くんくん。この独特な匂いは。
なるほど、金木犀の匂いだ。
この香りがすると、秋を実感する。
「ひーたん、金木犀の匂いがするね」
あれ、そういえば、この感じ、前にどこかで?
はて?デジャブ?
隣を歩くひーたんを見てもひーたんはいつも通りだ。
「もう秋なんだなぁ…って!梨!」
そう思ったところで、ひーたんが大声で叫ぶからちょっと驚いた。
「梨?」
ひーたんの顔を窺いながら聞いてみる。
気のせいじゃない。確かにこの会話を前にもしたような。
「金木犀が咲いてるってことは、梨の旬が終わってるんだよ。あー今年は食べ損ねたー」
うん、ひーたんはまったく同じことを言っているみたい。
なるほど、これは何かがどうにか作用して、なんとかなってしまっているわけだ。
ということは、前と同じようにことが進むはずで、このあと、俺が言った言葉のあとに、ひーたんは同じことを言うんだろう。
「ひーたんは物知りさんだね」
前と同じようにそう言ってひーたんに向けて笑うと、ひーたんはやっぱり何かを考えているようだった。
ひーたんの手が俺の頭の上に乗る。
「来年、一緒に食べような」
やっぱり、ひーたんは同じことを言った。
そして、同じことをした。
来年の、約束。
ひーたんが言う言葉は分かっていたはずなのに。
ひーたんの言葉を遮ることも出来たはずなのに。
それでも、何も言い出せず、話を逸らすことも出来なかった。
そうこうしている間に、玄関へ着いた。
このまま同じように進むなら、ひーたんの下駄箱には入れ間違えられた手紙が入っているはずだ。
その手紙に驚いてラブレター、どこのうさぎからだと騒けば―――。
「えっ」
前はひーたんが出した言葉を、今度は俺が出した。
ひーたんは何食わぬ顔で下駄箱から靴を取り出して、履き替えている。手紙のことには一切触れない。
あれ?手紙は?
「ひーたん!」
思いのほか大きな声が出て、ひーたんは驚いたようだった。
だけど、そんなことには構っていられない。
「手紙入ってなかった!?ラブレター!」
俺がそういうと、ひーたんは少し呆れたような顔をした。
「は?なに、お前なんかしたの?言いたいことあるなら言えよ」
手紙なんて書かずに、普通に話せばいいだろ。
何も知らないひーたんはそういうけど、そういうことじゃない。
すぐさまひーたんの下駄箱を見ても何も入ってない。
入れ間違えられたラブレターが入っているはずだったのに、入っていないなんて。
まったく同じように進むと思っていたのに、まさかこんな展開になるなんて思っていなかった。
これはますます意図が分からない。
魔女の企みのひとつなのだろうか。
「帰るぞ、雪風」
下駄箱をずっと見ている俺にひーたんが声を掛ける。
いつもと同じように。
帰り道を歩いていても、どこからか金木犀の匂いがする。
おかしい。本当におかしい。
このまま歩いていたら、前と同じように魔女が来るだろうと思っていた。
魔女が来たら、魔女の話を押しのけてでもこのことを聞こうと思っていたのに、全然来ない。
一体どういうことなのか。
前と同じことを繰り返していると思っていたけど、そうではないみたいだし、意図が分からない。
魔女の仕業じゃないのか?いやでもそれだと余計に意図が分からない。
「雪風?」
気付けば、ひーたんが立ち止まっていた。
考え事をしていた俺に気付いたらしい。
「また変な電波受信してんのか?」
そう言いながら、俺の耳をくいくいと引っ張る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
むしろ電波受信するはずが受信出来てなくて困っているというか。
「じゃあなんだよ」
これをひーたんに説明するのもなぁ…なんて考えていたら、ひーたんは痺れを切らせたのか、耳を引っ張りながら溜め息を吐いた。
「うち帰ったら耳外せよ」
前と同じ言葉。
「耳ない方が好きだ」
「えっ」
それは、初耳。
耳だけに。
って!そうじゃない!
―――遅くなったけど、誕生日プレゼントだよ
途端に聞こえた、魔女の声。
誕生日プレゼントって、いや、なんていうか。
「…俺の誕生日…八月なんだけど…」
もう本格的な秋になっている。夏生まれの俺からすると遅刻もいいところだ。
いや、違う。遅刻とかいう以前にやっぱり魔女の仕業か。いや、わかってたけど。そうだろうと思ってたけど。いきなりなんでこんな。
「なんか言ったか?」
目の前で、ひーたんが俺を見る。
誕生日プレゼントって、いったいなにが、どこまで、そもそも。
夢か現実かすら分からないなんて反応のしようがない。
いや、もうやめよう。
考えることは放棄する。
これ以上考えても仕方ない。
とりあえず。
「ひーたんすき!」
「はいはい」
今ここに、ひーたんがいるからそれでいい。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、ヤヒコさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年はちょっと忙しくしていて、お誕生日プレゼントのお題を聞きそびれていたので、奇しくも同じお題で再チャレンジです。
ただし、今回は追加テーマとして「再上映(リバイバル)」があったりなかったりします。
本当にリバイバルなのか夢なのかとか、その辺はざっくりと感じとってください←
プロットから完成までが一時間くらいなのですが、元の話があったからこそ一時間でなんとか形に出来たかなという感じです。
このお題もそろそろ飽きられる頃だと思うので、来年こそは違うお題を伺って、一味違うものを書きたいと思ったり。
うさぎコンビお好きな方はあくまでも二次創作なので、怒らないで。いやほんとごめんなさい。
この話の「一回目」がこちら。
なるほど、金木犀の匂いだ。
この香りがすると、秋を実感する。
「ひーたん、金木犀の匂いがするね」
あれ、そういえば、この感じ、前にどこかで?
はて?デジャブ?
隣を歩くひーたんを見てもひーたんはいつも通りだ。
「もう秋なんだなぁ…って!梨!」
そう思ったところで、ひーたんが大声で叫ぶからちょっと驚いた。
「梨?」
ひーたんの顔を窺いながら聞いてみる。
気のせいじゃない。確かにこの会話を前にもしたような。
「金木犀が咲いてるってことは、梨の旬が終わってるんだよ。あー今年は食べ損ねたー」
うん、ひーたんはまったく同じことを言っているみたい。
なるほど、これは何かがどうにか作用して、なんとかなってしまっているわけだ。
ということは、前と同じようにことが進むはずで、このあと、俺が言った言葉のあとに、ひーたんは同じことを言うんだろう。
「ひーたんは物知りさんだね」
前と同じようにそう言ってひーたんに向けて笑うと、ひーたんはやっぱり何かを考えているようだった。
ひーたんの手が俺の頭の上に乗る。
「来年、一緒に食べような」
やっぱり、ひーたんは同じことを言った。
そして、同じことをした。
来年の、約束。
ひーたんが言う言葉は分かっていたはずなのに。
ひーたんの言葉を遮ることも出来たはずなのに。
それでも、何も言い出せず、話を逸らすことも出来なかった。
そうこうしている間に、玄関へ着いた。
このまま同じように進むなら、ひーたんの下駄箱には入れ間違えられた手紙が入っているはずだ。
その手紙に驚いてラブレター、どこのうさぎからだと騒けば―――。
「えっ」
前はひーたんが出した言葉を、今度は俺が出した。
ひーたんは何食わぬ顔で下駄箱から靴を取り出して、履き替えている。手紙のことには一切触れない。
あれ?手紙は?
「ひーたん!」
思いのほか大きな声が出て、ひーたんは驚いたようだった。
だけど、そんなことには構っていられない。
「手紙入ってなかった!?ラブレター!」
俺がそういうと、ひーたんは少し呆れたような顔をした。
「は?なに、お前なんかしたの?言いたいことあるなら言えよ」
手紙なんて書かずに、普通に話せばいいだろ。
何も知らないひーたんはそういうけど、そういうことじゃない。
すぐさまひーたんの下駄箱を見ても何も入ってない。
入れ間違えられたラブレターが入っているはずだったのに、入っていないなんて。
まったく同じように進むと思っていたのに、まさかこんな展開になるなんて思っていなかった。
これはますます意図が分からない。
魔女の企みのひとつなのだろうか。
「帰るぞ、雪風」
下駄箱をずっと見ている俺にひーたんが声を掛ける。
いつもと同じように。
帰り道を歩いていても、どこからか金木犀の匂いがする。
おかしい。本当におかしい。
このまま歩いていたら、前と同じように魔女が来るだろうと思っていた。
魔女が来たら、魔女の話を押しのけてでもこのことを聞こうと思っていたのに、全然来ない。
一体どういうことなのか。
前と同じことを繰り返していると思っていたけど、そうではないみたいだし、意図が分からない。
魔女の仕業じゃないのか?いやでもそれだと余計に意図が分からない。
「雪風?」
気付けば、ひーたんが立ち止まっていた。
考え事をしていた俺に気付いたらしい。
「また変な電波受信してんのか?」
そう言いながら、俺の耳をくいくいと引っ張る。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
むしろ電波受信するはずが受信出来てなくて困っているというか。
「じゃあなんだよ」
これをひーたんに説明するのもなぁ…なんて考えていたら、ひーたんは痺れを切らせたのか、耳を引っ張りながら溜め息を吐いた。
「うち帰ったら耳外せよ」
前と同じ言葉。
「耳ない方が好きだ」
「えっ」
それは、初耳。
耳だけに。
って!そうじゃない!
―――遅くなったけど、誕生日プレゼントだよ
途端に聞こえた、魔女の声。
誕生日プレゼントって、いや、なんていうか。
「…俺の誕生日…八月なんだけど…」
もう本格的な秋になっている。夏生まれの俺からすると遅刻もいいところだ。
いや、違う。遅刻とかいう以前にやっぱり魔女の仕業か。いや、わかってたけど。そうだろうと思ってたけど。いきなりなんでこんな。
「なんか言ったか?」
目の前で、ひーたんが俺を見る。
誕生日プレゼントって、いったいなにが、どこまで、そもそも。
夢か現実かすら分からないなんて反応のしようがない。
いや、もうやめよう。
考えることは放棄する。
これ以上考えても仕方ない。
とりあえず。
「ひーたんすき!」
「はいはい」
今ここに、ひーたんがいるからそれでいい。
*----------*----------*----------*----------*----------*
これまた、ヤヒコさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年はちょっと忙しくしていて、お誕生日プレゼントのお題を聞きそびれていたので、奇しくも同じお題で再チャレンジです。
ただし、今回は追加テーマとして「再上映(リバイバル)」があったりなかったりします。
本当にリバイバルなのか夢なのかとか、その辺はざっくりと感じとってください←
プロットから完成までが一時間くらいなのですが、元の話があったからこそ一時間でなんとか形に出来たかなという感じです。
このお題もそろそろ飽きられる頃だと思うので、来年こそは違うお題を伺って、一味違うものを書きたいと思ったり。
うさぎコンビお好きな方はあくまでも二次創作なので、怒らないで。いやほんとごめんなさい。
この話の「一回目」がこちら。
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立秋が迫り来るとはいえ、秋の訪れなど感じるはずもなく、梅雨が明けたかと思えば気候は夏真っ盛りで、涼しさの欠片もない。風鈴や冷やし中華、かき氷が季節感を思い出させてくれる。そう、この時期は、百合の花が綺麗に咲く。
事務所の一室に篭りながらデモテープを聞いていた英王(はなお)は不服そうに告げる。
「どれもイマイチ」
有名音楽プロデューサーの父と演技派女優の母を持つ栗山英王は、テーブルの上に置かれた無数のデモテープを眺めながら愕然としていた。
芸能界の大物夫婦の一人息子である英王は周囲の期待を一身に受け、三ヶ月後のある日、満を侍して華々しくCDデビューを果たす予定だ。だが、デビュー日まで決まっているにも関わらず、デビュー曲が一向に決まらず、事務所の上層部も頭を抱えていた。
英王は父のコネで世に出ることに相当な嫌悪感を示し、デビュー曲も有名作曲家や音楽プロデューサーからの楽曲提供ではなく、自分が気にいる楽曲でのデビューを望んだ。父の所属する音楽事務所には所属せず、自らの希望で所属した芸能事務所だったが、父のネームバリューがある英王のことを事務所は快く受け入れた。ところが、英王の拘りは人一倍強く、なかなかデビューする楽曲が決まらない。事務所としては英王のネームバリューや各界への影響を考えると、とてもではないが失敗の許されない謂わば爆弾のような存在だった。
今日も英王のお眼鏡に叶う楽曲には出会えないまま、既に三時間はこの一室に缶詰になっている。
英王はテーブルの上のペットボトルを乱暴に掴み、残り僅かだった水を飲み干した。
「だと思った」
英王の担当をしている閏間(うるま)は部屋に入ってくるなり、英王の顔を見てはそう察した。英王の理想が高いとは思っていない。だからこそ閏間は英王の意思を尊重している。
「じゃあこれ」
閏間は英王に向けてデモテープを二つ差し出した。
「大滝社長が受け取ったものらしい」
「…は?」
閏間のその言葉を聞き、英王は少し面食らった。
大滝社長って、あの大滝社長か。
この業界で大滝社長と言われれば、大滝星流のことを指す。大滝財閥の若社長だ。大滝財閥の進出業界は多岐に渡り、英王が所属しているのもこの大滝財閥のグループ会社で、年々着々と傘下を広げている。その大滝社長が受け取ったということは、よっぽどな大物からのものなのだろうか。
父のコネではデビューしたくないのは変わらない。だが、大滝社長が受け取ったものを聞きもせずに突っ返すことは流石の英王でも出来ない。
二つのデモテープを見ると、一つには曲名らしき文字が書かれており、もう一つには一度曲名が書かれた後に、上から乱雑に塗り潰したような様子が見て取れた。最初に曲名が書かれた方を聞くことにしようとそれを手に取る。デモテープには【夕暮れの鬼百合】と書かれていた。手慣れたように英王はデモテープを再生する。
青い草原、水平線の夕日、通り抜ける風、そして二人の男女。
あぁ、これは、叶わぬ恋と、その別れの歌だ。
「…これ…!」
少し聞いただけで、英王は勢いよく立ち上がった。英王のその反応に閏間が驚く。だが、驚く閏間に見向きもせず、英王は四分弱のその音源を聴き終えた。
「オレ、これでデビューする」
英王はしっかりと閏間へ向き合いながら、はっきりとそう言った。
別れの歌。曲は女目線で描かれていた。鬼の妖怪と一国一城の姫の歌。儚い恋に、哀しい愛、そして別れ。この歌には、英王が求めていた適度な女性感と適度な艶やかさ、そして、忘れられない寂しさがあった。
この歌の曲調も歌詞も、デモテープで歌っているこの歌声さえも、英王を魅了した。これだ、と思った。この曲で、デビューする。そう決めた。
英王があまりにも即決するのを見た閏間はこれまでの難色ぶりとは打って変わる態度に思わずもう一つのデモテープも聞いてみるように促しにかかった。さらにはそのデモテープと共に渡された資料を英王の目の前に出す。英王は資料に目を通し、この歌を作った相手のことを考えた。
ペンネームは【ユリ】。作詞作曲共に一人で行っている。名前がユリということはこの人物は女性なのだろう。曲調にある柔らかさと力強さ、そして歌詞は女性目線で、一人称はあたしだった。男の英王が歌うことを想定した上でこのうたを作ったのなら、相当な自信だ。それでも、英王はこの【ユリ】に興味を持った。この曲でデビューするならば、近々挨拶するだろう。
資料に一通り目を通したあと、英王はもう一つのデモテープを再生する。塗り潰されていて、曲名は分からない。それでも、この歌を作った人物のものならば、聞かない手はない。これも気に入れば、カップリング曲として収録してもいい。
始まった前奏に耳を疑った。歌い出す声に言葉を失った。一瞬で身体中に鳥肌が立つのが分かった。心臓がひどく鳴っている。
なんだこれ…!
