こんにちは!俺、河村祝です!
楠ヶ丘学園高学部に通う十七歳。髪は茶髪で身長は紫蓮と同じくらい。体重は秘密!
まあ、所謂情報屋で、学校内のことは何でも知ってるつもり。学校外のことも知ってるけどね。
でさ、俺は南条紫蓮の親友なんだけど、今回はその親友、紫蓮と、紫蓮の大事な人の莎子チャンについて、いろいろとお話しようかと思う。個人情報に触れないようにね。ちなみにここは学校の教室。教室好きなんだ。
さて、親友の紫蓮だけど、実は両親がいなくて、前はおっきい家に一人で住んでたんだ。今は、莎子チャンと千代さんと一緒だけどね。莎子チャンはつい最近まで違うところに住んでたんだけど、今は紫蓮の家にいるんだ。長い黒髪がすっごく綺麗なんだよ。
実は、ちょっと前に紫蓮に赤い蝶の浴衣と黒い蝶の帯の噂のことを話したんだけど、その次の日からなんか虚ろで、いっつも恐い顔で考えごとしてた。んで、一週間くらい経ってから、街外れの廃墟で火事だって聞いて、これは行かなきゃ!と思って行ったら騒ぎの中心には紫蓮がいて、それにびっくり。
んで、紫蓮は女の子を連れてて、その女の子は綺麗でかあいいし、名前で呼んでるし?紫蓮が女の子のこと名前で呼んでんの初めて聞いたし、その子にはすっごく優しくって、いつもあんなんだったらもっとモテるのにな。今でもモテすぎるくらいモテてるけど。
俺の調べによると、今までに紫蓮に告白して来たのは一五七人。これは全学年の女子を統計したもので、紫蓮が告白される度に断っても減らない。自分こそは!と逆に燃える子もいるらしい。そのせいで、大半の男子には恨まれてるけど、非のない紫蓮に何も言えない。それと反対に慕われることもあるけど、基本的に紫蓮は顔も名前も覚えてあげない。可哀想にね。
いろんな人が興味を持つ紫蓮だけど、莎子チャンにだけは特別な対応だ。大事にしてるってゆーか、愛してるってゆーか。
莎子チャンを初めて見たときに着てた、噂の浴衣。次に見たときはもう着てなかったから、紫蓮に聞いてみたんだけど、紫蓮曰く
「莎子は燃やして捨ててほしいって言ってたけど、どうするかは決めてない。」
だそうで、実際のところ、どうしたのかは教えてくれなかった。
紫蓮がそう言うから、深く詮索はしなかったけど。
でも、噂は本当だったんだな。それが分かっただけで俺は満足だよ。
俺は紫蓮が駄目だってことは絶対しない。
俺のモノサシは紫蓮で、何でも紫蓮が基準なんだ。だからこそ、消化不良の種は尽きない。
事件後、紫蓮の家に紫蓮と莎子チャンに会いに行ったとき、紫蓮宛に俺の知らない人から電話が掛かってきたんだ。そのとき紫蓮はかなり嫌そうな顔してた。俺の知らない人ってところがアレだけど、紫蓮が関わるなってゆーから何も聞かない。本当は気になって仕方ないけどね。でも言わない。紫蓮が大事だから。
紫蓮は両親が居ないから、何でも一人でやってて人に頼ろうとしないところがあるんだ。だから、余計に心配なんだよね。
そうだ、莎子チャンだけど、楠ヶ丘学園に通うようになったんだよ。紫蓮は行かなくてもいいって言ったみたいだけど、行かなくてもとりあえず入学だけしようってことで。莎子チャンが名字を言いたがらないから紫蓮もどうしようかと思ったんだって。紫蓮だって調べて知ってるのに聞くんだもん。結局、莎子チャンは南条で通うことになったらしい。既に夫婦みたいだよね。そんな二人を見てると微笑ましい。紫蓮は莎子チャンが大事で、莎子チャンも紫蓮が一番大事なんだ。あーあ…莎子チャンに紫蓮取られちゃったー…。…なんてね。
そんなこと言ってたら、教室の扉が開いた。そして眼に映ったのは、黒髪と右耳に付けたつがいの赤と黒の蝶のピアス。
「…紫蓮。」
顔を見せた者の名を呼ぶと、そいつは教室に足を踏み入れた。そして綺麗な黒髪を揺らしながら、俺に言った。
「祝、行くところがある。着いて来い。」
