「で、なんなの。」
仕事帰り、自宅に戻ろうと会社を出て少し歩いたところでいきなり腕を掴まれ、無理矢理タクシーに押し込まれた。
それから着いた先は腕を掴みここまで拘束してきた男のマンションだった。
マンションの部屋に入り、いつも通りリビングへと向かった。
そして、このように半ば拉致された理由を尋ねてみた。
すると、拉致した男、秋吉は眉間に皺を寄せて息を吐いた。
「なんなのって、こっちの台詞だし。」
こっちの台詞と言われても、それこそこっちの台詞だ、と思う。
そう思いつつ、秋吉は不機嫌そうに続けた。
「今日二十四日なの分かってる?なのに自分ち帰ろうとするし、まじなんなの。」
確かに、今日は自宅に帰るつもりでいた。
今年のクリスマスイブは金曜日で、仕事が終わったら家に帰って寛いで、明日のクリスマスはどうしようかな、なんて考えていたところだった。
そんな考えを余所に秋吉はさらに言葉を続けていた。
「明日休みなのに、」
その言葉に、食い気味に反論した。
「そんなら、誰か、」
「誰かひっかけろとか言う気じゃねぇよな。」
そう言われて、思わず秋吉の顔を見る。
あまりにも声が真剣で、どう聞いても怒っているように聞こえた。
先ほどからの不機嫌さが怒りまできたのだろうか。
少し驚いて、しまったと思った。
「何が悲しくて恋人にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ。」
その言葉にまた驚いた。
今、秋吉の口から、とんでもない単語が聞こえた。
何度も、何度も焦がれた単語が出たような気がした。
「セフレ、じゃなくて?」
そう小さく呟いた。
すると、秋吉はさらに眉間に皺を寄せて、先ほどより声を低くした。
「なにそれ。お前、セフレだと思ってたわけ?」
そのまま秋吉はスーツの上着を脱いで、近寄ってきた。
自分のネクタイを少し緩めて、俺のネクタイを引っ張った。
「まさか、俺じゃない別のセフレのとこ行こうとしてたとか言うんじゃねーだろうな。」
秋吉の顔が近づいてきて、さけることも、よけることも出来ずに固まっていると唇を合わせられた。
キスというより、唇に唇を触れさせているだけ。
このまま喋るだけで、気がおかしくなりそうになる。
そんな状態で、秋吉は唇を動かした。
「仮にお前が誰かに抱かれたとしても、赦すよ。お前にお仕置きという名のセックスを死ぬほど味あわせて、快感でおかしくなるほどに、」
唇が触れたまま喋られて、唇と唇が触れ合う。
こんなことするくらいなら、そのままいつものように乱暴なキスをされた方がよかった。
こんな寸前の、息を吹き込むようにされたら、本当に、気がおかしくなりそうだ。
そんなとき、秋吉は言葉を少し切り、俺の唇を舐めた。
「感じさせて。」
ゆるす、なんて、なんて傲慢な言葉なんだろう。
自分が何を言われているのか、分かるようで分からなくて。
分からないようで、分かってしまう。
所詮この身体は、秋吉だけを覚え込んで、秋吉だけを知っていて、秋吉に翻弄される。
秋吉以外の誰かに拓こうと思ったことも、秋吉以外の誰かに拓かれようと思ったこともない。
この身体が知るのは秋吉だけでいい。
この身体が覚えるのは、秋吉だけでいい。
そんな小さな願いは、想いは、秋吉には知られることなく存在している。
秋吉以外に、なんて、絶対ありえないのに。
秋吉は引っ張っていた俺のネクタイを放すと、俺の腕を掴んで寝室の扉を開けた。
そのままベッドへと投げ飛ばされて、ベッドに倒れ込む。
倒れ込んだ俺の上に覆い被さり、触れるだけのキスをした。
離れては触れて、そんな動作を何回も、何回も。
そして、先ほどと同じように、また唇を舐められた。
一通り気が済んだのか、唇を離して視線を絡める。
このまま絡めていたら、どう考えてもこちらが不利だ。
この熱い眼差しに、勝てたことなんてない。
覚悟を決めて、唇を開いた。
「…じゃ、お前は、誰かを抱いた腕で、」
「お前を抱くのか、…って?」
言いたいことが読まれていたのか、最初から用意していた言葉なのかは分からない。
俺が誰かに抱かれることはゆるさないと言った。
では反対に、お前が誰かを抱くとき、俺はなんと言えばいい。
それともお前は、俺は自分の許可なく抱かれることはゆるさないけれど、自分は誰を抱いてもいい、と、言うのだろうか。
俺は、お前に誰も抱くなと、言えるのだろうか。
言うことが、ゆるされるのだろうか。
「遊んだことがないとは言わない。今までセックスした全員を覚えてるかって言われても怪しい。でも、ちゃんとゴム着けて、避妊してる。」
