚橋の傍にいてもいい?」
小さく聞くと、大きく返って来た。
「当たり前だろ」
前髪をかき分けられ、額に温かく柔らかいものが触れた。
「ずっと俺の傍にいてよ」
出来立てのホットケーキの、いい匂いがした。
「…ゆ、め…」
目が覚めると、やけに頭の中がぼーっとした。
なんか、いい夢だった気がする。そんな気がする。
ホットケーキが出てきた気がする。そんな気がする。
よく覚えてないけど。
今日は気候がよくてついうとうととしてしまったようだ。
時計を見ると思ったほど時間は経っていない。
「ホットケーキ食べたくなっちゃったな」
夢に出てきたような気がするけど、出て来てないかもしれない。
でも今なんとなく無性にホットケーキが食べたくなってしまったから。
ホットケーキミックスの買い置きとかあったかな。
この間使ってた気がするし、ないかもしれない。
あったらホットケーキが食べたい。
「ただいま」
キッチンを探していると棚橋が帰って来た。
今日は用事があるって言ってたっけ。もう終わったのかな。
「おかえり」
「なに探してんの?」
「なんか、夢でホットケーキが出て来たから、ホットケーキ食べたくなっちゃって」
「あぁ、この間使い切ったからちょうど買って来たよ」
そう言って、エコバッグからホットケーキミックスが出てきた。
なんと、以心伝心。
「おやつに作ろう」
棚橋が笑ったから。つられて俺も笑った。
「食べたら眠くなるかな」
さっきまで寝てたけど、食べたらまた眠くなりそうだ。
「眠くなったら一緒に寝ればいいよ」
そう言って今度は二人で眠る。
おやすみなさい。いいゆめをみるよ。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「くまコンビ」から。
まず最初に、くまコンビについて、話をさせてください。
私はpixivで「くま依存症」を拝見しただけのただの読者でした。
そのときに「くま依存症」から与えられた衝撃は今でも忘れられません。本当に、忘れられません。
作品の中に確かに存在してる仄暗さや優しさ、衝撃的で何度も読み返したのです。
お話が進むにつれ、うさぎコンビも姿を見せましたし、かわいい双子の妹も姿を見せました。終わってしまうことがとてもさみしく思うくらい、くま依存症が好きでしたし、今も好きです。
私がうさぎコンビを推しているのは、その当時「誰かがうさぎコンビを描いてくださいと言わなければこのまま描かれないまま終わってしまうかもしれない」と感じたからでした。それからうさぎコンビを推すことにし、うさぎコンビを目にする機会も増えました。本当に嬉しいです。
「くま依存症」を好きな人は「くまコンビ」が好きなのが当たり前ですし、私もその一人です。それでもうさぎコンビばかりお願いしたのは、くまコンビと比べての情報量が圧倒的に少なかったからでした。
うさぎコンビが好きです、でも同じくらいくまコンビが好きです。
うさぎコンビは「未来がない」と思っていました。雪風が雪子をやっているまでの間がうさぎコンビで、未来はないのだ、と。だからこそ未来の話でも書くことが出来ましたが、くまコンビは違います。
くまコンビには「未来がある」と思っています。だからこそ、今回、お題を貰ってからプロットと上げるまでに結構悩みました。大筋はすぐ纏まったので、内容というよりは「どこまで描写するか」の一点においてです。
よるこ作品における魅力として私がすごく好きな部分は「不思議さ」にあります。だからこそ、今までうさぎコンビを書いてきたときに大事にしたことは「描写しすぎない」こと、でした。
私がオリジナル作品で書いているように書いてしまうと、うさぎコンビの持っている「不思議さ」が失われてしまうと感じ、段落は使用せず、極端に地の文を少なくし、その分改行を多めにしています。
それを今回も守ろうと思い、書き始めましたが、うさぎコンビには「未来がない」分、未来を想像しながら書くことが出来た反面、くまコンビには「未来がある」ため、よるこさんが開示しているくまコンビの未来と齟齬があってはいけません。くま依存症にある部分を引用し、書き上げてゆく。
結局なところ、書き上げた物に納得がいっているかと言われると、答えに困ってしまいます。今の私が自分の決めた決まりを守って書いたものがこの作品だけれど、でももっと良くする方法があるんじゃないかとか、オリジナルでもなく、版権の二次創作でもなく、創作の二次創作でご本人に読んで頂くことを前提としているからこそ、今回は今まで以上に悩みましたし、迷いました。
今までで一番長い話になったのも私の悩んだ結果というか、迷った結果というか、すっきりと仕上げることが出来なかったところなのかもしれません。
心残りは山程ありますが、今の私ではこれがくまコンビを壊さないように紡いだ精一杯でした。
くま依存症はとても素敵な作品なのです。私のこの作品では何も伝わらないかもしれないけれど、本当に素敵な作品なんです。この作品がくま依存症の評判を下げるなんて痴がましいことは思わないけれど、本当に素敵な作品なんです。それだけは本当に本当で、変わらない事実なんです。
くんくん。この独特な匂いは。
なるほど、金木犀の匂いだ。
この香りがすると、秋を実感する。
「ひーたん、金木犀の匂いがするね」
あれ、そういえば、この感じ、前にどこかで?