神に対する贖罪か、崇拝か、懺悔か、信仰か。
その全てであり、その全てが違うようにも思えた。
ただ、この歌は、神をどうしようもなく愛しているという歌だ。
先程の歌で英王はデビューする。それは変わらない。デビューのコンセプトや求めていた雰囲気に合っていたのは先程の歌の方だ。それは間違いない。だが、この名前のない歌を世に出すこともしたくないと思った。このデモテープごと、自分一人が、完全に独り占めしたいと、そう思った。
英王はこの歌を作った【ユリ】と歌っているこの声の主に会いたくて堪らなくなった。ユリ自身は女性だろうが、このテープの声の主は明らかに男性だ。声は先程の【夕暮れの鬼百合】と同じ。少し高いが、英王が歌えないわけではないキー設定で、男でも歌えることを証明するために仮歌を頼まれたのだろう。
この声は、とてもこの歌に合っている。この歌に彼の歌声ならば、確実に話題になる。
英王は二つ目のデモテープを聞き終わると、閏間に【ユリ】と仮歌の人物に会いたいと告げた。
***
デモテープを聞いてから二日後、英王は二日前と同じ部屋にいた。
今日の十七時からこの部屋で件の人物と対面することになっている。
あの日、【ユリ】と仮歌の人物に会いたいと告げた英王に、閏間は仮歌も自分で歌ってるって書いてあったでしょ、と言った。その言葉に驚きながら目の前の資料をひったくるように掴むと確かにそう記載されていた。
そもそもこの資料は資料と呼ぶにはとてもお粗末な作りで、形式には拘らない英王でさえも、これでいいのかと思ってしまうような出来だった。ルーズリーフにボールペンとは、あの大滝社長から受け取ったものでなければ、論外と扱われ、英王の目の前には現れなかったかもしれない。
仮歌の声は明らかに男の声だった。ということは【ユリ】は男ということになる。その事実がより一層、英王の脳内を刺激した。
「長い金髪のバイトくんに預けたから不安だったんですけど、よかったです」
ちゃんと聴いてもらえるかさえも分からなかったから。
約束の時間に英王の前に現れた【ユリ】は英王の予想を裏切り、英王と同い年の十六歳だった。ユリを見た瞬間に「お前が【ユリ】なわけ?」と凄みを利かせ、閏間に咎められたばかりだ。
英王が目の前の【ユリ】の第一印象として抱いたのは『こんな根暗そうなやつがあの歌を作ったのか』だった。どうもユリは身長の割に肉付きがあまり良くなく、ひょろ長く見えてしまう。英王は思わず、お前メシ食ってんのか、と言ってしまいそうになったほどだ。
ただ、それよりも、ユリの発したフレーズが英王も閏間も、思わず聞き返してしまうほど、現実味のないフレーズだったことの方に引っかかった。
「長い金髪のバイト…?」
そもそも、大企業のバイトに長い金髪のバイトはいない。世界中を探せばいる可能性は充分にあるが、この会社に至ってはほぼありえない。
「学生服着てたんで、バイトの子だと思います。その子、受付のお姉さんと話してて、お姉さんに取り次いでもらおうと思ってたから近付いて」
「まて」
「それって、まさか」
英王と閏間はこの瞬間に理解した。長い金髪のバイトは、バイトなんてものじゃない。
「大滝社長!」
「え?」
大滝社長はメディアに姿を現すことは殆どない。ましてや、社内で見かけることも稀だという。
ユリによってバイトに間違えられた長い金髪の高校生は大滝星流その人であり、若干十六歳にして、大企業の社長席に座る男だった。
大滝星流が社長に就任したのは本人が十五歳の誕生日を迎えるその日のことで、本社及び、グループ会社の総指揮を当時社長であった実父により、丸投げにされた。丸投げだ実父は会長職には就いたものの、半分隠居しているらしい。
大滝芸能と大滝レコード、そして大滝ホテルは大滝星流が実権を握る代表的な会社の一つだ。他も代表取締役に名を連ねているが、現状の運営や統率は別の者が担っている。
大滝星流は世間が思っているより格段に切れ者で、本当に実在するのか怪しいと思うほどだった。
確かに大滝社長ならば、受付にいても不思議ではない。高校に行っている年頃なのだから、学生服でもまだわかる。それでも曲がりなりにも社長の座に座る大滝社長がバイトに間違えられながらも、このデモテープ一式を受け取り、英王のデビュー曲として検討テーブルに上がったことは通常では考えられないことだ。
「大滝社長って相変わらず何考えてるかわかんねぇな…」
「あの人の考えてることが分かったら出世するよ…」
英王の呟きに閏間が半ば呆れ顔で返した。
そもそも、あの大滝社長をバイトと勘違いした挙句、それに気付かずに自分の作品がこの場まで来たユリが強運の持ち主なのか。本当に大滝社長の考えることは分からない。
最初の資料の中になかった履歴書を、当日持参するように連絡したのは閏間で、その履歴書に一応さらっと目を通しながら、英王はユリに告げる。
「両方とも聴いたけど、こっちの方は俺のデビューコンセプトに合ってる」
英王は【夕暮れの鬼百合】のデモテープを手にし、ユリに見えるように掲げた。
英王が求めていたデビューコンセプトは半ば英王の感覚的なものであり、そのイメージを伝えた上で書き下ろされた曲でも、英王は納得しなかった。その英王がイメージしたコンセプトに合っているというのならば、それをデビュー曲にするのは構わないというのが事務所の見解であり、作詞作曲したしたユリの了承を得られれば、すぐに収録の手筈を整えるらしかった。
あなたが妖怪でもいい、一緒に連れて行って
出来ないというのなら、あたしの感情(こころ)を溶解(とか)してよ
あなたが妖怪でもいい、一生に一度だから
叶わないというのなら、あたしに鬼百合の花をちょうだい
哀しい、恋の歌。
それでも【ようかい】を【妖怪】と【溶解】でかけているところはなかなか気に入っている。ちょっとした遊び心も大事だ。資料の中にあった歌詞カードも安易な作りだが、歌詞が読めれば充分だろう。
「俺はこれでデビューする」
力強く、はっきりと、凛とした声で、英王はユリに言い切った。
あまりの英王の迫力に圧倒されているユリが息を止めるのが分かった。ユリが息を吸い込み、何かを発しようとした瞬間、英王はユリよりも早く次の一言を発する。
「あと聞きたいことがある」
ユリを見据える、英王の真剣な眼差し。
「この歌のタイトルなに?」
書いてから消したろ。
そう告げた英王にユリはいかにも何かを隠していますという表情(かお)をした。言い淀むユリに英王は容赦なく指先を机にリズムよく打ち付ける。しばらくしてから、ユリは諦めたような、どこか決意したような、そんな複雑な顔をして口を開いた。
「…【神に捧ぐ黒百合】…」
かみにささぐ、くろゆり。
英王は口の中でその曲名を小さく触り、飲み込んだ。
「これは、君のことを考えて、君に歌ってもらうためだけに書いたんだ」
ユリの眼が、英王の眼を捕らえて離さない。
「…そんなに、俺のことが好きなの?」
英王が小さく呟くように言った一言に、ユリは眼を見開いた。英王は続ける。
「心を奪われるほど、それこそ、黒百合(おまえ)を神(おれ)に捧げたいほど」
そんなに俺のことが好きなの。
付け足すように小さく、本当に小さくそっと囁くように言った英王に、ユリの眼がこれ以上ないほどに大きくなる。
英王には、神に陶酔する哀しくも美しい黒百合が見えた。神に近付きたくても近付けず、畏れ多いと思いながらも想い焦がれて止まない、そんなこの歌の中に、陶酔と敬愛、そして、僅かな欲望が見えた。初めて聴いたとき、鳥肌が立ったことを今でも思い返すだけで鳥肌が立ちそうだ。この歌の魅力はなんだろうと考えてもすぐに思い当たる答えは出てこない。ただ英王は今でも思っている。
これは世に出さない。
ずっと、俺が持ってる。
このデモテープごと、ずっと、世間には出さず、ただただ、英王が一人で飽きるほど聴いて、死ぬまで英王の下にいる。
曲名を聞いたところで、英王はそのデモテープに再度曲名を書いたりはしないだろう。このデモテープの存在はこの場で隠匿される。
それにしても。
「どこまでも【百合】かよ、いいな、俺のロゴ、百合にする」
英王は子供のように楽しそうに笑いながら、あっさりと大事なことを決めた。
英王が言ったロゴとは、英王の公式サイトやこれから発売されるCDのジャケット、開設される予定のファンクラブ、公式に発売されるグッズなど、英王の関係するものには全て掲げられる、英王の象徴だ。その象徴も今までどう足掻いても決まる見通しなど立っていなかったが、それをいとも簡単に英王は決めたのだ。
これには今まで二人の会話を見守ってきた閏間も驚きを隠せない。何がどうなっているのか、展開が急過ぎてメモを取るはずの手帳を手にしたまま放心状態だ。だが、そんなことを気にする英王ではない。
鬼百合も黒百合も、両方とも俺が貰う。
英王が決めたら、もう何が何でも動かない。それは承知の上だ。閏間は手帳に収録の手配とロゴデザインの追加発注をかけることを走り書きする。
満足気な英王を見ながら、ユリは柔らかく笑った。そして、緩んだ顔を戻し、英王を見据える。今度は、ユリの眼が英王の眼を離さない。視線がぶつかる。
髪は少し長いけど、綺麗な顔立ちだ、と、どちらともなく頭の隅を横切った。英王は行きつけの美容院で髪に遊びが出来るほどの中性的な髪型になるようにしているが、ユリは顔を隠すように前髪も後ろも少しだけ長めで無造作ヘアのようだ。それでも、眼はしっかりと見えている。
真剣な眼差し、開かれた口から、言葉が自ら意思を持ったように飛び出す。
「僕に、君をプロデュースさせてほしい」
曲から詞まで、ジャケットも何もかも全部。
ありとあらゆることを、英王がデビューするために必要な全てのことを、全て、ユリはプロデューサーとして関わりたい、と。
英王の父は音楽プロデューサーだ。ユリの言った意味を、英王は理解している。何故、と英王が問う前に、ユリは英王の眼を見てはっきりと言った。
―――君に奪われたんだ、心を。
これが、後に有名音楽プロデューサーとなる安住由里と、有名歌手となる栗山英王の運命の出逢いだった。
事務所の一室に篭りながらデモテープを聞いていた英王(はなお)は不服そうに告げる。
「どれもイマイチ」
有名音楽プロデューサーの父と演技派女優の母を持つ栗山英王は、テーブルの上に置かれた無数のデモテープを眺めながら愕然としていた。
芸能界の大物夫婦の一人息子である英王は周囲の期待を一身に受け、三ヶ月後のある日、満を侍して華々しくCDデビューを果たす予定だ。だが、デビュー日まで決まっているにも関わらず、デビュー曲が一向に決まらず、事務所の上層部も頭を抱えていた。
英王は父のコネで世に出ることに相当な嫌悪感を示し、デビュー曲も有名作曲家や音楽プロデューサーからの楽曲提供ではなく、自分が気にいる楽曲でのデビューを望んだ。父の所属する音楽事務所には所属せず、自らの希望で所属した芸能事務所だったが、父のネームバリューがある英王のことを事務所は快く受け入れた。ところが、英王の拘りは人一倍強く、なかなかデビューする楽曲が決まらない。事務所としては英王のネームバリューや各界への影響を考えると、とてもではないが失敗の許されない謂わば爆弾のような存在だった。
今日も英王のお眼鏡に叶う楽曲には出会えないまま、既に三時間はこの一室に缶詰になっている。
英王はテーブルの上のペットボトルを乱暴に掴み、残り僅かだった水を飲み干した。
「だと思った」
英王の担当をしている閏間(うるま)は部屋に入ってくるなり、英王の顔を見てはそう察した。英王の理想が高いとは思っていない。だからこそ閏間は英王の意思を尊重している。
「じゃあこれ」
閏間は英王に向けてデモテープを二つ差し出した。
「大滝社長が受け取ったものらしい」
「…は?」
閏間のその言葉を聞き、英王は少し面食らった。
大滝社長って、あの大滝社長か。
この業界で大滝社長と言われれば、大滝星流のことを指す。大滝財閥の若社長だ。大滝財閥の進出業界は多岐に渡り、英王が所属しているのもこの大滝財閥のグループ会社で、年々着々と傘下を広げている。その大滝社長が受け取ったということは、よっぽどな大物からのものなのだろうか。
父のコネではデビューしたくないのは変わらない。だが、大滝社長が受け取ったものを聞きもせずに突っ返すことは流石の英王でも出来ない。
二つのデモテープを見ると、一つには曲名らしき文字が書かれており、もう一つには一度曲名が書かれた後に、上から乱雑に塗り潰したような様子が見て取れた。最初に曲名が書かれた方を聞くことにしようとそれを手に取る。デモテープには【夕暮れの鬼百合】と書かれていた。手慣れたように英王はデモテープを再生する。
青い草原、水平線の夕日、通り抜ける風、そして二人の男女。
あぁ、これは、叶わぬ恋と、その別れの歌だ。
「…これ…!」
少し聞いただけで、英王は勢いよく立ち上がった。英王のその反応に閏間が驚く。だが、驚く閏間に見向きもせず、英王は四分弱のその音源を聴き終えた。
「オレ、これでデビューする」
英王はしっかりと閏間へ向き合いながら、はっきりとそう言った。
別れの歌。曲は女目線で描かれていた。鬼の妖怪と一国一城の姫の歌。儚い恋に、哀しい愛、そして別れ。この歌には、英王が求めていた適度な女性感と適度な艶やかさ、そして、忘れられない寂しさがあった。
この歌の曲調も歌詞も、デモテープで歌っているこの歌声さえも、英王を魅了した。これだ、と思った。この曲で、デビューする。そう決めた。
英王があまりにも即決するのを見た閏間はこれまでの難色ぶりとは打って変わる態度に思わずもう一つのデモテープも聞いてみるように促しにかかった。さらにはそのデモテープと共に渡された資料を英王の目の前に出す。英王は資料に目を通し、この歌を作った相手のことを考えた。
ペンネームは【ユリ】。作詞作曲共に一人で行っている。名前がユリということはこの人物は女性なのだろう。曲調にある柔らかさと力強さ、そして歌詞は女性目線で、一人称はあたしだった。男の英王が歌うことを想定した上でこのうたを作ったのなら、相当な自信だ。それでも、英王はこの【ユリ】に興味を持った。この曲でデビューするならば、近々挨拶するだろう。
資料に一通り目を通したあと、英王はもう一つのデモテープを再生する。塗り潰されていて、曲名は分からない。それでも、この歌を作った人物のものならば、聞かない手はない。これも気に入れば、カップリング曲として収録してもいい。
始まった前奏に耳を疑った。歌い出す声に言葉を失った。一瞬で身体中に鳥肌が立つのが分かった。心臓がひどく鳴っている。
なんだこれ…!
神に対する贖罪か、崇拝か、懺悔か、信仰か。
その全てであり、その全てが違うようにも思えた。
ただ、この歌は、神をどうしようもなく愛しているという歌だ。
先程の歌で英王はデビューする。それは変わらない。デビューのコンセプトや求めていた雰囲気に合っていたのは先程の歌の方だ。それは間違いない。だが、この名前のない歌を世に出すこともしたくないと思った。このデモテープごと、自分一人が、完全に独り占めしたいと、そう思った。
英王はこの歌を作った【ユリ】と歌っているこの声の主に会いたくて堪らなくなった。ユリ自身は女性だろうが、このテープの声の主は明らかに男性だ。声は先程の【夕暮れの鬼百合】と同じ。少し高いが、英王が歌えないわけではないキー設定で、男でも歌えることを証明するために仮歌を頼まれたのだろう。
この声は、とてもこの歌に合っている。この歌に彼の歌声ならば、確実に話題になる。
英王は二つ目のデモテープを聞き終わると、閏間に【ユリ】と仮歌の人物に会いたいと告げた。
***
デモテープを聞いてから二日後、英王は二日前と同じ部屋にいた。
今日の十七時からこの部屋で件の人物と対面することになっている。
あの日、【ユリ】と仮歌の人物に会いたいと告げた英王に、閏間は仮歌も自分で歌ってるって書いてあったでしょ、と言った。その言葉に驚きながら目の前の資料をひったくるように掴むと確かにそう記載されていた。
そもそもこの資料は資料と呼ぶにはとてもお粗末な作りで、形式には拘らない英王でさえも、これでいいのかと思ってしまうような出来だった。ルーズリーフにボールペンとは、あの大滝社長から受け取ったものでなければ、論外と扱われ、英王の目の前には現れなかったかもしれない。
仮歌の声は明らかに男の声だった。ということは【ユリ】は男ということになる。その事実がより一層、英王の脳内を刺激した。
「長い金髪のバイトくんに預けたから不安だったんですけど、よかったです」
ちゃんと聴いてもらえるかさえも分からなかったから。
約束の時間に英王の前に現れた【ユリ】は英王の予想を裏切り、英王と同い年の十六歳だった。ユリを見た瞬間に「お前が【ユリ】なわけ?」と凄みを利かせ、閏間に咎められたばかりだ。
英王が目の前の【ユリ】の第一印象として抱いたのは『こんな根暗そうなやつがあの歌を作ったのか』だった。どうもユリは身長の割に肉付きがあまり良くなく、ひょろ長く見えてしまう。英王は思わず、お前メシ食ってんのか、と言ってしまいそうになったほどだ。
ただ、それよりも、ユリの発したフレーズが英王も閏間も、思わず聞き返してしまうほど、現実味のないフレーズだったことの方に引っかかった。
「長い金髪のバイト…?」
そもそも、大企業のバイトに長い金髪のバイトはいない。世界中を探せばいる可能性は充分にあるが、この会社に至ってはほぼありえない。
「学生服着てたんで、バイトの子だと思います。その子、受付のお姉さんと話してて、お姉さんに取り次いでもらおうと思ってたから近付いて」
「まて」
「それって、まさか」
英王と閏間はこの瞬間に理解した。長い金髪のバイトは、バイトなんてものじゃない。
「大滝社長!」
「え?」
大滝社長はメディアに姿を現すことは殆どない。ましてや、社内で見かけることも稀だという。
ユリによってバイトに間違えられた長い金髪の高校生は大滝星流その人であり、若干十六歳にして、大企業の社長席に座る男だった。
大滝星流が社長に就任したのは本人が十五歳の誕生日を迎えるその日のことで、本社及び、グループ会社の総指揮を当時社長であった実父により、丸投げにされた。丸投げだ実父は会長職には就いたものの、半分隠居しているらしい。
大滝芸能と大滝レコード、そして大滝ホテルは大滝星流が実権を握る代表的な会社の一つだ。他も代表取締役に名を連ねているが、現状の運営や統率は別の者が担っている。
大滝星流は世間が思っているより格段に切れ者で、本当に実在するのか怪しいと思うほどだった。
確かに大滝社長ならば、受付にいても不思議ではない。高校に行っている年頃なのだから、学生服でもまだわかる。それでも曲がりなりにも社長の座に座る大滝社長がバイトに間違えられながらも、このデモテープ一式を受け取り、英王のデビュー曲として検討テーブルに上がったことは通常では考えられないことだ。
「大滝社長って相変わらず何考えてるかわかんねぇな…」
「あの人の考えてることが分かったら出世するよ…」
英王の呟きに閏間が半ば呆れ顔で返した。
そもそも、あの大滝社長をバイトと勘違いした挙句、それに気付かずに自分の作品がこの場まで来たユリが強運の持ち主なのか。本当に大滝社長の考えることは分からない。
最初の資料の中になかった履歴書を、当日持参するように連絡したのは閏間で、その履歴書に一応さらっと目を通しながら、英王はユリに告げる。
「両方とも聴いたけど、こっちの方は俺のデビューコンセプトに合ってる」
英王は【夕暮れの鬼百合】のデモテープを手にし、ユリに見えるように掲げた。
英王が求めていたデビューコンセプトは半ば英王の感覚的なものであり、そのイメージを伝えた上で書き下ろされた曲でも、英王は納得しなかった。その英王がイメージしたコンセプトに合っているというのならば、それをデビュー曲にするのは構わないというのが事務所の見解であり、作詞作曲したしたユリの了承を得られれば、すぐに収録の手筈を整えるらしかった。
あなたが妖怪でもいい、一緒に連れて行って
出来ないというのなら、あたしの感情(こころ)を溶解(とか)してよ
あなたが妖怪でもいい、一生に一度だから
叶わないというのなら、あたしに鬼百合の花をちょうだい
