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2026/04/05 00:47 |
お月見うさぎ
紅葉が色づく頃、月のうさぎに盗られないように。




秋の深まりを感じつつ、大きなビルを見上げながら、秋風を感じている。
紅葉狩りにでも行けたらいいと思ってはいるものの、なかなか実現していなかった。
それでも、明日は時間が取れるから、弁当でも持って紅葉狩りに行こう。



今日は土曜日だが、雪風は休日出勤だ。
いつもはマンションの前に迎えに来るハイヤーも今日は姿を見せない。マンションの敷地内にある駐車場には雪風が買った車が停められているが、雪風が運転することは基本的になく、必要以上に使われることはない。
今はもう新しくはない軽自動車をいつ、どんなつもりで買ったのか知らないが、車で出かけるとなっても、雪風は助手席が定位置だ。
車の維持費も駐車場代も雪風持ちだが、進んで運転することはなく、雪風にねだられてその車を運転することが圧倒的に多い。
その車で雪風を会社まで送り、また迎えに行くのが、雪風が休日出勤の日のルーティンワークになっている。

雪風を会社まで送り届けたら、無駄に広い部屋の掃除と、トイレ掃除と風呂掃除、やり残していた小さなことを片付ける。
今日は天気がいいから、洗濯物もよく乾くし、とても過ごしやすい。
ある程度やることが終われば、テレビを見たり、本を読んだりと時間を潰す。
昼食は簡単なもので済ませ、洗濯物を取り込んで、たたみ終われば、あっという間に夕食の準備に向いた時間になる。

下拵えの必要なものは前もって済ませてあるため、他の作り終えられるものは作ってしまう。
手際よく、ある程度作ったところで、一息ついた。
あとは食べる前に火を通すばかりだ。揚げ物はやっぱり揚げたてが一番美味しい。
使ったものを片付けてから時計を見ると、雪風の迎えにちょうどいい時間帯だった。

休日出勤をしなければならないほどの仕事を抱えているのは会社の体制的にいかがなものかと思うが、こればかりは仕方がない。名前と立場には想像以上のものがのし掛かるのだろう。
無駄に広い部屋と毎日のハイヤーの送迎がそれをまざまざと見せつけてきている気がした。





大きなビルの前にいると通行の邪魔になるから、車道近くの柵に座り、入り口を見る。車は近くのコインパーキングに停めているため、ここにはない。
時計を見て、問題が無ければそろそろ出てくるはずだと眺めていたところから、目的の人物が出てきた。
こちらを見て驚いたような顔をしたあと、勢いよく飛びついてくる。

「ひーたん!ただいまー!」
「おう、おかえり」

飛びついてきた雪風を受け入れ、頭を撫でる。
昔の、耳が付いていた頃より、何もない今の方がずっと頭は撫でやすい。
身長差もあり、頭を撫でる機会は以前より格段に増えた。その度に雪風が喜ぶのを見ると、いつでも撫でてやりたくなる。

「早かったな」
「今日は特別な日だからね!さっさと終わらせた!」
「えらいえらい」

笑顔で答える雪風を見て、テンションが高いことを密かに喜んだ。

雪風は耳を外してから、雪子を捨ててから、あの家を出てから、雰囲気が落ち着いた。
達観したように世界を見定め、うさぎであった頃の元気は鳴りを潜めていた。鳴りを潜めたというよりか、全て捨てたことによるリセットなのか、物事を冷たく言い放つこともあったし、大人になったと言えばそれまでだが、どこか物寂しげでもあった。

紅葉狩りをしたあの日も、雪風はそんな感じをしていた。
だからこそ、ずっと言わずにいたことを言ったのかもしれない。
捨て損ねたことを後悔しているのか、と聞いたときの雪風の顔を忘れることはできない。


それから、今まで以上にずっと傍にいたいと思った。


それからというもの、一緒に暮らし始めた雪風はまたうさぎのように振る舞った。捨てたはずのものを拾ったというにはどこか違う気がした。
うさぎだった頃より落ち着いてはいるし、あの頃の半分くらい、うさぎが戻ったような感じがする。それでも、雪風はうさぎではなかった。

それもこの部屋を出て、会社に行くときには一切を置いていき、会社ではあのときと同じような物寂しげな硬い表情で、人と接しているらしかった。会社の人が半分うさぎの戻ったような雪風を見たら、とても驚くだろうなと思う。