紫蓮に言われるまま紫蓮に着いて行くと、学校の正門前に黒塗りのベンツが停められていて、その車に乗るように言われた。紫蓮はこういうのを好んでないはずなんだけど、どういう風の吹き回しなんだろうか。とにかく言われるままに乗り込むと、そのまま黒塗りベンツは動かされた。途中、紫蓮に何処に行くのか聞いたけど、紫蓮は答えてくれなかったんだ。そして、しばらく大人しくベンツに乗っていると、ベンツが止まって扉が開けられた。着いたところは、高層ビルだった。この場所、この印は、――――――。
「…南条財閥本社…。」
驚きで思わず声が漏れた。紫蓮に連れられて着いた場所は、南条の経営する会社だった。
いくら紫蓮の家の会社でも、紫蓮は今まで会社に直接関わっていなかったから、俺が南条の会社に来るのも初めてだ。紫蓮はそのまま正面玄関を通る。紫蓮に付いて行くしかないから、俺も紫蓮の後を追った。正面玄関を入って受付の前を見ると、そこには紫蓮の保護者をしている、清芳さんがいた。清芳さんは俺と紫蓮に気付くと、すぐに挨拶をしてくれた。
「よぉ、紫蓮。祝も久しぶりだな。」
前に会ったのはいつだっただろうか。多分、紫蓮の両親が死んだときだ。そのとき清芳さんは紫蓮の保護者になって、それ以来一度も会っていない。それはもう何年も前の話なのに清芳さんはよく俺が〝祝〟だって分かったな、と感心してしまう。
「こちらこそお久しぶりです。清芳さん。」
深々と礼と挨拶をすると、清芳さんはにこやかに笑いかけてくれた。俺自身、情報を専門に扱っているため、礼儀作法は一通り勉強している。礼儀がなっていない者を信用して信憑性のある情報をくれる人など、いる訳がない。こういうとき、心底勉強しておいて良かったと思う。紫蓮は俺と違って清芳さんに近付き、軽く挨拶をした。
「兄さん、今日は忙しい中すみません。」
紫蓮はいつも通りの反応で、清芳さんに接する。すると清芳さんは紫蓮と俺について来るように言った後、エレベーターに乗り込んだ。だが、そのエレベーターは豪華な造りになって普通の人が使うことを許されないような風格が漂っている。俺たちがエレベーターに乗り込むときも、他の社員が俺たちを見ていたのが分かった。制服を着ている少年が二人、会社の上層部の人といるのは謎めいたことだろう。実際のところ、俺だって謎だ。
エレベーターからおりると、数多くの社員がいた。どの人も一般社員じゃないのが分かる。すると清芳さんは、その社員の中を堂々と通っていた。社員はすぐさま足を止めて深々と清芳さんに礼をする。その中で一人の男性が清芳さんに近付いて来た。その人はとても温和そうな顔をしていて、菩薩のような顔に眼鏡をかけていた。そして清芳さんに深々と礼をし、発言をする。
「お帰りなさいませ、副社長。そちらの方々は?」
その男性は頭を上げてすぐに俺と紫蓮を見て清芳さんに問いかけた。世界の南条の本社副社長が子供を二人も連れて一体何がしたいのか、皆目検討がつかないらしい。すると清芳さんは薄ら笑いを浮かべ、紫蓮を見てから笑いを含み男性を見直した。
「南条紫蓮。この会社の社長になる男さ。」
清芳さんのその言葉を聞いた男性は呆然とし、驚きを隠しきれず、躊躇うように呟いた。
「南条、紫蓮…?まさか、あの!」
そう言葉が放たれた瞬間、その場にいた社員一同が清芳さんではなく紫蓮に視線を集中させる。そしてざわめきが聞こえ、次第にその声は大きくなってゆく。
「俺なんかとは違って生粋の南条生まれの南条育ちだぜ。」
清芳さんは軽く言ったけど、実はこの言葉には深い意味が込められているんだ。
清芳さんは紫蓮のお祖父さんの妹の息子さんで、紫蓮のお父さんとは従兄弟同士だった。清芳さんのお母さんは一度嫁いだけど、離婚して出戻ってきたという。それは清芳さんが十五歳のとき。それまでの数年間もずっと不仲が続いていて、清芳さんは不仲の両親の間で居た堪れなかっただろう。そのため、清芳さんは小さい頃、南条を名乗ってなかったし育ちも南条ではなかったんだ。でも紫蓮は違う。南条生まれの南条育ちで、紫蓮は直系の当主。本社の社長になり、会社を経営していくには充分な器量を持っている。南条に勤める者なら〝南条紫蓮〟を知らない訳がない。社員の視線を一身に浴びた紫蓮は凛々しくも逞しい姿をし、重荷を感じず軽やかに挨拶をした。