哀しい、恋の歌。
それでも【ようかい】を【妖怪】と【溶解】でかけているところはなかなか気に入っている。ちょっとした遊び心も大事だ。資料の中にあった歌詞カードも安易な作りだが、歌詞が読めれば充分だろう。
「俺はこれでデビューする」
力強く、はっきりと、凛とした声で、英王はユリに言い切った。
あまりの英王の迫力に圧倒されているユリが息を止めるのが分かった。ユリが息を吸い込み、何かを発しようとした瞬間、英王はユリよりも早く次の一言を発する。
「あと聞きたいことがある」
ユリを見据える、英王の真剣な眼差し。
「この歌のタイトルなに?」
書いてから消したろ。
そう告げた英王にユリはいかにも何かを隠していますという表情(かお)をした。言い淀むユリに英王は容赦なく指先を机にリズムよく打ち付ける。しばらくしてから、ユリは諦めたような、どこか決意したような、そんな複雑な顔をして口を開いた。
「…【神に捧ぐ黒百合】…」
かみにささぐ、くろゆり。
英王は口の中でその曲名を小さく触り、飲み込んだ。
「これは、君のことを考えて、君に歌ってもらうためだけに書いたんだ」
ユリの眼が、英王の眼を捕らえて離さない。
「…そんなに、俺のことが好きなの?」
英王が小さく呟くように言った一言に、ユリは眼を見開いた。英王は続ける。
「心を奪われるほど、それこそ、黒百合(おまえ)を神(おれ)に捧げたいほど」
そんなに俺のことが好きなの。
付け足すように小さく、本当に小さくそっと囁くように言った英王に、ユリの眼がこれ以上ないほどに大きくなる。
英王には、神に陶酔する哀しくも美しい黒百合が見えた。神に近付きたくても近付けず、畏れ多いと思いながらも想い焦がれて止まない、そんなこの歌の中に、陶酔と敬愛、そして、僅かな欲望が見えた。初めて聴いたとき、鳥肌が立ったことを今でも思い返すだけで鳥肌が立ちそうだ。この歌の魅力はなんだろうと考えてもすぐに思い当たる答えは出てこない。ただ英王は今でも思っている。
これは世に出さない。
ずっと、俺が持ってる。
このデモテープごと、ずっと、世間には出さず、ただただ、英王が一人で飽きるほど聴いて、死ぬまで英王の下にいる。
曲名を聞いたところで、英王はそのデモテープに再度曲名を書いたりはしないだろう。このデモテープの存在はこの場で隠匿される。
それにしても。
「どこまでも【百合】かよ、いいな、俺のロゴ、百合にする」
英王は子供のように楽しそうに笑いながら、あっさりと大事なことを決めた。
英王が言ったロゴとは、英王の公式サイトやこれから発売されるCDのジャケット、開設される予定のファンクラブ、公式に発売されるグッズなど、英王の関係するものには全て掲げられる、英王の象徴だ。その象徴も今までどう足掻いても決まる見通しなど立っていなかったが、それをいとも簡単に英王は決めたのだ。
これには今まで二人の会話を見守ってきた閏間も驚きを隠せない。何がどうなっているのか、展開が急過ぎてメモを取るはずの手帳を手にしたまま放心状態だ。だが、そんなことを気にする英王ではない。
鬼百合も黒百合も、両方とも俺が貰う。
英王が決めたら、もう何が何でも動かない。それは承知の上だ。閏間は手帳に収録の手配とロゴデザインの追加発注をかけることを走り書きする。
満足気な英王を見ながら、ユリは柔らかく笑った。そして、緩んだ顔を戻し、英王を見据える。今度は、ユリの眼が英王の眼を離さない。視線がぶつかる。
髪は少し長いけど、綺麗な顔立ちだ、と、どちらともなく頭の隅を横切った。英王は行きつけの美容院で髪に遊びが出来るほどの中性的な髪型になるようにしているが、ユリは顔を隠すように前髪も後ろも少しだけ長めで無造作ヘアのようだ。それでも、眼はしっかりと見えている。
真剣な眼差し、開かれた口から、言葉が自ら意思を持ったように飛び出す。
「僕に、君をプロデュースさせてほしい」
曲から詞まで、ジャケットも何もかも全部。
ありとあらゆることを、英王がデビューするために必要な全てのことを、全て、ユリはプロデューサーとして関わりたい、と。
英王の父は音楽プロデューサーだ。ユリの言った意味を、英王は理解している。何故、と英王が問う前に、ユリは英王の眼を見てはっきりと言った。
―――君に奪われたんだ、心を。
これが、後に有名音楽プロデューサーとなる安住由里と、有名歌手となる栗山英王の運命の出逢いだった。
「…んっ…。」
あーもう、どうしたらいいんだろう。
こんなの、蛇の生殺しだ。
確かに、泊ればいいと言ったのは自分だし、それ自体に後悔などしていないけれど。
でも、
「ほんとに生殺し気分だ…。」
眼の前には、すやすやと眠るかわいいひと。
一緒に寝ると言ったのは自分だし、
抱きしめて寝ることも、覚悟はしていたはずだ。
なのに、こんなにも動揺してる。
眠れない。
こんな状況で眠れるわけがない。
こんな、状況で。
ほんとに、生殺しだ。
「…じんや…。」
名前を呼ばれ、起こしてしまったかと心配すれば、ただの寝言で。
「寝言か…びびった…。」
寝言であることに驚いていると、更に思いも寄らない寝言が返ってきた。
「じんや…、すき…。」
好き、だなんて、ほんとに、どうしてくれようか、この状況。
泊りに来たのはいいけれど、先に寝てしまったかわいいひとを傍に感じながら、眠れるわけがない。
こんなにも胸が高鳴っているのに。
こんなにも、衝動を抑えているのに。
「だいすき…じんや…。」
あぁもう、ほんとにこいつは。
「心臓に悪い、まじで。」
本当に心臓に悪い。
どうしようもなくなる。
折角保っている理性をぶっ飛ばす気だろうか。
どうしようもなくなり、唇を近付けた。
触れるだけの、優しいキス。
すぐに離れたけど、少しの時間でも分かる唇の柔らかさ。
これ以上一緒に居たら、本当に理性がぶっ飛ぶんじゃないかと思った瞬間、目の前の双眸がゆっくりと開いた。
「じんや…。」
柔らかく笑う。
好きな笑顔だ。
「目が覚めて、じんやがいるのって幸せ。」
あぁ、ほんとに、もう限界なんですけど。
ほんとにほんとに、もう、限界を超えてしまっているんですけど、まじで。
「キス、して?」
…今、なんと言いました?
「おはようのちゅー、してほしいな。」
あぁもうもうもう!
どうなっても知らないからな。
責任持たないぞ。
全部お前が悪い。
俺は悪くない。
そう言い張ってやるからな。
「一回で済むと思うなよ。」
何回もしてやるからな。
ほんとに、限界なんだからな。
全部お前が悪い。
俺は悪くない。
自分のかわいさを嘆け。
俺は悪くない。
そう思いながら、望み通り、目覚めのキスを。
あーもう、どうしたらいいんだろう。
こんなの、蛇の生殺しだ。
確かに、泊ればいいと言ったのは自分だし、それ自体に後悔などしていないけれど。
でも、
「ほんとに生殺し気分だ…。」
眼の前には、すやすやと眠るかわいいひと。
一緒に寝ると言ったのは自分だし、
抱きしめて寝ることも、覚悟はしていたはずだ。
なのに、こんなにも動揺してる。
眠れない。
こんな状況で眠れるわけがない。
こんな、状況で。
ほんとに、生殺しだ。
「…じんや…。」
名前を呼ばれ、起こしてしまったかと心配すれば、ただの寝言で。
「寝言か…びびった…。」
寝言であることに驚いていると、更に思いも寄らない寝言が返ってきた。
「じんや…、すき…。」
好き、だなんて、ほんとに、どうしてくれようか、この状況。
泊りに来たのはいいけれど、先に寝てしまったかわいいひとを傍に感じながら、眠れるわけがない。
こんなにも胸が高鳴っているのに。
こんなにも、衝動を抑えているのに。
「だいすき…じんや…。」
あぁもう、ほんとにこいつは。
「心臓に悪い、まじで。」
本当に心臓に悪い。
どうしようもなくなる。
折角保っている理性をぶっ飛ばす気だろうか。
どうしようもなくなり、唇を近付けた。
触れるだけの、優しいキス。
すぐに離れたけど、少しの時間でも分かる唇の柔らかさ。
これ以上一緒に居たら、本当に理性がぶっ飛ぶんじゃないかと思った瞬間、目の前の双眸がゆっくりと開いた。
「じんや…。」
柔らかく笑う。
好きな笑顔だ。
「目が覚めて、じんやがいるのって幸せ。」
あぁ、ほんとに、もう限界なんですけど。
ほんとにほんとに、もう、限界を超えてしまっているんですけど、まじで。
「キス、して?」
…今、なんと言いました?
「おはようのちゅー、してほしいな。」
あぁもうもうもう!
どうなっても知らないからな。
責任持たないぞ。
全部お前が悪い。
俺は悪くない。
そう言い張ってやるからな。
「一回で済むと思うなよ。」
何回もしてやるからな。
ほんとに、限界なんだからな。
全部お前が悪い。
俺は悪くない。
自分のかわいさを嘆け。
俺は悪くない。
そう思いながら、望み通り、目覚めのキスを。
「んっ…!あっ、や、も…!」
後ろから勢いよく突き上げられ、喘ぎ声が止まらない。
もうすぐ年が明ける、そんな年末の夜。
「もうすぐ年越し、だなっ!」
迅矢の声と共に打ち付けられる激しい音が聞こえる。迅矢のセックスはいつだって激しい。今日も例外じゃない。
「やん…、ちょっ、じんや…!」
激しく揺さぶられ、いいところを突かれる。迅矢は分かっているんだ。俺のどこが弱くて、どこが好きで、どこが感じるか、そんなことを全部分かってて、それで攻めてくる。
両胸の乳首をきゅっと摘ままれ、更には俺の大事なところも扱かれる。
「姫始めも、しないとな。」
年末で、もうすぐ年を越すというのに、姫始めだなんて、馬鹿なことを言うものじゃない。
今、現在進行形で、このように組み敷かれているというのに。
「…今、してるの、にっ!」
「あと三回くらい出来るだろ。」
その言葉に呆れた。
あと三回だなんて、今、この行為で何度目だと思っているんだろうか。
そんなの、そんなの。
「むりっ…!」
むりだ、完全に。
「次は顔見て、したいし。」
それでも、そんなことは聞いていないというかのごとく、迅矢は行為をさらに激しいものにする。
激しい、とても、とても。
いいところを容赦なく突き上げて、速度を上げる。
「…む、りっ…だってば…っ!」
「年越す瞬間にいくのもいいよな。」
「…あっ!や、よくなっ…!」
一際深く抜かれ、一際深く突き上げられた。
それからの記憶は、ない。
「起きた?」
重い瞼を引き上げると、目の前には整った綺麗な顔立ちの男が覆い被さっている。
そうだ、迅矢とセックスしてたんだっけ、また意識飛んじゃった。と頭の隅で思いながら、掠れた声で迅矢を呼んだ。
「…じ…んや…。」
俺が呼ぶと、迅矢は俺の下っ腹をそのいやらしい指でゆっくりと撫ぜた。
「中、結構すげーことになってる。」
その言葉に自分の手をその位置に置き、掌でゆっくりと撫ぜてみる。すると、思った通り普段より明らかに膨らみを帯びている。
正月休みに入り、それなりに回数を重ねた夜もあったが、今日はそれを更に越える異常なほどの回数だ。それに伴い、俺の身体自体も悲鳴を上げつつある。
しかし、そんな俺の疲労を他所に、迅矢はさらにとんでもない言葉を続けた。
「まだ入るよな。あと三回はしたい。」
この言葉に、驚きで目玉が飛び出しそうになるのを必死に繋ぎ止めた。
あと三回ななんて、今でさえ何回目だと思っているんだ。もう常識から考えて無理だろう。というか、無理だ。いくら迅矢が平気だと言っても、俺が平気じゃない。これだけしておいてあと三回だなんて、どれだけ絶倫
なんだ、と罵倒してやりたいくらいだ。
「もう入んねぇよ。てか…死ぬ…。」
「じゃ、俺も一緒に死ぬ。」
当たり前のように即答され、言葉を無くした。
意味があって言った言葉ではなかったが、それにすんなりと返してくれた迅矢に少し胸動かされた。
すると、迅矢は見つめ合っていた眼を逸らし、左側にずれた。すると、俺の左肩に唇を添え、一気に吸い上げる。
少しの痛みと少しの快楽。
迅矢が肩にキスマークをつけているのだと理解し、そのまま捨て置く。
気が済んだのか、肩から顔を上げ、即座に俺の唇を奪い去っていく。
そして、指先で身体中を触れてゆく。
先ほどの肩口に始まり、首元、鎖骨、胸、腹、内腿、と続き、全部でどれくらい触れられただろうか。箇所にしておそらく、二十はあったと思う。
何も考えずそれを受け流していたときだった。
「加弦が寝てる間に結構つけちゃった。」
迅矢がそう楽しそうに言った。
最初は何のことかと思ったが、よくよく考えてみると、ある結論に辿り着いた。
「まさか、今の全部キスマークのとことか言わないよな。」
今指先で触れた二十はあっただろうあの肌に、全て、つけたのだろうか。
「正解。」
微かな希望を持って告げたにも関わらず、迅矢は満面の笑みで答えてみせた。
まさか、本当に、全部。
キスマークをつけること自体は何も言わない。確かに仕事に差し支えがあるようではいけないが、今は正月休み中で会社にもまだ行く予定はない。
とはいえ、その指で触れた数がその数と一致しているならば、どう考えても多すぎるだろうと思う。
「おまっ!ふざけんなよ!」
そう声を荒げた。
流石に、流石に多すぎる。これが消えるまで何日掛かると思っているんだ。
軽くならば一向に構わない。軽いと比較的早めに消える。だが、これらは違う。思いっきり強く吸われ、しっかりと形が残っている。
普段からつけるならば消えやすいようにつけろと言っているにも関わらず、それでは意味がないと消えるまでに何日も掛かるつけ方をする。
これは、付き合う前から、いや、俺が付き合うと意識する前から、迅矢からのプロポーズを受ける前から、そうだ。
「とりあえず前でこれだけ。バックしてるときにもつけてたから、後ろもすげーよ。」
迅矢にそう言われ、思考が止まりそうだった。
前で、これだけ。
うしろ、も…?
必死に考えていると身体を軽々と持ち上げられ、ひっくり返された。そして尻を高く上げられ、迅矢に向かって尻だけ突き出しているような体制になる。
そのような体制になり、迅矢が見ていると思うと、羞恥でおかしくなりそうになる。
それを感じ取った身体は迅矢に向けられている蕾の部分をきゅ、と締め付けてはひくつかせ、中に入っていた迅矢の精液を垂れ流した。
そして、そのまま迅矢の指が身体に触れる。
先ほどと同じように、一つずつ丁寧に触れられた。
背中、腰、尻、と指が滑る。
後ろは尻の部分が一番多いらしく、尻の至る所に触れられた。挙句、蕾の真横まで触れられて、気がおかしくなりそうだった。
そんなこところにまで、つけていたなんて。
「浮気防止のためにね。」
迅矢は、そう少し低めの声色で話した。
心配しているのだ、迅矢は。
不安なのだ、迅矢は。
俺が、浮気して、迅矢から離れていくと思っている。
俺が誰にでも足を拓く淫乱だとでも思っているのだろうか。
こんなにも、迅矢に惹かれ、迅矢から離れられないというのに。
だからこそ、迅矢のプロポーズも泣きながら受けたのに。
迅矢は、俺から離れたらだめになる、だから離してやれないと、しきりに話した。
でも、それは俺も同じことで、迅矢から離れたら、俺がだめになる。俺も迅矢を離してやれない。
「俺、ほんとにお前のこと離せねぇわ。」
何かを感じたのか、迅矢が呟いた。
そして、迅矢の熱くて硬いものが俺の蕾の中へと入ってくる。
俺だって、離せない。
そう思った瞬間に、入ってきた迅矢をきつく締め付けた。
後ろから勢いよく突き上げられ、喘ぎ声が止まらない。
もうすぐ年が明ける、そんな年末の夜。
「もうすぐ年越し、だなっ!」
迅矢の声と共に打ち付けられる激しい音が聞こえる。迅矢のセックスはいつだって激しい。今日も例外じゃない。
「やん…、ちょっ、じんや…!」
激しく揺さぶられ、いいところを突かれる。迅矢は分かっているんだ。俺のどこが弱くて、どこが好きで、どこが感じるか、そんなことを全部分かってて、それで攻めてくる。
両胸の乳首をきゅっと摘ままれ、更には俺の大事なところも扱かれる。
「姫始めも、しないとな。」
年末で、もうすぐ年を越すというのに、姫始めだなんて、馬鹿なことを言うものじゃない。
今、現在進行形で、このように組み敷かれているというのに。
「…今、してるの、にっ!」
「あと三回くらい出来るだろ。」
その言葉に呆れた。
あと三回だなんて、今、この行為で何度目だと思っているんだろうか。
そんなの、そんなの。
「むりっ…!」
むりだ、完全に。
「次は顔見て、したいし。」
それでも、そんなことは聞いていないというかのごとく、迅矢は行為をさらに激しいものにする。
激しい、とても、とても。
いいところを容赦なく突き上げて、速度を上げる。
「…む、りっ…だってば…っ!」
「年越す瞬間にいくのもいいよな。」
「…あっ!や、よくなっ…!」
一際深く抜かれ、一際深く突き上げられた。
それからの記憶は、ない。
「起きた?」
重い瞼を引き上げると、目の前には整った綺麗な顔立ちの男が覆い被さっている。
そうだ、迅矢とセックスしてたんだっけ、また意識飛んじゃった。と頭の隅で思いながら、掠れた声で迅矢を呼んだ。
「…じ…んや…。」
俺が呼ぶと、迅矢は俺の下っ腹をそのいやらしい指でゆっくりと撫ぜた。
「中、結構すげーことになってる。」
その言葉に自分の手をその位置に置き、掌でゆっくりと撫ぜてみる。すると、思った通り普段より明らかに膨らみを帯びている。
正月休みに入り、それなりに回数を重ねた夜もあったが、今日はそれを更に越える異常なほどの回数だ。それに伴い、俺の身体自体も悲鳴を上げつつある。
しかし、そんな俺の疲労を他所に、迅矢はさらにとんでもない言葉を続けた。
「まだ入るよな。あと三回はしたい。」
この言葉に、驚きで目玉が飛び出しそうになるのを必死に繋ぎ止めた。
あと三回ななんて、今でさえ何回目だと思っているんだ。もう常識から考えて無理だろう。というか、無理だ。いくら迅矢が平気だと言っても、俺が平気じゃない。これだけしておいてあと三回だなんて、どれだけ絶倫
なんだ、と罵倒してやりたいくらいだ。
「もう入んねぇよ。てか…死ぬ…。」
「じゃ、俺も一緒に死ぬ。」
当たり前のように即答され、言葉を無くした。
意味があって言った言葉ではなかったが、それにすんなりと返してくれた迅矢に少し胸動かされた。
すると、迅矢は見つめ合っていた眼を逸らし、左側にずれた。すると、俺の左肩に唇を添え、一気に吸い上げる。
少しの痛みと少しの快楽。
迅矢が肩にキスマークをつけているのだと理解し、そのまま捨て置く。
気が済んだのか、肩から顔を上げ、即座に俺の唇を奪い去っていく。
そして、指先で身体中を触れてゆく。
先ほどの肩口に始まり、首元、鎖骨、胸、腹、内腿、と続き、全部でどれくらい触れられただろうか。箇所にしておそらく、二十はあったと思う。
何も考えずそれを受け流していたときだった。
「加弦が寝てる間に結構つけちゃった。」
迅矢がそう楽しそうに言った。
最初は何のことかと思ったが、よくよく考えてみると、ある結論に辿り着いた。
「まさか、今の全部キスマークのとことか言わないよな。」
今指先で触れた二十はあっただろうあの肌に、全て、つけたのだろうか。
「正解。」
微かな希望を持って告げたにも関わらず、迅矢は満面の笑みで答えてみせた。
まさか、本当に、全部。
キスマークをつけること自体は何も言わない。確かに仕事に差し支えがあるようではいけないが、今は正月休み中で会社にもまだ行く予定はない。
とはいえ、その指で触れた数がその数と一致しているならば、どう考えても多すぎるだろうと思う。
「おまっ!ふざけんなよ!」
そう声を荒げた。
流石に、流石に多すぎる。これが消えるまで何日掛かると思っているんだ。
軽くならば一向に構わない。軽いと比較的早めに消える。だが、これらは違う。思いっきり強く吸われ、しっかりと形が残っている。
普段からつけるならば消えやすいようにつけろと言っているにも関わらず、それでは意味がないと消えるまでに何日も掛かるつけ方をする。
これは、付き合う前から、いや、俺が付き合うと意識する前から、迅矢からのプロポーズを受ける前から、そうだ。
「とりあえず前でこれだけ。バックしてるときにもつけてたから、後ろもすげーよ。」
迅矢にそう言われ、思考が止まりそうだった。
前で、これだけ。
うしろ、も…?