「ほんとに家でよかったのか?」
「ひーたんのご飯がよかったの!」
「ならいいけど…」

特別な日の夕飯に雪風が希望したのは、本当に些細なことだった。
家でいつも通りご飯が食べたい。でもちょっとだけ御馳走がいい。でもでも惣菜とかデリバリーじゃなくて、ひーたんの作ったご飯がいい。
雪風は料亭の味や、一流シェフの作る料理に飽きているのだと思う。二人で外食する機会が全くないわけではないが、決して多くはない。
近くのファミレスやファストフード店では楽しそうにしているが、それこそ食べる機会がなかったがゆえのアトラクションのような扱いなのだろう。

「今日のご飯なに?」

雪風が笑顔を向ける。
お楽しみだ、と言うと、雪風はふふふと笑った。

「楽しみだぁ」



帰宅した雪風は用意された夕飯に目を輝かせた。
揚げ物は帰宅してから揚げたが、それ以外は迎えに行く前に作ったものを温め直して食べる。
ヒレカツにエビフライといった揚げ物と、回鍋肉や八宝菜といった中華、チーズの乗ったハンバーグとだし巻き卵と秋刀魚の塩焼き、サラダにスープに箸休めが何品か。
ジャンルのごちゃ混ぜ感はひどいものだが、どれでも食べ放題だ。全て一人前から二人前の量だが、品数が多いから足りないことはない。むしろ余るだろうことを想定して作った。テーブルの上は乗り切らないほどの料理が所狭しと並んでいる。

余ることを想定して作ったから全部食べなくていいと言ったものの、雪風は見た目に反してよく食べる。思った以上に余らないかもしれないと思ったのは雪風が食べ始めてからのことだ。

年頃の少女に見合う程度に少食だった雪子に用意される食事の量は、育ち盛りの雪風には足りなかったのではないかと今でこそ思う。
それと同時にあの家で雪風が出されたものを美味しそうに食べているところがまったく想像出来なかった。
育ち盛りの雪風に必要以上に与えると、雪風は成長してしまう。雪子で居られる時間が短くなる。

雪風曰く、出されていた量は普通だったが、雪子が少食だったこと、なにより、雪風があの家での食事に、食が進むほどの価値を見出していなかったことが相まって、出された食事を完食することはほぼなかったという。
家を出てからも食事は栄養を補給するだけのものという扱いで、おざなりにすることも多かったと聞いた。
雪風が人並みに食べるようになったのは、一緒に暮らし始めてからのことで、それからは顔色や肉付きが少しずつ良くなっていったように思う。
抱き心地が良くなったと思った原因はおそらくそれだろう。

結局のところ、雪風は出された料理の全てに箸を伸ばし、とても満足したように箸を置いた。
やはり思ったより残らなかったなと思いつつ、それはいいことだとも思った。食に興味のなかった雪風が、作った料理を美味しそうにほおばるだけで、作ってよかったなという気持ちになる。



「雪風、先に風呂いってこい」
「一緒に入る?」
「ばか、早くいってこい、寝るなよ」

食べ終わってソファーに寝転んだ雪風を風呂へと追いやる。
あのままだと気付けば寝ていて、起こして風呂に行かせるまでに時間と労力を食ってしまう。
休日出勤をした雪風に一番風呂を譲り、その間にやれることをこなす。

余った料理を小さめな皿に移し替えつつ、後片付けをしていく。食器はキッチンに備え付けの食洗機が洗ってくれるから、それほど手間がかかることはない。
雪風に持たせていた空の弁当箱も軽く水で濯ぎ、食洗機の中に入れた。
あの食べっぷりを見ると今持たせている弁当箱で足りないのではないかと思わなくもないが、品数を多く作り過ぎたために無理して食べさせたかもしれない。余る前提で作ったから無理はするなと言ってはあったが、さすがに作り過ぎた自覚はある。次はさすがに考えて作ろうと思った。



ほかほかになって風呂から出てきた雪風を見て、入れ替わりに風呂に入る。
部屋と同じく風呂も広くて掃除は大変だが、湯船に浸かると足を伸ばせる大きな浴槽は有難く思う。浴室は全体的に余裕を持って作られていて、圧迫感や窮屈な思いをすることはない。雪風と二人で入っても余裕がある浴槽はジャクジーやらなにやらがついているらしいが一度も使ったことはない。



風呂から出ると、雪風はリビングのソファーに座り、パジャマを着つつ、頭をバスタオルで巻いていた。ある程度の水気を取ってからドライヤーをかけるのだが、今日はこのドライヤーをかけるのも雪風にはさせない。