その言葉に、目を見開いた。
前半はどうでもいい。
前半部分は今までにも聞いたことがあることだ。昔の話だと笑いながら話していたけれど、胸が痛くなりながら聞いたことを今でも覚えている。
だが、問題はそこではない。
問題は、後半の部分だ。
そんなことを考えていると、秋吉は俺のネクタイに手を掛け、一気に引き抜いた。
そして、ワイシャツのボタンに手を掛ける。
「お前、ゴム着けんの?」
「必要があれば、絶対。」
「必要が、ってお前、」
「使ったことないのにとかいうのかよ。」
引っかかった部分を聞いてみる。
考えてみれば、俺との行為でそれを使ったことなどないし、持っているところを見たこともない。
「使う必要ないだろ。」
ばっさりと切り捨てられるかのように言われ、胸が痛んだ。
そう言われれば、女ではない男の俺に使う必要など、ないと言われればないのだけれど。
そんな気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか。
秋吉はボタンを外したワイシャツを左右に広げ、俺の身体を見つめた。
「お前が男だからじゃなくて、お前を愛してるから。」
秋吉の逞しい指が俺の素肌を撫ぜる。
その指で、身体を這われたら弱い。そのことを知っている指は、もっとだ。
「お前の中に出すとき、すげーきもちい。いつも溢れるまで中に出すのはきもちくて好きだから。」
秋吉の指が素肌を這い、胸の飾りに辿り着いた。
指の腹で押されては撫でられ、弾かれる。
ふと秋吉の顔を見ると、今から楽しみにしていたプレゼントを開けるような。
サンタさんありがとう、って言ってるような、そんな顔をしている。
そんなときに聞こえてくる秋吉の声と言葉は酔いそうだった。
悪酔いしそうな、そんな癖のある声。
「でも、正直その後の後処理もそれなりに気に入ってんだよね。」
指で胸を弄りながら、秋吉は耳元で少し高めの声を出した。
俺が好きな声。
逆らえない声。
好きで堪らない声。
秋吉のずるいところは、俺がこの声に弱いってことを知っててわざと使ってくること。
「後処理してる最中で我慢できなくなって中出ししちゃうのも、お前を愛してるから。」
その声で、全身の力を無くさせて、抵抗する気も力も無くさせて、そしてお前は、俺の心まで掻き乱すんだろう。
そんな言葉で、そんな声で、そんな表情で、俺を封じ込めて。
お前の口から出てくるその言葉も、言葉さえも、恋い焦がれるほど魅力的なものけど。
秋吉は俺の耳に舌を這わせ、ひと撫で舐めてから耳朶を甘噛みした。
その小さな痛みで、辛うじて言葉を発することが出来た。
「本気で愛してるって言うならゴムくらい着けるだろ。」
言い分を、その言葉の裏付けとなるような言い分を、言ってみればいい。
本当にそう思っているなら、納得出来るように言ってみろ。
秋吉の指に弄られている胸の飾りに少しの意識を向けながら、そう言って見せた。
「それ、後から考えた。」
耳元にあった顔を上げて、俺の顔を見る。
ほら、まただ、その、余裕に満ちたような顔。
「でも、お前さ、中で出されるとすげーきもちいし、感じるだろ。」
そう言いつつ、秋吉は俺のベルトのバックルに手を掛ける。
なんだかんだといいつつも、眼で俺を掴んで離さず、視線を合わせたまま器用にスーツをずらし、その先の欲望を手にした。
「俺がゴムのこと気付いた時って、既にお前が中に出されることを快感に思ってからだったの。」
その欲望を手にした秋吉は、大切なものでも包み込むように持ち、ゆっくりとその欲望に口づけた。
ちゅ、と音が出るかのように先端から根元までキスを降らせ、その付近の二つの袋に舌を這わせ、ゆっくりと舐める。
舌先と舌の表面を使い、丁寧に舐めとってゆく。
「だったら、中に出してやりたいじゃん。」
すると袋から舌を離し、その厚めの唇を欲望の先端に持って行き、口の中へ招き入れた。
舌先で先端の窪みを愛撫し、根元までしっかり咥え込み、往復を繰り返す。
これまでの愛撫で欲望が少なからず反応を示していることが伺える。
その反応が、自分のものであるにも関わらず、憎らしい。
秋吉はそんな俺に気付き、視線を絡めてくる。そして少しだけ反応したその欲望から口を離した。
「こんなに愛してるのに、セフレとか…ありえねーだろ。」
当たり前だろう、と言われるように。
当然だろう、と言われるように。
それを全て許容しろと言われるように。
「お前以外を抱くわけねーじゃん。」
そんな、一生聞けないんじゃないかと思っていたような言葉を投げ掛けられて。
