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2026/04/05 00:56 |
ユリの話(仮)
立秋が迫り来るとはいえ、秋の訪れなど感じるはずもなく、梅雨が明けたかと思えば気候は夏真っ盛りで、涼しさの欠片もない。風鈴や冷やし中華、かき氷が季節感を思い出させてくれる。そう、この時期は、百合の花が綺麗に咲く。

 事務所の一室に篭りながらデモテープを聞いていた英王(はなお)は不服そうに告げる。

「どれもイマイチ」

 有名音楽プロデューサーの父と演技派女優の母を持つ栗山英王は、テーブルの上に置かれた無数のデモテープを眺めながら愕然としていた。
 芸能界の大物夫婦の一人息子である英王は周囲の期待を一身に受け、三ヶ月後のある日、満を侍して華々しくCDデビューを果たす予定だ。だが、デビュー日まで決まっているにも関わらず、デビュー曲が一向に決まらず、事務所の上層部も頭を抱えていた。
 英王は父のコネで世に出ることに相当な嫌悪感を示し、デビュー曲も有名作曲家や音楽プロデューサーからの楽曲提供ではなく、自分が気にいる楽曲でのデビューを望んだ。父の所属する音楽事務所には所属せず、自らの希望で所属した芸能事務所だったが、父のネームバリューがある英王のことを事務所は快く受け入れた。ところが、英王の拘りは人一倍強く、なかなかデビューする楽曲が決まらない。事務所としては英王のネームバリューや各界への影響を考えると、とてもではないが失敗の許されない謂わば爆弾のような存在だった。
 今日も英王のお眼鏡に叶う楽曲には出会えないまま、既に三時間はこの一室に缶詰になっている。
 英王はテーブルの上のペットボトルを乱暴に掴み、残り僅かだった水を飲み干した。

「だと思った」

 英王の担当をしている閏間(うるま)は部屋に入ってくるなり、英王の顔を見てはそう察した。英王の理想が高いとは思っていない。だからこそ閏間は英王の意思を尊重している。

「じゃあこれ」

 閏間は英王に向けてデモテープを二つ差し出した。

「大滝社長が受け取ったものらしい」
「…は?」

 閏間のその言葉を聞き、英王は少し面食らった。

 大滝社長って、あの大滝社長か。

 この業界で大滝社長と言われれば、大滝星流のことを指す。大滝財閥の若社長だ。大滝財閥の進出業界は多岐に渡り、英王が所属しているのもこの大滝財閥のグループ会社で、年々着々と傘下を広げている。その大滝社長が受け取ったということは、よっぽどな大物からのものなのだろうか。
 父のコネではデビューしたくないのは変わらない。だが、大滝社長が受け取ったものを聞きもせずに突っ返すことは流石の英王でも出来ない。
二つのデモテープを見ると、一つには曲名らしき文字が書かれており、もう一つには一度曲名が書かれた後に、上から乱雑に塗り潰したような様子が見て取れた。最初に曲名が書かれた方を聞くことにしようとそれを手に取る。デモテープには【夕暮れの鬼百合】と書かれていた。手慣れたように英王はデモテープを再生する。
 青い草原、水平線の夕日、通り抜ける風、そして二人の男女。
 あぁ、これは、叶わぬ恋と、その別れの歌だ。