「ひーたんに乾かしてもらうの気持ちいいー」
「そりゃどうも」

雪風をソファーの足元に座らせ、髪に指を入れドライヤーの風を根元に当てていく。ブラシで髪を梳かし、毛先を整える。
無事にドライヤーが終わると、整った雪風になった。よし、よく出来た。満足のいく出来に自信がつく。

「だっこ」
「はいはい」

足元に座っていた雪風が差し出す手を見つつ、雪風を抱きかかえ、膝に乗せながら背中をぽんぽんと叩いてやる。胸元に顔を押し付け、ぐりぐりと頭を振る。

「寝るか?」
「…んー……まだ…」

眠そうにはしているが、時間にすると午後九時を回ったところだ。いくらなんでもまだ早いか、と思いつつ、眠いならば寝てもいいんだがな、と一人考えた。
そこで雪風は思い出したかのように顔を上げた。

「ひーたん、お月見しよ」
「月見?今日満月だっけ?」
「満月じゃないけど、お月見したい!お月見!」
「わかったわかった、上に着てあったかくしてからな」

完全に思い付きだろうが、防寒さえしてくれれば却下する理由はない。まだ秋とはいえ、この時間だとさすがに肌寒い。風呂上がりなら尚更だ。

雪風が風邪をひいても、その風邪を代わってやることも、雪風に割り振られた山積みの仕事を代わってやることもできない。
できるのは、雪風のために暖かく消化の良いものを作り、食べさせることくらいだ。風邪が治っても、山積みの仕事をこなしていればまた体調を崩しかねない。予防のために万全を期すのは最低限必要なことだと思う。

風邪をひかないように、上着ともこもこした素材の靴下と、あとあれも、と部屋の中を探し歩く。その間に使い終わったドライヤーを片付けることも忘れない。捜し集めたものを雪風に渡すタイミングで同様に着込んでいく。

月見といっても、そんな予定ではなかったから、団子はないし他に代わりになるようなものも特に用意していない。月見酒になるようなものも特にはない。
麦酒や梅酒がないこともないが、それよりもココアとかスープの方が、と考え、買い置きのスープのバラエティーパックがあるのを思い出した。
キッチンに向かい確認すると、思った通りバラエティーパックがある。知らぬ間に雪風が飲んでいるかもしれないと思ったが、それは杞憂で記憶にある通りの数が残っている。

「雪風、麦酒と梅酒とココアとコーンスープとポタージュと、あ、オニオンスープもあるけど、どれがいい?」
「ひーたんはどれにするの?」
「いや、まだ決めてない」

雪風が酒を選んだら一緒に酒を飲んでもいいが、雪風が酒以外を選んだ場合に一人で酒を選ぶことはない。
正直、雪風の選択次第という形だが、コーンスープとポタージュは二袋ずつあるが、オニオンスープは一袋だ。ココアはまだまだ余裕がある。先にオニオンスープを選んで、雪風もオニオンスープを選ぶと数が足りなくなるから、そういう面をとってみても、やっぱり雪風の希望が優先だ。

「えーコーンスープもポタージュも捨てがたいな〜最近寒くなってきたもんね」
「じゃあ、コーンスープとポタージュ作るから半分ずつ飲めばいいだろ」

電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。
棚から色違いのマグカップを二つ取り出し、それぞれに粉末を入れた。あとは百円均一のショップで買った木製のティースプーンを二本用意し、沸いたばかりのお湯を入れて、手早くティースプーンで混ぜる。

「出来たぞ、ちゃんと着たか?」
「着た!大丈夫!」
「ほら、こっちコーンスープな」
「ありがとー」

マグカップを両手に持ちつつリビングに戻ると、雪風の防寒は済んでいた。
その手にコーンスープの入ったマグカップを持たせてリビングの窓を開ける。
秋風が肌に触れると心地よいが、それと同時にある程度の防寒は必要だったと選択に誤りがなかったことを感じた。

雪風を迎えに行ったときに鳴いていた秋の虫も、高層階のこの部屋までは聞こえてこない。
この部屋のベランダは広い。これもこの部屋の魅力の一つなのだろうか。




あの日の帰り道、雪風を送りながら、一緒に住むかと声を掛けた数日後、雪風は驚くほど早く引っ越しの打診をしてきた。その早さに思わず面食らってしまったほどだった。
二人で物件を決めるところから始めるのかと思いきや、雪風にはいくつかの守らなければならない条件があったようだ。
送迎のハイヤーが対応する立地であること、会社から極端に離れ過ぎないこと、セキュリティがしっかりしていること、南野が所有するマンションであること。
最後の部分は最終的に買い上げればこと足りるから無視してもいいと言われたときは開いた口が塞がらなかった。
そこで、雪風の名前や立場が、並の人間では到底考えられないほどの重圧なのだと、そう思わずにはいられなかった。

