「かね、は?」
食事が終わった昼休み、仲間に教室の前の廊下で言われた言葉を上手く復唱できず、そのまま脳内に送り込むことも出来なかった。
だからなのか、とても不恰好な言葉として出てしまったと思う。
するとそいつは、もう一度さっきの言葉を繰り返した。
「かねはし、かづる。」
「かねはし?」
「そう、金橋。金橋加弦。」
金橋加弦。
人の名前だろうその言葉を聞いても、思い当たる節はない。
分かることは、男の名前だということだけ。
こいつと同じ、自分の仲間だということでもない。
見ず知らずの名前が出てきた理由が、未だに分からなければ、その理由の説明さえもまだ受けていないところだ。
「で、その金橋がなんだって?」
その名前が出てきた理由が分からない、と理由を述べるように追求した。
すると、そいつの口からは、拍子抜けする言葉が飛び出した。
「似てんの、お前に。」
ただ冷静に、今まで通りに言葉を紡ぎ、そのまま言葉を発したのだろう。
だが、その言葉の真意が理解できず、思わず間抜けな声が溢れてしまう。
その間抜けな声を聞き、ふ、と笑ったそいつは、その次の波で笑いを堪えるようにしていた。
「会ってみれば分かる。多分、他の連中が見ても分かんないだろうけどさ。俺だけじゃない、あいつらも同じこと言ってた。俺らが、みんな感じたことだ。一回、会ってみろよ。」
俺らとはまた違う感想を持つかもしれないし?
そう言われ、少し興味が湧いてきた。
次々と仲間の名前を出され、そいつらが揃いも揃って、自分と金橋が似ているというのならば、興味深い。
更に詳しく話を聞くと、似ているというのは一般論で、ということではないことが分かった。
容姿も少しだけど似ている。だが、すごく似ているというほどではないらしい。
雰囲気が、というわけでもないらしく、他人が見ても、似ている箇所など思い当たらないようだ。
それでも、自分を除いた仲間四人が、その金橋加弦を目撃、接触した際に、同じ印象を持ったという。
個々に感じたそれを自分の発見として披露したところ、個々それぞれが同じことを言い、首を傾げながら笑ったとのこと。
何が、と聞かれると、全員がずばりと答えることが出来ないが、何かが、何処かが、似ている、という結果だった。
益々、自分の眼で確かねたくなった。
思い立ったら即実行。
仲間から聞いたクラスの扉を開け、中へと入る。
クラスの半数くらいの視線を浴びていることも分かっている。だが、目的はただ一つ。
奥から二列目の一番前の席。
「金橋?」
奥から二列目の一番前の席に座ってるのがそうだから。
そう言われた通りに足を運び、座っている奴に問い掛けた。
「ちょっといい?」
相手は驚いたような顔をして、こちらを見ている。
こっちが初対面ということは、当然相手も初対面のはず。
急に知らない相手に話し掛けられたら、少しは驚くものだ。
「え、いいけど、なに?」
驚きを隠せないように言葉を返してきた金橋は、目を左右させながら、動揺しつつも要望に答えた。
場所を階段の踊場に移し、壁に凭れ掛かる。
そして、今、街でよく聞く音楽のサビの部分を軽く歌ってみる。
「この歌、知ってる?」
「う、うん。」
「ちょっと、歌ってみて。一緒に歌うから。」
そう告げて、そのまま歌を走り出させた。
最初の出だしが少し遅れたが、ちゃんとついてきている。
主旋律を歌うだろうと判断し、すぐさま自分の歌をハモリに切り替えた。
たった数十秒、三十秒もなかっただろうその歌は、自分の中に革命を起こした。
今までの中で、これまでの人生の中で、一番声が重なって、溶け合って、同調し合っている声は初めてだ、と思った。
今までで一番綺麗な旋律。
練習をしたわけでもなく、ただ単に、偶然知っていた歌を口ずさむように歌っただけなのに、この感覚。
金橋の若干枯れたような擦れた声が、旋律を奏でると、こんなにも耳に心地よく聞こえる。
何より、自分の声とのハーモニーが驚くほど良かった。
「金橋。」
金橋を呼んだ声が、いつもより震えているのが分かる。
歌わせたのは、ほんの思いつきだった。
確かねるも何も、どうしていいかも分からず、第三者が見る眼ではなく、自分の眼で、当事者の眼でみるのは違う、と内心分かっていたのかもしれない。
だからこそ、直感に頼るしかないとも思った。
直感で、自分は金橋と歌うことを選択した。
だが、その結果は予想以上だった。
最早、仲間たちが言っていた似てる似てないはこの際どうでもいい。
こんなにも興奮する人間が、この世に存在するのかと思うほど、自分の興奮が際立った。
「俺、お前に興味があるんだよね。」
如何にも呼び出す前から興味があったかのような言い方をしたが、さっきまでと今では興味の度合いも意味もまるで違う。
たった今、この瞬間から、仲間たちの意味とは違う意味で、興味が湧いてきた。
これほどの興味を人間に対して持つのは、久しぶりの感覚だった。
「俺、秋吉迅矢。よろしく、金橋加弦。」
とりあえず、すっ飛ばしていた自己紹介をしよう。
話は、それからだ。
食事が終わった昼休み、仲間に教室の前の廊下で言われた言葉を上手く復唱できず、そのまま脳内に送り込むことも出来なかった。
だからなのか、とても不恰好な言葉として出てしまったと思う。
するとそいつは、もう一度さっきの言葉を繰り返した。
「かねはし、かづる。」
「かねはし?」
「そう、金橋。金橋加弦。」
金橋加弦。
人の名前だろうその言葉を聞いても、思い当たる節はない。
分かることは、男の名前だということだけ。
こいつと同じ、自分の仲間だということでもない。
見ず知らずの名前が出てきた理由が、未だに分からなければ、その理由の説明さえもまだ受けていないところだ。
「で、その金橋がなんだって?」
その名前が出てきた理由が分からない、と理由を述べるように追求した。
すると、そいつの口からは、拍子抜けする言葉が飛び出した。
「似てんの、お前に。」
ただ冷静に、今まで通りに言葉を紡ぎ、そのまま言葉を発したのだろう。
だが、その言葉の真意が理解できず、思わず間抜けな声が溢れてしまう。
その間抜けな声を聞き、ふ、と笑ったそいつは、その次の波で笑いを堪えるようにしていた。
「会ってみれば分かる。多分、他の連中が見ても分かんないだろうけどさ。俺だけじゃない、あいつらも同じこと言ってた。俺らが、みんな感じたことだ。一回、会ってみろよ。」
俺らとはまた違う感想を持つかもしれないし?