「…これ…!」

 少し聞いただけで、英王は勢いよく立ち上がった。英王のその反応に閏間が驚く。だが、驚く閏間に見向きもせず、英王は四分弱のその音源を聴き終えた。

「オレ、これでデビューする」

 英王はしっかりと閏間へ向き合いながら、はっきりとそう言った。
 別れの歌。曲は女目線で描かれていた。鬼の妖怪と一国一城の姫の歌。儚い恋に、哀しい愛、そして別れ。この歌には、英王が求めていた適度な女性感と適度な艶やかさ、そして、忘れられない寂しさがあった。
 この歌の曲調も歌詞も、デモテープで歌っているこの歌声さえも、英王を魅了した。これだ、と思った。この曲で、デビューする。そう決めた。
 英王があまりにも即決するのを見た閏間はこれまでの難色ぶりとは打って変わる態度に思わずもう一つのデモテープも聞いてみるように促しにかかった。さらにはそのデモテープと共に渡された資料を英王の目の前に出す。英王は資料に目を通し、この歌を作った相手のことを考えた。
 ペンネームは【ユリ】。作詞作曲共に一人で行っている。名前がユリということはこの人物は女性なのだろう。曲調にある柔らかさと力強さ、そして歌詞は女性目線で、一人称はあたしだった。男の英王が歌うことを想定した上でこのうたを作ったのなら、相当な自信だ。それでも、英王はこの【ユリ】に興味を持った。この曲でデビューするならば、近々挨拶するだろう。
 資料に一通り目を通したあと、英王はもう一つのデモテープを再生する。塗り潰されていて、曲名は分からない。それでも、この歌を作った人物のものならば、聞かない手はない。これも気に入れば、カップリング曲として収録してもいい。
 始まった前奏に耳を疑った。歌い出す声に言葉を失った。一瞬で身体中に鳥肌が立つのが分かった。心臓がひどく鳴っている。

 なんだこれ…!

 神に対する贖罪か、崇拝か、懺悔か、信仰か。
 その全てであり、その全てが違うようにも思えた。
 ただ、この歌は、神をどうしようもなく愛しているという歌だ。
 先程の歌で英王はデビューする。それは変わらない。デビューのコンセプトや求めていた雰囲気に合っていたのは先程の歌の方だ。それは間違いない。だが、この名前のない歌を世に出すこともしたくないと思った。このデモテープごと、自分一人が、完全に独り占めしたいと、そう思った。
 英王はこの歌を作った【ユリ】と歌っているこの声の主に会いたくて堪らなくなった。ユリ自身は女性だろうが、このテープの声の主は明らかに男性だ。声は先程の【夕暮れの鬼百合】と同じ。少し高いが、英王が歌えないわけではないキー設定で、男でも歌えることを証明するために仮歌を頼まれたのだろう。
 この声は、とてもこの歌に合っている。この歌に彼の歌声ならば、確実に話題になる。
 英王は二つ目のデモテープを聞き終わると、閏間に【ユリ】と仮歌の人物に会いたいと告げた。



***



 デモテープを聞いてから二日後、英王は二日前と同じ部屋にいた。
今日の十七時からこの部屋で件の人物と対面することになっている。
 あの日、【ユリ】と仮歌の人物に会いたいと告げた英王に、閏間は仮歌も自分で歌ってるって書いてあったでしょ、と言った。その言葉に驚きながら目の前の資料をひったくるように掴むと確かにそう記載されていた。
 そもそもこの資料は資料と呼ぶにはとてもお粗末な作りで、形式には拘らない英王でさえも、これでいいのかと思ってしまうような出来だった。ルーズリーフにボールペンとは、あの大滝社長から受け取ったものでなければ、論外と扱われ、英王の目の前には現れなかったかもしれない。
 仮歌の声は明らかに男の声だった。ということは【ユリ】は男ということになる。その事実がより一層、英王の脳内を刺激した。






「長い金髪のバイトくんに預けたから不安だったんですけど、よかったです」

 ちゃんと聴いてもらえるかさえも分からなかったから。

 約束の時間に英王の前に現れた【ユリ】は英王の予想を裏切り、英王と同い年の十六歳だった。ユリを見た瞬間に「お前が【ユリ】なわけ?」と凄みを利かせ、閏間に咎められたばかりだ。
 英王が目の前の【ユリ】の第一印象として抱いたのは『こんな根暗そうなやつがあの歌を作ったのか』だった。どうもユリは身長の割に肉付きがあまり良くなく、ひょろ長く見えてしまう。英王は思わず、お前メシ食ってんのか、と言ってしまいそうになったほどだ。
 ただ、それよりも、ユリの発したフレーズが英王も閏間も、思わず聞き返してしまうほど、現実味のないフレーズだったことの方に引っかかった。