結果として、候補の中から雪風の会社が一番近いマンションを選んだ。近ければ移動距離が短くて通勤にかかる時間を減らせる。その分、雪風が長く家に居られればいいと思ったりした。

南野が所有するマンションだから、家賃はかからない。光熱費と生活費、駐車場代だけ追加で払えばいいという、なんとも経験し難い話を聞いた。
駐車場代は車の所有者である雪風が支払い、光熱費と生活費だけ折半という形になったが、それだと毎月の固定費すら少額の出費で済んでしまうと恐れ慄いた。

引っ越しをしたとき、部屋の広さと二人分の荷物を見比べて、釣り合いが取れないなとも思った。元々何かをコレクションする趣味はないが、それを差し引いたとしても、雪風の荷物は少なかった。
服なんて最低限しかないよ、と言っていた雪風の姿を見て、それはそうか、と思い至った。
あの家にいたときは、雪子だったときは、女物の服を着ていたはずだ。男物の、雪風の服は本当に最低限しかなかったのかもしれない。そして、その最低限の服さえ、雪風はあのときに捨てたのだろう。

引っ越した日に、既にある程度の家具は備え付けられていた。ゲストルームにするには十分過ぎるほど整っていた部屋だが、雪風はその家具さえ入れ替えさせていた。使えるならそのままでもいいのではないか、と思ったほどだが、雪風には思うところがあったようだった。リビングにはソファーを、広い寝室には大きなベッドを一つだけ入れた雪風は心なしか満足そうにしていた気がした。

それでも、ソファーとベッド以外の食器や調理器具は二人で揃えた。部屋ごとにカーテンを選んだり、棚を選んだり、新しいものが届くたび、既存のものと入れ替えて、二人で選んだものを据える。
入れ替えたソファーとベッドの金額も折半しようと申し出たが、雪風は自分のわがままだから気にしなくていい、運び出した家具も捨てるわけではなく別の南野が所有するマンションの部屋に置くのだと言っていた。
広くて使いやすいキッチンに、広くて快適な風呂、広くて居心地の良いベランダ。
狭いより広い方が、雪風の心が窮屈にならないかもしれないと思った。



雪風が引っ越しのことや、一緒に暮らすことを、父親になんと説明したのか、説明したのかすら、分からなかった。
雪風はそのことに一切触れなかったし、南野から何かを言われたりすることも今の今までない。
南野の下請け会社で在庫管理の仕事をしているが、会社で呼び出されることもなければ、クビにされてもいない。
雪風のすることを容認しているのか、それとも何も知らないのか、引っ越しの翌日、場所を間違うことなく雪風を迎えに来たハイヤーは何を思ったのだろう。



「ひーたん」

雪風に呼ばれ、意識が浮上した。
思ったより考え込んでいたようだ。

「今日はありがと」

マグカップを持った雪風がにっこりと笑った。
雪風の頭に手を置き、ゆっくりと頭を撫でる。ついさっき乾かしたばかりの髪が気持ちいい。
今日は甘やかし放題だ。なんたって特別な日だから。

「一緒に暮らし始めた日をこうしてお祝い出来るの、嬉しい」

二人の誕生日はそれぞれ春と夏だ。秋のいま、祝うようなことはこれしかない。
今日は、雪風をとことん甘やかすと決めた。
日頃の感謝というよりかは、日頃の労いを込めての方が近い。
名前、立場、仕事、環境、雪風を取り巻く全てが雪風に優しくあればいいと思いつつも、その優しく世界を全てこの手で作り上げたいとも思ってしまう。そんな力があるわけもないのに、そう思わずにはいられないあたり、雪風に甘いのだろう。
甘やかして雪風が笑顔になれるなら、それに越したことはない。

雪風の頭を撫でていた手を雪風の頬に滑らせる。冷えてきたかと思ったが、まだ大丈夫そうだ。マグカップのスープもまだ暖かい。

「交換ー」

雪風が持っていたマグカップを差し出してきた。コーンスープはまだ半分ほど入っている。持っていたマグカップを雪風と交換すると、雪風は美味そうにポタージュを飲んだ。
コーンスープもポタージュもどっちも飲めて満足という顔をしているのを見ると、思わず笑ってしまう。
バラエティーパックの残りはコーンスープとポタージュとオニオンスープが一袋ずつだった。次の買い物でまた買い足しておこう。これから冬になると飲みたくなる回数が増えるだろう。