頼むから。
頼むから、これ以上、俺の中を掻き乱さないで。
掻き乱すな。
「で、どうなんだよ。」
「…別に、今日はお前、別の誰かのとこ行くと思ってたし…。…他にセフレとか、いねーし…。」
同意を求められ、素直に思っていたことを言葉に出した。
普段はそんなことを自分から言わないし、催促されても言わない。
それでも、秋吉の言葉を聞いた後だと、素直に言えた。
自分の言葉で、秋吉に伝えることが出来た。
「俺にはお前だけなんだけど、お前は?」
そんな秋吉の言葉にも、素直に答えられる気がした。
「…お前だけ。」
小さく、でもはっきりと言った。
それでも、秋吉は次の言葉を待っていた。
いや、次ではなく、その言葉を改めろと言いたいのだろう。
秋吉は、気付いてる。
気付いていて、それに乗っかってくれていた。
会社では、秋吉と呼び、金橋と呼ばれる。それは、ごくごく自然で、当たり前のこと。
だが、この部屋に入ってからは、そんな呼称は無意味なものとなる。
この部屋に入ってからその呼称を使うなんて愚かなことは、いくらなんでも出来ない。
それを行えば機嫌が最上級に悪くなることも、その後のことに支障が出ることも知っている。
だからこそ、敢えて使わなかった、使えなかった、その呼称。
それに秋吉は気付いていて、だから、同じように返してくれていた。
「………迅矢だけ…。」
「俺も、加弦だけ。」
名前を呼ぶ、たったそれだけの行為なのに、今日初めてのことだ。
秋吉と呼べばこちらが不利になる。それを理解した上で、三人称を使っていたことを、見抜かれていた。
名前を呼んで、お互いに見つめ合う。
秋吉は欲望を掴んだまま、身体を上半身の方へ戻し、そのまま唇に唇を合わせた。
今度は触れるだけではなく、貪るような、いつものキス。
意識が飛びそうになるほどの、強烈な激しいキス。
今日は意識が飛ぶことはないけれど、そのまま逃げられない行為に雪崩れ込むことは分かっていた。
そしてそのまま、秋吉に身を預けた。
「つうか、やっぱそうだったか。」
ピロートークの第一声は迅矢のそんな一言だった。
「やっぱってなに。」
思った通りにそのまま聞いて見ると、煙草に手を伸ばした迅矢が少し拗ねたように言った。
「セフレって思われてたわけね。俺恋人のつもりだったのに、すげーショック。」
そんなことを言われても、思っていたものはしょうがない。
本当に今日は、迅矢は別の誰かと過ごすのだろうと疑いもしなかったし、まさか自分と、なんて微塵も思っていなかった。
逆に言うならば、それほど迅矢を信用していなかったのだろう。
迅矢は一つため息をつき、煙草の灰を灰皿に落とした。
「今までにお前にやったプレゼント覚えてる?」
「ピンキーに、ピアス、ブレスにネックレス?」
ふと過去に貰ったものを挙げてみる。
その贈り物たちは、一体いつ貰ったものだっただろうか。
誕生日なのか、記念日なのか、去年のクリスマスなのか。
考えることも出来なかった。
「全部束縛アイテムなんだけどなぁー。」
そういえば、貰ったものは大体こんな系統のもの。
束縛アイテムだと言われて初めて気付いたが、そういえばこれらは束縛アイテムだ。
「で、今年はこれのつもりだったの。」
そう言われ、迅矢を見るとラッピングされた小さな箱を投げられる。
形状からしてプレゼントだ。
小さいからピンキーかピアス、そんなところだろうか。
「開けていいの?」
「お前へのプレゼントなんだから開けろよ。」
言われるままにラッピングを外し、見えてきたのは小さな箱。
その中の箱を更に開けて、眼を見開いた。
「………これ、」
思わず言葉が漏れる。
それを見た迅矢は、俺の方に手を伸ばした。
「ほら貸せ、嵌めてやっから。」
「…ピンキーなら、前に…、」
戸惑いながら言いどもると迅矢は声を高くした。
「本気で言ってんの?どう見てもピンキーじゃねーじゃん。」
本当に、どうみても、ピンキーじゃない。
ピンキーじゃないけど、じゃあ…。
迅矢は箱から俺がピンキーだと言った指輪を取り出し、俺の左手を手に取った。
「これをお前に贈って、一緒に住もうって言ってやるつもりだったの。」
左手を迅矢に預け、なすがままになっていると、迅矢は薬指にその指輪を嵌めた。
サイズがぴったりで、その薬指で堂々と光っているその指輪と迅矢の言葉は、俺の涙腺を崩壊させるには充分すぎた。
「愛してる、加弦。」
迅矢に腕を引かれ、迅矢の腕の中に収まり、胸の音を聞く。
涙腺が崩壊した俺の眼からは大量の涙しか出てこない。
「俺と、一生生きて。」
これは、なに。
愛の告白?
