「ただいまー!」
夕飯の支度をしていると、雪風の帰宅の挨拶が聞こえ、声のした方におかえりと告げたが、肝心の雪風はなかなか姿を見せなかった。様子を見に玄関まで歩くと、今朝は持っていなかった荷物を抱えている。会社から何か持ち帰ってきたようだが、雪風は普段仕事を家に持ち帰っては来ない。おかしいなと思ったところで、雪風に問う。
「その荷物なんだ?」
「明日からテレワークになったの」
「テレワーク」
「在宅勤務のこと」
「いやそれはわかる」
聞けば、世の中を騒がす感染症のあれこれで、ついに雪風も出社の必要がなくなったらしい。とはいえ、南野は世間的に被害が出てきた辺りから社員たちにテレワークを推奨していた。雪風は管理職という立場上すぐにテレワークにはならず、それはこれからも継続するのかと思っていたが、ようやく雪風も在宅で仕事を出来るようになったとのことだ。
毎日ハイヤーでの送迎がある雪風は満員電車や人込みには無縁だが、会社の方針がやっと雪風にも適応されたのはいいことで、出社の必要がないのならばわざわざ出社する必要はない。
雪風の荷物を少し持ち、一緒にリビングへと入る。
荷物はノートパソコンと周辺機器、あとは必要な書類が山ほどという感じだ。
適当に部屋の隅にまとめて置いておけば、雪風がそれぞれ必要な場所へ持って行くだろう。
手をしっかりを洗いに行った雪風が戻って来てから話しかける。
「じゃあ明日から家にいんのか」
「ひーたん明日も仕事でしょ?」
「うちはテレワークなんてないからな」
在庫管理の仕事は日々変化する在庫の管理が仕事だ。テレワークではどうにもならない。ただ相手をするのは人ではないため、そこまで接触する人は多くない。請け負い元の南野の仕事が止まれば休みになることもあるだろうが、そういったことは今のところない。テレワークになることは今後もないだろう。
「じゃあ明日から夕飯作るよ」
「いいって。お前は仕事あるだろ」
雪風はにこやかにそう言ったが、家でするからと言って仕事が楽になるわけではない。それに仕事は書斎でするだろうし、生活スペースとは分かれている。わざわざいつもしていないことをする必要はない。
キッチンに戻り、冷蔵庫から卵を取り出しつつ言うと、雪風は隣で頬を膨らませていた。
「ひーたんのご飯美味しいけど、いつも作ってくれてるし……」
どこか拗ねたようにいう雪風は夕飯を作りたいというよりか、何かしたいという感じだった。隣で手元を見ているが邪魔するのが嫌で手を出してくることはない。
「大丈夫だって。それより切らしてた蜂蜜買ってきた。食後に生姜湯作ってやるからそれ飲んで早く寝ろよ」
「蜂蜜いっぱい?」
「蜂蜜いっぱい」
「飲む」
感染症だけではなく風邪も心配になってくるこの時期は、無理をするとよくない。今のところ感染症の火の粉は飛んできていないが、いつそうなるかも分からない。一緒に暮らしている以上、どちらかが感染すれば道連れだ。だが、だからとって離れて暮らすことは選択肢にはない。
昨日も生姜湯を雪風に飲ませようとしたところで蜂蜜を切らしてしまい、ただ生姜の強いお湯になってしまっていた。それもあり今日の買い物では蜂蜜を買い、今日こそは生姜だけではない生姜湯を作ってやりたかった。
食後に作った蜂蜜入りの生姜湯をゆっくりと飲む雪風は、熱いのか息を吹きかけ冷ましつつという感じだった。両手でマグカップを持ち、ソファーに座りながら飲む雪風を見ていると、急に頬に触れたくなった。
雪風の隣に座りつつ、右手で雪風の左頬を触り、撫でると、雪風が頬を摺り寄せ、手に懐いた。
「どうしたの、ひーたん」
「いや、別に……」
「いちゃいちゃしたくなった?」
「密になるといけねぇだろ」
「一緒に住んでるんだから、密になるのは仕方ないよ」
「いやまあ、そうだけど」
そう言いつつも、雪風の頬に触れることを止められず触れていると、雪風は懐いていた手から抜け出し、目の前のテーブルの上にマグカップを置いた。そして両手を広げる。
「だっこ」
雪風の言葉に腕を広げれば、雪風が腕の中へと収まる。そのままひょいと持ち上げて膝の上に乗せれば、雪風の顔が少し上に見えた。
そのまま力の限り抱き締められ、驚きながらも雪風の背をリズムよく叩いてやる。
「密になっちゃだめなんて、日課のちゅーも出来ないね」
「おい。毎日ちゅーしてるみたいに言うな」