「ひーたん、月見てる?」
「え、あー見てる見てる」

言われて月を見上げて見れば、満月ではないが、悪くはない月だ。
地上で見るより、ある程度高いところから見る方が月を近く感じたりするのだろうか。
昔の人は月の中にうさぎを見たというが、実際に月の中にうさぎを見た試しはない。本当にうさぎが見えるのかも怪しいものだ。

月を見ている雪風はやはり、どこかと交信したがっているようにも見えた。月を見つめるその眼が、月のその遥か彼方の違う世界を見ているようで、まさかこいつ、月のうさぎだったのか、月に帰るつもりなのか、なんて考えをそんなわけないな、と頭から追い出した。

それでも月を見ていると、なんだか心が落ち着く気がした。日本人だからだろうか。
それとも、隣に雪風がいるからだろうか。

「…月、綺麗だな…」

今まで、月を見て綺麗だと思ったことがなかった。むしろ、月見というものさえこれが初めてかもしれない。
月はずっと世界の中に在り続け、これから先の未来もずっとその場所に在り続けるのだろう。

「死んでもいいよ」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
雪風を見れば、月を見ず、こちらをじっと見つめている。
自殺願望でもあったのだろうか。このままこのベランダから身投げをする気か。この高層階から飛び降りたら間違いなく助からない。
咄嗟に雪風の手首を勢いよく掴むと、雪風は笑った。

「死んでもいいくらい、幸せってことー!」

満面の笑みを見せられて思ったことは、やっぱりこいつかわいい顔してるな、なんて間の抜けた考えだった。

雪風が幸せを感じることができて、その空間に一緒にいる。
雪風が、雪風自身の幸せを感じている。
あの家では感じていなかった感情をこの瞬間に感じている。
それがなにより価値のあることに思えた。
雪風の笑顔を見ながら、身投げをする気がないと分かると、ようやく手を離すことができた。

もし今、雪風がこの世からいなくなったら、そう考えたとき、その先は何も考えられなかった。
雪風がいない世界はどれほど色が抜け落ちる世界だろう。

「ポタージュ飲み干しちゃった。入ろ、ひーたん」
「あ、あぁ」

雪風に促されるままベランダを後にし、部屋に入る。心なしか素早く窓の鍵をかけ、カーテンを閉めたところで、雪風が抱き着いてきた。

「あんまり月を見てると、月のうさぎにひーたんを盗られちゃうかもしれないし」

遊びで言っているようで、どこか真剣味があって、だとしても本当にそんなことを思っているわけではないだろうとは思う。

それでも。

「俺のうさぎは、後にも先にもお前だけだよ」

そう言って、雪風の頭を撫でる。

雪風はうさぎではなくなってしまったが、それでも他のうさぎの存在を気にするくらいには、うさぎだったことを思い出にしているのかもしれない。

雪子を捨てたとき、雪風はそれまでの雪風もあっさり捨てた。その中にはうさぎも含まれていたが、うさぎを捨てたことを後悔しているわけではないようだった。
うさぎはあくまでも、それまでの雪風同様、学校生活をカモフラージュするための代用品で、目眩しの意味しかなかった。その目眩しに意味を持たせてしまったことには責任がないとは言えない。
けれど、そんなことを雪風に言おうものなら、なんと返されるか分かったものではない。

「寝るか、先行ってろ」
「はーい」

雪風からマグカップを受け取り、軽く濯いで水を溜めてシンクに置いた。これは明日食洗機を使う一回目のときに一緒に中に入れればいい。
リビングの電気を消して、寝室に入ると雪風が既にベッドに入っている。

「ひーたん、あっためてー」
「お前やっぱり冷えたんじゃ」
「大丈夫ー!ひーたんにくっついて寝るから」

ベッドの中から両手を広げて言うから、まさか風邪をひかせたかと思ったが、ベッドの中に入ってみても特別冷えている感じではなかった。
さすがに風呂上がりの暖かさとは言わないが、スープを飲んでいたのもやはり大きかったのだろう。

雪風が急に月見をしたいと言い出した理由は分からなかったが、あまり意味があるようには思えなかった。いつもの気まぐれか、思うところがあったのか、詮索するつもりはない。
月見をして、雪風が満足したならばそれに越したことはない。