必死に考えていると身体を軽々と持ち上げられ、ひっくり返された。そして尻を高く上げられ、迅矢に向かって尻だけ突き出しているような体制になる。
そのような体制になり、迅矢が見ていると思うと、羞恥でおかしくなりそうになる。
それを感じ取った身体は迅矢に向けられている蕾の部分をきゅ、と締め付けてはひくつかせ、中に入っていた迅矢の精液を垂れ流した。
そして、そのまま迅矢の指が身体に触れる。
先ほどと同じように、一つずつ丁寧に触れられた。
背中、腰、尻、と指が滑る。
後ろは尻の部分が一番多いらしく、尻の至る所に触れられた。挙句、蕾の真横まで触れられて、気がおかしくなりそうだった。
そんなこところにまで、つけていたなんて。
「浮気防止のためにね。」
迅矢は、そう少し低めの声色で話した。
心配しているのだ、迅矢は。
不安なのだ、迅矢は。
俺が、浮気して、迅矢から離れていくと思っている。
俺が誰にでも足を拓く淫乱だとでも思っているのだろうか。
こんなにも、迅矢に惹かれ、迅矢から離れられないというのに。
だからこそ、迅矢のプロポーズも泣きながら受けたのに。
迅矢は、俺から離れたらだめになる、だから離してやれないと、しきりに話した。
でも、それは俺も同じことで、迅矢から離れたら、俺がだめになる。俺も迅矢を離してやれない。
「俺、ほんとにお前のこと離せねぇわ。」
何かを感じたのか、迅矢が呟いた。
そして、迅矢の熱くて硬いものが俺の蕾の中へと入ってくる。
俺だって、離せない。
そう思った瞬間に、入ってきた迅矢をきつく締め付けた。
快晴。
雲一つない、快晴。
天気が良くても、何も変わらない、いつもと同じ日常。
そう、いつもと同じ、日常。
いつもと同じように、起きて、身支度をして、学校への道のりを歩く。
何も、変わらない。
今日はまだ、何も変わらない一日のはずだった。
思い起こすと数日前、同じ学年の対照的な二人組に話し掛けられた。
話し掛けられたというのは最終結論であり、厳密にいうと違うと思う。
話し掛けられる更に数日前、その二人は別々に話し掛けてきた。
そう、別々に。
二人のうち、先に声を掛けてきたのは、やたらピアスと指輪をしているいかにも悪いことをしています、という風貌の男だった。けれども、その印象とは対照的によく笑う男だとも思った。怖そうな風貌とはどうも性格が結びつかないように思えた。
第一印象は、「面白い奴」だ。
更にその同日、今度はやたら背の高い、モデル風の男が声を掛けてきた。
金髪がよく目立ち、話し掛けられたこと自体に驚いた。
驚いたというか、驚愕、だ。
常に、本当に、終始笑顔を絶やさず、先立って来た男の笑顔も印象的だが、この笑顔も印象的だった。印象的というか、抜けない。
第一印象は、もちろん「笑顔の奴」だ。
そんな二人が、今度は同時に話し掛けて来たもんだから驚いた。
話し掛けられる理由も分からないまま、適当に話を合わせていたが結局最後まで何故話し掛けられたのか理由が分からない。
二人はある程度話すと満足したのか、にこやかに去って行った。
更にその翌日、今度の来客は上級生だった。
来客というと、それこそ語弊があるかもしれない。
二人組の男で、尚且つ上級生。
昨日までの同級生とは違い、流石に声を掛けられたときは今まで以上に驚いた。
更には、声を掛けてきた言葉が「そこのかねちゃん。」だ。
上級生の二人は、こちらを舐めるように見ていた。
そして、少し話をした。他愛もない、なんでもない話だったけれど、何故声を掛けられたのかだとか、そんな詳細は一切分からなかった。
だが、声と雰囲気で、最初に呼び止めたのが背の小さいやたら美人の先輩だということが分かった。
美人というか、プライドが高そうと言った方がいいのだろうか。初めて見る人たちだが、女王様と家来という図がすぐに頭の中に過った。
家来っぽい人、あとはやたら遠慮がちに話をする先輩だ。
二人の印象はそんなもんだった。
そして、今日。
今日は、普通の日だと思っていた。
今日もいつもと同じ、普通の日で、普通に昼休みを過ごしていた。
弁当も食べたことだし、iPodを鞄から取り出して曲でも聞きながら過ごそうかと思っていた矢先のことだ。
目の前に影が出来、さらにはその正体に驚いた。
「金橋?」
本当に、驚いた。
その風貌、雰囲気、醸し出すオーラ、情熱的な瞳。
何を取って見ても、自分が話し掛けられる要素など何もなかった。
何故、話し掛けられたのか分からない。
それは数日前から続いている奇妙な訪問者と同じだが、その比ではなかった、明らかに。
「ちょっといい?」
厚い口唇が言葉を紡ぐ。
思考が、正しく機能しない。
この男、何者だ。
「え、いいけど、なに?」
動揺を隠せず、眼はその男の顔を行ったり来たりと落ち着かない。
本当に、何故話し掛けられたのか分からない。
何か悪いことでもしただろうかと自分の行動を思い返してみるが、思い当たることなど何もない。
逆に言うならば、平凡に過ごしてきたこの日常のなかの異端である出来事といえば、招かざる訪問者くらいだろう。
彼もその一端なのだろうか。
場所を階段の踊場に移し、壁に凭れ掛かる彼と向かい合う。
すると彼は、今、街でよく聞く音楽のサビの部分を軽く歌ってみせた。
「この歌、知ってる?」
「う、うん。」
「ちょっと、歌ってみて。一緒に歌うから。」
いきなりそう言われて、どうしようと思ったが、とりあえず歌を紡ぐ。
あまりにもいきなりだったため、最初の出たしが少し遅れてしまったが、ちゃんと歌えていると思う。
何より、今までの訪問者は当たり障りのない話をしただけでこのようなことはなかった。
戸惑いが歌に表れていないだろうかとも考えたが、歌えることは気持ち良かった。
主旋律を一緒に歌うのかと思えば、彼はすぐに自分のパートをハモリに切り替えた。
一通り歌い終え、彼を見ると彼は先ほどまでの彼と違って見えた。
何より、その瞳が違う。どこがどうとは表現出来ないけれど、間違いなく先ほどまでとは眼差しが違う。
やはり、歌がいけなかっただろうかと萎縮しかけたときだった。
彼に名を呼ばれたのは。
「金橋。」
呼ばれた声が、先ほどまでよりも震えているように感じる。
それほどまでに歌がいけなかっただろうか。
音痴だと言われたことはないが、上手いとも思えない。
やはり、歌ったのがいけなかったのではないか。
ふと、頭にはそれしか思いつかなかった。
思い切って謝ってしまおうかとも考えた瞬間、彼は再度口を開いた。
「俺、お前に興味があるんだよね。」
その言葉に、驚く。
興味があるというのは、どういう意味だろうか。
この歌なのか、それとも歌う前、目の前に現れたときからなのか、話の内容がまったく理解できなかった。
興味とは、どういう意味だっただろうか。
頭が回転してくれない、いつの間にか停止した思考も停止したままだ。
「俺、秋吉迅矢。よろしく、金橋加弦。」
彼はそういい、軽く自己紹介をしたあと、ふんわりと笑った。
ただ、ふんわりと、優しく、本当に優しく。
ただ、笑った。
今日も何も変わらない一日だと、確かにそう思っていた。
だが、違った。
今日は、人生を変えるほどの分岐点である日だった。
人生を変えるほど、否、人生が変わった、日だった。
雲一つない、快晴。
天気が良くても、何も変わらない、いつもと同じ日常。
そう、いつもと同じ、日常。
いつもと同じように、起きて、身支度をして、学校への道のりを歩く。
何も、変わらない。
今日はまだ、何も変わらない一日のはずだった。
思い起こすと数日前、同じ学年の対照的な二人組に話し掛けられた。
話し掛けられたというのは最終結論であり、厳密にいうと違うと思う。
話し掛けられる更に数日前、その二人は別々に話し掛けてきた。
そう、別々に。
二人のうち、先に声を掛けてきたのは、やたらピアスと指輪をしているいかにも悪いことをしています、という風貌の男だった。けれども、その印象とは対照的によく笑う男だとも思った。怖そうな風貌とはどうも性格が結びつかないように思えた。
第一印象は、「面白い奴」だ。
更にその同日、今度はやたら背の高い、モデル風の男が声を掛けてきた。
金髪がよく目立ち、話し掛けられたこと自体に驚いた。
驚いたというか、驚愕、だ。
常に、本当に、終始笑顔を絶やさず、先立って来た男の笑顔も印象的だが、この笑顔も印象的だった。印象的というか、抜けない。
第一印象は、もちろん「笑顔の奴」だ。
そんな二人が、今度は同時に話し掛けて来たもんだから驚いた。
話し掛けられる理由も分からないまま、適当に話を合わせていたが結局最後まで何故話し掛けられたのか理由が分からない。
二人はある程度話すと満足したのか、にこやかに去って行った。
更にその翌日、今度の来客は上級生だった。
来客というと、それこそ語弊があるかもしれない。
二人組の男で、尚且つ上級生。
昨日までの同級生とは違い、流石に声を掛けられたときは今まで以上に驚いた。
更には、声を掛けてきた言葉が「そこのかねちゃん。」だ。
上級生の二人は、こちらを舐めるように見ていた。
そして、少し話をした。他愛もない、なんでもない話だったけれど、何故声を掛けられたのかだとか、そんな詳細は一切分からなかった。
だが、声と雰囲気で、最初に呼び止めたのが背の小さいやたら美人の先輩だということが分かった。
美人というか、プライドが高そうと言った方がいいのだろうか。初めて見る人たちだが、女王様と家来という図がすぐに頭の中に過った。
家来っぽい人、あとはやたら遠慮がちに話をする先輩だ。
二人の印象はそんなもんだった。
そして、今日。
今日は、普通の日だと思っていた。
今日もいつもと同じ、普通の日で、普通に昼休みを過ごしていた。
弁当も食べたことだし、iPodを鞄から取り出して曲でも聞きながら過ごそうかと思っていた矢先のことだ。
目の前に影が出来、さらにはその正体に驚いた。
「金橋?」
本当に、驚いた。
その風貌、雰囲気、醸し出すオーラ、情熱的な瞳。
何を取って見ても、自分が話し掛けられる要素など何もなかった。
何故、話し掛けられたのか分からない。
それは数日前から続いている奇妙な訪問者と同じだが、その比ではなかった、明らかに。
「ちょっといい?」
厚い口唇が言葉を紡ぐ。
思考が、正しく機能しない。
この男、何者だ。
「え、いいけど、なに?」
動揺を隠せず、眼はその男の顔を行ったり来たりと落ち着かない。
本当に、何故話し掛けられたのか分からない。
何か悪いことでもしただろうかと自分の行動を思い返してみるが、思い当たることなど何もない。
逆に言うならば、平凡に過ごしてきたこの日常のなかの異端である出来事といえば、招かざる訪問者くらいだろう。
彼もその一端なのだろうか。
場所を階段の踊場に移し、壁に凭れ掛かる彼と向かい合う。
すると彼は、今、街でよく聞く音楽のサビの部分を軽く歌ってみせた。
「この歌、知ってる?」
「う、うん。」
「ちょっと、歌ってみて。一緒に歌うから。」
いきなりそう言われて、どうしようと思ったが、とりあえず歌を紡ぐ。
あまりにもいきなりだったため、最初の出たしが少し遅れてしまったが、ちゃんと歌えていると思う。
何より、今までの訪問者は当たり障りのない話をしただけでこのようなことはなかった。
戸惑いが歌に表れていないだろうかとも考えたが、歌えることは気持ち良かった。
主旋律を一緒に歌うのかと思えば、彼はすぐに自分のパートをハモリに切り替えた。
一通り歌い終え、彼を見ると彼は先ほどまでの彼と違って見えた。
何より、その瞳が違う。どこがどうとは表現出来ないけれど、間違いなく先ほどまでとは眼差しが違う。
やはり、歌がいけなかっただろうかと萎縮しかけたときだった。
彼に名を呼ばれたのは。
「金橋。」
呼ばれた声が、先ほどまでよりも震えているように感じる。
それほどまでに歌がいけなかっただろうか。
音痴だと言われたことはないが、上手いとも思えない。
やはり、歌ったのがいけなかったのではないか。
ふと、頭にはそれしか思いつかなかった。
思い切って謝ってしまおうかとも考えた瞬間、彼は再度口を開いた。
「俺、お前に興味があるんだよね。」
その言葉に、驚く。
興味があるというのは、どういう意味だろうか。
この歌なのか、それとも歌う前、目の前に現れたときからなのか、話の内容がまったく理解できなかった。
興味とは、どういう意味だっただろうか。
頭が回転してくれない、いつの間にか停止した思考も停止したままだ。
「俺、秋吉迅矢。よろしく、金橋加弦。」
彼はそういい、軽く自己紹介をしたあと、ふんわりと笑った。
ただ、ふんわりと、優しく、本当に優しく。
ただ、笑った。
今日も何も変わらない一日だと、確かにそう思っていた。
だが、違った。
今日は、人生を変えるほどの分岐点である日だった。
人生を変えるほど、否、人生が変わった、日だった。
「…んっ…!じ、もっ、あぁっ!」
部屋中に卑猥な音が響く。
それと同時に男の喘ぎ声も同じく響いていた。
声の主は王の寵愛を一身に受ける妾。
否、男のことを妾と呼んでいいのかは定かではないが、だが、王の正室でも側室でもない男を表す言葉など、この言葉以外存在しないように思う。
男娼、と割り切れればいいのかもしれないが、この場合、男娼と称するにはあまりにも無粋であった。
遊びではないということが、この二人には重要な部分であるからでもある。
王は妾の濡れ高ぶった性器を厚い唇につけ、その口内へと招き入れていた。
本能の赴くまま、その口内で妾の性器を愛撫する。
じゅぷじゅぷと聞こえてくる水音が厭らしい。
その音で王は妾の性器だけではなく耳までも犯してゆく。
性器の表皮を丁寧に剥き、その芯へと舌を這わす。
裏筋を舐め取り、ゆっくりと堪能しては、速度を速めて妾の余裕や理性を無くそうとする。
妾の艶やかで艶めかしい声が部屋の中に充満する。
「…も、でちゃっ…!じんやっ!」
妾が欲望を抑えきれずに果てそうだと王に告げても、王は止めようとはしない。
尚且つ、先端の窪みに舌先をねじ込み、欲望が果てるのを促そうとする。
舌先をねじ込んだ後、そのまま歯でその部分を甘噛みする。
すると、妾は悲鳴に近い高い声で鳴き、そのまま欲望を放った。
その喉奥に放たれたその欲望を、王は一飲みにして、ごくん、と喉が鳴る。
ずるっ、っと妾の性器を口から出し、唇を親指で拭い、一言呟いた。
「ごちそうさま。」
行為が一段落し、ようやく喋る余裕が出来た妾が王に向かって言葉を放った。
「いつも、…いつも飲まないでって言ってるのに。」
いつもいつも、王は妾の性器を愛撫する際、妾が飲み込むなという欲望を飲み込む。
王には、妾の欲望を飲み込むことに対しての抵抗がない。
それが精液であることは重々承知の上だが、妾のものならば、と最大限の寵愛を見せた。
それと同時に、妾も王の精液を飲み込むことへの抵抗がなく、自らが飲み込むにしてもなんら支障はないというのだ。
自分はいいが、王はだめ、そういう考え方をしている。
妾は王の精液をとても神聖なものだと考え、世継ぎを作る上でなくてはならないものであるということも理解している。
そのため、王の精液を無駄にすることなどない。
王の射精の量は人並み以上であるが、それをも全て飲み込もうとする。
妾は王の御子を身籠れないことを無意識に悔やんでいるのか、ふとした部分で王に尽くそうとする。
だが、王が自分にすることに対しては、どうも納得がいかないらしく、いつも嫌がる。
「いいじゃん。飲みたいんだから。」
王はそんな妾のことなどお構いなしでいつもそのまま飲み込む。
王も妾と同じく、妾の精液を無駄にすることのないようにしているのだ。
王の眼が妾を見つめる。
欲望に満ち溢れたその眼に、吸い込まれそうだ、と妾はいつも思う。
王が端正な顔立ちのため、真剣な眼で見られると胸が高鳴るのだという。
「…じんや…、好き、だよ。」
思わず溢れ出た言葉。
王が好きだ、と確信を持ち、そして、その寵愛を感じることにより、更に深く愛するのだと分かる。
妾がそう呟くと、王は妾の身体に覆い被さり、唇を塞いだ。
ねっとりと舌を絡ませ、唇を貪り、貪欲なまでに唇を犯してゆく。
先ほどの水音と同じようで少し違う水音が響き渡り、妾の苦しそうで、尚且つそそる吐息が聞こえる。
充分に舌を絡ませた後、少しは気が済んだのか、それでも名残惜しそうに唇を離した。
「今、俺、お前のこの身体を、どうやって悦ばせてやろうかとか、どうやって気持ちよくさせてやろうかとか、考えてる。…どうしてほしい?さっきは銜えて舐めて、しゃぶってやったけど、次は何がいい?もう俺もそ