そう言われ、少し興味が湧いてきた。
次々と仲間の名前を出され、そいつらが揃いも揃って、自分と金橋が似ているというのならば、興味深い。
更に詳しく話を聞くと、似ているというのは一般論で、ということではないことが分かった。
容姿も少しだけど似ている。だが、すごく似ているというほどではないらしい。
雰囲気が、というわけでもないらしく、他人が見ても、似ている箇所など思い当たらないようだ。
それでも、自分を除いた仲間四人が、その金橋加弦を目撃、接触した際に、同じ印象を持ったという。
個々に感じたそれを自分の発見として披露したところ、個々それぞれが同じことを言い、首を傾げながら笑ったとのこと。
何が、と聞かれると、全員がずばりと答えることが出来ないが、何かが、何処かが、似ている、という結果だった。
益々、自分の眼で確かねたくなった。
思い立ったら即実行。
仲間から聞いたクラスの扉を開け、中へと入る。
クラスの半数くらいの視線を浴びていることも分かっている。だが、目的はただ一つ。
奥から二列目の一番前の席。
「金橋?」
奥から二列目の一番前の席に座ってるのがそうだから。
そう言われた通りに足を運び、座っている奴に問い掛けた。
「ちょっといい?」
相手は驚いたような顔をして、こちらを見ている。
こっちが初対面ということは、当然相手も初対面のはず。
急に知らない相手に話し掛けられたら、少しは驚くものだ。
「え、いいけど、なに?」
驚きを隠せないように言葉を返してきた金橋は、目を左右させながら、動揺しつつも要望に答えた。
場所を階段の踊場に移し、壁に凭れ掛かる。
そして、今、街でよく聞く音楽のサビの部分を軽く歌ってみる。
「この歌、知ってる?」
「う、うん。」
「ちょっと、歌ってみて。一緒に歌うから。」
そう告げて、そのまま歌を走り出させた。
最初の出だしが少し遅れたが、ちゃんとついてきている。
主旋律を歌うだろうと判断し、すぐさま自分の歌をハモリに切り替えた。
たった数十秒、三十秒もなかっただろうその歌は、自分の中に革命を起こした。
今までの中で、これまでの人生の中で、一番声が重なって、溶け合って、同調し合っている声は初めてだ、と思った。
今までで一番綺麗な旋律。
練習をしたわけでもなく、ただ単に、偶然知っていた歌を口ずさむように歌っただけなのに、この感覚。
金橋の若干枯れたような擦れた声が、旋律を奏でると、こんなにも耳に心地よく聞こえる。
何より、自分の声とのハーモニーが驚くほど良かった。
「金橋。」
金橋を呼んだ声が、いつもより震えているのが分かる。
歌わせたのは、ほんの思いつきだった。
確かねるも何も、どうしていいかも分からず、第三者が見る眼ではなく、自分の眼で、当事者の眼でみるのは違う、と内心分かっていたのかもしれない。
だからこそ、直感に頼るしかないとも思った。
直感で、自分は金橋と歌うことを選択した。
だが、その結果は予想以上だった。
最早、仲間たちが言っていた似てる似てないはこの際どうでもいい。
こんなにも興奮する人間が、この世に存在するのかと思うほど、自分の興奮が際立った。
「俺、お前に興味があるんだよね。」
如何にも呼び出す前から興味があったかのような言い方をしたが、さっきまでと今では興味の度合いも意味もまるで違う。
たった今、この瞬間から、仲間たちの意味とは違う意味で、興味が湧いてきた。
これほどの興味を人間に対して持つのは、久しぶりの感覚だった。
「俺、秋吉迅矢。よろしく、金橋加弦。」
とりあえず、すっ飛ばしていた自己紹介をしよう。
話は、それからだ。
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「一大事だ!」
そう叫ぶ、重臣の声が響いた。
今の状況といえば、重臣の会議というものなのだが、その議題はあまりにも深刻な問題であり、国の問題でもあった。
議題の中心は、この国の王について。
否、王の身辺についてもその論内である。
この国の王は、我が儘で気ままな暴君である。
政をすることも他所に、日々、後宮の女を抱いて回るという身勝手ぶり。
後宮の女を抱くにしても、誰か一人を見初め、正室に召し上げるわけでもなく、ただ単に、日替わりに抱くというもの。
同じ女を抱くことは滅多にない。
そのためか、後宮は女が溢れている。
次から次へと女を抱いて、その女たちが同時に懐妊するとなると、それはまた世継ぎ問題や派閥争いなどに繋がる。
それでも、ただ女を抱くだけならば、重臣たちも目を瞑った。
だが、町にまで御忍びで下りたときは、流石に胆を冷やした。
後宮の女たちならば、身元がしっかりとしており、更に加えるならば貴族の娘達である。
懐妊すれば、そのまま正室に召し上げて、王妃にとなるだろう。
御子が無事誕生すれば、その後も国は安泰と言える。
だが、そういったことはなく、また、王の戯れも度を越えてきていた。
そんなとき、王が町に下ったときに出逢ったという男の話を思い出したのだ。
同じような年頃の男で、とても気が合ったのか、王は王宮に戻ってからもその男に逢いたいと言い出した。
だが、重臣たちにとっては、好都合な話であった。
今まで同じ年頃の者と触れ合う機会がなかったからか、王は話し相手を求めた。
ただ、それだけのこと。
重臣たちは直ぐ様その男を王宮へと招き入れた。
王の話し相手としてだ。
だが、それが最大の過ちで、今現在の重臣たちの悩みの種でもあった。
王は、後宮へは行かなくなった。
それと同時に寝所から出てこなくなったのだ。
寝所には、王とその男の二人だけ。
ことあるごとに、王とその男は親密になり、関係性は話し相手から友人へ、友人から更に変化していった。
極め付けに、王はもう女を抱かないとまで言い出した。
それは重臣たちが一番恐れていたことだった。
王は、その男にのめり込み、その男を抱き、その男以外を抱かなくなった。
また、正室を迎える気もない。
生涯をその男と過ごし、世継ぎを作る気も、王を続ける気もないとまで言ってきたのだ。
実際問題、王が行わない政は王の弟である第二皇子が行っている。
王を「王」と言っているのは、最早表面のみであることも確かな事実である。
また、このような状況から、一部関係者の中で王を失脚させる方向へと進んでいることも然りである。
「王様にこの件を進言しなければ。」
そう意気込み、重臣たちは王の寝所へと向かう。
寝所の前まで来ると、中から甲高い声が聞こえる。
それは喘ぎ声であり、男の声でもある。
中でどのようなことが行われているか、ということは、周知も承知の事実であることに何ら変わりはない。
「…んっ、あ、…ふ…ひゃ…!」
「…かづるっ…!」
「…あっ、も、もうむり…やぁ…!」
聞こえてくる声に、重臣たちの気は狂いそうになる。
だが、意を決して、扉に声を掛けた。
「王様、お取り込み中、失礼致します。」
「なんだよ。邪魔すんな。」
重臣の声に王は反応したが、その声は低く、怒りを含んでいた。
今の甘い時間を邪魔されたことに対する不満であることは充分理解できる。
だが、中からは止むことがなく甘い声が零れ続けている。
行動を止めることなく外と会話をしていることが分かる。
「お話がありまして、」
そう切り出すと、次の瞬間、扉の向こうからは思いもよらぬ返事が返ってきた。
「俺、王辞めるから。」
辞めてほしいだろ?