はて?デジャブ?
隣を歩くひーたんを見てもひーたんはいつも通りだ。
「もう秋なんだなぁ…って!梨!」
そう思ったところで、ひーたんが大声で叫ぶからちょっと驚いた。
「梨?」
ひーたんの顔を窺いながら聞いてみる。
気のせいじゃない。確かにこの会話を前にもしたような。
「金木犀が咲いてるってことは、梨の旬が終わってるんだよ。あー今年は食べ損ねたー」
うん、ひーたんはまったく同じことを言っているみたい。
なるほど、これは何かがどうにか作用して、なんとかなってしまっているわけだ。
ということは、前と同じようにことが進むはずで、このあと、俺が言った言葉のあとに、ひーたんは同じことを言うんだろう。
「ひーたんは物知りさんだね」
前と同じようにそう言ってひーたんに向けて笑うと、ひーたんはやっぱり何かを考えているようだった。
ひーたんの手が俺の頭の上に乗る。
「来年、一緒に食べような」
やっぱり、ひーたんは同じことを言った。
そして、同じことをした。
来年の、約束。
ひーたんが言う言葉は分かっていたはずなのに。
ひーたんの言葉を遮ることも出来たはずなのに。
それでも、何も言い出せず、話を逸らすことも出来なかった。
そうこうしている間に、玄関へ着いた。
このまま同じように進むなら、ひーたんの下駄箱には入れ間違えられた手紙が入っているはずだ。
その手紙に驚いてラブレター、どこのうさぎからだと騒けば―――。
「えっ」
前はひーたんが出した言葉を、今度は俺が出した。
ひーたんは何食わぬ顔で下駄箱から靴を取り出して、履き替えている。手紙のことには一切触れない。
あれ?手紙は?
「ひーたん!」
思いのほか大きな声が出て、ひーたんは驚いたようだった。
だけど、そんなことには構っていられない。
「手紙入ってなかった!?ラブレター!」
俺がそういうと、ひーたんは少し呆れたような顔をした。
「は?なに、お前なんかしたの?言いたいことあるなら言えよ」
手紙なんて書かずに、普通に話せばいいだろ。
何も知らないひーたんはそういうけど、そういうことじゃない。
すぐさまひーたんの下駄箱を見ても何も入ってない。
入れ間違えられたラブレターが入っているはずだったのに、入っていないなんて。
まったく同じように進むと思っていたのに、まさかこんな展開になるなんて思っていなかった。
これはますます意図が分からない。
魔女の企みのひとつなのだろうか。
「帰るぞ、雪風」
下駄箱をずっと見ている俺にひーたんが声を掛ける。
いつもと同じように。
帰り道を歩いていても、どこからか金木犀の匂いがする。
おかしい。本当におかしい。
このまま歩いていたら、前と同じように魔女が来るだろうと思っていた。
魔女が来たら、魔女の話を押しのけてでもこのことを聞こうと思っていたのに、全然来ない。
一体どういうことなのか。
前と同じことを繰り返していると思っていたけど、そうではないみたいだし、意図が分からない。
魔女の仕業じゃないのか?いやでもそれだと余計に意図が分からない。
「雪風?」
気付けば、ひーたんが立ち止まっていた。
考え事をしていた俺に気付いたらしい。
「また変な電波受信してんのか?」
そう言いながら、俺の耳をくいくいと引っ張る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
むしろ電波受信するはずが受信出来てなくて困っているというか。
「じゃあなんだよ」
これをひーたんに説明するのもなぁ…なんて考えていたら、ひーたんは痺れを切らせたのか、耳を引っ張りながら溜め息を吐いた。
「うち帰ったら耳外せよ」
前と同じ言葉。
「耳ない方が好きだ」
「えっ」
それは、初耳。
耳だけに。
って!そうじゃない!
