暑い夏の日。
この屋敷に来てから、もうすぐ一ヶ月くらいだろうか。
詳しいことは分からない。というか、日付感覚がないのだ。
基本的にこの部屋から出ることはない。
というのも、最近まで部屋に鍵が掛けられていたからだったりする。
その掛けられていた鍵がどうして掛けられなくなったのか、理由は分からない。
けれど、少なからずあった威圧感はなくなったように感じる。
気のせいかもしれないけど。
でも、気のせいだとしても気が楽だ。
だからこそ、部屋のベッドの上で一日を過ごすことが多い。
今日も例外なく、ベッドの上だ。
もうすぐ来る。
あいつが。
秋吉迅矢。
おそらく本名なのだろう。
最初にあいつはそう名乗った。
迅矢と呼んでほしいと言われたが、とてもそんな気分にも気持ちにもなれず呼ぶときは、おい、だ。
最初は顔すらも見たくなくて、ずっと無視を決め込んでいた。
意味も無く気まぐれで話をするだけで、基本的にはなにもしない。
ただ、毎日この部屋に来ては俺の機嫌と腹具合を伺いに来る。
そう考えていると、離れたところにある目の前の扉がゆっくりと開いた。
そこには秋吉がいて、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「腹空いてない?」
少し引き気味でそう問われた。
ほんの少し、眉が下がっていて、大型犬みたいな印象を受けるが、それを目の当たりにしても何もいう気にはなれない。
未だに、俺を監禁することを理解することも出来ない。
監禁とはいっても、手足を拘束されているわけでもないし、動きを制限されているわけではない。
ただ、動き回る気になれなくて動き回っていないだけで、行方を晦まそうと思えばそれが出来なくもない。
それでも、まだあいつのことを充分に知れていないからまだ動かないというのもある。
今はまだ知るというほどの気分にもなれない。
だからこそ、話は無視するし、特に反応もしてやらない。
とりあえず分かっていること。
―――俺のことを好きだっていうこと。
何で好きなのかとか、何処が好きなのかとか、そんなことは知らない。
聞いていない。
一度も聞いたことがない。
今までに接点なんてなかったはずだ。
もしかして、俺が覚えていないだけなのだろうか。
でも、どんな理由でも和解出来るとは思えない。
「別に。」
そう温度を捨てた声で両断した。
毎日機嫌を伺いに来ても、そうそう機嫌は上下したりしない。
「…そっか…。」
小さく、秋吉は呟いた。
昨日も一昨日もそう言ったからだろう。
どうしても、素っ気無くなってしまう。
それはどうしようもないことだ。
今の状況を考えれば、どうしようもない。
「じゃあ…、空いてきたら言って?」
相変わらず眉を下げながら告げた。
その姿は、本当に犬のようだ。
飼い主に怒られた犬のよう。
俺は飼い主なわけではないし、秋吉を犬のように扱ったこともないけれど。
「…また、様子見に来る。」
俺がいつもと変わらないのを知った秋吉は小さく溜息を吐いて、そう言った。
いつもだったら、そのまま、本当にそのまま、秋吉が扉の向こう側に消えるのを見送るはずだった。
でも、今日は見てしまった。
そのときの、秋吉の悲しそうな顔を。
その瞬間、俺の中に何か少しの、ほんの少しの変化が起きた。
俺のそんな変化を知らず、秋吉はゆっくりと扉の向こう側へと消えた。
いつもと同じように。
そう、見てしまった。
見なければよかったのに。
いつもと同じように。
そう思ったとき、俺はベッドから飛び出し、勢いよく扉に向かい部屋からも飛び出していた。
中庭に来ていた。
理由は、秋吉が見えたから。
秋吉が、中庭にいるのが見えたから。
理由はそれだけ。
そして、またもや見てしまった。
空を眺める秋吉の表情を。
その寂しそうな顔を。
少し芽生えた罪悪感。
「かね?」
秋吉は、部屋から出て中庭に来た俺に気付いたらしく、呼ばれた。
「中庭の花が見たかっただけだから。」
「え?」
口から出てきたのは、以前言われた中庭の花の話。
二人で見ようって誘われた、あのときのこと。