なんて、付け足した。
そして、王は更に言葉を繋げた。
「王なんて辞めて、こいつとずっと一緒にいる。」
いつかは、と重臣たちも覚悟はしていた。
だが、認めたくなかったのだ。
王が、あれほどの女を抱いていたあの王が、たった一人の、男に心を奪われるなんて。
男は、王の御子を身篭ることなど出来ない。
正室を迎えないというのならば、それでも構わない。
本来ならば構わないことなどないが、どうしてもということならばその件としてはどうとでもなる。
王がもう女を抱かないと言うのならば、このままではどの道、世継ぎを期待することは出来ない。
早かれ遅かれという言葉は正しく、このために存在しているのだろう。
そんな重臣たちの考えや心配事を他所に、洩れる声はとても淫猥で、卑猥で、官能的で、男とは思えない声でもある。
その男自体の風貌も、男勝りな方ではなく、どちらかというと、女性的な雰囲気を持っている。
王が心奪われるのも、分からないわけではない。
こうなってしまえば、もう王は止められない。
長い指が、白い肌を這う。
肌への触れ方が、なんとも厭らしい。
触れる度に白い肌は反応し、小刻みに揺れる。
その指を、ゆっくりと動かし、近くに存在した性器をゆっくりと掴んだ。
「………ん、…じんや………。」
「かづる、かわいい。愛してる。」
「お、れも…、愛してる。」
そう会話をすると、その次の瞬間から、また高い喘ぎ声が木霊する。
掴まれた性器をゆっくりと上下させ、徐々に速度を上げてゆく。
「じ、…!も、でちゃっ!あ、ん、っ!」
「いっぱい出してよ、全部出して。」
毎日、毎日、何日でも、同じことを繰り返す。
扱いて、突き上げて、摘んで、銜えて、舐めて、出して、触れて、何度でも同じことを繰り返す。
気が済むことなんてない。
一回で済むわけがない。
三回で済むわけがない。
五回で済むわけがない。
十回で済むわけがない。
一日の間に何度同じことを繰り返すのか。
一週間の間に何度同じことを繰り返すのか。
終わりは見えない。
二人は今日も、また同じことを繰り返す。
そう叫ぶ、重臣の声が響いた。
今の状況といえば、重臣の会議というものなのだが、その議題はあまりにも深刻な問題であり、国の問題でもあった。
議題の中心は、この国の王について。
否、王の身辺についてもその論内である。
この国の王は、我が儘で気ままな暴君である。
政をすることも他所に、日々、後宮の女を抱いて回るという身勝手ぶり。
後宮の女を抱くにしても、誰か一人を見初め、正室に召し上げるわけでもなく、ただ単に、日替わりに抱くというもの。
同じ女を抱くことは滅多にない。
そのためか、後宮は女が溢れている。
次から次へと女を抱いて、その女たちが同時に懐妊するとなると、それはまた世継ぎ問題や派閥争いなどに繋がる。
それでも、ただ女を抱くだけならば、重臣たちも目を瞑った。
だが、町にまで御忍びで下りたときは、流石に胆を冷やした。
後宮の女たちならば、身元がしっかりとしており、更に加えるならば貴族の娘達である。
懐妊すれば、そのまま正室に召し上げて、王妃にとなるだろう。
御子が無事誕生すれば、その後も国は安泰と言える。
だが、そういったことはなく、また、王の戯れも度を越えてきていた。
そんなとき、王が町に下ったときに出逢ったという男の話を思い出したのだ。
同じような年頃の男で、とても気が合ったのか、王は王宮に戻ってからもその男に逢いたいと言い出した。
だが、重臣たちにとっては、好都合な話であった。
今まで同じ年頃の者と触れ合う機会がなかったからか、王は話し相手を求めた。
ただ、それだけのこと。
重臣たちは直ぐ様その男を王宮へと招き入れた。
王の話し相手としてだ。
だが、それが最大の過ちで、今現在の重臣たちの悩みの種でもあった。
王は、後宮へは行かなくなった。
それと同時に寝所から出てこなくなったのだ。
寝所には、王とその男の二人だけ。
ことあるごとに、王とその男は親密になり、関係性は話し相手から友人へ、友人から更に変化していった。
極め付けに、王はもう女を抱かないとまで言い出した。
それは重臣たちが一番恐れていたことだった。
王は、その男にのめり込み、その男を抱き、その男以外を抱かなくなった。
また、正室を迎える気もない。
生涯をその男と過ごし、世継ぎを作る気も、王を続ける気もないとまで言ってきたのだ。
実際問題、王が行わない政は王の弟である第二皇子が行っている。
王を「王」と言っているのは、最早表面のみであることも確かな事実である。
また、このような状況から、一部関係者の中で王を失脚させる方向へと進んでいることも然りである。
「王様にこの件を進言しなければ。」
そう意気込み、重臣たちは王の寝所へと向かう。
寝所の前まで来ると、中から甲高い声が聞こえる。
それは喘ぎ声であり、男の声でもある。
中でどのようなことが行われているか、ということは、周知も承知の事実であることに何ら変わりはない。
「…んっ、あ、…ふ…ひゃ…!」
「…かづるっ…!」
「…あっ、も、もうむり…やぁ…!」
聞こえてくる声に、重臣たちの気は狂いそうになる。
だが、意を決して、扉に声を掛けた。
「王様、お取り込み中、失礼致します。」
「なんだよ。邪魔すんな。」
重臣の声に王は反応したが、その声は低く、怒りを含んでいた。
今の甘い時間を邪魔されたことに対する不満であることは充分理解できる。
だが、中からは止むことがなく甘い声が零れ続けている。
行動を止めることなく外と会話をしていることが分かる。
「お話がありまして、」
そう切り出すと、次の瞬間、扉の向こうからは思いもよらぬ返事が返ってきた。
「俺、王辞めるから。」
辞めてほしいだろ?