―――遅くなったけど、誕生日プレゼントだよ
途端に聞こえた、魔女の声。
誕生日プレゼントって、いや、なんていうか。
「…俺の誕生日…八月なんだけど…」
もう本格的な秋になっている。夏生まれの俺からすると遅刻もいいところだ。
いや、違う。遅刻とかいう以前にやっぱり魔女の仕業か。いや、わかってたけど。そうだろうと思ってたけど。いきなりなんでこんな。
「なんか言ったか?」
目の前で、ひーたんが俺を見る。
誕生日プレゼントって、いったいなにが、どこまで、そもそも。
夢か現実かすら分からないなんて反応のしようがない。
いや、もうやめよう。
考えることは放棄する。
これ以上考えても仕方ない。
とりあえず。
「ひーたんすき!」
「はいはい」
今ここに、ひーたんがいるからそれでいい。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、ヤヒコさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年はちょっと忙しくしていて、お誕生日プレゼントのお題を聞きそびれていたので、奇しくも同じお題で再チャレンジです。
ただし、今回は追加テーマとして「再上映(リバイバル)」があったりなかったりします。
本当にリバイバルなのか夢なのかとか、その辺はざっくりと感じとってください←
プロットから完成までが一時間くらいなのですが、元の話があったからこそ一時間でなんとか形に出来たかなという感じです。
このお題もそろそろ飽きられる頃だと思うので、来年こそは違うお題を伺って、一味違うものを書きたいと思ったり。
うさぎコンビお好きな方はあくまでも二次創作なので、怒らないで。いやほんとごめんなさい。
この話の「一回目」がこちら。
なるほど、金木犀の匂いだ。
この香りがすると、秋を実感する。
「ひーたん、金木犀の匂いがするね」
あれ、そういえば、この感じ、前にどこかで?
はて?デジャブ?
隣を歩くひーたんを見てもひーたんはいつも通りだ。
「もう秋なんだなぁ…って!梨!」
そう思ったところで、ひーたんが大声で叫ぶからちょっと驚いた。
「梨?」
ひーたんの顔を窺いながら聞いてみる。
気のせいじゃない。確かにこの会話を前にもしたような。
「金木犀が咲いてるってことは、梨の旬が終わってるんだよ。あー今年は食べ損ねたー」
うん、ひーたんはまったく同じことを言っているみたい。
なるほど、これは何かがどうにか作用して、なんとかなってしまっているわけだ。
ということは、前と同じようにことが進むはずで、このあと、俺が言った言葉のあとに、ひーたんは同じことを言うんだろう。
「ひーたんは物知りさんだね」
前と同じようにそう言ってひーたんに向けて笑うと、ひーたんはやっぱり何かを考えているようだった。
ひーたんの手が俺の頭の上に乗る。
「来年、一緒に食べような」
やっぱり、ひーたんは同じことを言った。
そして、同じことをした。
来年の、約束。
ひーたんが言う言葉は分かっていたはずなのに。
ひーたんの言葉を遮ることも出来たはずなのに。
それでも、何も言い出せず、話を逸らすことも出来なかった。
そうこうしている間に、玄関へ着いた。
このまま同じように進むなら、ひーたんの下駄箱には入れ間違えられた手紙が入っているはずだ。
その手紙に驚いてラブレター、どこのうさぎからだと騒けば―――。
「えっ」
前はひーたんが出した言葉を、今度は俺が出した。
ひーたんは何食わぬ顔で下駄箱から靴を取り出して、履き替えている。手紙のことには一切触れない。
あれ?手紙は?