「初めまして、南条紫蓮です。以後お見知りおきを。」
この言葉に社員は深々と礼をして、紫蓮への敬意を表した。それを見ていた清芳さんは満足そうに微笑んでいて、紫蓮を本当に可愛がっているんだと感じた。
そして清芳さんは社員に暫しの別れを告げ、その先を進む。そして秘書室を通り、紫蓮と俺を社長室へ招き入れた。中へ入ると、社長室に相応しいものが並んでいた。社長専用のデスクにふかふかの椅子。そして客を招いたときの長机と対の椅子が四席。清芳さんはその一席に紫蓮を座らせ、その横に俺を座らせてくれた。そして清芳さんは対する方の椅子に座る。
「さて、わざわざ祝にまで来てもらったのは理由がある。」
椅子に座ってすぐ、落ち着く暇もなく清芳さんは本題を切り出した。紫蓮はその理由を知っているらしく、驚いて焦っているのは俺だけだ。まったくもって分からない。だけど清芳さんはそんなことを気にせず話を進める。
「紫蓮は学校を卒業したらこの会社の社長になる。今からはその練習期間だ。」
紫蓮が社長になる!?まぁ、当然と言ったら当然なんだろうけど、学生をしている今はあまり実感が湧かない。というか、それと俺が呼ばれた理由が繋がるのかさえも分からない。このまま分からないのも癪なので、思い切って恐る恐る清芳さんに聞いてみた。
「あの、それと俺はどんな繋がりが…?」
清芳さんは怪しい笑みを浮かべて俺を見ると、決定打を指すように言った。
「そこで、紫蓮は社長秘書にお前を指名した。河村祝を、な。」
清芳さんの話を聞いた後、初めは何も認識出来なかった。でも、紫蓮が俺を秘書にしたいと言ってくれているという事実は嬉しかった。俺は確認の言葉を清芳さんに向ける。
「俺を?…紫蓮?」
そして向けた後、隣にいる紫蓮の名を呼びながら振り向く。すると紫蓮は真剣な顔で俺を見た。
「俺はお前がいい。お前以外の秘書ならいらない。」
真剣な顔で言う紫蓮に、思わず見惚れてしまった。だから俺は、紫蓮に弱いのだということも思い知らされる。大事な紫蓮にここまで言われたら、答えは決まっている。
清芳さんは俺が答えを決めたことを見抜き、素早く返答を仰いだ。答えなんて、聞かなくても分かっているくせに。
「どうだ?祝。やるか?俺がビシビシ鍛えてやるぞ。泣き言は言わせねーからな。」
泣き言なんて言わない。紫蓮と一緒で、紫蓮が俺を選んでくれたなら、泣き言なんて言えるわけない。答えは唯一つ。
「はい。やります!やらせてください!」
勢い良く答えると、清芳さんはにやりと笑い、その答えを快く受理した。そして紫蓮を見て賛同を求める。
「よし。決定、っと。いいな、紫蓮。」
清芳さんに聞かれた紫蓮は、自分の希望通りになったことに、また、清芳さんが了承をしてくれたことに対して深々と礼をした。
「はい。ありがとうございます。」
清芳さんは紫蓮の気持ちが分かっているらしく、その返事に笑顔を向け、紫蓮と俺を見据えた後、今までにない笑顔で言葉を放つ。
「さて、死ぬほど働いてもらうぞ。守るもののためにな。」
そのときの清芳さんの顔はとても嬉しそうで、紫蓮の成長をとても喜んでいるんだと思った。清芳さんは紫蓮の保護者で、紫蓮の成長を一番に考えてる。ついこの間まで、紫蓮は南条系統の会社では働かないと言っていたはずなのに、どういう風の吹き回しなのか。清芳さんの言った言葉で益々疑問は強くなる。
「守るもの?」
思わず視線を清芳さんから紫蓮へと向け、訊ねてしまった。だが紫蓮は近くにあるものではなく、何処か遠くにある物を見るような眼をして、答えた。