なんて、付け足した。
そして、王は更に言葉を繋げた。
「王なんて辞めて、こいつとずっと一緒にいる。」
いつかは、と重臣たちも覚悟はしていた。
だが、認めたくなかったのだ。
王が、あれほどの女を抱いていたあの王が、たった一人の、男に心を奪われるなんて。
男は、王の御子を身篭ることなど出来ない。
正室を迎えないというのならば、それでも構わない。
本来ならば構わないことなどないが、どうしてもということならばその件としてはどうとでもなる。
王がもう女を抱かないと言うのならば、このままではどの道、世継ぎを期待することは出来ない。
早かれ遅かれという言葉は正しく、このために存在しているのだろう。
そんな重臣たちの考えや心配事を他所に、洩れる声はとても淫猥で、卑猥で、官能的で、男とは思えない声でもある。
その男自体の風貌も、男勝りな方ではなく、どちらかというと、女性的な雰囲気を持っている。
王が心奪われるのも、分からないわけではない。
こうなってしまえば、もう王は止められない。
長い指が、白い肌を這う。
肌への触れ方が、なんとも厭らしい。
触れる度に白い肌は反応し、小刻みに揺れる。
その指を、ゆっくりと動かし、近くに存在した性器をゆっくりと掴んだ。
「………ん、…じんや………。」
「かづる、かわいい。愛してる。」
「お、れも…、愛してる。」
そう会話をすると、その次の瞬間から、また高い喘ぎ声が木霊する。
掴まれた性器をゆっくりと上下させ、徐々に速度を上げてゆく。
「じ、…!も、でちゃっ!あ、ん、っ!」
「いっぱい出してよ、全部出して。」
毎日、毎日、何日でも、同じことを繰り返す。
扱いて、突き上げて、摘んで、銜えて、舐めて、出して、触れて、何度でも同じことを繰り返す。
気が済むことなんてない。
一回で済むわけがない。
三回で済むわけがない。
五回で済むわけがない。
十回で済むわけがない。
一日の間に何度同じことを繰り返すのか。
一週間の間に何度同じことを繰り返すのか。
終わりは見えない。
二人は今日も、また同じことを繰り返す。
「きゃー!迅矢くーん!」
スタジオの玄関を出れば、出待ちのファンたちの歓声が飛ぶ。
そういうのを黄色い声というのだろう。
迅矢はそんなことを呆然と考えながらその光景を見ていた。
仕事が終わって疲れたというのも然り、早く家に帰ってゆっくりしたいというのも然り。
この甲高い女の声は疲れが増す。
基本的には、こんなことはルール違反のはずだと、ろくに回らない頭が考える。
そんな中、一際しっかりした声で、その場を一喝する声が聞こえた。
「整列しなさい。」
その声の主は、この集団を纏めるトップ。
膝上の短いスカートに流行のジャケット。
それなりに化粧をして、アクセサリーも欠かさず着ける。
身形を整えた、そんな、今時の女の姿。
少し前までは黒髪だったはずの頭は、最近になり綺麗な栗色に変わった。
変わったというよりか、戻した、というのだろうか。
迅矢が初めて逢った時も、綺麗な栗色の髪をしていた。
だから、迅矢も最初は気付かなかった。
同じ学校だということも、あの金橋加弦だということも、初めて逢ったとき、最初は。
「かね。」
たった一言で整列する他の女たち。
頭を下げ、次の言葉を待っている。
そんな中、迅矢が呼んだ言葉は、他の女たちにどう聞こえただろう。
「お疲れ様でした。迅矢くん。」
頭を下げたまま、かねはそう口にした。
地声より一つか二つ高く上げた声。
迅矢くん。
迅矢はその声でそう言われる瞬間が嫌いだ。
何度も言っているのに、改めようとしない。
改める気がない、そんな呼び方。
今までに何度同じことを言ったか知れない。
この場所でも、他の場所でも。
「これ、ここにいる皆からです。今日はもう遅いので、これで失礼します。ゆっくり休んでください。」
そう言ったのは他でもない、かねで。
確かに時間は夜の九時半を過ぎている。
集団のルールとしては、夜の十時以降は追い掛けないという大前提がある。
この場を後にしたら、もう追いかけるような時間は残っていない。
「かね、来てたのか。」
「はい、迅矢くんのお仕事の日ですから。」
かねが迅矢の初めての仕事の日から、一度も欠かしたことはないことは、迅矢も充分解ってる。
でも、それは初めて逢ったときから今までがついていただけだとも思う。
今のこの状況を踏まえれば、かねがこの場に、迅矢の目の前に存在していることはおかしい。
そう思いながら、迅矢は用意されたタクシーに乗り込んだ。
「おやすみなさい。」
聞こえたかねの声。
その後に、揃った声で言葉を復唱する声が聞こえた。
タクシーに乗り込み、その場所を去ったすぐ、迅矢は携帯電話を取り出し、通話の発信ボタンを押した。
手に入れるのに随分時間が掛かった電話番号。
その番号に電話を掛ける。
コールだけが響き、五コール目でやっとコールが止んだ。
「はい、もしもし。」
聞こえてくる声に、通話の基本である挨拶もすっ飛ばして、文句を言う。
「…お前、なんで来たの。」
怒っているように聞こえていることは迅矢も分かっている。
いつもより、三割り増しで声が低い。
そんなことは、分かっているんだ、充分。
「なんでって、迅矢くんのお仕事の日はいつも行ってるじゃないですか。」
そんな低い声に物怖じせず、かねは先程と同じように話す。
迅矢の嫌いな喋り方で。
この状況でしか使わない、丁寧語で話すことに迅矢は苛立ちを覚える。
「その喋り方止めろ。〝オリキのトップ〟のお前に言ってるんじゃねぇんだよ。」
そう突き放すように言えば、電話口で少しの沈黙が流れた。
その少しを乗り越え、向こう側から声を振り絞るのが分かった。
「…じゃあ…、どうすればいいの…、秋吉くん。」
喋り方を非難すれば、トップの話し方ではなくなった。
だが、それは、プライベートの話し方になったわけではない。
その使い分けですら、今は迅矢に苛立ちを覚えさせる。
「その呼び方も止めろ。迅矢くん、秋吉くん、そう呼ぶ状況じゃねーだろ。」
いつも言ってるよな?