ろそろ限界だから、挿れてもいいし、俺の銜えたかったらそうすればいいし、舐めてほしいところがあるなら、舐めてやる。」
そう告げた王は色気が漂っていて、とても色っぽい。
そんな姿を見ていると、妾は王に見惚れる。
こんなにも素敵な人に、自分は抱かれているんだ、と思うと恥ずかしいような、嬉しいような、と混乱の元になるのだ。
「………じゃ、挿れて?」
妾はそう言うと、自分で足を開き、尻の肉を掴み上げた。
ひくつき始めている穴がよく見える。
その穴は、連日王の性器を銜え込んでいても、何度でもひくつき、締め付け、王と王の性器を興奮させる。
きゅっと締まったそこが、解されればその先はとても心地よい巣窟になるのだろう。
生理的に出る涙を眼に溜めて、頬と耳を赤らめる。
その顔は欲情している顔で、王の興奮を更に駆り立てた。
顔が誘っている。
そう思った次の瞬間、妾は言葉を発した。
「挿れて、激しく突き上げて。それで俺のナカに全部出して。一滴も零さないで。」
「そんなに煽ってどうすんの。」
「じんやが、大好きだから、じんやのがほしい。俺に、ちょうだい?」
王は、妾が広げた尻の肉を妾の手の上から更に押しのけ、穴をより際立たせた。
ひくつく穴がとても厭らしい。
その穴はこれから訪れる快感をよく知っていて、それが特別甘いことも知っている。
そのため、王の顔が徐々に近付くにつれ、更にひくつき始めた。
王は綺麗な形の唇から長い舌を出し、その穴へと近付けた。
そのまま丁寧にその穴を舐めていき、穴を濡らしていく。
充分に濡らすと、舌先をその先へと押し込む。
途中、妾の声が漏れるのが聞こえた。
そのまま指を挿れ、巣窟を掻き回す。
徐々に指を増やし、指を根元まで三本入れたところで、指を引き抜いた。
代わりに、既に存在を主張している性器をそこへと当てた。
そして、そのまま勢いよく押し入った。
激しく揺さぶり、妾の吐息がよく聞こえる。
「あっ…、も、きもち…っ!やんっ!もっ、いっちゃ…!」
「いけよ。」
興奮からか、王も妾も絶頂が近い。
すぐさま絶頂を予感し、王は腰の速度を速め、小刻みにする。
王の性器を纏っている内壁がぎゅっと締まるのがありありと分かる。
そして、王が最後のひと突きをすると、妾は声を荒げて絶頂を迎えた。
そのまま、王は再度小刻みに腰を揺らし、自らも絶頂を迎える。
腰を小刻みに動かすと、王の精液が妾のナカへと注ぎこまれることが分かる。
「…ん、…きもち…、じんや、好き…愛してる。」
「俺も、愛してる。」
そうして、愛を囁く。
永遠の愛を、二人の、最初で最後の愛を。
これは、王と妾、二人の日常のほんの一部である。
部屋中に卑猥な音が響く。
それと同時に男の喘ぎ声も同じく響いていた。
声の主は王の寵愛を一身に受ける妾。
否、男のことを妾と呼んでいいのかは定かではないが、だが、王の正室でも側室でもない男を表す言葉など、この言葉以外存在しないように思う。
男娼、と割り切れればいいのかもしれないが、この場合、男娼と称するにはあまりにも無粋であった。
遊びではないということが、この二人には重要な部分であるからでもある。
王は妾の濡れ高ぶった性器を厚い唇につけ、その口内へと招き入れていた。
本能の赴くまま、その口内で妾の性器を愛撫する。
じゅぷじゅぷと聞こえてくる水音が厭らしい。
その音で王は妾の性器だけではなく耳までも犯してゆく。
性器の表皮を丁寧に剥き、その芯へと舌を這わす。
裏筋を舐め取り、ゆっくりと堪能しては、速度を速めて妾の余裕や理性を無くそうとする。
妾の艶やかで艶めかしい声が部屋の中に充満する。
「…も、でちゃっ…!じんやっ!」
妾が欲望を抑えきれずに果てそうだと王に告げても、王は止めようとはしない。
尚且つ、先端の窪みに舌先をねじ込み、欲望が果てるのを促そうとする。
舌先をねじ込んだ後、そのまま歯でその部分を甘噛みする。
すると、妾は悲鳴に近い高い声で鳴き、そのまま欲望を放った。
その喉奥に放たれたその欲望を、王は一飲みにして、ごくん、と喉が鳴る。
ずるっ、っと妾の性器を口から出し、唇を親指で拭い、一言呟いた。
「ごちそうさま。」
行為が一段落し、ようやく喋る余裕が出来た妾が王に向かって言葉を放った。
「いつも、…いつも飲まないでって言ってるのに。」
いつもいつも、王は妾の性器を愛撫する際、妾が飲み込むなという欲望を飲み込む。
王には、妾の欲望を飲み込むことに対しての抵抗がない。
それが精液であることは重々承知の上だが、妾のものならば、と最大限の寵愛を見せた。
それと同時に、妾も王の精液を飲み込むことへの抵抗がなく、自らが飲み込むにしてもなんら支障はないというのだ。
自分はいいが、王はだめ、そういう考え方をしている。
妾は王の精液をとても神聖なものだと考え、世継ぎを作る上でなくてはならないものであるということも理解している。
そのため、王の精液を無駄にすることなどない。
王の射精の量は人並み以上であるが、それをも全て飲み込もうとする。
妾は王の御子を身籠れないことを無意識に悔やんでいるのか、ふとした部分で王に尽くそうとする。
だが、王が自分にすることに対しては、どうも納得がいかないらしく、いつも嫌がる。
「いいじゃん。飲みたいんだから。」
王はそんな妾のことなどお構いなしでいつもそのまま飲み込む。
王も妾と同じく、妾の精液を無駄にすることのないようにしているのだ。
王の眼が妾を見つめる。
欲望に満ち溢れたその眼に、吸い込まれそうだ、と妾はいつも思う。
王が端正な顔立ちのため、真剣な眼で見られると胸が高鳴るのだという。
「…じんや…、好き、だよ。」
思わず溢れ出た言葉。
王が好きだ、と確信を持ち、そして、その寵愛を感じることにより、更に深く愛するのだと分かる。
妾がそう呟くと、王は妾の身体に覆い被さり、唇を塞いだ。
ねっとりと舌を絡ませ、唇を貪り、貪欲なまでに唇を犯してゆく。
先ほどの水音と同じようで少し違う水音が響き渡り、妾の苦しそうで、尚且つそそる吐息が聞こえる。
充分に舌を絡ませた後、少しは気が済んだのか、それでも名残惜しそうに唇を離した。
「今、俺、お前のこの身体を、どうやって悦ばせてやろうかとか、どうやって気持ちよくさせてやろうかとか、考えてる。…どうしてほしい?さっきは銜えて舐めて、しゃぶってやったけど、次は何がいい?もう俺もそ
ろそろ限界だから、挿れてもいいし、俺の銜えたかったらそうすればいいし、舐めてほしいところがあるなら、舐めてやる。」
そう告げた王は色気が漂っていて、とても色っぽい。
そんな姿を見ていると、妾は王に見惚れる。
こんなにも素敵な人に、自分は抱かれているんだ、と思うと恥ずかしいような、嬉しいような、と混乱の元になるのだ。
「………じゃ、挿れて?」
妾はそう言うと、自分で足を開き、尻の肉を掴み上げた。
ひくつき始めている穴がよく見える。
その穴は、連日王の性器を銜え込んでいても、何度でもひくつき、締め付け、王と王の性器を興奮させる。
きゅっと締まったそこが、解されればその先はとても心地よい巣窟になるのだろう。
生理的に出る涙を眼に溜めて、頬と耳を赤らめる。
その顔は欲情している顔で、王の興奮を更に駆り立てた。
顔が誘っている。
そう思った次の瞬間、妾は言葉を発した。
「挿れて、激しく突き上げて。それで俺のナカに全部出して。一滴も零さないで。」
「そんなに煽ってどうすんの。」
「じんやが、大好きだから、じんやのがほしい。俺に、ちょうだい?」
王は、妾が広げた尻の肉を妾の手の上から更に押しのけ、穴をより際立たせた。
ひくつく穴がとても厭らしい。
その穴はこれから訪れる快感をよく知っていて、それが特別甘いことも知っている。
そのため、王の顔が徐々に近付くにつれ、更にひくつき始めた。
王は綺麗な形の唇から長い舌を出し、その穴へと近付けた。
そのまま丁寧にその穴を舐めていき、穴を濡らしていく。
充分に濡らすと、舌先をその先へと押し込む。
途中、妾の声が漏れるのが聞こえた。
そのまま指を挿れ、巣窟を掻き回す。
徐々に指を増やし、指を根元まで三本入れたところで、指を引き抜いた。
代わりに、既に存在を主張している性器をそこへと当てた。
そして、そのまま勢いよく押し入った。
激しく揺さぶり、妾の吐息がよく聞こえる。
「あっ…、も、きもち…っ!やんっ!もっ、いっちゃ…!」
「いけよ。」
興奮からか、王も妾も絶頂が近い。
すぐさま絶頂を予感し、王は腰の速度を速め、小刻みにする。
王の性器を纏っている内壁がぎゅっと締まるのがありありと分かる。
そして、王が最後のひと突きをすると、妾は声を荒げて絶頂を迎えた。
そのまま、王は再度小刻みに腰を揺らし、自らも絶頂を迎える。
腰を小刻みに動かすと、王の精液が妾のナカへと注ぎこまれることが分かる。
「…ん、…きもち…、じんや、好き…愛してる。」
「俺も、愛してる。」
そうして、愛を囁く。
永遠の愛を、二人の、最初で最後の愛を。
これは、王と妾、二人の日常のほんの一部である。
「何で外で待ってんだよ。」
十分だけ待つと言われた電話を切ってから約五分。
それほど遠い場所でもないところへ行くのに十分も多すぎるとは思う。
それでも十分と言ったのは、多く見積もって、たった今から渋滞になっても間に合うだろう時間配分だからだろう。
十分だけ待つと言ったかねは、いると思ったコンビニに確かに居た。
だが、コンビニの中には入らず、外にいて、ごみ箱の付近に存在していた。
店内にいればそれなりに快適に過ごせたはずだ。
ありきたりな商品を見たり、雑誌を見たり、それなりに時間は潰せるはず。
それにも関わらず、店外にいたのはどういう理由だろうか。
迅矢がその姿を見つけ、いの一番に告げると口先を尖らせて小さく呟いた。
「…クラスの奴がいるから。」
同じクラスの奴がいるから、入れない。
そう理解してコンビニの中をそっと覗き込むと、確かに同じクラスの男子が数人集まっていた。
「そんな格好してるからだろ。」
そんな格好をしていなければ、普通の私服ならば、そのまま偶然だな、なんて言って少し話して、後腐れなくその場を後に出来たものを。
迅矢はそう思いそのまま言葉にする。
服装を引き合いに出すと、今度は服装を見て今更なことを言い出した。
「今日のスカート短すぎたかな…。」
「当たり前だ、ばか。女装なんてしなくていいっつってんのに。」
「…だって、人気アイドルの秋吉迅矢のオリキのトップが男だったら、いけないじゃん…。」
まただ。
また、かねは同じことを言う。
この言葉をその口から聞くのは何度目だろうか。
迅矢はよく飽きもせずにそればかり言えるものだ、と感心する。
「…帰るぞ。」
そう告げ、迅矢はかねの腕を引っ張った。
そのまま停めていたタクシーに乗り込もうと腕を引くと、かねは素直についてきた。
「…ほんとに、熱なかったんだよ…?」
最後に、縋るように迅矢に向けて言った。
迅矢だって分かってる、嘘なんて吐いてない。
それは充分分かっているんだ。
「準備してるときは、だろ。今はまた上がってきてる。」
そう言いながら、タクシーに乗せた。
迅矢はそのまま手を額に持っていき、熱を測る。
熱い。
やっぱり、熱が上がってきていると確信し、小さく舌打ちをした。
それからタクシーの運転手さんに出してくださいと告げる。
「…ん…、…え、ちょ、どこ行くの。」
行き先を告げなかった迅矢を見て、かねは不安そうな顔をした。
迅矢は不安そうな顔をしながらもしっかりと自分を見るかねのその顔が好きで。
もっともっと、見つめてほしいと思った。
「どこって、帰るんだろ。」
「どこに。」
「家に。」
「誰の。」
「俺の。」
「秋吉!」
途端、迅矢は名前を呼ばれた。
でもこれは、呼んでほしい呼び方ではない。
くん付けをされるような、作った呼び方ではなく素で呼んでいることが分かっている。
だからなのか嫌悪感はそんなにない。
苗字を呼ばれることが少ないわけではないからだ。
でも、それだとしても、嫌だ。
そんなことを思いながら迅矢がかねを見ると、少し怒ったような顔をしていた。
「分かってる?それを誰かに見られたらどうすんの。ここで降ろして。」
「そんな状態のお前だけ一人で下ろせって?嫌だね。」
「いやだ。」
「諦めろ、そんな状態のお前を素直に帰すつもりなんてない。」
「やだってば。」
「加弦、言うこと聞け。」
反論するかねを余所に、迅矢は両頬を掌で覆いしっかりと見つめた。
覆った頬が熱い。
熱のせいだと分かっていても、居た堪れなくなる。
眼と眼を合わせて、瞳の中の自分を見て。
しっかりと、確かに、確実に、括目させる。
これが一番いい。
こうすれば、七割方言う通りにする。
迅矢にはそういう確信があった。
すると、かねは見つめていた眼を迅矢から逸らし、小さく呟いた。
「………今日だけ、今日だけだからな…。」
その小さな呟きを聞いて、迅矢は少しだけ安心した。
これ以上熱が上がる前になんとかしたかった。
部屋の前でタクシーを降り、そのままかねを背負ってマンションの中へ入る。
背負ってみれば分かる。
やっぱり熱い。
タクシーを降りるとき、背負うことを告げると、歩けるからと抵抗した。
だが、次の瞬間、いい加減にしろと迅矢が放つと、案外素直に背負われた。
かねの心中を察するに、誰かに見られていたらどうしよう、という不安があったのだろう。
今のかねは女装をしているわけで、女性問題やスキャンダルになりかねない、と。
迅矢からすればそんなこと、今はどうでもいい些細なことだというのに。
迅矢に背負われてからは眼を瞑っており、心なしか呼吸も荒く感じる。
そのままエレベーターに乗り、部屋の鍵を開けて入り、やっと落ち着いた。
迅矢はかねを玄関にゆっくりと座らせ、今流行の最先端ブーツをゆっくりと脱がせてやる。
ゆっくりと、なんて少し語弊があるかもしれない。
少なからず心は急かされており、それが手の動きにも出たかもしれない。
ブーツを脱がし終えると、今度はかねを横抱きにして寝室へと向かった。
横抱き、俗にはお姫様だっこというのだろうが、そんなことを言ったら後でどんな言葉を返されるか分からない。
それは根底にかねが曲がりなりにも男であるという心理が働くのだろう。
以前迅矢がお姫様だっこをしてやろうかと言うとひどく返された。
寝室の扉を左足を上げて開け、中へと入る。
かねが見ていたら何を言われるか分かったもんじゃないが、迅矢の両手はかねを支えているわけだからその辺は勘弁してもらいたいところだ。
そのまま迅矢のベッドの上に降ろし、掛け布団を掛け、寝かせようとしたときだった。
かねがゆっくりと瞼を上げた。
先ほどより目が細く、虚ろになっている。
「薬出すから、飲んでもう寝ろ。」
薬と言っても、この薬でさえ、風邪を引き易い迅矢のためにかねが買って来てくれたものだ。
二度ほど飲んであるが、まだ充分に残っている。
それを飲めば少しは楽になるだろう。
迅矢は熱を出している人の看病なんて生まれてこの方したことなんてないけれど、以前かねがしてくれたようにすればいい、そう考えた。
熱を測って、温めて、お粥を作って、薬を飲ませて、ずっと傍に居てやること。
流石に迅矢はお粥は作れないけど、でも、薬くらいなら。
そう思い、迅矢が薬を取りに寝室から出ようと動き始めると、かねは小さく声を出した。
「…化粧落としたい。」
確かに、ばっちりとされているそれは未だに落ちることなく立派に存在している。
「明日にしろよ。」
「すぐ落とさないと肌荒れるもん。」
迅矢は明日にしろと言ったが、肌が荒れると言われては何も言い返せない。
美容に気を付けていることも迅矢は知っているし、かねの肌が荒れるのも嫌だ。
迅矢も職業柄するが、楽屋で落としてくることが殆どだ。
少し息苦しいというのもある。
そうなると、迅矢は許可しないわけにはいかなかった。
「…メイクだけだからな、シャワーはだめ。」
「…わかった。」
「なら、服も脱げ。お前のスウェット出してやるからそれにしろ。」
どうせなら、その服はやめた方がいい。
病人の着るようなものではないし、それこそ息苦しいだろう。
寝室のクローゼットを開け、端の棚に触れる。
そこから下着とスウェットをそれぞれ取り出し、それを持ったままかねの元へと戻った。
これは、迅矢が以前かねのために買ったもの。
下着も、スウェットも、化粧落としや乳液、などのメイク類も全部だ。
下着とスウェットを持ち、かねを支えながらゆっくりと脱衣所へ向かった。
脱衣所の扉を開けると、そこには洗面所がある。