毎日キスしてないだろ、と思いつつ正論を返したが、雪風は何も言わなかった。
もしかして、毎日キスしたいのだろうか。
「ひーたん」
耳元で雪風が話す。耳に届く息がくすぐったくなり、身を捩った。
「一緒にお風呂入ろ」
「一人で入れ」
「だめ、一緒に入る」
急に何故一緒に風呂なのかと考えたが、どうやら密になるからといろいろ規制されていることに嫌気が指しているようだった。
確かに風呂ならばいくら接触してもすぐに洗い流せるが、それはそれで別の問題が生じるだろうと断り続けた。
ところが雪風は一切引かず、結局は二人で風呂に入った。
朝になりいつも通り二人で朝食を食べ、弁当を作りつつ雪風の分は皿に取り分けてラップをしておいた。昼に温めて食べるように言い、仕事に向かう準備をした。
「いってらっしゃい、ひーたん」
玄関で雪風に見送られつつ仕事に行くのは新鮮で、どこか変な感じがした。
そのまま仕事をし、お昼には弁当を食べ、また仕事をし、夕方には帰路につく。
夕飯の買い物で必要なものだけ買い帰宅すると、書斎から雪風が出てきて玄関へと現れる。
「おかえり、ひーたん」
この時間に雪風が家にいるのもまた新鮮で、朝と同じように変な感じがした。
雪風が家にいると、こうやって出迎えてくれるのかと心の中でだけ思い、雪風には言わなかった。
「まだ仕事してんだろ。夕飯出来たら言うから」
「今日はもう終わり」
「もう?」
「通勤の時間がないから。定時はもう過ぎてる」
確かに、定時で帰宅するのと定時で家にいるのでは違うだろう。いつもならばこの時間に雪風は仕事を終え、今から帰宅するはずだ。それも残業がなければの話で、残業があればそれをこなしてから帰宅する。
エコバックを抱えながら廊下を一緒に歩き、後ろの雪風に問う。
「じゃあ一緒に夕飯作るか?」
「作る!え、作る!」
二人で一緒に作れば早く作れて、早く食べて、早く片付けられる。そうすれば寝るまでの時間が多く取れ、二人でゆっくりする時間も長くなる。
二人で夕飯を作り、一緒に食べ、片付けを分担しつつ、風呂に入った。
「ひーたん」
ベッドに入ってから雪風に呼ばれ、腕の中にいる雪風に視線を向けた。
どうした、と仕草で聞いてやると、雪風は小さく呟く。
「最近、いちゃいちゃ出来てないね」
雪風の言ういちゃいちゃとは、密にならないようにと制限しているいくつかのことだろう。雪風にもしものことがあっては困ると思ってのことだが、そのことで雪風は不安に思っているのだろうか。
「いちゃいちゃしたいのか」
「ひーたんはしたくない?」
ここで、したくないと嘘でも言ってしまうと、雪風は悲しむだろう。今は何でもないようにしていても、一人になったときに悲しむ。それが分かっているから、嘘でもしたくないとは言えない。
考えるのに気を取られ答えずにいると、雪風が腕の中から出て行く。
「変なこと聞いてごめん」
雪風のその言葉に、咄嗟に腕を伸ばし、もう一度雪風を腕の中に捕らえていた。ぎゅっと抱き締め、逃げられないようにする。
「ひーたん?」
不思議そうに呼びかけられ、腕の力を少し緩める。
「お前がしてもいいなら、いちゃいちゃするか」
そう言いつつ、雪風の額と頬と首筋と、あらゆるところに口唇を触れさせる。
その最中に雪風が身を捩らせたが、構わずに続ける。
「お前が我慢しなくていいってんなら、別にいい」
触れていいならばいくらでも。
久々に口にした雪風はとても甘く、いつか買った蜂蜜のようだった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
久々にうさぎコンビを書いたら「どんなのだっけ!?」となり、前回自分が書いたものを読み返すところから始めることになりました。
今年はこのご時世もあり「蜜を重ねる」がお題でした。「密」かと思ったら「蜜」だったので、「蜂蜜」と「密」を主軸に書きましたが、時事ネタの経験があまりなく、うさぎコンビも久々で、なんか纏まったかどうかすら怪しいです。
でも今回は珍しく、雪子の影も魔女の影もありません。
よるこちゃん、大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