永遠の誓い?
一生の証明?
ううん、なんでもいい。
どれでも構わない。
「迅矢…、好き。」
「もっと。」
「だいすき。」
「もっと。」
「愛してる。」
「分かってる。」
「離さないで。」
「離してなんて、やらない。」
迅矢に抱きしめられながら、ただ泣くことしか出来ない。
でも、幸せだ。
これ以上ないってくらいに、幸せだ。
「離してやれねーよ、もう。」
その一言で、完全に、落ちた。
仕事帰り、自宅に戻ろうと会社を出て少し歩いたところでいきなり腕を掴まれ、無理矢理タクシーに押し込まれた。
それから着いた先は腕を掴みここまで拘束してきた男のマンションだった。
マンションの部屋に入り、いつも通りリビングへと向かった。
そして、このように半ば拉致された理由を尋ねてみた。
すると、拉致した男、秋吉は眉間に皺を寄せて息を吐いた。
「なんなのって、こっちの台詞だし。」
こっちの台詞と言われても、それこそこっちの台詞だ、と思う。
そう思いつつ、秋吉は不機嫌そうに続けた。
「今日二十四日なの分かってる?なのに自分ち帰ろうとするし、まじなんなの。」
確かに、今日は自宅に帰るつもりでいた。
今年のクリスマスイブは金曜日で、仕事が終わったら家に帰って寛いで、明日のクリスマスはどうしようかな、なんて考えていたところだった。
そんな考えを余所に秋吉はさらに言葉を続けていた。
「明日休みなのに、」
その言葉に、食い気味に反論した。
「そんなら、誰か、」
「誰かひっかけろとか言う気じゃねぇよな。」
そう言われて、思わず秋吉の顔を見る。
あまりにも声が真剣で、どう聞いても怒っているように聞こえた。
先ほどからの不機嫌さが怒りまできたのだろうか。
少し驚いて、しまったと思った。
「何が悲しくて恋人にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ。」
その言葉にまた驚いた。
今、秋吉の口から、とんでもない単語が聞こえた。
何度も、何度も焦がれた単語が出たような気がした。
「セフレ、じゃなくて?」
そう小さく呟いた。
すると、秋吉はさらに眉間に皺を寄せて、先ほどより声を低くした。
「なにそれ。お前、セフレだと思ってたわけ?」
そのまま秋吉はスーツの上着を脱いで、近寄ってきた。
自分のネクタイを少し緩めて、俺のネクタイを引っ張った。
「まさか、俺じゃない別のセフレのとこ行こうとしてたとか言うんじゃねーだろうな。」
秋吉の顔が近づいてきて、さけることも、よけることも出来ずに固まっていると唇を合わせられた。
キスというより、唇に唇を触れさせているだけ。
このまま喋るだけで、気がおかしくなりそうになる。
そんな状態で、秋吉は唇を動かした。
「仮にお前が誰かに抱かれたとしても、赦すよ。お前にお仕置きという名のセックスを死ぬほど味あわせて、快感でおかしくなるほどに、」
唇が触れたまま喋られて、唇と唇が触れ合う。
こんなことするくらいなら、そのままいつものように乱暴なキスをされた方がよかった。
こんな寸前の、息を吹き込むようにされたら、本当に、気がおかしくなりそうだ。
そんなとき、秋吉は言葉を少し切り、俺の唇を舐めた。
「感じさせて。」
ゆるす、なんて、なんて傲慢な言葉なんだろう。
自分が何を言われているのか、分かるようで分からなくて。
分からないようで、分かってしまう。
所詮この身体は、秋吉だけを覚え込んで、秋吉だけを知っていて、秋吉に翻弄される。
秋吉以外の誰かに拓こうと思ったことも、秋吉以外の誰かに拓かれようと思ったこともない。
この身体が知るのは秋吉だけでいい。
この身体が覚えるのは、秋吉だけでいい。
そんな小さな願いは、想いは、秋吉には知られることなく存在している。
秋吉以外に、なんて、絶対ありえないのに。
秋吉は引っ張っていた俺のネクタイを放すと、俺の腕を掴んで寝室の扉を開けた。