「綺麗だからって言ってた、じゃん。」
語尾は思ったより小さかったと思う。
いや、小さかった。確実に。
でも、秋吉はそんなことを気にしていないようだった。
「覚えて、たんだ。」
だって、声が、弾んでる。
少しの戸惑いと、少しの歓喜で、声が弾んでる。
「…別に。」
ぶっきら棒に、冷たく言ったつもりだった。
いや、つもり、じゃない。
確かにそう言ったのだ。
それでも、秋吉はとても嬉しそうだった。
嬉しいって、顔してる。
表情に出ている。
どうしようもなく嬉しいって、言葉じゃなくて、態度が言ってる。
「かね、こっちこっち。」
呼ばれて気付いたが、秋吉は花壇の方へと足を延ばしていた。
呼ばれて素直に秋吉の元に向かう。
すると、花壇の隅の方に小さいが風に負けず健気に花弁を広げる花が一輪咲いていた。
その場に屈む秋吉に釣られて思わず屈んでしまう。
他の花たちに紛れず、一輪だけひっそりと咲いている。
この一輪の花を秋吉は自分で見つけたのだろうか。
見ていると、この花のことを応援したくなってしまう。
負けるな、頑張れ。
そう、思ってしまう。
花を眺めながら、ふと視線を感じて、隣を見ると秋吉がこちらを見ていた。
「………なに?」
顔に何かついていただろうかと少しばかり考えるが何もつけるようなものがなかった。
だからこそ、素直に聞いてみた。
すると、秋吉はふわりと笑ってみせた。
「…俺、今すげー…しあわせ。」
その笑みは、笑顔は、とても綺麗で、こんな秋吉を見たのは初めてで、少しだけ動揺してしまった。
でも、その顔を見て、気付いてしまった、分かってしまった、知ってしまった。
その笑みの、笑顔の、意味を。
秋吉は、本当に、俺のことが好きなんだ。
気付いてしまったら、分かってしまったら、知ってしまったら。
気付かないふりや、分からないふりや、知らないふりが出来なかった。
秋吉が無意識に見せた四種類の顔を見て、俺の中で、何かが少しだけ変わった日だった。
この屋敷に来てから、もうすぐ一ヶ月くらいだろうか。
詳しいことは分からない。というか、日付感覚がないのだ。
基本的にこの部屋から出ることはない。
というのも、最近まで部屋に鍵が掛けられていたからだったりする。
その掛けられていた鍵がどうして掛けられなくなったのか、理由は分からない。
けれど、少なからずあった威圧感はなくなったように感じる。
気のせいかもしれないけど。
でも、気のせいだとしても気が楽だ。
だからこそ、部屋のベッドの上で一日を過ごすことが多い。
今日も例外なく、ベッドの上だ。
もうすぐ来る。
あいつが。
秋吉迅矢。
おそらく本名なのだろう。
最初にあいつはそう名乗った。
迅矢と呼んでほしいと言われたが、とてもそんな気分にも気持ちにもなれず呼ぶときは、おい、だ。
最初は顔すらも見たくなくて、ずっと無視を決め込んでいた。
意味も無く気まぐれで話をするだけで、基本的にはなにもしない。
ただ、毎日この部屋に来ては俺の機嫌と腹具合を伺いに来る。
そう考えていると、離れたところにある目の前の扉がゆっくりと開いた。
そこには秋吉がいて、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「腹空いてない?」
少し引き気味でそう問われた。
ほんの少し、眉が下がっていて、大型犬みたいな印象を受けるが、それを目の当たりにしても何もいう気にはなれない。
未だに、俺を監禁することを理解することも出来ない。
監禁とはいっても、手足を拘束されているわけでもないし、動きを制限されているわけではない。
ただ、動き回る気になれなくて動き回っていないだけで、行方を晦まそうと思えばそれが出来なくもない。
それでも、まだあいつのことを充分に知れていないからまだ動かないというのもある。
今はまだ知るというほどの気分にもなれない。
だからこそ、話は無視するし、特に反応もしてやらない。
とりあえず分かっていること。
―――俺のことを好きだっていうこと。
何で好きなのかとか、何処が好きなのかとか、そんなことは知らない。