「ひーたん!」
思いのほか大きな声が出て、ひーたんは驚いたようだった。
だけど、そんなことには構っていられない。
「手紙入ってなかった!?ラブレター!」
俺がそういうと、ひーたんは少し呆れたような顔をした。
「は?なに、お前なんかしたの?言いたいことあるなら言えよ」
手紙なんて書かずに、普通に話せばいいだろ。
何も知らないひーたんはそういうけど、そういうことじゃない。
すぐさまひーたんの下駄箱を見ても何も入ってない。
入れ間違えられたラブレターが入っているはずだったのに、入っていないなんて。
まったく同じように進むと思っていたのに、まさかこんな展開になるなんて思っていなかった。
これはますます意図が分からない。
魔女の企みのひとつなのだろうか。
「帰るぞ、雪風」
下駄箱をずっと見ている俺にひーたんが声を掛ける。
いつもと同じように。
帰り道を歩いていても、どこからか金木犀の匂いがする。
おかしい。本当におかしい。
このまま歩いていたら、前と同じように魔女が来るだろうと思っていた。
魔女が来たら、魔女の話を押しのけてでもこのことを聞こうと思っていたのに、全然来ない。
一体どういうことなのか。
前と同じことを繰り返していると思っていたけど、そうではないみたいだし、意図が分からない。
魔女の仕業じゃないのか?いやでもそれだと余計に意図が分からない。
「雪風?」
気付けば、ひーたんが立ち止まっていた。
考え事をしていた俺に気付いたらしい。
「また変な電波受信してんのか?」
そう言いながら、俺の耳をくいくいと引っ張る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
むしろ電波受信するはずが受信出来てなくて困っているというか。
「じゃあなんだよ」
これをひーたんに説明するのもなぁ…なんて考えていたら、ひーたんは痺れを切らせたのか、耳を引っ張りながら溜め息を吐いた。
「うち帰ったら耳外せよ」
前と同じ言葉。
「耳ない方が好きだ」
「えっ」
それは、初耳。
耳だけに。
って!そうじゃない!
―――遅くなったけど、誕生日プレゼントだよ
途端に聞こえた、魔女の声。
誕生日プレゼントって、いや、なんていうか。
「…俺の誕生日…八月なんだけど…」
もう本格的な秋になっている。夏生まれの俺からすると遅刻もいいところだ。
いや、違う。遅刻とかいう以前にやっぱり魔女の仕業か。いや、わかってたけど。そうだろうと思ってたけど。いきなりなんでこんな。
「なんか言ったか?」
目の前で、ひーたんが俺を見る。
誕生日プレゼントって、いったいなにが、どこまで、そもそも。
夢か現実かすら分からないなんて反応のしようがない。
いや、もうやめよう。
考えることは放棄する。
これ以上考えても仕方ない。
とりあえず。
「ひーたんすき!」
「はいはい」
今ここに、ひーたんがいるからそれでいい。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、ヤヒコさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年はちょっと忙しくしていて、お誕生日プレゼントのお題を聞きそびれていたので、奇しくも同じお題で再チャレンジです。
ただし、今回は追加テーマとして「再上映(リバイバル)」があったりなかったりします。
本当にリバイバルなのか夢なのかとか、その辺はざっくりと感じとってください←
プロットから完成までが一時間くらいなのですが、元の話があったからこそ一時間でなんとか形に出来たかなという感じです。
このお題もそろそろ飽きられる頃だと思うので、来年こそは違うお題を伺って、一味違うものを書きたいと思ったり。
うさぎコンビお好きな方はあくまでも二次創作なので、怒らないで。いやほんとごめんなさい。
この話の「一回目」がこちら。
「ひーたん、ほんとに泊まってくの?」
「え、だめ?」
部屋に入り、荷物を下ろしてから、とりあえず、そう聞いてみた。
泊まって行くと最初から分かっていたらいろんな準備をしたが、何せ突発だからこそ、招き入れるための準備は何一つしていない。
そもそも、泊まりに来ると分かっていたら逃げていたかもしれない。
確認の意味で聞いてみると、ひーたんは何か問題があるのかというくらい、あっさりと答えた。