そのままベッドへと投げ飛ばされて、ベッドに倒れ込む。
倒れ込んだ俺の上に覆い被さり、触れるだけのキスをした。
離れては触れて、そんな動作を何回も、何回も。
そして、先ほどと同じように、また唇を舐められた。
一通り気が済んだのか、唇を離して視線を絡める。
このまま絡めていたら、どう考えてもこちらが不利だ。
この熱い眼差しに、勝てたことなんてない。
覚悟を決めて、唇を開いた。
「…じゃ、お前は、誰かを抱いた腕で、」
「お前を抱くのか、…って?」
言いたいことが読まれていたのか、最初から用意していた言葉なのかは分からない。
俺が誰かに抱かれることはゆるさないと言った。
では反対に、お前が誰かを抱くとき、俺はなんと言えばいい。
それともお前は、俺は自分の許可なく抱かれることはゆるさないけれど、自分は誰を抱いてもいい、と、言うのだろうか。
俺は、お前に誰も抱くなと、言えるのだろうか。
言うことが、ゆるされるのだろうか。
「遊んだことがないとは言わない。今までセックスした全員を覚えてるかって言われても怪しい。でも、ちゃんとゴム着けて、避妊してる。」
その言葉に、目を見開いた。
前半はどうでもいい。
前半部分は今までにも聞いたことがあることだ。昔の話だと笑いながら話していたけれど、胸が痛くなりながら聞いたことを今でも覚えている。
だが、問題はそこではない。
問題は、後半の部分だ。
そんなことを考えていると、秋吉は俺のネクタイに手を掛け、一気に引き抜いた。
そして、ワイシャツのボタンに手を掛ける。
「お前、ゴム着けんの?」
「必要があれば、絶対。」
「必要が、ってお前、」
「使ったことないのにとかいうのかよ。」
引っかかった部分を聞いてみる。
考えてみれば、俺との行為でそれを使ったことなどないし、持っているところを見たこともない。
「使う必要ないだろ。」
ばっさりと切り捨てられるかのように言われ、胸が痛んだ。
そう言われれば、女ではない男の俺に使う必要など、ないと言われればないのだけれど。
そんな気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか。
秋吉はボタンを外したワイシャツを左右に広げ、俺の身体を見つめた。
「お前が男だからじゃなくて、お前を愛してるから。」
秋吉の逞しい指が俺の素肌を撫ぜる。
その指で、身体を這われたら弱い。そのことを知っている指は、もっとだ。
「お前の中に出すとき、すげーきもちい。いつも溢れるまで中に出すのはきもちくて好きだから。」
秋吉の指が素肌を這い、胸の飾りに辿り着いた。
指の腹で押されては撫でられ、弾かれる。
ふと秋吉の顔を見ると、今から楽しみにしていたプレゼントを開けるような。
サンタさんありがとう、って言ってるような、そんな顔をしている。
そんなときに聞こえてくる秋吉の声と言葉は酔いそうだった。
悪酔いしそうな、そんな癖のある声。
「でも、正直その後の後処理もそれなりに気に入ってんだよね。」
指で胸を弄りながら、秋吉は耳元で少し高めの声を出した。
俺が好きな声。
逆らえない声。
好きで堪らない声。
秋吉のずるいところは、俺がこの声に弱いってことを知っててわざと使ってくること。
「後処理してる最中で我慢できなくなって中出ししちゃうのも、お前を愛してるから。」
その声で、全身の力を無くさせて、抵抗する気も力も無くさせて、そしてお前は、俺の心まで掻き乱すんだろう。
そんな言葉で、そんな声で、そんな表情で、俺を封じ込めて。
お前の口から出てくるその言葉も、言葉さえも、恋い焦がれるほど魅力的なものけど。
秋吉は俺の耳に舌を這わせ、ひと撫で舐めてから耳朶を甘噛みした。
その小さな痛みで、辛うじて言葉を発することが出来た。
「本気で愛してるって言うならゴムくらい着けるだろ。」