「ああ。守るものが出来たからな。」
〝守るもの〟それが莎子チャンのことだと分かるのに時間は掛からなかった。そう言ったときの紫蓮は凛々しくて、俺が大事にしているものだということも分かった。その後、清芳さんに付き添われ社長室を出た俺と紫蓮は、来たときに乗った車を使わず、歩いて帰ることにした。紫蓮がそうしたいって言ったから。
「紫蓮、本当に俺でいいのか?」
帰り道、並んで歩いている紫蓮に質問をした。この問いの答えを聞いたら、もう同じことは聞かない。紫蓮を信じてるし、俺は紫蓮のために存在しているんだから。
問いかけを聞いた紫蓮は俺を見て、ただ一度だけの答えを言った。
「お前以外は考えられない。」
その言葉で、一生分の幸せを貰った気がした。紫蓮が必要としてくれるなら、どんなことだってするよ。紫蓮が俺の全てだから。
そう思った瞬間、もう次の言葉が口から飛び出していた。
「今日泊まってもいい?」
ふと思いついたことだけど、紫蓮は多分いいって言ってくれる。紫蓮の家に泊まるのは今回が初めてではない。紫蓮は俺が聞いたすぐ後に躊躇うことも考え込むこともなく即答した。
「あぁ。着替えとかは、…あるな。」
着替えは以前から泊まっているときに置いておくもの。多いときは一週間に三、四回、長いときは一週間に五日の泊まり。最早半同棲生活と化しているため、最低限の着替えや日用品は自宅と紫蓮の家に置いてある。
この前みたいに、紫蓮を連れず先に帰っても千代さんが何の躊躇いもなく紫蓮の部屋へ入れてくれるのは、こういう諸事情からだったりする。紫蓮が所用でどこかに出掛けていても、部屋で待つように言ってくれる。最初からアポイントメントを取っておけばいいんだけど、それがままならない場合もあるのだ。
「着替えは置いてあるし、洗面用具もあるよな?」
紫蓮が処分していなければ、生活に必要な物は充分足りているはずだ。それも紫蓮がそれらを処分などするはずないだろうという前提からなるもの。
「じゃ、家に寄らなくても大丈夫か?」
紫蓮は俺の自宅に寄ってくれる気だったらしい。でも自宅に寄ってまで必要としている物はない。最低限必要なものは紫蓮の家にある。
「大丈夫。」
陽気に答えると、紫蓮は何を思ったのか急に呟いた。
「…手出すなよ。」
言われた言葉の本意が判らず、ほんの少しの沈黙の後に答える。
「…誰に。」
そう答えた時点で、誰にかが分かってしまった。今の紫蓮は莎子チャンのことで頭がいっぱいだ。
「莎子に。」
やっぱり。予想通りの答えだ。
手を出すな。莎子チャンに。
紫蓮は俺が莎子チャンに手を出すと思っているのだろうか。多分、思っていないだろうけど、念のためなのか。
「出さないよ。」
心配しなくても。
そう答えると、紫蓮は俺がそう答えることを分かっていたらしく、特に変わった表情はしなかった。俺の全てを分かっている気がして、心地好かったけど、その余裕がちょっと悔しくて。面白半分ににっこりと笑いながら戯言を吐いてみた。
「でも、紫蓮には出すかもな。」
莎子チャンには出さなくても、紫蓮には出すかも。
満面の笑みで言ったことは、面白半分、本気半分だった。どう答えてくれるか知りたくて、それ以外のことは考えていなかった。本気混じりの俺の言葉に、紫蓮は少しも驚くような表情をすることもなく、俺に笑顔を向けた。
「言ってろ。」
その言葉は、とても暖かくて、俺が紫蓮の傍を離れられない理由だと思った。もう何年も、紫蓮の傍を離れられない理由。昔からこの笑顔が向けられるのは俺だけの特権で、これからも紫蓮は俺に同じ笑顔を向けてくれる。そう思えることが、とても幸せなこと。それだけで、俺は幸せになれる。俺の全ては紫蓮のものだから。
その日、南条邸に着くまでに一時間くらい歩いたけど、どこの空を見ても紫蓮の隣で見る空は清々しく澄んだ、綺麗な空だった。
楠ヶ丘学園高学部に通う十七歳。髪は茶髪で身長は紫蓮と同じくらい。体重は秘密!