あの頃のひーたんはこんな性格だっただろうか。久しぶり過ぎて、いまいち感覚が掴めない。それよりも未だこの状況が都合のいい夢なのではないかと思えるほどだ。
「お客様用の布団とかないから、俺と一緒にベッドだけど…」
「いいよ。ほら、雪風、梨食うぞ」
今日は、一緒に梨を食べて、一緒に寝よう。
ひーたんはそう言って、キッチンで包丁を見つけて、梨の皮を剥き出した。
途中で、ひーたんはお客様なんだし、俺が剥くよと言ったら、ひーたんは俺がいるときにお前に危ないもの持たせたくないと言った。危ないものって、俺だって一人暮らししてるし、包丁くらい使えるよ、と返したら、いいから、と一言だけ言われた。
なんか、ひーたん前に比べて随分と過保護だ。
そして前に比べて、随分と甘い。
ひーたんと食べた梨はとても美味しかった。ひーたんは旬だから美味しいと言っていたけど、俺は旬だからとかじゃなく、ひーたんと食べてるからだと思う。
美味しい梨を食べながら、これが林檎だったら、うさぎの形に切れるな、なんて思い浮かべながら、林檎を買って練習してみてもいいな、とも思った。
「ひーたん、狭くない?」
シングルサイズのベッドの端ににひーたんが寝て、それから「ん!」と両手を伸ばしてくれた。その腕の中に入って腕の暖かさを再確認する。
「平気。お前こそ狭いだろ」
「ううん、ひーたんにひっついてるから平気」
お互いにお互いのことばっかり心配してる。
あぁ、やっぱり、ひーたんの腕の中は暖かいなぁ。
「ひーたん、腕痛くならない?」
ずっと腕の中にいたら、ひーたんの腕が痺れてしまって、寝るどころではないのではないか、と更に心配を重ねたが、ひーたんはなんてことない顔をしている。
「いい。寝てる間にお前が逃げて消えないようにしてる」
俺が逃げる可能性も考えていたんだ。と素直に思った。確かに、さっきも考えていたが、予め来ることが分かっていたら見つからないように逃げていたかもしれない。というか、十中八九逃げていただろう。
ひーたんはあの頃の思い出で、置いてきたうさぎに付属するもので、今の俺には必要ないものだ。
なのに、どうしてもこの腕を振り切ることが出来ない。
あの頃の、うさぎだった頃の方が、俺の考えや目的は一貫していて、ぶれていなかったように思う。
今はぶれぶれだ。
でも、それでもいい。ぶれぶれでも、なんでも、今この瞬間だけは難しいことは考えない。ひーたんの腕の中で、ひーたんと一緒に眠る。
そして、今までと違う、新しい朝を迎えよう。
あまりの心地良さに微睡みながら、ゆっくりと意識が浮かび上がる。頭がとても気持ち良い。
「…ひー…たん…?」
「悪い、起こしたか?」
そう言うと、ひーたんは俺の頭を撫でるのを止めてしまった。ずっと、頭を撫でてくれていたんだ。さっきまでの心地良さはこれか、と思考が行き着いてから、手を止めてしまったひーたんに甘えてみた。
「…ううん………ひーたんに撫でられるの気持ちいい」
ひーたんの胸に頭をぐりぐりと押し付けると、ひーたんはまた俺の頭を撫でてくれた。
優しく優しく撫でてくれて、また訪れた心地良さが頭をふわふわとさせる。
「ここから出たくないなぁ…」
ふと出た本音に、ひーたんがどんな顔をしていたのか分からない。けれど、意識が遠のく瞬間、頭の上で『ちゅっ』といったような気がした。それを最後にまた、俺の意識は彼方へと消えた。
「じゃあ、雪風、元気にしてろよ」
遅くまでひーたんと眠り、いい加減起きないとと起きてしばらくすると、ひーたんは帰ると言った。それはそうだろう。至極当たり前のことなのに、それをすんなりと受け入れられなかった自分に愕然とした。
来ると分かったら逃げていただろうに、帰ると分かったらそれを名残惜しく思う。
あんまりにも重症だ。
「………うん…」
小さな返事をして、地面を見つめている。ひーたんの顔が見れない。
外はやっぱり、金木犀の香りがする。これから金木犀の香りがする度に、この日のことを思い出してしまいそうだ。
「じゃあな」
その一言で、弾かれたように勢いよく顔を上げた。
「ひーたん!」
歩き出すために振り返ろうとしているところを、勢いよく飛び付く。
「うわっ!」
ごめんね、ひーたん、あとちょっとだけ、あとちょっとだけだから。
いきなり飛び付いた俺を、ひーたんはゆっくりと抱き締めてくれた。
「雪風、無理に帰って来いとは言わないけど、あいつらも会いたがってたぞ」