かねは無意識ながら手慣れたように洗面所の棚から必要なものを取り出していった。
急に倒れないようにしっかりと見張りながら、タオルを用意する。
いつもより時間は掛かったが、しっかりとメイクを落とし、用意していたタオルに顔を埋めた。
素顔になると、かねから加弦に戻ることがよく分かる。
それから持っていた下着とスウェットに着替えさせる。
流石に着替えるときは意識が朦朧としながらも出て行けと突かれ、脱衣所から出た。
脱衣所の前で待っていると、五分くらいしてからやっと出てきた。
何をしていたのかと思えば、自分が着ていた服が綺麗に畳んであった。
こんな状態のときにそんなことしなくてもいいのに、と思っていても迅矢は言わない。
そんなこと、言えない。
それは加弦の性格の問題だからだ。
そのままの足で薬を飲ませ、額に冷たいシートを貼ってまた寝室へと戻る。
このシートも、薬同様加弦が買って来てくれたもので、前回の迅矢の発熱の際には重宝した。
そんなとき、急に加弦はソファーでいいなんてことを言い出して、まったく何を考えているんだか。
有無を言わさずベッドへ連行し、そのまま寝かせた。
寝息が立ったことを確認してから、迅矢はシャワーを浴びに寝室から出た。
十分だけ待つと言われた電話を切ってから約五分。
それほど遠い場所でもないところへ行くのに十分も多すぎるとは思う。
それでも十分と言ったのは、多く見積もって、たった今から渋滞になっても間に合うだろう時間配分だからだろう。
十分だけ待つと言ったかねは、いると思ったコンビニに確かに居た。
だが、コンビニの中には入らず、外にいて、ごみ箱の付近に存在していた。
店内にいればそれなりに快適に過ごせたはずだ。
ありきたりな商品を見たり、雑誌を見たり、それなりに時間は潰せるはず。
それにも関わらず、店外にいたのはどういう理由だろうか。
迅矢がその姿を見つけ、いの一番に告げると口先を尖らせて小さく呟いた。
「…クラスの奴がいるから。」
同じクラスの奴がいるから、入れない。
そう理解してコンビニの中をそっと覗き込むと、確かに同じクラスの男子が数人集まっていた。
「そんな格好してるからだろ。」
そんな格好をしていなければ、普通の私服ならば、そのまま偶然だな、なんて言って少し話して、後腐れなくその場を後に出来たものを。
迅矢はそう思いそのまま言葉にする。
服装を引き合いに出すと、今度は服装を見て今更なことを言い出した。
「今日のスカート短すぎたかな…。」
「当たり前だ、ばか。女装なんてしなくていいっつってんのに。」
「…だって、人気アイドルの秋吉迅矢のオリキのトップが男だったら、いけないじゃん…。」
まただ。
また、かねは同じことを言う。
この言葉をその口から聞くのは何度目だろうか。
迅矢はよく飽きもせずにそればかり言えるものだ、と感心する。
「…帰るぞ。」
そう告げ、迅矢はかねの腕を引っ張った。
そのまま停めていたタクシーに乗り込もうと腕を引くと、かねは素直についてきた。
「…ほんとに、熱なかったんだよ…?」
最後に、縋るように迅矢に向けて言った。
迅矢だって分かってる、嘘なんて吐いてない。
それは充分分かっているんだ。
「準備してるときは、だろ。今はまた上がってきてる。」
そう言いながら、タクシーに乗せた。
迅矢はそのまま手を額に持っていき、熱を測る。
熱い。
やっぱり、熱が上がってきていると確信し、小さく舌打ちをした。
それからタクシーの運転手さんに出してくださいと告げる。
「…ん…、…え、ちょ、どこ行くの。」
行き先を告げなかった迅矢を見て、かねは不安そうな顔をした。
迅矢は不安そうな顔をしながらもしっかりと自分を見るかねのその顔が好きで。
もっともっと、見つめてほしいと思った。
「どこって、帰るんだろ。」
「どこに。」
「家に。」
「誰の。」
「俺の。」
「秋吉!」
途端、迅矢は名前を呼ばれた。
でもこれは、呼んでほしい呼び方ではない。
くん付けをされるような、作った呼び方ではなく素で呼んでいることが分かっている。
だからなのか嫌悪感はそんなにない。
苗字を呼ばれることが少ないわけではないからだ。
でも、それだとしても、嫌だ。
そんなことを思いながら迅矢がかねを見ると、少し怒ったような顔をしていた。
「分かってる?それを誰かに見られたらどうすんの。ここで降ろして。」
「そんな状態のお前だけ一人で下ろせって?嫌だね。」
「いやだ。」
「諦めろ、そんな状態のお前を素直に帰すつもりなんてない。」
「やだってば。」
「加弦、言うこと聞け。」
反論するかねを余所に、迅矢は両頬を掌で覆いしっかりと見つめた。
覆った頬が熱い。
熱のせいだと分かっていても、居た堪れなくなる。
眼と眼を合わせて、瞳の中の自分を見て。
しっかりと、確かに、確実に、括目させる。
これが一番いい。
こうすれば、七割方言う通りにする。
迅矢にはそういう確信があった。
すると、かねは見つめていた眼を迅矢から逸らし、小さく呟いた。
「………今日だけ、今日だけだからな…。」
その小さな呟きを聞いて、迅矢は少しだけ安心した。
これ以上熱が上がる前になんとかしたかった。
部屋の前でタクシーを降り、そのままかねを背負ってマンションの中へ入る。
背負ってみれば分かる。
やっぱり熱い。
タクシーを降りるとき、背負うことを告げると、歩けるからと抵抗した。
だが、次の瞬間、いい加減にしろと迅矢が放つと、案外素直に背負われた。
かねの心中を察するに、誰かに見られていたらどうしよう、という不安があったのだろう。
今のかねは女装をしているわけで、女性問題やスキャンダルになりかねない、と。
迅矢からすればそんなこと、今はどうでもいい些細なことだというのに。
迅矢に背負われてからは眼を瞑っており、心なしか呼吸も荒く感じる。
そのままエレベーターに乗り、部屋の鍵を開けて入り、やっと落ち着いた。
迅矢はかねを玄関にゆっくりと座らせ、今流行の最先端ブーツをゆっくりと脱がせてやる。
ゆっくりと、なんて少し語弊があるかもしれない。
少なからず心は急かされており、それが手の動きにも出たかもしれない。
ブーツを脱がし終えると、今度はかねを横抱きにして寝室へと向かった。
横抱き、俗にはお姫様だっこというのだろうが、そんなことを言ったら後でどんな言葉を返されるか分からない。
それは根底にかねが曲がりなりにも男であるという心理が働くのだろう。
以前迅矢がお姫様だっこをしてやろうかと言うとひどく返された。
寝室の扉を左足を上げて開け、中へと入る。
かねが見ていたら何を言われるか分かったもんじゃないが、迅矢の両手はかねを支えているわけだからその辺は勘弁してもらいたいところだ。
そのまま迅矢のベッドの上に降ろし、掛け布団を掛け、寝かせようとしたときだった。
かねがゆっくりと瞼を上げた。
先ほどより目が細く、虚ろになっている。
「薬出すから、飲んでもう寝ろ。」
薬と言っても、この薬でさえ、風邪を引き易い迅矢のためにかねが買って来てくれたものだ。
二度ほど飲んであるが、まだ充分に残っている。
それを飲めば少しは楽になるだろう。
迅矢は熱を出している人の看病なんて生まれてこの方したことなんてないけれど、以前かねがしてくれたようにすればいい、そう考えた。
熱を測って、温めて、お粥を作って、薬を飲ませて、ずっと傍に居てやること。
流石に迅矢はお粥は作れないけど、でも、薬くらいなら。
そう思い、迅矢が薬を取りに寝室から出ようと動き始めると、かねは小さく声を出した。
「…化粧落としたい。」
確かに、ばっちりとされているそれは未だに落ちることなく立派に存在している。
「明日にしろよ。」
「すぐ落とさないと肌荒れるもん。」
迅矢は明日にしろと言ったが、肌が荒れると言われては何も言い返せない。
美容に気を付けていることも迅矢は知っているし、かねの肌が荒れるのも嫌だ。
迅矢も職業柄するが、楽屋で落としてくることが殆どだ。
少し息苦しいというのもある。
そうなると、迅矢は許可しないわけにはいかなかった。
「…メイクだけだからな、シャワーはだめ。」
「…わかった。」
「なら、服も脱げ。お前のスウェット出してやるからそれにしろ。」
どうせなら、その服はやめた方がいい。
病人の着るようなものではないし、それこそ息苦しいだろう。
寝室のクローゼットを開け、端の棚に触れる。
そこから下着とスウェットをそれぞれ取り出し、それを持ったままかねの元へと戻った。
これは、迅矢が以前かねのために買ったもの。
下着も、スウェットも、化粧落としや乳液、などのメイク類も全部だ。
下着とスウェットを持ち、かねを支えながらゆっくりと脱衣所へ向かった。
脱衣所の扉を開けると、そこには洗面所がある。
かねは無意識ながら手慣れたように洗面所の棚から必要なものを取り出していった。
急に倒れないようにしっかりと見張りながら、タオルを用意する。
いつもより時間は掛かったが、しっかりとメイクを落とし、用意していたタオルに顔を埋めた。
素顔になると、かねから加弦に戻ることがよく分かる。
それから持っていた下着とスウェットに着替えさせる。
流石に着替えるときは意識が朦朧としながらも出て行けと突かれ、脱衣所から出た。
脱衣所の前で待っていると、五分くらいしてからやっと出てきた。
何をしていたのかと思えば、自分が着ていた服が綺麗に畳んであった。
こんな状態のときにそんなことしなくてもいいのに、と思っていても迅矢は言わない。
そんなこと、言えない。
それは加弦の性格の問題だからだ。
そのままの足で薬を飲ませ、額に冷たいシートを貼ってまた寝室へと戻る。
このシートも、薬同様加弦が買って来てくれたもので、前回の迅矢の発熱の際には重宝した。
そんなとき、急に加弦はソファーでいいなんてことを言い出して、まったく何を考えているんだか。
有無を言わさずベッドへ連行し、そのまま寝かせた。
寝息が立ったことを確認してから、迅矢はシャワーを浴びに寝室から出た。
暑い夏の日。
この屋敷に来てから、もうすぐ一ヶ月くらいだろうか。
詳しいことは分からない。というか、日付感覚がないのだ。
基本的にこの部屋から出ることはない。
というのも、最近まで部屋に鍵が掛けられていたからだったりする。
その掛けられていた鍵がどうして掛けられなくなったのか、理由は分からない。
けれど、少なからずあった威圧感はなくなったように感じる。
気のせいかもしれないけど。
でも、気のせいだとしても気が楽だ。
だからこそ、部屋のベッドの上で一日を過ごすことが多い。
今日も例外なく、ベッドの上だ。
もうすぐ来る。
あいつが。
秋吉迅矢。
おそらく本名なのだろう。
最初にあいつはそう名乗った。
迅矢と呼んでほしいと言われたが、とてもそんな気分にも気持ちにもなれず呼ぶときは、おい、だ。
最初は顔すらも見たくなくて、ずっと無視を決め込んでいた。
意味も無く気まぐれで話をするだけで、基本的にはなにもしない。
ただ、毎日この部屋に来ては俺の機嫌と腹具合を伺いに来る。
そう考えていると、離れたところにある目の前の扉がゆっくりと開いた。
そこには秋吉がいて、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「腹空いてない?」
少し引き気味でそう問われた。
ほんの少し、眉が下がっていて、大型犬みたいな印象を受けるが、それを目の当たりにしても何もいう気にはなれない。
未だに、俺を監禁することを理解することも出来ない。
監禁とはいっても、手足を拘束されているわけでもないし、動きを制限されているわけではない。
ただ、動き回る気になれなくて動き回っていないだけで、行方を晦まそうと思えばそれが出来なくもない。
それでも、まだあいつのことを充分に知れていないからまだ動かないというのもある。
今はまだ知るというほどの気分にもなれない。
だからこそ、話は無視するし、特に反応もしてやらない。
とりあえず分かっていること。
―――俺のことを好きだっていうこと。
何で好きなのかとか、何処が好きなのかとか、そんなことは知らない。
聞いていない。
一度も聞いたことがない。
今までに接点なんてなかったはずだ。
もしかして、俺が覚えていないだけなのだろうか。
でも、どんな理由でも和解出来るとは思えない。
「別に。」
そう温度を捨てた声で両断した。
毎日機嫌を伺いに来ても、そうそう機嫌は上下したりしない。
「…そっか…。」
小さく、秋吉は呟いた。
昨日も一昨日もそう言ったからだろう。
どうしても、素っ気無くなってしまう。
それはどうしようもないことだ。
今の状況を考えれば、どうしようもない。
「じゃあ…、空いてきたら言って?」
相変わらず眉を下げながら告げた。
その姿は、本当に犬のようだ。
飼い主に怒られた犬のよう。
俺は飼い主なわけではないし、秋吉を犬のように扱ったこともないけれど。
「…また、様子見に来る。」
俺がいつもと変わらないのを知った秋吉は小さく溜息を吐いて、そう言った。
いつもだったら、そのまま、本当にそのまま、秋吉が扉の向こう側に消えるのを見送るはずだった。
でも、今日は見てしまった。
そのときの、秋吉の悲しそうな顔を。
その瞬間、俺の中に何か少しの、ほんの少しの変化が起きた。
俺のそんな変化を知らず、秋吉はゆっくりと扉の向こう側へと消えた。
いつもと同じように。
そう、見てしまった。
見なければよかったのに。
いつもと同じように。
そう思ったとき、俺はベッドから飛び出し、勢いよく扉に向かい部屋からも飛び出していた。
中庭に来ていた。
理由は、秋吉が見えたから。
秋吉が、中庭にいるのが見えたから。
理由はそれだけ。
そして、またもや見てしまった。
空を眺める秋吉の表情を。
その寂しそうな顔を。
少し芽生えた罪悪感。
「かね?」
秋吉は、部屋から出て中庭に来た俺に気付いたらしく、呼ばれた。
「中庭の花が見たかっただけだから。」
「え?」
口から出てきたのは、以前言われた中庭の花の話。
二人で見ようって誘われた、あのときのこと。
「綺麗だからって言ってた、じゃん。」
語尾は思ったより小さかったと思う。
いや、小さかった。確実に。
でも、秋吉はそんなことを気にしていないようだった。
「覚えて、たんだ。」
だって、声が、弾んでる。
少しの戸惑いと、少しの歓喜で、声が弾んでる。
「…別に。」
ぶっきら棒に、冷たく言ったつもりだった。
いや、つもり、じゃない。
確かにそう言ったのだ。
それでも、秋吉はとても嬉しそうだった。
嬉しいって、顔してる。
表情に出ている。
どうしようもなく嬉しいって、言葉じゃなくて、態度が言ってる。
「かね、こっちこっち。」
呼ばれて気付いたが、秋吉は花壇の方へと足を延ばしていた。
呼ばれて素直に秋吉の元に向かう。
すると、花壇の隅の方に小さいが風に負けず健気に花弁を広げる花が一輪咲いていた。
その場に屈む秋吉に釣られて思わず屈んでしまう。
他の花たちに紛れず、一輪だけひっそりと咲いている。
この一輪の花を秋吉は自分で見つけたのだろうか。
見ていると、この花のことを応援したくなってしまう。
負けるな、頑張れ。
そう、思ってしまう。
花を眺めながら、ふと視線を感じて、隣を見ると秋吉がこちらを見ていた。
「………なに?」
顔に何かついていただろうかと少しばかり考えるが何もつけるようなものがなかった。
だからこそ、素直に聞いてみた。
すると、秋吉はふわりと笑ってみせた。
「…俺、今すげー…しあわせ。」
その笑みは、笑顔は、とても綺麗で、こんな秋吉を見たのは初めてで、少しだけ動揺してしまった。
でも、その顔を見て、気付いてしまった、分かってしまった、知ってしまった。
その笑みの、笑顔の、意味を。
秋吉は、本当に、俺のことが好きなんだ。
気付いてしまったら、分かってしまったら、知ってしまったら。
気付かないふりや、分からないふりや、知らないふりが出来なかった。
秋吉が無意識に見せた四種類の顔を見て、俺の中で、何かが少しだけ変わった日だった。
この屋敷に来てから、もうすぐ一ヶ月くらいだろうか。
詳しいことは分からない。というか、日付感覚がないのだ。
基本的にこの部屋から出ることはない。
というのも、最近まで部屋に鍵が掛けられていたからだったりする。
その掛けられていた鍵がどうして掛けられなくなったのか、理由は分からない。
けれど、少なからずあった威圧感はなくなったように感じる。
気のせいかもしれないけど。
でも、気のせいだとしても気が楽だ。
だからこそ、部屋のベッドの上で一日を過ごすことが多い。
今日も例外なく、ベッドの上だ。