お前には、一つしか呼び方を与えてないはずだ。
そう付け足し、迅矢は更に続けた。
「迅矢って呼べよ。学校では秋吉くんって呼ばれるのを許してる。トップでいるときは迅矢くんって呼ばれるのを許してる。でも今は、プライベートだ。学校でも仕事でもない。個人の時間だ。迅矢って呼べ、加弦。」
迅矢は不本意ながら、学校でも妥協して、仕事のときも妥協している。
仕事が終わった今、プライベートの時間にそんな喋り方、そんな呼び方をされたくはない。
これは、今までに何度も言ってきたことで、何度も議論してきたことでもある。
それでも、毎回それらを無視する。
だから毎回、口を酸っぱくして言うしかないのだ。
そうでなければ、改善など見られない。
改善する気などないことも、知っているけれど。
だからこそ、迅矢はそのことを逆手に取った。
学校にいるときは金橋、仕事のときはかね、プライベートのときは加弦、そう呼ぶようにした。
使い分けるなら、使い分けてやる。
使い分けるから、使い分けてみろ。
「………じ、んや…。」
小さく、聞き逃すかもしれないというほど、小さく小さく、そう呟いた。
やっと、聞けた。
高く変えた声ではなく、いつもの地声で。
その声が聞きたくて、その声で、名前を呼ばれたくて、そう言ったけれど。
「で、なんで来たんだよ、加弦。」
「だって、トップが行かないわけには…。」
「ふざけんな。今日お前、熱あったろ。」
迅矢は今日、午前中は学校に行った。
仕事が午後からで、午前は行けたからだ。
行ったら、見れる。
行ったら、逢える。
だから、迅矢は時間の余裕があるときは、ちゃんと学校に行く。
勉強をしに行っているのか、と問われると、誤魔化すのが大変だけれど。
確かに今日、午前中は学校に行ったし、見れたし、逢えた。
だが、熱があるからと早退したことも確かなことだ。
そんな身体ではさすがに現れないと思っていた。
それでも、かねは、女の格好に化粧をして、あの場所に現れた。
姿を見た瞬間、頭に思い浮かんだのが、あの一言だったのだ。
口にするまでに時間が掛かったが、体調が悪いことは一目瞭然だった。
だからこそ、迅矢は心配になって電話を掛けた。
「下がったもん。」
「嘘吐くな。化粧で誤魔化したつもりかもしんねーけど、俺が分かんねぇわけねぇだろ。明日のテストどうするんだよ。」
「…大丈夫だし。」
「…そこにいろ。迎えに行くから。」
居るところは分かっている。
すぐ近くにあるコンビニだ。
行動範囲、趣向、時間帯、それらを考えたら、近くにあるコンビニしかない。
「いい、帰れる。折角送り出したのに、意味ないじゃん。」
意味ないなんて言わせない。
夜遅くに、熱がある身体でこんなところに出向いて、逢えて数分がいいところだ。
トップだということを踏まえても、長話するほどの時間はない。
だからとはいえ、無理をせずに学校で逢うという選択肢もある。
身体を痛めてまで、そんなことをして欲しくない。
声が聞きたいなら、電話する。
逢いたいなら、逢いに行く。
迅矢はそう言い続けているのに。
「…加弦。」
他に何を言っても無駄だ。
ただ、効力があるとすれば、好きだというこの声で、その名を呼ぶことだけ。
それを迅矢は知っている。
今までの経験上、これが一番効果的で、成功率が高い。
ただ、名前を呼ぶだけ。
この、声で。
好きだと言った、この声で。
たったそれだけでいい。
「………十分だけ、待ってる…。」
すると、消えそうなか細い声で、細く小さく呟いた。
恥ずかしくて、嬉しくて、申し訳なくて。
そんな感情が、今、あの身体の中を熱の熱さと共に駆け巡っているだろうと予測する。
そんな中、迅矢は思った。
勝った。
成功だ。
普段から負けず嫌いで、自分が弱っているところを見せたがらない。
だから、余計に今は嫌なのだろう。
だが、そんなこと構わない。
十分だけ待つというのならば、言い逃れが出来ないように十分以内に行ってみせる。
迅矢は必ず十分以内に着くからと電話を切り、タクシーの運転手に進路変更を告げた。
スタジオの玄関を出れば、出待ちのファンたちの歓声が飛ぶ。
そういうのを黄色い声というのだろう。
迅矢はそんなことを呆然と考えながらその光景を見ていた。
仕事が終わって疲れたというのも然り、早く家に帰ってゆっくりしたいというのも然り。
この甲高い女の声は疲れが増す。
基本的には、こんなことはルール違反のはずだと、ろくに回らない頭が考える。
そんな中、一際しっかりした声で、その場を一喝する声が聞こえた。
「整列しなさい。」
その声の主は、この集団を纏めるトップ。
膝上の短いスカートに流行のジャケット。
それなりに化粧をして、アクセサリーも欠かさず着ける。
身形を整えた、そんな、今時の女の姿。
少し前までは黒髪だったはずの頭は、最近になり綺麗な栗色に変わった。
変わったというよりか、戻した、というのだろうか。
迅矢が初めて逢った時も、綺麗な栗色の髪をしていた。
だから、迅矢も最初は気付かなかった。
同じ学校だということも、あの金橋加弦だということも、初めて逢ったとき、最初は。
「かね。」
たった一言で整列する他の女たち。
頭を下げ、次の言葉を待っている。
そんな中、迅矢が呼んだ言葉は、他の女たちにどう聞こえただろう。
「お疲れ様でした。迅矢くん。」
頭を下げたまま、かねはそう口にした。
地声より一つか二つ高く上げた声。
迅矢くん。
迅矢はその声でそう言われる瞬間が嫌いだ。
何度も言っているのに、改めようとしない。
改める気がない、そんな呼び方。
今までに何度同じことを言ったか知れない。
この場所でも、他の場所でも。
「これ、ここにいる皆からです。今日はもう遅いので、これで失礼します。ゆっくり休んでください。」
そう言ったのは他でもない、かねで。
確かに時間は夜の九時半を過ぎている。
集団のルールとしては、夜の十時以降は追い掛けないという大前提がある。
この場を後にしたら、もう追いかけるような時間は残っていない。
「かね、来てたのか。」
「はい、迅矢くんのお仕事の日ですから。」
かねが迅矢の初めての仕事の日から、一度も欠かしたことはないことは、迅矢も充分解ってる。
でも、それは初めて逢ったときから今までがついていただけだとも思う。
今のこの状況を踏まえれば、かねがこの場に、迅矢の目の前に存在していることはおかしい。
そう思いながら、迅矢は用意されたタクシーに乗り込んだ。
「おやすみなさい。」
聞こえたかねの声。
その後に、揃った声で言葉を復唱する声が聞こえた。
タクシーに乗り込み、その場所を去ったすぐ、迅矢は携帯電話を取り出し、通話の発信ボタンを押した。
手に入れるのに随分時間が掛かった電話番号。
その番号に電話を掛ける。
コールだけが響き、五コール目でやっとコールが止んだ。
「はい、もしもし。」
聞こえてくる声に、通話の基本である挨拶もすっ飛ばして、文句を言う。
「…お前、なんで来たの。」
怒っているように聞こえていることは迅矢も分かっている。
いつもより、三割り増しで声が低い。
そんなことは、分かっているんだ、充分。
「なんでって、迅矢くんのお仕事の日はいつも行ってるじゃないですか。」
そんな低い声に物怖じせず、かねは先程と同じように話す。
迅矢の嫌いな喋り方で。
この状況でしか使わない、丁寧語で話すことに迅矢は苛立ちを覚える。
「その喋り方止めろ。〝オリキのトップ〟のお前に言ってるんじゃねぇんだよ。」
そう突き放すように言えば、電話口で少しの沈黙が流れた。
その少しを乗り越え、向こう側から声を振り絞るのが分かった。
「…じゃあ…、どうすればいいの…、秋吉くん。」
喋り方を非難すれば、トップの話し方ではなくなった。
だが、それは、プライベートの話し方になったわけではない。
その使い分けですら、今は迅矢に苛立ちを覚えさせる。
「その呼び方も止めろ。迅矢くん、秋吉くん、そう呼ぶ状況じゃねーだろ。」
いつも言ってるよな?