あいつら、とは、棚橋くんと国東くんだ。昨日寝る前に手紙のことを聞いたら、あのレターセットはやっぱり棚橋くんから貰ったと言っていた。そうだろうと思った。かわいいハリネズミのレターセットだった。ここでハリネズミではなくうさぎのセットだったら、それはそれで複雑だったかもしれない。俺はもううさぎじゃないのに、複雑な気持ちになるのか。
「…うん………」
これまた心許ない言葉だけの返事をして、抱き着く腕に力を込める。
「また来月来る」
ひーたんが優しく言ってくれる。
あの場所から、随分と遠いところへ来てしまった。それなのに、あっさりと言うひーたんに、なんとも言えない想いが湧き上がってくる。
「…うん………」
涙声を我慢して、なけなしの力で精一杯の返事をした。
「泣くなよ」
連れて帰りたくなる。
その一言に、また涙が溢れそうになる。
俺はひーたんのうさぎなんだから、ちゃんと面倒見てよね、なんて、うさぎの頃なら軽々と言えたことが、今ではこのざまだ。
恋人とか、そんな甘い関係じゃない。
それでも。
「冗談だよ」
次に逢ったときに、一緒に連れて帰ってって言ったら、連れて帰ってくれるのかな。
あの街に帰るのは到底無理なことなのに、ふとそう思う思考を止められなかった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、ヤヒコさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
先日の全く生かせなかった「新しい朝」の分を提出します。
ひーたんが帰って、その帰り道に棚橋に電話しながらちょっと惚気るようなところまで考えたのですが、なんとなく、雪風とひーたんを離したくなくて、ひーたんの帰り道は書かないことになりました。
電波ではない雪風はそれはそれで未知数だし、雪風に甘過ぎる溺愛ひーたんもそれはそれで未知数なので、キャラ崩壊もいいところなのですが、あくまでも二次創作なので、怒らないで。いやほんとごめんなさい。
この話の前日がこちら。
「え、だめ?」
部屋に入り、荷物を下ろしてから、とりあえず、そう聞いてみた。
泊まって行くと最初から分かっていたらいろんな準備をしたが、何せ突発だからこそ、招き入れるための準備は何一つしていない。
そもそも、泊まりに来ると分かっていたら逃げていたかもしれない。
確認の意味で聞いてみると、ひーたんは何か問題があるのかというくらい、あっさりと答えた。
あの頃のひーたんはこんな性格だっただろうか。久しぶり過ぎて、いまいち感覚が掴めない。それよりも未だこの状況が都合のいい夢なのではないかと思えるほどだ。
「お客様用の布団とかないから、俺と一緒にベッドだけど…」
「いいよ。ほら、雪風、梨食うぞ」
今日は、一緒に梨を食べて、一緒に寝よう。
ひーたんはそう言って、キッチンで包丁を見つけて、梨の皮を剥き出した。
途中で、ひーたんはお客様なんだし、俺が剥くよと言ったら、ひーたんは俺がいるときにお前に危ないもの持たせたくないと言った。危ないものって、俺だって一人暮らししてるし、包丁くらい使えるよ、と返したら、いいから、と一言だけ言われた。
なんか、ひーたん前に比べて随分と過保護だ。
そして前に比べて、随分と甘い。
ひーたんと食べた梨はとても美味しかった。ひーたんは旬だから美味しいと言っていたけど、俺は旬だからとかじゃなく、ひーたんと食べてるからだと思う。
美味しい梨を食べながら、これが林檎だったら、うさぎの形に切れるな、なんて思い浮かべながら、林檎を買って練習してみてもいいな、とも思った。
「ひーたん、狭くない?」
シングルサイズのベッドの端ににひーたんが寝て、それから「ん!」と両手を伸ばしてくれた。その腕の中に入って腕の暖かさを再確認する。
「平気。お前こそ狭いだろ」
「ううん、ひーたんにひっついてるから平気」
お互いにお互いのことばっかり心配してる。
あぁ、やっぱり、ひーたんの腕の中は暖かいなぁ。
「ひーたん、腕痛くならない?」
ずっと腕の中にいたら、ひーたんの腕が痺れてしまって、寝るどころではないのではないか、と更に心配を重ねたが、ひーたんはなんてことない顔をしている。
「いい。寝てる間にお前が逃げて消えないようにしてる」
俺が逃げる可能性も考えていたんだ。と素直に思った。確かに、さっきも考えていたが、予め来ることが分かっていたら見つからないように逃げていたかもしれない。というか、十中八九逃げていただろう。