「長い金髪のバイト…?」

 そもそも、大企業のバイトに長い金髪のバイトはいない。世界中を探せばいる可能性は充分にあるが、この会社に至ってはほぼありえない。

「学生服着てたんで、バイトの子だと思います。その子、受付のお姉さんと話してて、お姉さんに取り次いでもらおうと思ってたから近付いて」
「まて」
「それって、まさか」

 英王と閏間はこの瞬間に理解した。長い金髪のバイトは、バイトなんてものじゃない。

「大滝社長!」
「え?」

 大滝社長はメディアに姿を現すことは殆どない。ましてや、社内で見かけることも稀だという。
 ユリによってバイトに間違えられた長い金髪の高校生は大滝星流その人であり、若干十六歳にして、大企業の社長席に座る男だった。
 大滝星流が社長に就任したのは本人が十五歳の誕生日を迎えるその日のことで、本社及び、グループ会社の総指揮を当時社長であった実父により、丸投げにされた。丸投げだ実父は会長職には就いたものの、半分隠居しているらしい。
 大滝芸能と大滝レコード、そして大滝ホテルは大滝星流が実権を握る代表的な会社の一つだ。他も代表取締役に名を連ねているが、現状の運営や統率は別の者が担っている。
 大滝星流は世間が思っているより格段に切れ者で、本当に実在するのか怪しいと思うほどだった。
 確かに大滝社長ならば、受付にいても不思議ではない。高校に行っている年頃なのだから、学生服でもまだわかる。それでも曲がりなりにも社長の座に座る大滝社長がバイトに間違えられながらも、このデモテープ一式を受け取り、英王のデビュー曲として検討テーブルに上がったことは通常では考えられないことだ。

「大滝社長って相変わらず何考えてるかわかんねぇな…」
「あの人の考えてることが分かったら出世するよ…」

 英王の呟きに閏間が半ば呆れ顔で返した。
 そもそも、あの大滝社長をバイトと勘違いした挙句、それに気付かずに自分の作品がこの場まで来たユリが強運の持ち主なのか。本当に大滝社長の考えることは分からない。
 最初の資料の中になかった履歴書を、当日持参するように連絡したのは閏間で、その履歴書に一応さらっと目を通しながら、英王はユリに告げる。

「両方とも聴いたけど、こっちの方は俺のデビューコンセプトに合ってる」

 英王は【夕暮れの鬼百合】のデモテープを手にし、ユリに見えるように掲げた。
 英王が求めていたデビューコンセプトは半ば英王の感覚的なものであり、そのイメージを伝えた上で書き下ろされた曲でも、英王は納得しなかった。その英王がイメージしたコンセプトに合っているというのならば、それをデビュー曲にするのは構わないというのが事務所の見解であり、作詞作曲したしたユリの了承を得られれば、すぐに収録の手筈を整えるらしかった。

あなたが妖怪でもいい、一緒に連れて行って
出来ないというのなら、あたしの感情(こころ)を溶解(とか)してよ

あなたが妖怪でもいい、一生に一度だから
叶わないというのなら、あたしに鬼百合の花をちょうだい

 哀しい、恋の歌。
 それでも【ようかい】を【妖怪】と【溶解】でかけているところはなかなか気に入っている。ちょっとした遊び心も大事だ。資料の中にあった歌詞カードも安易な作りだが、歌詞が読めれば充分だろう。

「俺はこれでデビューする」

 力強く、はっきりと、凛とした声で、英王はユリに言い切った。
 あまりの英王の迫力に圧倒されているユリが息を止めるのが分かった。ユリが息を吸い込み、何かを発しようとした瞬間、英王はユリよりも早く次の一言を発する。

「あと聞きたいことがある」

 ユリを見据える、英王の真剣な眼差し。

「この歌のタイトルなに?」

 書いてから消したろ。

 そう告げた英王にユリはいかにも何かを隠していますという表情(かお)をした。言い淀むユリに英王は容赦なく指先を机にリズムよく打ち付ける。しばらくしてから、ユリは諦めたような、どこか決意したような、そんな複雑な顔をして口を開いた。