お前には、一つしか呼び方を与えてないはずだ。
そう付け足し、迅矢は更に続けた。
「迅矢って呼べよ。学校では秋吉くんって呼ばれるのを許してる。トップでいるときは迅矢くんって呼ばれるのを許してる。でも今は、プライベートだ。学校でも仕事でもない。個人の時間だ。迅矢って呼べ、加弦。」
迅矢は不本意ながら、学校でも妥協して、仕事のときも妥協している。
仕事が終わった今、プライベートの時間にそんな喋り方、そんな呼び方をされたくはない。
これは、今までに何度も言ってきたことで、何度も議論してきたことでもある。
それでも、毎回それらを無視する。
だから毎回、口を酸っぱくして言うしかないのだ。
そうでなければ、改善など見られない。
改善する気などないことも、知っているけれど。
だからこそ、迅矢はそのことを逆手に取った。
学校にいるときは金橋、仕事のときはかね、プライベートのときは加弦、そう呼ぶようにした。
使い分けるなら、使い分けてやる。
使い分けるから、使い分けてみろ。
「………じ、んや…。」
小さく、聞き逃すかもしれないというほど、小さく小さく、そう呟いた。
やっと、聞けた。
高く変えた声ではなく、いつもの地声で。
その声が聞きたくて、その声で、名前を呼ばれたくて、そう言ったけれど。
「で、なんで来たんだよ、加弦。」
「だって、トップが行かないわけには…。」
「ふざけんな。今日お前、熱あったろ。」
迅矢は今日、午前中は学校に行った。
仕事が午後からで、午前は行けたからだ。
行ったら、見れる。
行ったら、逢える。
だから、迅矢は時間の余裕があるときは、ちゃんと学校に行く。
勉強をしに行っているのか、と問われると、誤魔化すのが大変だけれど。
確かに今日、午前中は学校に行ったし、見れたし、逢えた。
だが、熱があるからと早退したことも確かなことだ。
そんな身体ではさすがに現れないと思っていた。
それでも、かねは、女の格好に化粧をして、あの場所に現れた。
姿を見た瞬間、頭に思い浮かんだのが、あの一言だったのだ。
口にするまでに時間が掛かったが、体調が悪いことは一目瞭然だった。
だからこそ、迅矢は心配になって電話を掛けた。
「下がったもん。」
「嘘吐くな。化粧で誤魔化したつもりかもしんねーけど、俺が分かんねぇわけねぇだろ。明日のテストどうするんだよ。」
「…大丈夫だし。」
「…そこにいろ。迎えに行くから。」
居るところは分かっている。
すぐ近くにあるコンビニだ。
行動範囲、趣向、時間帯、それらを考えたら、近くにあるコンビニしかない。
「いい、帰れる。折角送り出したのに、意味ないじゃん。」
意味ないなんて言わせない。
夜遅くに、熱がある身体でこんなところに出向いて、逢えて数分がいいところだ。
トップだということを踏まえても、長話するほどの時間はない。
だからとはいえ、無理をせずに学校で逢うという選択肢もある。
身体を痛めてまで、そんなことをして欲しくない。
声が聞きたいなら、電話する。
逢いたいなら、逢いに行く。
迅矢はそう言い続けているのに。
「…加弦。」
他に何を言っても無駄だ。
ただ、効力があるとすれば、好きだというこの声で、その名を呼ぶことだけ。
それを迅矢は知っている。
今までの経験上、これが一番効果的で、成功率が高い。
ただ、名前を呼ぶだけ。
この、声で。
好きだと言った、この声で。
たったそれだけでいい。
「………十分だけ、待ってる…。」
すると、消えそうなか細い声で、細く小さく呟いた。
恥ずかしくて、嬉しくて、申し訳なくて。
そんな感情が、今、あの身体の中を熱の熱さと共に駆け巡っているだろうと予測する。
そんな中、迅矢は思った。
勝った。
成功だ。
普段から負けず嫌いで、自分が弱っているところを見せたがらない。
だから、余計に今は嫌なのだろう。
だが、そんなこと構わない。
十分だけ待つというのならば、言い逃れが出来ないように十分以内に行ってみせる。
迅矢は必ず十分以内に着くからと電話を切り、タクシーの運転手に進路変更を告げた。
「…じんや。」
そう呟きながら、繋いだ手に力を入れた。
豪邸に負けないくらいの大きな庭の真ん中で、歩くのを止めた。
七月上旬の、よく晴れた日だった。
「心配するな。」
その言葉に、つい先程抑えたばかりの想いが溢れ返る。
本当についさっき、十分も経たないほど少し前に、やっと落ち着かせた気持ちが、感情が、また咽返るほど戻ってくる。
「やだ、やっぱりやだっ!」
手を離し、そのまま胸に飛び込み、抱きつく。
「かづる。」
宥めるように、落ち着かせるように、名前を呼ぶ。
大好きな声が、名前を呼んでくれている。
でも、これはカウントダウンだ。
「や…やだよぉー…。」
眼から溢れる涙は止まらない。
止まってはくれない。
何度必死に止めても、また溢れてくる。
「じんやと一緒にいる。一緒がいい。やだ、行かないで。」
行かないで。
行かないで。
行かないで。
幼子のように何度も同じことを言い続け、嗚咽で何も言えなくなるほど、意気込んだ。
「一年もの長い間、ありがとう。ごめんな。」
一年。
たった一年だ。
長いなんて思わない。
寧ろ、一瞬のようだったとも思う。