まあ、所謂情報屋で、学校内のことは何でも知ってるつもり。学校外のことも知ってるけどね。
でさ、俺は南条紫蓮の親友なんだけど、今回はその親友、紫蓮と、紫蓮の大事な人の莎子チャンについて、いろいろとお話しようかと思う。個人情報に触れないようにね。ちなみにここは学校の教室。教室好きなんだ。
さて、親友の紫蓮だけど、実は両親がいなくて、前はおっきい家に一人で住んでたんだ。今は、莎子チャンと千代さんと一緒だけどね。莎子チャンはつい最近まで違うところに住んでたんだけど、今は紫蓮の家にいるんだ。長い黒髪がすっごく綺麗なんだよ。
実は、ちょっと前に紫蓮に赤い蝶の浴衣と黒い蝶の帯の噂のことを話したんだけど、その次の日からなんか虚ろで、いっつも恐い顔で考えごとしてた。んで、一週間くらい経ってから、街外れの廃墟で火事だって聞いて、これは行かなきゃ!と思って行ったら騒ぎの中心には紫蓮がいて、それにびっくり。
んで、紫蓮は女の子を連れてて、その女の子は綺麗でかあいいし、名前で呼んでるし?紫蓮が女の子のこと名前で呼んでんの初めて聞いたし、その子にはすっごく優しくって、いつもあんなんだったらもっとモテるのにな。今でもモテすぎるくらいモテてるけど。
俺の調べによると、今までに紫蓮に告白して来たのは一五七人。これは全学年の女子を統計したもので、紫蓮が告白される度に断っても減らない。自分こそは!と逆に燃える子もいるらしい。そのせいで、大半の男子には恨まれてるけど、非のない紫蓮に何も言えない。それと反対に慕われることもあるけど、基本的に紫蓮は顔も名前も覚えてあげない。可哀想にね。
いろんな人が興味を持つ紫蓮だけど、莎子チャンにだけは特別な対応だ。大事にしてるってゆーか、愛してるってゆーか。
莎子チャンを初めて見たときに着てた、噂の浴衣。次に見たときはもう着てなかったから、紫蓮に聞いてみたんだけど、紫蓮曰く
「莎子は燃やして捨ててほしいって言ってたけど、どうするかは決めてない。」
だそうで、実際のところ、どうしたのかは教えてくれなかった。
紫蓮がそう言うから、深く詮索はしなかったけど。
でも、噂は本当だったんだな。それが分かっただけで俺は満足だよ。
俺は紫蓮が駄目だってことは絶対しない。
俺のモノサシは紫蓮で、何でも紫蓮が基準なんだ。だからこそ、消化不良の種は尽きない。
事件後、紫蓮の家に紫蓮と莎子チャンに会いに行ったとき、紫蓮宛に俺の知らない人から電話が掛かってきたんだ。そのとき紫蓮はかなり嫌そうな顔してた。俺の知らない人ってところがアレだけど、紫蓮が関わるなってゆーから何も聞かない。本当は気になって仕方ないけどね。でも言わない。紫蓮が大事だから。
紫蓮は両親が居ないから、何でも一人でやってて人に頼ろうとしないところがあるんだ。だから、余計に心配なんだよね。
そうだ、莎子チャンだけど、楠ヶ丘学園に通うようになったんだよ。紫蓮は行かなくてもいいって言ったみたいだけど、行かなくてもとりあえず入学だけしようってことで。莎子チャンが名字を言いたがらないから紫蓮もどうしようかと思ったんだって。紫蓮だって調べて知ってるのに聞くんだもん。結局、莎子チャンは南条で通うことになったらしい。既に夫婦みたいだよね。そんな二人を見てると微笑ましい。紫蓮は莎子チャンが大事で、莎子チャンも紫蓮が一番大事なんだ。あーあ…莎子チャンに紫蓮取られちゃったー…。…なんてね。
そんなこと言ってたら、教室の扉が開いた。そして眼に映ったのは、黒髪と右耳に付けたつがいの赤と黒の蝶のピアス。
「…紫蓮。」
顔を見せた者の名を呼ぶと、そいつは教室に足を踏み入れた。そして綺麗な黒髪を揺らしながら、俺に言った。
「祝、行くところがある。着いて来い。」