夕飯の支度をしていると、雪風の帰宅の挨拶が聞こえ、声のした方におかえりと告げたが、肝心の雪風はなかなか姿を見せなかった。様子を見に玄関まで歩くと、今朝は持っていなかった荷物を抱えている。会社から何か持ち帰ってきたようだが、雪風は普段仕事を家に持ち帰っては来ない。おかしいなと思ったところで、雪風に問う。
「その荷物なんだ?」
「明日からテレワークになったの」
「テレワーク」
「在宅勤務のこと」
「いやそれはわかる」
聞けば、世の中を騒がす感染症のあれこれで、ついに雪風も出社の必要がなくなったらしい。とはいえ、南野は世間的に被害が出てきた辺りから社員たちにテレワークを推奨していた。雪風は管理職という立場上すぐにテレワークにはならず、それはこれからも継続するのかと思っていたが、ようやく雪風も在宅で仕事を出来るようになったとのことだ。
毎日ハイヤーでの送迎がある雪風は満員電車や人込みには無縁だが、会社の方針がやっと雪風にも適応されたのはいいことで、出社の必要がないのならばわざわざ出社する必要はない。
雪風の荷物を少し持ち、一緒にリビングへと入る。
荷物はノートパソコンと周辺機器、あとは必要な書類が山ほどという感じだ。
適当に部屋の隅にまとめて置いておけば、雪風がそれぞれ必要な場所へ持って行くだろう。
手をしっかりを洗いに行った雪風が戻って来てから話しかける。
「じゃあ明日から家にいんのか」
「ひーたん明日も仕事でしょ?」
「うちはテレワークなんてないからな」
在庫管理の仕事は日々変化する在庫の管理が仕事だ。テレワークではどうにもならない。ただ相手をするのは人ではないため、そこまで接触する人は多くない。請け負い元の南野の仕事が止まれば休みになることもあるだろうが、そういったことは今のところない。テレワークになることは今後もないだろう。
「じゃあ明日から夕飯作るよ」
「いいって。お前は仕事あるだろ」
雪風はにこやかにそう言ったが、家でするからと言って仕事が楽になるわけではない。それに仕事は書斎でするだろうし、生活スペースとは分かれている。わざわざいつもしていないことをする必要はない。
キッチンに戻り、冷蔵庫から卵を取り出しつつ言うと、雪風は隣で頬を膨らませていた。
「ひーたんのご飯美味しいけど、いつも作ってくれてるし……」
どこか拗ねたようにいう雪風は夕飯を作りたいというよりか、何かしたいという感じだった。隣で手元を見ているが邪魔するのが嫌で手を出してくることはない。
「大丈夫だって。それより切らしてた蜂蜜買ってきた。食後に生姜湯作ってやるからそれ飲んで早く寝ろよ」
「蜂蜜いっぱい?」
「蜂蜜いっぱい」
「飲む」
感染症だけではなく風邪も心配になってくるこの時期は、無理をするとよくない。今のところ感染症の火の粉は飛んできていないが、いつそうなるかも分からない。一緒に暮らしている以上、どちらかが感染すれば道連れだ。だが、だからとって離れて暮らすことは選択肢にはない。
昨日も生姜湯を雪風に飲ませようとしたところで蜂蜜を切らしてしまい、ただ生姜の強いお湯になってしまっていた。それもあり今日の買い物では蜂蜜を買い、今日こそは生姜だけではない生姜湯を作ってやりたかった。
食後に作った蜂蜜入りの生姜湯をゆっくりと飲む雪風は、熱いのか息を吹きかけ冷ましつつという感じだった。両手でマグカップを持ち、ソファーに座りながら飲む雪風を見ていると、急に頬に触れたくなった。
雪風の隣に座りつつ、右手で雪風の左頬を触り、撫でると、雪風が頬を摺り寄せ、手に懐いた。
「どうしたの、ひーたん」
「いや、別に……」
「いちゃいちゃしたくなった?」
「密になるといけねぇだろ」
「一緒に住んでるんだから、密になるのは仕方ないよ」
「いやまあ、そうだけど」
そう言いつつも、雪風の頬に触れることを止められず触れていると、雪風は懐いていた手から抜け出し、目の前のテーブルの上にマグカップを置いた。そして両手を広げる。
「だっこ」
雪風の言葉に腕を広げれば、雪風が腕の中へと収まる。そのままひょいと持ち上げて膝の上に乗せれば、雪風の顔が少し上に見えた。
そのまま力の限り抱き締められ、驚きながらも雪風の背をリズムよく叩いてやる。
「密になっちゃだめなんて、日課のちゅーも出来ないね」
「おい。毎日ちゅーしてるみたいに言うな」
毎日キスしてないだろ、と思いつつ正論を返したが、雪風は何も言わなかった。