聞いていない。
一度も聞いたことがない。
今までに接点なんてなかったはずだ。
もしかして、俺が覚えていないだけなのだろうか。
でも、どんな理由でも和解出来るとは思えない。
「別に。」
そう温度を捨てた声で両断した。
毎日機嫌を伺いに来ても、そうそう機嫌は上下したりしない。
「…そっか…。」
小さく、秋吉は呟いた。
昨日も一昨日もそう言ったからだろう。
どうしても、素っ気無くなってしまう。
それはどうしようもないことだ。
今の状況を考えれば、どうしようもない。
「じゃあ…、空いてきたら言って?」
相変わらず眉を下げながら告げた。
その姿は、本当に犬のようだ。
飼い主に怒られた犬のよう。
俺は飼い主なわけではないし、秋吉を犬のように扱ったこともないけれど。
「…また、様子見に来る。」
俺がいつもと変わらないのを知った秋吉は小さく溜息を吐いて、そう言った。
いつもだったら、そのまま、本当にそのまま、秋吉が扉の向こう側に消えるのを見送るはずだった。
でも、今日は見てしまった。
そのときの、秋吉の悲しそうな顔を。
その瞬間、俺の中に何か少しの、ほんの少しの変化が起きた。
俺のそんな変化を知らず、秋吉はゆっくりと扉の向こう側へと消えた。
いつもと同じように。
そう、見てしまった。
見なければよかったのに。
いつもと同じように。
そう思ったとき、俺はベッドから飛び出し、勢いよく扉に向かい部屋からも飛び出していた。
中庭に来ていた。
理由は、秋吉が見えたから。
秋吉が、中庭にいるのが見えたから。
理由はそれだけ。
そして、またもや見てしまった。
空を眺める秋吉の表情を。
その寂しそうな顔を。
少し芽生えた罪悪感。
「かね?」
秋吉は、部屋から出て中庭に来た俺に気付いたらしく、呼ばれた。
「中庭の花が見たかっただけだから。」
「え?」
口から出てきたのは、以前言われた中庭の花の話。
二人で見ようって誘われた、あのときのこと。
「綺麗だからって言ってた、じゃん。」
語尾は思ったより小さかったと思う。
いや、小さかった。確実に。
でも、秋吉はそんなことを気にしていないようだった。
「覚えて、たんだ。」
だって、声が、弾んでる。
少しの戸惑いと、少しの歓喜で、声が弾んでる。
「…別に。」
ぶっきら棒に、冷たく言ったつもりだった。
いや、つもり、じゃない。
確かにそう言ったのだ。
それでも、秋吉はとても嬉しそうだった。
嬉しいって、顔してる。
表情に出ている。
どうしようもなく嬉しいって、言葉じゃなくて、態度が言ってる。
「かね、こっちこっち。」
呼ばれて気付いたが、秋吉は花壇の方へと足を延ばしていた。
呼ばれて素直に秋吉の元に向かう。
すると、花壇の隅の方に小さいが風に負けず健気に花弁を広げる花が一輪咲いていた。
その場に屈む秋吉に釣られて思わず屈んでしまう。
他の花たちに紛れず、一輪だけひっそりと咲いている。
この一輪の花を秋吉は自分で見つけたのだろうか。
見ていると、この花のことを応援したくなってしまう。
負けるな、頑張れ。
そう、思ってしまう。
花を眺めながら、ふと視線を感じて、隣を見ると秋吉がこちらを見ていた。
「………なに?」
顔に何かついていただろうかと少しばかり考えるが何もつけるようなものがなかった。
だからこそ、素直に聞いてみた。
すると、秋吉はふわりと笑ってみせた。
「…俺、今すげー…しあわせ。」
その笑みは、笑顔は、とても綺麗で、こんな秋吉を見たのは初めてで、少しだけ動揺してしまった。
でも、その顔を見て、気付いてしまった、分かってしまった、知ってしまった。
その笑みの、笑顔の、意味を。
秋吉は、本当に、俺のことが好きなんだ。
気付いてしまったら、分かってしまったら、知ってしまったら。
気付かないふりや、分からないふりや、知らないふりが出来なかった。
秋吉が無意識に見せた四種類の顔を見て、俺の中で、何かが少しだけ変わった日だった。
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