紫蓮に言われるまま紫蓮に着いて行くと、学校の正門前に黒塗りのベンツが停められていて、その車に乗るように言われた。紫蓮はこういうのを好んでないはずなんだけど、どういう風の吹き回しなんだろうか。とにかく言われるままに乗り込むと、そのまま黒塗りベンツは動かされた。途中、紫蓮に何処に行くのか聞いたけど、紫蓮は答えてくれなかったんだ。そして、しばらく大人しくベンツに乗っていると、ベンツが止まって扉が開けられた。着いたところは、高層ビルだった。この場所、この印は、――――――。
「…南条財閥本社…。」
驚きで思わず声が漏れた。紫蓮に連れられて着いた場所は、南条の経営する会社だった。
いくら紫蓮の家の会社でも、紫蓮は今まで会社に直接関わっていなかったから、俺が南条の会社に来るのも初めてだ。紫蓮はそのまま正面玄関を通る。紫蓮に付いて行くしかないから、俺も紫蓮の後を追った。正面玄関を入って受付の前を見ると、そこには紫蓮の保護者をしている、清芳さんがいた。清芳さんは俺と紫蓮に気付くと、すぐに挨拶をしてくれた。
「よぉ、紫蓮。祝も久しぶりだな。」
前に会ったのはいつだっただろうか。多分、紫蓮の両親が死んだときだ。そのとき清芳さんは紫蓮の保護者になって、それ以来一度も会っていない。それはもう何年も前の話なのに清芳さんはよく俺が〝祝〟だって分かったな、と感心してしまう。
「こちらこそお久しぶりです。清芳さん。」
深々と礼と挨拶をすると、清芳さんはにこやかに笑いかけてくれた。俺自身、情報を専門に扱っているため、礼儀作法は一通り勉強している。礼儀がなっていない者を信用して信憑性のある情報をくれる人など、いる訳がない。こういうとき、心底勉強しておいて良かったと思う。紫蓮は俺と違って清芳さんに近付き、軽く挨拶をした。
「兄さん、今日は忙しい中すみません。」
紫蓮はいつも通りの反応で、清芳さんに接する。すると清芳さんは紫蓮と俺について来るように言った後、エレベーターに乗り込んだ。だが、そのエレベーターは豪華な造りになって普通の人が使うことを許されないような風格が漂っている。俺たちがエレベーターに乗り込むときも、他の社員が俺たちを見ていたのが分かった。制服を着ている少年が二人、会社の上層部の人といるのは謎めいたことだろう。実際のところ、俺だって謎だ。
エレベーターからおりると、数多くの社員がいた。どの人も一般社員じゃないのが分かる。すると清芳さんは、その社員の中を堂々と通っていた。社員はすぐさま足を止めて深々と清芳さんに礼をする。その中で一人の男性が清芳さんに近付いて来た。その人はとても温和そうな顔をしていて、菩薩のような顔に眼鏡をかけていた。そして清芳さんに深々と礼をし、発言をする。
「お帰りなさいませ、副社長。そちらの方々は?」
その男性は頭を上げてすぐに俺と紫蓮を見て清芳さんに問いかけた。世界の南条の本社副社長が子供を二人も連れて一体何がしたいのか、皆目検討がつかないらしい。すると清芳さんは薄ら笑いを浮かべ、紫蓮を見てから笑いを含み男性を見直した。
「南条紫蓮。この会社の社長になる男さ。」
清芳さんのその言葉を聞いた男性は呆然とし、驚きを隠しきれず、躊躇うように呟いた。
「南条、紫蓮…?まさか、あの!」
そう言葉が放たれた瞬間、その場にいた社員一同が清芳さんではなく紫蓮に視線を集中させる。そしてざわめきが聞こえ、次第にその声は大きくなってゆく。
「俺なんかとは違って生粋の南条生まれの南条育ちだぜ。」
清芳さんは軽く言ったけど、実はこの言葉には深い意味が込められているんだ。
清芳さんは紫蓮のお祖父さんの妹の息子さんで、紫蓮のお父さんとは従兄弟同士だった。清芳さんのお母さんは一度嫁いだけど、離婚して出戻ってきたという。それは清芳さんが十五歳のとき。それまでの数年間もずっと不仲が続いていて、清芳さんは不仲の両親の間で居た堪れなかっただろう。そのため、清芳さんは小さい頃、南条を名乗ってなかったし育ちも南条ではなかったんだ。でも紫蓮は違う。南条生まれの南条育ちで、紫蓮は直系の当主。本社の社長になり、会社を経営していくには充分な器量を持っている。南条に勤める者なら〝南条紫蓮〟を知らない訳がない。社員の視線を一身に浴びた紫蓮は凛々しくも逞しい姿をし、重荷を感じず軽やかに挨拶をした。