もうすぐ来る。
あいつが。
秋吉迅矢。
おそらく本名なのだろう。
最初にあいつはそう名乗った。
迅矢と呼んでほしいと言われたが、とてもそんな気分にも気持ちにもなれず呼ぶときは、おい、だ。
最初は顔すらも見たくなくて、ずっと無視を決め込んでいた。
意味も無く気まぐれで話をするだけで、基本的にはなにもしない。
ただ、毎日この部屋に来ては俺の機嫌と腹具合を伺いに来る。
そう考えていると、離れたところにある目の前の扉がゆっくりと開いた。
そこには秋吉がいて、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「腹空いてない?」
少し引き気味でそう問われた。
ほんの少し、眉が下がっていて、大型犬みたいな印象を受けるが、それを目の当たりにしても何もいう気にはなれない。
未だに、俺を監禁することを理解することも出来ない。
監禁とはいっても、手足を拘束されているわけでもないし、動きを制限されているわけではない。
ただ、動き回る気になれなくて動き回っていないだけで、行方を晦まそうと思えばそれが出来なくもない。
それでも、まだあいつのことを充分に知れていないからまだ動かないというのもある。
今はまだ知るというほどの気分にもなれない。
だからこそ、話は無視するし、特に反応もしてやらない。
とりあえず分かっていること。
―――俺のことを好きだっていうこと。
何で好きなのかとか、何処が好きなのかとか、そんなことは知らない。
聞いていない。
一度も聞いたことがない。
今までに接点なんてなかったはずだ。
もしかして、俺が覚えていないだけなのだろうか。
でも、どんな理由でも和解出来るとは思えない。
「別に。」
そう温度を捨てた声で両断した。
毎日機嫌を伺いに来ても、そうそう機嫌は上下したりしない。
「…そっか…。」
小さく、秋吉は呟いた。
昨日も一昨日もそう言ったからだろう。
どうしても、素っ気無くなってしまう。
それはどうしようもないことだ。
今の状況を考えれば、どうしようもない。
「じゃあ…、空いてきたら言って?」
相変わらず眉を下げながら告げた。
その姿は、本当に犬のようだ。
飼い主に怒られた犬のよう。
俺は飼い主なわけではないし、秋吉を犬のように扱ったこともないけれど。
「…また、様子見に来る。」
俺がいつもと変わらないのを知った秋吉は小さく溜息を吐いて、そう言った。
いつもだったら、そのまま、本当にそのまま、秋吉が扉の向こう側に消えるのを見送るはずだった。
でも、今日は見てしまった。
そのときの、秋吉の悲しそうな顔を。
その瞬間、俺の中に何か少しの、ほんの少しの変化が起きた。
俺のそんな変化を知らず、秋吉はゆっくりと扉の向こう側へと消えた。
いつもと同じように。
そう、見てしまった。
見なければよかったのに。
いつもと同じように。
そう思ったとき、俺はベッドから飛び出し、勢いよく扉に向かい部屋からも飛び出していた。
中庭に来ていた。
理由は、秋吉が見えたから。
秋吉が、中庭にいるのが見えたから。
理由はそれだけ。
そして、またもや見てしまった。
空を眺める秋吉の表情を。
その寂しそうな顔を。
少し芽生えた罪悪感。
「かね?」
秋吉は、部屋から出て中庭に来た俺に気付いたらしく、呼ばれた。
「中庭の花が見たかっただけだから。」
「え?」
口から出てきたのは、以前言われた中庭の花の話。
二人で見ようって誘われた、あのときのこと。
「綺麗だからって言ってた、じゃん。」
語尾は思ったより小さかったと思う。
いや、小さかった。確実に。
でも、秋吉はそんなことを気にしていないようだった。
「覚えて、たんだ。」
だって、声が、弾んでる。
少しの戸惑いと、少しの歓喜で、声が弾んでる。
「…別に。」
ぶっきら棒に、冷たく言ったつもりだった。
いや、つもり、じゃない。
確かにそう言ったのだ。
それでも、秋吉はとても嬉しそうだった。
嬉しいって、顔してる。
表情に出ている。
どうしようもなく嬉しいって、言葉じゃなくて、態度が言ってる。
「かね、こっちこっち。」
呼ばれて気付いたが、秋吉は花壇の方へと足を延ばしていた。
呼ばれて素直に秋吉の元に向かう。
すると、花壇の隅の方に小さいが風に負けず健気に花弁を広げる花が一輪咲いていた。
その場に屈む秋吉に釣られて思わず屈んでしまう。
他の花たちに紛れず、一輪だけひっそりと咲いている。
この一輪の花を秋吉は自分で見つけたのだろうか。
見ていると、この花のことを応援したくなってしまう。
負けるな、頑張れ。
そう、思ってしまう。
花を眺めながら、ふと視線を感じて、隣を見ると秋吉がこちらを見ていた。
「………なに?」
顔に何かついていただろうかと少しばかり考えるが何もつけるようなものがなかった。
だからこそ、素直に聞いてみた。
すると、秋吉はふわりと笑ってみせた。
「…俺、今すげー…しあわせ。」
その笑みは、笑顔は、とても綺麗で、こんな秋吉を見たのは初めてで、少しだけ動揺してしまった。
でも、その顔を見て、気付いてしまった、分かってしまった、知ってしまった。
その笑みの、笑顔の、意味を。
秋吉は、本当に、俺のことが好きなんだ。
気付いてしまったら、分かってしまったら、知ってしまったら。
気付かないふりや、分からないふりや、知らないふりが出来なかった。
秋吉が無意識に見せた四種類の顔を見て、俺の中で、何かが少しだけ変わった日だった。
「じんや。」
柔らかく名前を呼ぶ声が好き。
「遊び行こーよ。」
ふんわりと笑う笑顔が好き。
「聞いてる?」
拗ねて尖らせる唇が好き。
「聞いてる。どこ行く?」
そう言って、腕の中にある髪を梳く。
すぐ近くにある頭に心地よさと少しの安堵。
二人でいるときは周りなんて見えていない。
そんなこと、いつものことで、それで構わないと思っている俺たち。
誰もいない放課後の教室でも、
人が賑わう休憩時間の教室でも、
いつもこんな感じ。
俺の腕の中にすっぽり収まり、それを当たり前のように感じるこいつがとても愛しい。
「かづる。」
静かに名前を呼ぶと、
静かに返事をする。
「なに?」
その唇から出る声が、すごく好きで。
「カラオケ行こっか。」
その声をもっと聞きたいと思う。
「カラオケいいね。行こ。」
カラオケなら、二人きりでずっとかづるの声を聞いていられる。
そう思っていたら、
「じんやの声好き。」
と、不意打ちの一言。
思わず言葉を忘れていると、更に追い討ちをかけるように、
「二人っきりで、じんやの声独り占めできるね。」
なんて、かわいいこと言っちゃって。
あぁ、もう…。
「不意打ちすぎる。」
狙って言ったわけではないことが分かってる。
だからこそ、やられた、と思ってしまう。
そんなこと言っちゃって。
ほんとにもう。
「かわいすぎ。」
なんて、思わず本音が溢れてしまう。
そう告げると、今まで以上に柔らかく笑って、
「じんやは、かっこよすぎ。」
なんて。
まったく、ほんとにもう。
こんなに俺を夢中にさせて、どうするんだろうと思う。
もう何度目のもうか分からないくらいに、もうを連発してる。
だって、もう。
「好きすぎる。」
抑えられないこの想い。
あぁ、こんなにも、―――。
「やめた。」
そう一言漏らすと、かづるは不思議そうな顔をした。
そして、俺に向かった顔は不安げな表情になる。
「やめた。」
再度同じことを言う。
やめた、やめた、やめた。
二度目の言葉で、やっとかづるが口を開いた。
「…何を?」
何をって、やめたんだ、やめた。
「カラオケ。」
カラオケ、行くのやめよう。
その方がいい。
かづるが理由を聞く前に、次の行き先を決めてしまえばいい。
「その代わり、俺んちにしよ。」
「じんやの家?いいの?」
恐る恐る聞いてくるかづるに心擽られる。
いいの、って聞いてくるけど、いけないわけないじゃないか。
「いいよ。なんで?」
「ううん、じんやの家行きたい。」
そう言ったかづるはやっぱりかわいすぎる。
どうしようもなくかわいすぎる。
「泊まってけば?」
「え、いいの?ほんとに?」
ほんとに、って。嘘でこんなこと言わないのに。
さっきからいいの、ばっかり。
お前こそ、いいの?
無防備に俺んち来たりして。
無防備に俺んち泊まったりして。
ほんとにいいの?
自分で言ったくせに、自信がないんだ。
この想いが、暴走してしまわない自信が。
「嬉しい。」
そんな中、かづるがふと呟いた。
「ずっと一緒にいられる。」
うん、ずっと一緒だ。
「寝る前も、寝てる間も、起きたときも、一緒にいられる。」
うん、一緒だ。
ずっと一緒。
「じんや。」
名前を呼ばれて、それに答える。
「なに、かづる。」
するとかづるは、
少し照れたように、
少しはにかんだように、
少し不安なように
小さな声で言った。
「添い寝、してくれる…?」
あぁもう、ほんとにもう。
かわいすぎる。
「添い寝でいいの?」
そう聞き返すと、かづるはさっきよりも照れたように、
「抱きしめて、寝てくれる…?」
と聞いてきた。
あー、もうもうもう。
抱きしめて寝てくれる?
なんて、かわいすぎる。
それを望むなら、いつでも、いくらでも抱きしめて寝てやるのに。
望むなら、ずっとずっと。
「抱きしめて寝てやるよ。」
そう告げると、優しく微笑んだ。
かわいい。
この笑顔が好きで、この笑顔をずっと見ていたいと思うんだ。
微笑んでいるかづるを柔らかく抱きしめて、肩に顎を置く。
そして、首に顔を埋め、肌と髪の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
とてもいい匂いで、この匂いさえ、心地よく、好きだと感じる。
「かづる、好き。」
耳元で小さく囁くと、かづるは俺の頭を撫で、髪をゆっくりと梳いてくれた。
「俺も、じんや好き。」
かづるはそう言うと、俺の頬に触れるだけのキスをした。
ほんとに、好きすぎる。
今でさえこれなのに、これから先はどうなるんだろう。
これから先も、一緒にいたいな。
そう思いながら、今度は俺から優しく頬にキスをした。
柔らかく名前を呼ぶ声が好き。
「遊び行こーよ。」
ふんわりと笑う笑顔が好き。
「聞いてる?」
拗ねて尖らせる唇が好き。
「聞いてる。どこ行く?」
そう言って、腕の中にある髪を梳く。
すぐ近くにある頭に心地よさと少しの安堵。
二人でいるときは周りなんて見えていない。
そんなこと、いつものことで、それで構わないと思っている俺たち。
誰もいない放課後の教室でも、
人が賑わう休憩時間の教室でも、
いつもこんな感じ。
俺の腕の中にすっぽり収まり、それを当たり前のように感じるこいつがとても愛しい。
「かづる。」
静かに名前を呼ぶと、
静かに返事をする。
「なに?」
その唇から出る声が、すごく好きで。
「カラオケ行こっか。」
その声をもっと聞きたいと思う。
「カラオケいいね。行こ。」
カラオケなら、二人きりでずっとかづるの声を聞いていられる。
そう思っていたら、
「じんやの声好き。」
と、不意打ちの一言。
思わず言葉を忘れていると、更に追い討ちをかけるように、
「二人っきりで、じんやの声独り占めできるね。」
なんて、かわいいこと言っちゃって。
あぁ、もう…。
「不意打ちすぎる。」
狙って言ったわけではないことが分かってる。
だからこそ、やられた、と思ってしまう。
そんなこと言っちゃって。
ほんとにもう。
「かわいすぎ。」
なんて、思わず本音が溢れてしまう。
そう告げると、今まで以上に柔らかく笑って、
「じんやは、かっこよすぎ。」
なんて。
まったく、ほんとにもう。
こんなに俺を夢中にさせて、どうするんだろうと思う。
もう何度目のもうか分からないくらいに、もうを連発してる。
だって、もう。
「好きすぎる。」
抑えられないこの想い。
あぁ、こんなにも、―――。
「やめた。」
そう一言漏らすと、かづるは不思議そうな顔をした。
そして、俺に向かった顔は不安げな表情になる。
「やめた。」
再度同じことを言う。
やめた、やめた、やめた。
二度目の言葉で、やっとかづるが口を開いた。
「…何を?」
何をって、やめたんだ、やめた。
「カラオケ。」
カラオケ、行くのやめよう。
その方がいい。
かづるが理由を聞く前に、次の行き先を決めてしまえばいい。
「その代わり、俺んちにしよ。」
「じんやの家?いいの?」
恐る恐る聞いてくるかづるに心擽られる。
いいの、って聞いてくるけど、いけないわけないじゃないか。
「いいよ。なんで?」
「ううん、じんやの家行きたい。」
そう言ったかづるはやっぱりかわいすぎる。
どうしようもなくかわいすぎる。
「泊まってけば?」
「え、いいの?ほんとに?」
ほんとに、って。嘘でこんなこと言わないのに。
さっきからいいの、ばっかり。
お前こそ、いいの?
無防備に俺んち来たりして。
無防備に俺んち泊まったりして。
ほんとにいいの?
自分で言ったくせに、自信がないんだ。
この想いが、暴走してしまわない自信が。
「嬉しい。」
そんな中、かづるがふと呟いた。
「ずっと一緒にいられる。」
うん、ずっと一緒だ。
「寝る前も、寝てる間も、起きたときも、一緒にいられる。」
うん、一緒だ。
ずっと一緒。
「じんや。」
名前を呼ばれて、それに答える。
「なに、かづる。」
するとかづるは、
少し照れたように、
少しはにかんだように、
少し不安なように
小さな声で言った。
「添い寝、してくれる…?」
あぁもう、ほんとにもう。
かわいすぎる。
「添い寝でいいの?」
そう聞き返すと、かづるはさっきよりも照れたように、
「抱きしめて、寝てくれる…?」
と聞いてきた。
あー、もうもうもう。
抱きしめて寝てくれる?
なんて、かわいすぎる。
それを望むなら、いつでも、いくらでも抱きしめて寝てやるのに。
望むなら、ずっとずっと。
「抱きしめて寝てやるよ。」
そう告げると、優しく微笑んだ。
かわいい。
この笑顔が好きで、この笑顔をずっと見ていたいと思うんだ。
微笑んでいるかづるを柔らかく抱きしめて、肩に顎を置く。
そして、首に顔を埋め、肌と髪の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
とてもいい匂いで、この匂いさえ、心地よく、好きだと感じる。
「かづる、好き。」
耳元で小さく囁くと、かづるは俺の頭を撫で、髪をゆっくりと梳いてくれた。
「俺も、じんや好き。」
かづるはそう言うと、俺の頬に触れるだけのキスをした。
ほんとに、好きすぎる。
今でさえこれなのに、これから先はどうなるんだろう。
これから先も、一緒にいたいな。
そう思いながら、今度は俺から優しく頬にキスをした。
手術中。
そう点(とも)された部屋の前で、もう何時間待っているだろう。
確率は半分。
死ぬか、生きるか、どちらかしかないと。
そう聞かされたときは、目の前が真っ暗になった気がした。
でも、それでも、そう言いながら少し自嘲気味に笑う姿を見たら、何も言えなくなった。
この場にいるのは、加弦の両親と、俺だけ。
早く終わってくれ。
早く、加弦に会わせてくれ。
早く、一刻も早く―――。
目の前が、再び真っ暗になった。
一体、どういうこと。
なにが、なに。
え、なに言ってるの、ねぇ。
なんで、両親が泣き崩れてるの。
ねぇ、医師(せんせい)、何を、何を言ったの。
ねぇ、ねぇ、今、なんて、言った…?
『手術は成功しました。ですが、心肺停止になりました。』
目の前が、真っ暗に。
信じたくなくて、信じられなくて。
あんなに、笑っていたのに。
あんなに、楽しかったのに。
あんなに、好き合ったのに。
あんなに、愛し合ったのに。
そんな陳腐な言葉しか出て来なくて、どうしようもなくて。
死んだ?
もうこの世にいない?
もう、会えない?
もう、あの笑顔を見ることも、声を聞くこともできない?
…信じない。絶対に、信じない。
ふと気付くと、加弦の病室を訪れていた。
何も変わらない。
つい数時間前、加弦とここを出た。
加弦は笑っていたし、少しの間だけ、って言ってた。
なのに、なんで。
加弦の両親も、何も言えずに、言葉なくその病室にいて、時間が止まったかのようだった。
まるで、今にも加弦が、病室に入って来そうで。
『じんや!』
『さっきまで野球の中継やっててさ、』
『あ、雨降ってきたね。帰り大丈夫?』
『昨日ね、きゅうが来てくれたの。』
『何する?トランプでもしよっか?』
『じんや、だいすき。』
ほら、だって、ほら、ほら。
こんなにも、加弦の声が聞こえてくるっていうのに、なんで。
なんで今ここに、加弦がいない…?