もしかして、毎日キスしたいのだろうか。
「ひーたん」
耳元で雪風が話す。耳に届く息がくすぐったくなり、身を捩った。
「一緒にお風呂入ろ」
「一人で入れ」
「だめ、一緒に入る」
急に何故一緒に風呂なのかと考えたが、どうやら密になるからといろいろ規制されていることに嫌気が指しているようだった。
確かに風呂ならばいくら接触してもすぐに洗い流せるが、それはそれで別の問題が生じるだろうと断り続けた。
ところが雪風は一切引かず、結局は二人で風呂に入った。
朝になりいつも通り二人で朝食を食べ、弁当を作りつつ雪風の分は皿に取り分けてラップをしておいた。昼に温めて食べるように言い、仕事に向かう準備をした。
「いってらっしゃい、ひーたん」
玄関で雪風に見送られつつ仕事に行くのは新鮮で、どこか変な感じがした。
そのまま仕事をし、お昼には弁当を食べ、また仕事をし、夕方には帰路につく。
夕飯の買い物で必要なものだけ買い帰宅すると、書斎から雪風が出てきて玄関へと現れる。
「おかえり、ひーたん」
この時間に雪風が家にいるのもまた新鮮で、朝と同じように変な感じがした。
雪風が家にいると、こうやって出迎えてくれるのかと心の中でだけ思い、雪風には言わなかった。
「まだ仕事してんだろ。夕飯出来たら言うから」
「今日はもう終わり」
「もう?」
「通勤の時間がないから。定時はもう過ぎてる」
確かに、定時で帰宅するのと定時で家にいるのでは違うだろう。いつもならばこの時間に雪風は仕事を終え、今から帰宅するはずだ。それも残業がなければの話で、残業があればそれをこなしてから帰宅する。
エコバックを抱えながら廊下を一緒に歩き、後ろの雪風に問う。
「じゃあ一緒に夕飯作るか?」
「作る!え、作る!」
二人で一緒に作れば早く作れて、早く食べて、早く片付けられる。そうすれば寝るまでの時間が多く取れ、二人でゆっくりする時間も長くなる。
二人で夕飯を作り、一緒に食べ、片付けを分担しつつ、風呂に入った。
「ひーたん」
ベッドに入ってから雪風に呼ばれ、腕の中にいる雪風に視線を向けた。
どうした、と仕草で聞いてやると、雪風は小さく呟く。
「最近、いちゃいちゃ出来てないね」
雪風の言ういちゃいちゃとは、密にならないようにと制限しているいくつかのことだろう。雪風にもしものことがあっては困ると思ってのことだが、そのことで雪風は不安に思っているのだろうか。
「いちゃいちゃしたいのか」
「ひーたんはしたくない?」
ここで、したくないと嘘でも言ってしまうと、雪風は悲しむだろう。今は何でもないようにしていても、一人になったときに悲しむ。それが分かっているから、嘘でもしたくないとは言えない。
考えるのに気を取られ答えずにいると、雪風が腕の中から出て行く。
「変なこと聞いてごめん」
雪風のその言葉に、咄嗟に腕を伸ばし、もう一度雪風を腕の中に捕らえていた。ぎゅっと抱き締め、逃げられないようにする。
「ひーたん?」
不思議そうに呼びかけられ、腕の力を少し緩める。
「お前がしてもいいなら、いちゃいちゃするか」
そう言いつつ、雪風の額と頬と首筋と、あらゆるところに口唇を触れさせる。
その最中に雪風が身を捩らせたが、構わずに続ける。
「お前が我慢しなくていいってんなら、別にいい」
触れていいならばいくらでも。
久々に口にした雪風はとても甘く、いつか買った蜂蜜のようだった。
*----------*----------*----------*----------*----------*
よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
久々にうさぎコンビを書いたら「どんなのだっけ!?」となり、前回自分が書いたものを読み返すところから始めることになりました。
今年はこのご時世もあり「蜜を重ねる」がお題でした。「密」かと思ったら「蜜」だったので、「蜂蜜」と「密」を主軸に書きましたが、時事ネタの経験があまりなく、うさぎコンビも久々で、なんか纏まったかどうかすら怪しいです。
でも今回は珍しく、雪子の影も魔女の影もありません。
よるこちゃん、大変なご時世だけど、今年もお誕生日おめでとう!
無理しすぎないようにしてね。
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