「初めまして、南条紫蓮です。以後お見知りおきを。」
この言葉に社員は深々と礼をして、紫蓮への敬意を表した。それを見ていた清芳さんは満足そうに微笑んでいて、紫蓮を本当に可愛がっているんだと感じた。
そして清芳さんは社員に暫しの別れを告げ、その先を進む。そして秘書室を通り、紫蓮と俺を社長室へ招き入れた。中へ入ると、社長室に相応しいものが並んでいた。社長専用のデスクにふかふかの椅子。そして客を招いたときの長机と対の椅子が四席。清芳さんはその一席に紫蓮を座らせ、その横に俺を座らせてくれた。そして清芳さんは対する方の椅子に座る。
「さて、わざわざ祝にまで来てもらったのは理由がある。」
椅子に座ってすぐ、落ち着く暇もなく清芳さんは本題を切り出した。紫蓮はその理由を知っているらしく、驚いて焦っているのは俺だけだ。まったくもって分からない。だけど清芳さんはそんなことを気にせず話を進める。
「紫蓮は学校を卒業したらこの会社の社長になる。今からはその練習期間だ。」
紫蓮が社長になる!?まぁ、当然と言ったら当然なんだろうけど、学生をしている今はあまり実感が湧かない。というか、それと俺が呼ばれた理由が繋がるのかさえも分からない。このまま分からないのも癪なので、思い切って恐る恐る清芳さんに聞いてみた。
「あの、それと俺はどんな繋がりが…?」
清芳さんは怪しい笑みを浮かべて俺を見ると、決定打を指すように言った。
「そこで、紫蓮は社長秘書にお前を指名した。河村祝を、な。」
清芳さんの話を聞いた後、初めは何も認識出来なかった。でも、紫蓮が俺を秘書にしたいと言ってくれているという事実は嬉しかった。俺は確認の言葉を清芳さんに向ける。
「俺を?…紫蓮?」
そして向けた後、隣にいる紫蓮の名を呼びながら振り向く。すると紫蓮は真剣な顔で俺を見た。
「俺はお前がいい。お前以外の秘書ならいらない。」
真剣な顔で言う紫蓮に、思わず見惚れてしまった。だから俺は、紫蓮に弱いのだということも思い知らされる。大事な紫蓮にここまで言われたら、答えは決まっている。
清芳さんは俺が答えを決めたことを見抜き、素早く返答を仰いだ。答えなんて、聞かなくても分かっているくせに。
「どうだ?祝。やるか?俺がビシビシ鍛えてやるぞ。泣き言は言わせねーからな。」
泣き言なんて言わない。紫蓮と一緒で、紫蓮が俺を選んでくれたなら、泣き言なんて言えるわけない。答えは唯一つ。
「はい。やります!やらせてください!」
勢い良く答えると、清芳さんはにやりと笑い、その答えを快く受理した。そして紫蓮を見て賛同を求める。
「よし。決定、っと。いいな、紫蓮。」
清芳さんに聞かれた紫蓮は、自分の希望通りになったことに、また、清芳さんが了承をしてくれたことに対して深々と礼をした。
「はい。ありがとうございます。」
清芳さんは紫蓮の気持ちが分かっているらしく、その返事に笑顔を向け、紫蓮と俺を見据えた後、今までにない笑顔で言葉を放つ。
「さて、死ぬほど働いてもらうぞ。守るもののためにな。」
そのときの清芳さんの顔はとても嬉しそうで、紫蓮の成長をとても喜んでいるんだと思った。清芳さんは紫蓮の保護者で、紫蓮の成長を一番に考えてる。ついこの間まで、紫蓮は南条系統の会社では働かないと言っていたはずなのに、どういう風の吹き回しなのか。清芳さんの言った言葉で益々疑問は強くなる。
「守るもの?」
思わず視線を清芳さんから紫蓮へと向け、訊ねてしまった。だが紫蓮は近くにあるものではなく、何処か遠くにある物を見るような眼をして、答えた。
「ああ。守るものが出来たからな。」