「そんなこと言わないで!長くない!短かったよ…。」
一緒に過ごした一年は、とても一瞬で、泡沫のように消えてしまった。
ずっと、これからも、続くと思っていた日常が、突然崩れた。
「ごめんな。」
困ったように、名残惜しそうに、そう言われる。
「謝るくらいなら、一緒にいてよ。今日も明日も、明後日も、いままでと同じように暮らそう。」
「でも、返さなきゃ。」
家族に、お前を。
そう続けられて、益々涙が溢れた。
「返すってッ…!じんや!」
そんなこと、しなくていいのに。
「ほら、泣いてると俺が警察に行けないだろ。」
「行かなくていい!行かないで!ずっと一生、一緒にここで暮らそうって言ったのに!」
「泣かないで。ほんとに、行けないから。」
なら、行かなくていい。
泣けば行かないなら、いつまでだって泣く。
行けば、もう逢えない。
もう、姿を見ることも出来ない。
もう、声を聞くことも出来ない。
もう、触れることも出来ない。
もう、手を握ることも出来ない。
もう、抱き合うことも出来ない。
もう、唇を合わせることも出来ない。
もう、身体を重ねることも出来ない。
もう、愛を囁くことも出来ない。
今までの日常が、全部消えてしまう。
今までの日常が、全部無くなってしまう。
「一年前の今日、かづるに初めて触れて、すごく嬉しかった。自分への誕生日プレゼントに、って連れて帰ったこと、悪かったと思ってる。」
「そんなこと悪く思わなくていいって何回言えば分かるの!」
一年前の今日、この町外れの豪邸に来た。
重い瞼を開けると、頬を上げ嬉しそうに微笑む姿を見た。
誘拐されて、監禁されている、と知ったのは、その直後だった。
一日目、誕生日だと言った男を正面から殴りつけた。
一週間目、無視を決め込み、会話さえしなかった。
一ヶ月目、悲しそうな顔と、寂しそうな顔と、嬉しそうな顔と、笑った顔を一度に見た。
三ヶ月目、友達のように普通に話せるようになった。
六ヶ月目、初めて唇を合わせて、身体を重ねた。
九ヶ月目、毎日幸せで、愛しい時間を過ごした。
十二ヶ月目、誕生日に自首すると告げられた。
十三ヶ月目、今日。
今いるこの場所に来るまで、何時間掛かったことだろう。
今日になった瞬間から、起きた瞬間から、眼が合った瞬間から、何度、動作を止め、泣いたことか。
朝、誕生日だから、と昨夜も激しく重ねた身体を、もう一度重ねた。
表面的には誕生日だから、と誘われたけれど、本当は、最後だから、だと思う。
抱かれながら、何度も、行かないで、離れたくない、と泣いた。
終わった後も、もうこれが最後だと思い、涙が止まらなかった。
未練がましく仕度をし、部屋を出る前にも泣きつく。
お願いだから、考え直して。
傍にいてよ。
離れないで。
お願い、だから。
二人で暮らした部屋を出るまでに二時間。
階段を降りきるまでに三十分。
玄関を出るまでに三十分。
門を出るまでに、現在進行形。
部屋を出るまで、二時間も掛かった。
用意が出来ても、歩き出せない。
もう最後だということがありありと目の前に突きつけられ、ただ、泣くことしか出来なかった。
泣いて、喚いて、叫んで、困らせて、二時間。
階段を降りきるまでに、三十分も掛かった。
一段降りる毎に、徐々に近付いて行く下段。
一段降りる毎に、徐々に近付いて来る別れ。
手を引かれながら降りても、その一段一段が嫌で、一段毎に涙が流れた。
玄関を出るまでに、三十分も掛かった。
階段を降りきってから、立っていられなくなって、しがみついた。
そのまま泣くだけ泣いて、また困らせた。
何度も、嫌だ、と、行かないで、と、離れたくない、と告げながら泣いた。
その間も、涙を指で拭ってくれて、掌で頭を撫でてくれて、腕で身体を抱きしめてくれて。
ふんわり香る匂いに、また涙が止まらなくなった。
門を出るまでに、現在進行形。
玄関から出て、歩き始めた。
でも、やっぱり、立ち止まって、現在進行形。
立ち止まって歩かなくなっても、絶対、無理矢理歩かせようとはしないから、一緒に立ち止まる。
だから、現在進行形。
「かづる。…愛してる。ずっとずっと、愛してる。絶対迎えに行くから、それまで待ってて?かづるが待っててくれるなら、俺、頑張れる。…待ってて、くれる?」
「…っ待ってるっ!ずっと待ってるから!だから、絶対、迎えに来て…。」
「愛してる、かづる。本当に、心から愛してる。」
「じんや、好き、大好き。俺も心から愛してる。」
「かづる、全部終わって、また始められたら、最初に何しよっか。どうしたい?」
そう聞きながら、手を繋ぎ直し、ゆっくりと歩き始める。
何から始める?んー、どうしよっかなー。かづるは何がしたい?
俺ね、一緒に映画も見に行きたいし、一緒にショッピングもしたい。
今までは、この屋敷から出たことないもんね。
だから、かづると、一緒に外に行きたい。
外で、一緒にいろんなことを楽しみたい。
だめ?かづるが嫌じゃなかったら、どこでも行きたいな。
あ、海もいいよね。旅行もいいなー。
かづるはどうしたい?何したい?
かづるがしたいことは全部してあげたいな。
子供は作れないけど、でも、やりたいことはいっぱりあるよね。
子供欲しい?