ひーたんはあの頃の思い出で、置いてきたうさぎに付属するもので、今の俺には必要ないものだ。
なのに、どうしてもこの腕を振り切ることが出来ない。
あの頃の、うさぎだった頃の方が、俺の考えや目的は一貫していて、ぶれていなかったように思う。
今はぶれぶれだ。
でも、それでもいい。ぶれぶれでも、なんでも、今この瞬間だけは難しいことは考えない。ひーたんの腕の中で、ひーたんと一緒に眠る。
そして、今までと違う、新しい朝を迎えよう。
あまりの心地良さに微睡みながら、ゆっくりと意識が浮かび上がる。頭がとても気持ち良い。
「…ひー…たん…?」
「悪い、起こしたか?」
そう言うと、ひーたんは俺の頭を撫でるのを止めてしまった。ずっと、頭を撫でてくれていたんだ。さっきまでの心地良さはこれか、と思考が行き着いてから、手を止めてしまったひーたんに甘えてみた。
「…ううん………ひーたんに撫でられるの気持ちいい」
ひーたんの胸に頭をぐりぐりと押し付けると、ひーたんはまた俺の頭を撫でてくれた。
優しく優しく撫でてくれて、また訪れた心地良さが頭をふわふわとさせる。
「ここから出たくないなぁ…」
ふと出た本音に、ひーたんがどんな顔をしていたのか分からない。けれど、意識が遠のく瞬間、頭の上で『ちゅっ』といったような気がした。それを最後にまた、俺の意識は彼方へと消えた。
「じゃあ、雪風、元気にしてろよ」
遅くまでひーたんと眠り、いい加減起きないとと起きてしばらくすると、ひーたんは帰ると言った。それはそうだろう。至極当たり前のことなのに、それをすんなりと受け入れられなかった自分に愕然とした。
来ると分かったら逃げていただろうに、帰ると分かったらそれを名残惜しく思う。
あんまりにも重症だ。
「………うん…」
小さな返事をして、地面を見つめている。ひーたんの顔が見れない。
外はやっぱり、金木犀の香りがする。これから金木犀の香りがする度に、この日のことを思い出してしまいそうだ。
「じゃあな」
その一言で、弾かれたように勢いよく顔を上げた。
「ひーたん!」
歩き出すために振り返ろうとしているところを、勢いよく飛び付く。
「うわっ!」
ごめんね、ひーたん、あとちょっとだけ、あとちょっとだけだから。
いきなり飛び付いた俺を、ひーたんはゆっくりと抱き締めてくれた。
「雪風、無理に帰って来いとは言わないけど、あいつらも会いたがってたぞ」
あいつら、とは、棚橋くんと国東くんだ。昨日寝る前に手紙のことを聞いたら、あのレターセットはやっぱり棚橋くんから貰ったと言っていた。そうだろうと思った。かわいいハリネズミのレターセットだった。ここでハリネズミではなくうさぎのセットだったら、それはそれで複雑だったかもしれない。俺はもううさぎじゃないのに、複雑な気持ちになるのか。
「…うん………」
これまた心許ない言葉だけの返事をして、抱き着く腕に力を込める。
「また来月来る」
ひーたんが優しく言ってくれる。
あの場所から、随分と遠いところへ来てしまった。それなのに、あっさりと言うひーたんに、なんとも言えない想いが湧き上がってくる。
「…うん………」
涙声を我慢して、なけなしの力で精一杯の返事をした。
「泣くなよ」
連れて帰りたくなる。
その一言に、また涙が溢れそうになる。
俺はひーたんのうさぎなんだから、ちゃんと面倒見てよね、なんて、うさぎの頃なら軽々と言えたことが、今ではこのざまだ。
恋人とか、そんな甘い関係じゃない。
それでも。
「冗談だよ」
次に逢ったときに、一緒に連れて帰ってって言ったら、連れて帰ってくれるのかな。
あの街に帰るのは到底無理なことなのに、ふとそう思う思考を止められなかった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、ヤヒコさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
先日の全く生かせなかった「新しい朝」の分を提出します。
ひーたんが帰って、その帰り道に棚橋に電話しながらちょっと惚気るようなところまで考えたのですが、なんとなく、雪風とひーたんを離したくなくて、ひーたんの帰り道は書かないことになりました。
電波ではない雪風はそれはそれで未知数だし、雪風に甘過ぎる溺愛ひーたんもそれはそれで未知数なので、キャラ崩壊もいいところなのですが、あくまでも二次創作なので、怒らないで。いやほんとごめんなさい。
この話の前日がこちら。