「これ…。」
そう力のない声で話したのは母親だった。
加弦の、母親。
目線の先には、加弦の病室のテレビ。
そして、その横には見覚えのないビデオテープ。
表面のシールに、加弦の字で『両親と迅矢へ』と書いてあった。
三人で顔を見合わせて、そのビデオテープに慌てて駆け寄った。
手が震えながら、震えを抑えようと格闘しながら、そのテープをビデオデッキの中へと入れる。
どうしよう、手が言うことを聞いてくれない。
『ちゃんと撮れてる?』
再生すると、加弦の声が聞こえた。
あぁ、加弦の声がする。
加弦だ、加弦の声だ。
『ちゃんと撮れてるよ。』
そう答えたのは加弦の声ではなかったけれど、でも、聞き覚えのある声。
知っている声で、少し驚いた。
「…きゅう…。」
きゅうの声だ。
友人の中でも、親友と呼べるほどの友達。
そのきゅうと、加弦がどうして。
『母さんがおばーちゃんちの用事で来るの遅いし、迅矢は今から向かうって連絡あったからあと三十分くらいしたら来るかな。』
『それまでに撮り終われんの?』
『大丈夫、言うこと決めてあるし。あ、あとでこことか編集しといてね。俺、自分が喋ってるの見るの嫌だから、編集とか任せるよ。』
『はいはい。じゃ、迅矢が来る前に撮っちゃおっか。いくよ。さん、にー、いち、きゅー。』
その言葉と同時に、加弦がふわりと笑って、こっちを見た。
まっすぐな目で、まっすぐな瞳で、こっちを見てる。
『じゃ、まず両親へ。』
そう聞こえた瞬間、咄嗟にこの場に居てはいけないと感じた。
すぐにその場を離れようと動くと、加弦の母親に止められた。
「いいの、居て、加弦の言葉、聞いてあげて。」
両親へというから気を遣ったつもりだったが、加弦の言葉を聞いてほしいと言われた。
だから、そのままテレビの向こうの加弦に目線を向けた。
『これを見てるってことは、俺は手術中に死んで、今もうそこには居ないんだろうね。』
そう言いながら、少し悲しそうに笑った。
でも、すぐにまた笑い直して、唇を動かした。
加弦の両親への言葉は、とてもストレートで、素直で、愛らしくて。
生まれてきてよかった、産んでくれてありがとう、迷惑かけてごめん、でも感謝してる、だいすき。
そんな、子から親への、想いで溢れていて、それを聞いているだけで、涙が更に零れた。
どうしようもないほど、加弦の言葉に泣いた。
両親も泣いていて、部屋の中には三人の嗚咽と加弦のいつもと変わらない声だけ。
両親への言葉を締め括り、加弦は少し間を空けてから言った。
『…次は、迅矢へ。』
そう聞いた途端、加弦の父親が母親を支えながらその場を離れようとした。
だから、先ほどと同じように、俺も言葉を紡いだ。
「居てください。加弦の声、まだ続いてる。」
そういうと、何も言わずにまた元の位置に戻り、加弦に視線を向けた。
迅矢には、本当に感謝の言葉しかないよ。
でもね、わがまま言うと、約束、守りたかったな。
早く良くなって、迅矢と映画見に行ったり、ゲーセン行ったりしたかったし、野球もサッカーもしたかった。
でも、全部出来なかったね、ごめんね、約束したのに。
…あと、迅矢は俺が死んだら、泣いてくれるのかな…。
泣いてるよね、絶対泣いてる。迅矢は優しいし、すごく悲しんでくれてるんだろうね。
でも、ね、迅矢。悲しまないで。大丈夫だよ、俺。だからね、泣かないで。迅矢に涙は似合わないよ。
………ほんとは、デートもしたかったし、お泊りもしたかった。
…もっとキスもしたかったし、えっちだってしたかったよ。
最近ね、母さんが俺に恋してるのかって聞いてくるの。そんな顔してるのかな。
…恋、してるよ。間違いなく、迅矢に。
ずっと入院生活で恋なんてしたことなかったから、これが恋かなんて分からなかったし、今も分かってるかどうかなんて分からないけど。
でも、迅矢を好きな気持ち、これはきゅうへの思いや両親への思いとは違う。
俺は、これを、この迅矢への想いを、恋だと思ってる。
迅矢が俺を愛してくれてるように、俺も迅矢を愛してる。
そうじゃなきゃ、キスなんて出来ないし、えっちもしたいなんて思わないだろうし。
だいすきだよ、迅矢。
愛してる、心から。
………だからね、だから、俺が死んだら、前に進んでね。
前に進んで、また新しい恋して、結婚して、子供作って、幸せな家庭作ってね。
迅矢は子供好きだし、迅矢の子供ならかわいいだろうなー。
だから、だからっ…、俺のことはもう、忘れ、てっ………。
ふと、加弦の言葉が途切れた。
目の前の加弦は泣いていて、流れてくる涙を我慢しているようだった。
『………かね。』
『…やだ…。やだ、よぉー…。迅矢に、迅矢に忘れられたくない。迅矢に新しい恋なんて、してほしくない。』
『俺以外に、キスするのも、えっちするのも、好きとか愛してるって言うのも、全部やだ。』
『結婚なんてしないでほしい、子供なんて作らないでほしい。』
『だって、両方とも俺がしてあげられてないことなんだもん…。』
『もし、生きてても、両方とも、俺は迅矢にしてあげられない…!』
『かね。』
『分かってる、分かってるんだよ、ちゃんと分かってるの。』
『かね。』
『………ごめん、きゅう。…ごめん、ここ、編集しといて…、こんなの、迅矢に見せられないや…。』
『かね。』
『…きゅう…、俺、俺、迅矢がだいすき…。』
『迅矢と、離れたくない。死にたくもない。迅矢ともっと、一緒にいたい。』
『うん、かね、わかってる。わかってるよ。大丈夫だから。ね。…どうする?続き、撮る?』
『泣いちゃって上手く言葉に出来ない、ね。迅矢には一言じゃないとだめだね。』
『大丈夫?じゃ、いくよ?さん、にー、いち、きゅー。』
『迅矢、いままでありがとう、だいすき。心から、愛してる。』
『よし、これでいいや。きゅう、編集しといてね、さっきのとこ。じゃ、俺トイレ行ってくるから。』
『うん。じゃ、片づけとくよ。』
『………迅矢、俺は、かねに言われた通りに編集する気はない。全部、ありのままをお前に残すよ。だから、』
―――かねの全てを全身の全感覚に刻み付けろ。
「加弦。俺も、心から愛してる。お前だけを、愛してるよ。」
「金橋さん!」
悲しみに暮れた加弦の病室に、見覚えのある看護婦さんが来た。
勢いよく、走って来てくれたのだろう。
三人ともその人に視線を向け、その人の言葉を聞いた。
「加弦くんの身体に変化があり、再度医師の診察が行われ、奇跡が起こりました。心肺停止後から蘇生するケースは前例がないわけではありません。ですが、死亡が確認されてから息を吹き返し、自力で戻ってくること
は、奇跡です。加弦くんの執念と『生きたい』という意思が働いたのでしょう。極めて稀なケースですが、呼吸を始めています。しばらくすると意識も戻るでしょう。」
言われた言葉が、よく理解できなかった。
つまり、どういう。
「…もっと、もっと、分かり易く…。」
そう告げたのは他ならぬ、加弦の母親だった。
涙を止めて、ゆっくりと震える声で。
すると、看護婦さんは笑った。
「加弦くんは生きてますよ。」
その言葉に、三人同時に涙が溢れて来て、そして、抱きしめ合った。
加弦の命が救われたことに、心から感謝した。
「加弦!」
意識が戻った加弦の元に駆け寄り、加弦を見た。
まだいろいろなものがついているが、構わない。
酸素ボンベをつけたままの加弦は俺の方をしっかりと見た。
そして、呟く。
「…じ、んや…?」
加弦の声が聞けて、加弦の声に呼ばれて、こんなに神様に感謝したことが今までにあっただろうか。
自分の置かれた状況や、環境を嘆いたことなど一度もない。だからこそ、神様を恨んだことなんてなかった。寧ろ、命を取り留められたことを感謝していた。でも、それ以上に。自分の命を取り留めたこと以上に、加弦
の命を取り留めてくれたことを感謝した。
「加弦…。」
心なしか、声が震えてる。
どうしようもなく震えている。
今もまだ、これが現実なのか分からず、躊躇いと共に心臓を動かしている。
加弦の心臓も、ちゃんと動いてる。
それが、この上なく嬉しい。
今までの人生で、一番神様に感謝した瞬間だった。
「じんや、…だい、すき。」
加弦は酸素ボンベの向こう側から微笑みながらそう言った。
―――そのときの加弦の笑みは、儚げで今までで一番綺麗だった。
そう点(とも)された部屋の前で、もう何時間待っているだろう。
確率は半分。
死ぬか、生きるか、どちらかしかないと。
そう聞かされたときは、目の前が真っ暗になった気がした。
でも、それでも、そう言いながら少し自嘲気味に笑う姿を見たら、何も言えなくなった。
この場にいるのは、加弦の両親と、俺だけ。
早く終わってくれ。
早く、加弦に会わせてくれ。
早く、一刻も早く―――。
目の前が、再び真っ暗になった。
一体、どういうこと。
なにが、なに。
え、なに言ってるの、ねぇ。
なんで、両親が泣き崩れてるの。
ねぇ、医師(せんせい)、何を、何を言ったの。
ねぇ、ねぇ、今、なんて、言った…?
『手術は成功しました。ですが、心肺停止になりました。』
目の前が、真っ暗に。
信じたくなくて、信じられなくて。
あんなに、笑っていたのに。
あんなに、楽しかったのに。
あんなに、好き合ったのに。
あんなに、愛し合ったのに。
そんな陳腐な言葉しか出て来なくて、どうしようもなくて。
死んだ?
もうこの世にいない?
もう、会えない?
もう、あの笑顔を見ることも、声を聞くこともできない?
…信じない。絶対に、信じない。
ふと気付くと、加弦の病室を訪れていた。
何も変わらない。
つい数時間前、加弦とここを出た。
加弦は笑っていたし、少しの間だけ、って言ってた。
なのに、なんで。
加弦の両親も、何も言えずに、言葉なくその病室にいて、時間が止まったかのようだった。
まるで、今にも加弦が、病室に入って来そうで。
『じんや!』
『さっきまで野球の中継やっててさ、』
『あ、雨降ってきたね。帰り大丈夫?』
『昨日ね、きゅうが来てくれたの。』
『何する?トランプでもしよっか?』
『じんや、だいすき。』
ほら、だって、ほら、ほら。
こんなにも、加弦の声が聞こえてくるっていうのに、なんで。
なんで今ここに、加弦がいない…?
「これ…。」
そう力のない声で話したのは母親だった。
加弦の、母親。
目線の先には、加弦の病室のテレビ。
そして、その横には見覚えのないビデオテープ。
表面のシールに、加弦の字で『両親と迅矢へ』と書いてあった。
三人で顔を見合わせて、そのビデオテープに慌てて駆け寄った。
手が震えながら、震えを抑えようと格闘しながら、そのテープをビデオデッキの中へと入れる。
どうしよう、手が言うことを聞いてくれない。
『ちゃんと撮れてる?』
再生すると、加弦の声が聞こえた。
あぁ、加弦の声がする。
加弦だ、加弦の声だ。
『ちゃんと撮れてるよ。』
そう答えたのは加弦の声ではなかったけれど、でも、聞き覚えのある声。
知っている声で、少し驚いた。
「…きゅう…。」
きゅうの声だ。
友人の中でも、親友と呼べるほどの友達。
そのきゅうと、加弦がどうして。
『母さんがおばーちゃんちの用事で来るの遅いし、迅矢は今から向かうって連絡あったからあと三十分くらいしたら来るかな。』
『それまでに撮り終われんの?』
『大丈夫、言うこと決めてあるし。あ、あとでこことか編集しといてね。俺、自分が喋ってるの見るの嫌だから、編集とか任せるよ。』
『はいはい。じゃ、迅矢が来る前に撮っちゃおっか。いくよ。さん、にー、いち、きゅー。』
その言葉と同時に、加弦がふわりと笑って、こっちを見た。
まっすぐな目で、まっすぐな瞳で、こっちを見てる。
『じゃ、まず両親へ。』
そう聞こえた瞬間、咄嗟にこの場に居てはいけないと感じた。
すぐにその場を離れようと動くと、加弦の母親に止められた。
「いいの、居て、加弦の言葉、聞いてあげて。」
両親へというから気を遣ったつもりだったが、加弦の言葉を聞いてほしいと言われた。
だから、そのままテレビの向こうの加弦に目線を向けた。
『これを見てるってことは、俺は手術中に死んで、今もうそこには居ないんだろうね。』
そう言いながら、少し悲しそうに笑った。
でも、すぐにまた笑い直して、唇を動かした。
加弦の両親への言葉は、とてもストレートで、素直で、愛らしくて。
生まれてきてよかった、産んでくれてありがとう、迷惑かけてごめん、でも感謝してる、だいすき。
そんな、子から親への、想いで溢れていて、それを聞いているだけで、涙が更に零れた。
どうしようもないほど、加弦の言葉に泣いた。
両親も泣いていて、部屋の中には三人の嗚咽と加弦のいつもと変わらない声だけ。
両親への言葉を締め括り、加弦は少し間を空けてから言った。
『…次は、迅矢へ。』
そう聞いた途端、加弦の父親が母親を支えながらその場を離れようとした。
だから、先ほどと同じように、俺も言葉を紡いだ。
「居てください。加弦の声、まだ続いてる。」
そういうと、何も言わずにまた元の位置に戻り、加弦に視線を向けた。
迅矢には、本当に感謝の言葉しかないよ。
でもね、わがまま言うと、約束、守りたかったな。
早く良くなって、迅矢と映画見に行ったり、ゲーセン行ったりしたかったし、野球もサッカーもしたかった。
でも、全部出来なかったね、ごめんね、約束したのに。
…あと、迅矢は俺が死んだら、泣いてくれるのかな…。
泣いてるよね、絶対泣いてる。迅矢は優しいし、すごく悲しんでくれてるんだろうね。
でも、ね、迅矢。悲しまないで。大丈夫だよ、俺。だからね、泣かないで。迅矢に涙は似合わないよ。
………ほんとは、デートもしたかったし、お泊りもしたかった。
…もっとキスもしたかったし、えっちだってしたかったよ。
最近ね、母さんが俺に恋してるのかって聞いてくるの。そんな顔してるのかな。
…恋、してるよ。間違いなく、迅矢に。
ずっと入院生活で恋なんてしたことなかったから、これが恋かなんて分からなかったし、今も分かってるかどうかなんて分からないけど。
でも、迅矢を好きな気持ち、これはきゅうへの思いや両親への思いとは違う。
俺は、これを、この迅矢への想いを、恋だと思ってる。
迅矢が俺を愛してくれてるように、俺も迅矢を愛してる。
そうじゃなきゃ、キスなんて出来ないし、えっちもしたいなんて思わないだろうし。
だいすきだよ、迅矢。
愛してる、心から。
………だからね、だから、俺が死んだら、前に進んでね。
前に進んで、また新しい恋して、結婚して、子供作って、幸せな家庭作ってね。
迅矢は子供好きだし、迅矢の子供ならかわいいだろうなー。
だから、だからっ…、俺のことはもう、忘れ、てっ………。
ふと、加弦の言葉が途切れた。
目の前の加弦は泣いていて、流れてくる涙を我慢しているようだった。
『………かね。』
『…やだ…。やだ、よぉー…。迅矢に、迅矢に忘れられたくない。迅矢に新しい恋なんて、してほしくない。』
『俺以外に、キスするのも、えっちするのも、好きとか愛してるって言うのも、全部やだ。』
『結婚なんてしないでほしい、子供なんて作らないでほしい。』
『だって、両方とも俺がしてあげられてないことなんだもん…。』
『もし、生きてても、両方とも、俺は迅矢にしてあげられない…!』
『かね。』
『分かってる、分かってるんだよ、ちゃんと分かってるの。』
『かね。』
『………ごめん、きゅう。…ごめん、ここ、編集しといて…、こんなの、迅矢に見せられないや…。』
『かね。』
『…きゅう…、俺、俺、迅矢がだいすき…。』
『迅矢と、離れたくない。死にたくもない。迅矢ともっと、一緒にいたい。』
『うん、かね、わかってる。わかってるよ。大丈夫だから。ね。…どうする?続き、撮る?』
『泣いちゃって上手く言葉に出来ない、ね。迅矢には一言じゃないとだめだね。』
『大丈夫?じゃ、いくよ?さん、にー、いち、きゅー。』
『迅矢、いままでありがとう、だいすき。心から、愛してる。』
『よし、これでいいや。きゅう、編集しといてね、さっきのとこ。じゃ、俺トイレ行ってくるから。』
『うん。じゃ、片づけとくよ。』
『………迅矢、俺は、かねに言われた通りに編集する気はない。全部、ありのままをお前に残すよ。だから、』
―――かねの全てを全身の全感覚に刻み付けろ。
「加弦。俺も、心から愛してる。お前だけを、愛してるよ。」
「金橋さん!」
悲しみに暮れた加弦の病室に、見覚えのある看護婦さんが来た。
勢いよく、走って来てくれたのだろう。
三人ともその人に視線を向け、その人の言葉を聞いた。
「加弦くんの身体に変化があり、再度医師の診察が行われ、奇跡が起こりました。心肺停止後から蘇生するケースは前例がないわけではありません。ですが、死亡が確認されてから息を吹き返し、自力で戻ってくること
は、奇跡です。加弦くんの執念と『生きたい』という意思が働いたのでしょう。極めて稀なケースですが、呼吸を始めています。しばらくすると意識も戻るでしょう。」
言われた言葉が、よく理解できなかった。
つまり、どういう。
「…もっと、もっと、分かり易く…。」
そう告げたのは他ならぬ、加弦の母親だった。
涙を止めて、ゆっくりと震える声で。
すると、看護婦さんは笑った。
「加弦くんは生きてますよ。」
その言葉に、三人同時に涙が溢れて来て、そして、抱きしめ合った。
加弦の命が救われたことに、心から感謝した。
「加弦!」
意識が戻った加弦の元に駆け寄り、加弦を見た。
まだいろいろなものがついているが、構わない。
酸素ボンベをつけたままの加弦は俺の方をしっかりと見た。
そして、呟く。
「…じ、んや…?」
加弦の声が聞けて、加弦の声に呼ばれて、こんなに神様に感謝したことが今までにあっただろうか。
自分の置かれた状況や、環境を嘆いたことなど一度もない。だからこそ、神様を恨んだことなんてなかった。寧ろ、命を取り留められたことを感謝していた。でも、それ以上に。自分の命を取り留めたこと以上に、加弦
の命を取り留めてくれたことを感謝した。
「加弦…。」
心なしか、声が震えてる。
どうしようもなく震えている。
今もまだ、これが現実なのか分からず、躊躇いと共に心臓を動かしている。
加弦の心臓も、ちゃんと動いてる。
それが、この上なく嬉しい。
今までの人生で、一番神様に感謝した瞬間だった。
「じんや、…だい、すき。」
加弦は酸素ボンベの向こう側から微笑みながらそう言った。
―――そのときの加弦の笑みは、儚げで今までで一番綺麗だった。