言葉の通り、ベッドに入ると雪風はくっつくようにしてもぞもぞと落ち着ける場所を探していた。
ようやく落ち着いたのか、動きを止めると雪風は胸元に埋めていた顔を上げた。

「おやすみ、ひーたん」
「おやすみ、雪風」

子守唄代わりに雪風の頭を撫でつつ、二人で夢の中へと飛び込んだ。



明日は弁当を持って、紅葉狩りに行く予定を立てている。
あの日の雪風が、神様は趣味が悪いと吐き捨てたあの赤を、また狩りに行く。



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よるこさんのお宅の「うさぎコンビ」から。
今年は私がちょっとプライベートで忙しくしていて、それが分かっていたので、お誕生日の二か月前からリクエストを聞いていたんですが、リクエストは「大人同棲うさぎがラブラブしているおはなし」でした。
「考えたけどもやっぱりどうしても餅は餅屋というか…」と言われ「本家本元の餅屋はよるこちゃんだからねwww」と言いました。

そして私、このあとがきを書くにあたって、よるこちゃんとのDMを見返したんですけども、二か月前のことだからか忘れてることがあり、いや、作品的には大まかにはリクエストに応えられているんですけど、もっと明るい内容でも良かったなーーー!!!!なんて今更思いました。
ちゅーもしてねー!!!!

「仄暗さとかそういうアレさとか、魔女も雪子も出てこないくらいの幸せ同棲生活にするぜ!」

とか宣言したんですけど、ところがどっこいですね。
魔女はいないけど、雪子の影はすごいです。

そして、リクエストを見誤った一番のダメなところは「同棲」だって言ってるのに、作中で「同棲」って単語は一言も出てこなくて、いうなれば「同居」すらも出てこないんですよね。
でも一緒に暮らしてます。同棲してます。ひーたんの口からも雪風の口からも出てきてないけど、同棲してます、許して。
何を思ったか「同棲」と「同居」の両方の単語を使わないことと、ひーたんの地の文で「俺」って使わないという変な縛りをつけていて(ひーたんの「俺」は台詞で一つだけ)、今考えるとそれこそなぜなの…って感じなんですが、期限まであと一時間切っているので、もうこれは生暖かい目で見ていただきたいですね………許して。



内容に触れていきますと、今回は去年の私のお誕生日プレゼントだった、大人うさぎの紅葉の話が、本編に昇格しまして、その紅葉の話を主軸に考えています。
同棲何周年記念かわからないけれど、二人でお祝いして、お月見する話です。

紅葉の話(よるこちゃん)→雷鳴り、雨降り降り(ゆずや)→この話、くらいの時系列のつもりなんですが、今回この話を書くにあたり、よるこちゃんから新しい設定をいただきました。

・ひーたんの仕事は南野の親の会社の下請けの在庫管理の仕事で土日祝休み
・雪風は休日出勤することがある
・(紅葉の話は)雪風の仕事終わりにひーたんが迎えにきている
・南野はハイヤーさんいそう(土日はお休み)
・ひーたんは車持てるほどお金持ちではなさそう
・南野が駐車場代はもってくれるし頼まれたら運転手は積極的にやるひーたん
・古い軽を運転するひーたん

ざっとこんな感じだったので、今回の話はこれを準用しています。
それ以外の公式外設定は私の捏造なので、よるこちゃんが追認しない限りは公式設定ではありません。

前回雪子が少女漫画好きとしたのですが、今回は雪子が少食だったとしてあります、公式設定ではありません。(雪子に捏造設定盛りすぎだぞわたし)

二か月も前からリクエストを聞いているのに、三日前にやっと書き始めて、文字数が5000文字になっても終わる気配がなく、6000文字でも終わらず、7500文字でようやく終わったんですが、寝る前に読み返していたら8000文字に増えていて、あと二時間だぞってときに何故か8500文字に増えていて、あと一時間と15分ってところで9000文字になっていたので、もう読むのさえやめました。
あと一時間切ったぞ、というところであとがきを書き出したんですが、あと30分ってところで今現在タイトルがまだ決まってません。無計画にもほどがある。
うさぎコンビのイメージソングを延々流しながら書きたいとか思ってました、イメージソングないですか、どうですか。

忙しかったとはいえ時間配分とリクエスト内容よく確認してから書いてよーーーと来年の戒めに…!

最後になりましたが、よるこちゃん、お誕生日おめでとうございます!
よい一年になりますようにー!
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2019/09/18 00:00 | 二次創作

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