「…【神に捧ぐ黒百合】…」

 かみにささぐ、くろゆり。
 英王は口の中でその曲名を小さく触り、飲み込んだ。

「これは、君のことを考えて、君に歌ってもらうためだけに書いたんだ」

 ユリの眼が、英王の眼を捕らえて離さない。

「…そんなに、俺のことが好きなの?」

 英王が小さく呟くように言った一言に、ユリは眼を見開いた。英王は続ける。

「心を奪われるほど、それこそ、黒百合(おまえ)を神(おれ)に捧げたいほど」

 そんなに俺のことが好きなの。

 付け足すように小さく、本当に小さくそっと囁くように言った英王に、ユリの眼がこれ以上ないほどに大きくなる。
 英王には、神に陶酔する哀しくも美しい黒百合が見えた。神に近付きたくても近付けず、畏れ多いと思いながらも想い焦がれて止まない、そんなこの歌の中に、陶酔と敬愛、そして、僅かな欲望が見えた。初めて聴いたとき、鳥肌が立ったことを今でも思い返すだけで鳥肌が立ちそうだ。この歌の魅力はなんだろうと考えてもすぐに思い当たる答えは出てこない。ただ英王は今でも思っている。

 これは世に出さない。
 ずっと、俺が持ってる。

 このデモテープごと、ずっと、世間には出さず、ただただ、英王が一人で飽きるほど聴いて、死ぬまで英王の下にいる。
 曲名を聞いたところで、英王はそのデモテープに再度曲名を書いたりはしないだろう。このデモテープの存在はこの場で隠匿される。

 それにしても。

「どこまでも【百合】かよ、いいな、俺のロゴ、百合にする」

 英王は子供のように楽しそうに笑いながら、あっさりと大事なことを決めた。
 英王が言ったロゴとは、英王の公式サイトやこれから発売されるCDのジャケット、開設される予定のファンクラブ、公式に発売されるグッズなど、英王の関係するものには全て掲げられる、英王の象徴だ。その象徴も今までどう足掻いても決まる見通しなど立っていなかったが、それをいとも簡単に英王は決めたのだ。
 これには今まで二人の会話を見守ってきた閏間も驚きを隠せない。何がどうなっているのか、展開が急過ぎてメモを取るはずの手帳を手にしたまま放心状態だ。だが、そんなことを気にする英王ではない。

 鬼百合も黒百合も、両方とも俺が貰う。

 英王が決めたら、もう何が何でも動かない。それは承知の上だ。閏間は手帳に収録の手配とロゴデザインの追加発注をかけることを走り書きする。
 満足気な英王を見ながら、ユリは柔らかく笑った。そして、緩んだ顔を戻し、英王を見据える。今度は、ユリの眼が英王の眼を離さない。視線がぶつかる。
 髪は少し長いけど、綺麗な顔立ちだ、と、どちらともなく頭の隅を横切った。英王は行きつけの美容院で髪に遊びが出来るほどの中性的な髪型になるようにしているが、ユリは顔を隠すように前髪も後ろも少しだけ長めで無造作ヘアのようだ。それでも、眼はしっかりと見えている。
 真剣な眼差し、開かれた口から、言葉が自ら意思を持ったように飛び出す。

「僕に、君をプロデュースさせてほしい」

 曲から詞まで、ジャケットも何もかも全部。

 ありとあらゆることを、英王がデビューするために必要な全てのことを、全て、ユリはプロデューサーとして関わりたい、と。
 英王の父は音楽プロデューサーだ。ユリの言った意味を、英王は理解している。何故、と英王が問う前に、ユリは英王の眼を見てはっきりと言った。



―――君に奪われたんだ、心を。





これが、後に有名音楽プロデューサーとなる安住由里と、有名歌手となる栗山英王の運命の出逢いだった。


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2017/06/23 18:48 | 創作BL / ユリの話(仮)

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