〝守るもの〟それが莎子チャンのことだと分かるのに時間は掛からなかった。そう言ったときの紫蓮は凛々しくて、俺が大事にしているものだということも分かった。その後、清芳さんに付き添われ社長室を出た俺と紫蓮は、来たときに乗った車を使わず、歩いて帰ることにした。紫蓮がそうしたいって言ったから。
「紫蓮、本当に俺でいいのか?」
帰り道、並んで歩いている紫蓮に質問をした。この問いの答えを聞いたら、もう同じことは聞かない。紫蓮を信じてるし、俺は紫蓮のために存在しているんだから。
問いかけを聞いた紫蓮は俺を見て、ただ一度だけの答えを言った。
「お前以外は考えられない。」
その言葉で、一生分の幸せを貰った気がした。紫蓮が必要としてくれるなら、どんなことだってするよ。紫蓮が俺の全てだから。
そう思った瞬間、もう次の言葉が口から飛び出していた。
「今日泊まってもいい?」
ふと思いついたことだけど、紫蓮は多分いいって言ってくれる。紫蓮の家に泊まるのは今回が初めてではない。紫蓮は俺が聞いたすぐ後に躊躇うことも考え込むこともなく即答した。
「あぁ。着替えとかは、…あるな。」
着替えは以前から泊まっているときに置いておくもの。多いときは一週間に三、四回、長いときは一週間に五日の泊まり。最早半同棲生活と化しているため、最低限の着替えや日用品は自宅と紫蓮の家に置いてある。
この前みたいに、紫蓮を連れず先に帰っても千代さんが何の躊躇いもなく紫蓮の部屋へ入れてくれるのは、こういう諸事情からだったりする。紫蓮が所用でどこかに出掛けていても、部屋で待つように言ってくれる。最初からアポイントメントを取っておけばいいんだけど、それがままならない場合もあるのだ。
「着替えは置いてあるし、洗面用具もあるよな?」
紫蓮が処分していなければ、生活に必要な物は充分足りているはずだ。それも紫蓮がそれらを処分などするはずないだろうという前提からなるもの。
「じゃ、家に寄らなくても大丈夫か?」
紫蓮は俺の自宅に寄ってくれる気だったらしい。でも自宅に寄ってまで必要としている物はない。最低限必要なものは紫蓮の家にある。
「大丈夫。」
陽気に答えると、紫蓮は何を思ったのか急に呟いた。
「…手出すなよ。」
言われた言葉の本意が判らず、ほんの少しの沈黙の後に答える。
「…誰に。」
そう答えた時点で、誰にかが分かってしまった。今の紫蓮は莎子チャンのことで頭がいっぱいだ。
「莎子に。」
やっぱり。予想通りの答えだ。
手を出すな。莎子チャンに。
紫蓮は俺が莎子チャンに手を出すと思っているのだろうか。多分、思っていないだろうけど、念のためなのか。
「出さないよ。」
心配しなくても。
そう答えると、紫蓮は俺がそう答えることを分かっていたらしく、特に変わった表情はしなかった。俺の全てを分かっている気がして、心地好かったけど、その余裕がちょっと悔しくて。面白半分ににっこりと笑いながら戯言を吐いてみた。
「でも、紫蓮には出すかもな。」
莎子チャンには出さなくても、紫蓮には出すかも。
満面の笑みで言ったことは、面白半分、本気半分だった。どう答えてくれるか知りたくて、それ以外のことは考えていなかった。本気混じりの俺の言葉に、紫蓮は少しも驚くような表情をすることもなく、俺に笑顔を向けた。
「言ってろ。」
その言葉は、とても暖かくて、俺が紫蓮の傍を離れられない理由だと思った。もう何年も、紫蓮の傍を離れられない理由。昔からこの笑顔が向けられるのは俺だけの特権で、これからも紫蓮は俺に同じ笑顔を向けてくれる。そう思えることが、とても幸せなこと。それだけで、俺は幸せになれる。俺の全ては紫蓮のものだから。
その日、南条邸に着くまでに一時間くらい歩いたけど、どこの空を見ても紫蓮の隣で見る空は清々しく澄んだ、綺麗な空だった。
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