ううん。じんやがいればそれでいい。
他には、何も要らない。
この先の二人の未来を話しながら歩いていたら、そこはもう、門の外だった。
そう呟きながら、繋いだ手に力を入れた。
豪邸に負けないくらいの大きな庭の真ん中で、歩くのを止めた。
七月上旬の、よく晴れた日だった。
「心配するな。」
その言葉に、つい先程抑えたばかりの想いが溢れ返る。
本当についさっき、十分も経たないほど少し前に、やっと落ち着かせた気持ちが、感情が、また咽返るほど戻ってくる。
「やだ、やっぱりやだっ!」
手を離し、そのまま胸に飛び込み、抱きつく。
「かづる。」
宥めるように、落ち着かせるように、名前を呼ぶ。
大好きな声が、名前を呼んでくれている。
でも、これはカウントダウンだ。
「や…やだよぉー…。」
眼から溢れる涙は止まらない。
止まってはくれない。
何度必死に止めても、また溢れてくる。
「じんやと一緒にいる。一緒がいい。やだ、行かないで。」
行かないで。
行かないで。
行かないで。
幼子のように何度も同じことを言い続け、嗚咽で何も言えなくなるほど、意気込んだ。
「一年もの長い間、ありがとう。ごめんな。」
一年。
たった一年だ。
長いなんて思わない。
寧ろ、一瞬のようだったとも思う。
「そんなこと言わないで!長くない!短かったよ…。」
一緒に過ごした一年は、とても一瞬で、泡沫のように消えてしまった。
ずっと、これからも、続くと思っていた日常が、突然崩れた。
「ごめんな。」
困ったように、名残惜しそうに、そう言われる。
「謝るくらいなら、一緒にいてよ。今日も明日も、明後日も、いままでと同じように暮らそう。」
「でも、返さなきゃ。」
家族に、お前を。
そう続けられて、益々涙が溢れた。
「返すってッ…!じんや!」
そんなこと、しなくていいのに。
「ほら、泣いてると俺が警察に行けないだろ。」
「行かなくていい!行かないで!ずっと一生、一緒にここで暮らそうって言ったのに!」
「泣かないで。ほんとに、行けないから。」
なら、行かなくていい。
泣けば行かないなら、いつまでだって泣く。
行けば、もう逢えない。
もう、姿を見ることも出来ない。
もう、声を聞くことも出来ない。
もう、触れることも出来ない。
もう、手を握ることも出来ない。
もう、抱き合うことも出来ない。
もう、唇を合わせることも出来ない。
もう、身体を重ねることも出来ない。
もう、愛を囁くことも出来ない。
今までの日常が、全部消えてしまう。
今までの日常が、全部無くなってしまう。
「一年前の今日、かづるに初めて触れて、すごく嬉しかった。自分への誕生日プレゼントに、って連れて帰ったこと、悪かったと思ってる。」
「そんなこと悪く思わなくていいって何回言えば分かるの!」
一年前の今日、この町外れの豪邸に来た。
重い瞼を開けると、頬を上げ嬉しそうに微笑む姿を見た。
誘拐されて、監禁されている、と知ったのは、その直後だった。
一日目、誕生日だと言った男を正面から殴りつけた。
一週間目、無視を決め込み、会話さえしなかった。
一ヶ月目、悲しそうな顔と、寂しそうな顔と、嬉しそうな顔と、笑った顔を一度に見た。
三ヶ月目、友達のように普通に話せるようになった。
六ヶ月目、初めて唇を合わせて、身体を重ねた。
九ヶ月目、毎日幸せで、愛しい時間を過ごした。
十二ヶ月目、誕生日に自首すると告げられた。
十三ヶ月目、今日。
今いるこの場所に来るまで、何時間掛かったことだろう。
今日になった瞬間から、起きた瞬間から、眼が合った瞬間から、何度、動作を止め、泣いたことか。
朝、誕生日だから、と昨夜も激しく重ねた身体を、もう一度重ねた。
表面的には誕生日だから、と誘われたけれど、本当は、最後だから、だと思う。
抱かれながら、何度も、行かないで、離れたくない、と泣いた。
終わった後も、もうこれが最後だと思い、涙が止まらなかった。
未練がましく仕度をし、部屋を出る前にも泣きつく。
お願いだから、考え直して。
傍にいてよ。
離れないで。
お願い、だから。
二人で暮らした部屋を出るまでに二時間。
階段を降りきるまでに三十分。
玄関を出るまでに三十分。
門を出るまでに、現在進行形。
部屋を出るまで、二時間も掛かった。
用意が出来ても、歩き出せない。
もう最後だということがありありと目の前に突きつけられ、ただ、泣くことしか出来なかった。
泣いて、喚いて、叫んで、困らせて、二時間。
階段を降りきるまでに、三十分も掛かった。
一段降りる毎に、徐々に近付いて行く下段。
一段降りる毎に、徐々に近付いて来る別れ。
手を引かれながら降りても、その一段一段が嫌で、一段毎に涙が流れた。
玄関を出るまでに、三十分も掛かった。
階段を降りきってから、立っていられなくなって、しがみついた。
そのまま泣くだけ泣いて、また困らせた。
何度も、嫌だ、と、行かないで、と、離れたくない、と告げながら泣いた。
その間も、涙を指で拭ってくれて、掌で頭を撫でてくれて、腕で身体を抱きしめてくれて。
ふんわり香る匂いに、また涙が止まらなくなった。
門を出るまでに、現在進行形。
玄関から出て、歩き始めた。
でも、やっぱり、立ち止まって、現在進行形。
立ち止まって歩かなくなっても、絶対、無理矢理歩かせようとはしないから、一緒に立ち止まる。
だから、現在進行形。
「かづる。…愛してる。ずっとずっと、愛してる。絶対迎えに行くから、それまで待ってて?かづるが待っててくれるなら、俺、頑張れる。…待ってて、くれる?」
「…っ待ってるっ!ずっと待ってるから!だから、絶対、迎えに来て…。」
「愛してる、かづる。本当に、心から愛してる。」
「じんや、好き、大好き。俺も心から愛してる。」
「かづる、全部終わって、また始められたら、最初に何しよっか。どうしたい?」
そう聞きながら、手を繋ぎ直し、ゆっくりと歩き始める。
何から始める?んー、どうしよっかなー。かづるは何がしたい?
俺ね、一緒に映画も見に行きたいし、一緒にショッピングもしたい。
今までは、この屋敷から出たことないもんね。
だから、かづると、一緒に外に行きたい。
外で、一緒にいろんなことを楽しみたい。
だめ?かづるが嫌じゃなかったら、どこでも行きたいな。
あ、海もいいよね。旅行もいいなー。
かづるはどうしたい?何したい?
かづるがしたいことは全部してあげたいな。
子供は作れないけど、でも、やりたいことはいっぱりあるよね。
子供欲しい?
ううん。じんやがいればそれでいい。
他には、何も要らない。
この先の二人の未来を話しながら歩いていたら、そこはもう、門の外だった。