言い分を、その言葉の裏付けとなるような言い分を、言ってみればいい。
本当にそう思っているなら、納得出来るように言ってみろ。
秋吉の指に弄られている胸の飾りに少しの意識を向けながら、そう言って見せた。
「それ、後から考えた。」
耳元にあった顔を上げて、俺の顔を見る。
ほら、まただ、その、余裕に満ちたような顔。
「でも、お前さ、中で出されるとすげーきもちいし、感じるだろ。」
そう言いつつ、秋吉は俺のベルトのバックルに手を掛ける。
なんだかんだといいつつも、眼で俺を掴んで離さず、視線を合わせたまま器用にスーツをずらし、その先の欲望を手にした。
「俺がゴムのこと気付いた時って、既にお前が中に出されることを快感に思ってからだったの。」
その欲望を手にした秋吉は、大切なものでも包み込むように持ち、ゆっくりとその欲望に口づけた。
ちゅ、と音が出るかのように先端から根元までキスを降らせ、その付近の二つの袋に舌を這わせ、ゆっくりと舐める。
舌先と舌の表面を使い、丁寧に舐めとってゆく。
「だったら、中に出してやりたいじゃん。」
すると袋から舌を離し、その厚めの唇を欲望の先端に持って行き、口の中へ招き入れた。
舌先で先端の窪みを愛撫し、根元までしっかり咥え込み、往復を繰り返す。
これまでの愛撫で欲望が少なからず反応を示していることが伺える。
その反応が、自分のものであるにも関わらず、憎らしい。
秋吉はそんな俺に気付き、視線を絡めてくる。そして少しだけ反応したその欲望から口を離した。
「こんなに愛してるのに、セフレとか…ありえねーだろ。」
当たり前だろう、と言われるように。
当然だろう、と言われるように。
それを全て許容しろと言われるように。
「お前以外を抱くわけねーじゃん。」
そんな、一生聞けないんじゃないかと思っていたような言葉を投げ掛けられて。
頼むから。
頼むから、これ以上、俺の中を掻き乱さないで。
掻き乱すな。
「で、どうなんだよ。」
「…別に、今日はお前、別の誰かのとこ行くと思ってたし…。…他にセフレとか、いねーし…。」
同意を求められ、素直に思っていたことを言葉に出した。
普段はそんなことを自分から言わないし、催促されても言わない。
それでも、秋吉の言葉を聞いた後だと、素直に言えた。
自分の言葉で、秋吉に伝えることが出来た。
「俺にはお前だけなんだけど、お前は?」
そんな秋吉の言葉にも、素直に答えられる気がした。
「…お前だけ。」
小さく、でもはっきりと言った。
それでも、秋吉は次の言葉を待っていた。
いや、次ではなく、その言葉を改めろと言いたいのだろう。
秋吉は、気付いてる。
気付いていて、それに乗っかってくれていた。
会社では、秋吉と呼び、金橋と呼ばれる。それは、ごくごく自然で、当たり前のこと。
だが、この部屋に入ってからは、そんな呼称は無意味なものとなる。
この部屋に入ってからその呼称を使うなんて愚かなことは、いくらなんでも出来ない。
それを行えば機嫌が最上級に悪くなることも、その後のことに支障が出ることも知っている。
だからこそ、敢えて使わなかった、使えなかった、その呼称。
それに秋吉は気付いていて、だから、同じように返してくれていた。
「………迅矢だけ…。」
「俺も、加弦だけ。」
名前を呼ぶ、たったそれだけの行為なのに、今日初めてのことだ。
秋吉と呼べばこちらが不利になる。それを理解した上で、三人称を使っていたことを、見抜かれていた。
名前を呼んで、お互いに見つめ合う。
秋吉は欲望を掴んだまま、身体を上半身の方へ戻し、そのまま唇に唇を合わせた。
今度は触れるだけではなく、貪るような、いつものキス。
意識が飛びそうになるほどの、強烈な激しいキス。
今日は意識が飛ぶことはないけれど、そのまま逃げられない行為に雪崩れ込むことは分かっていた。
そしてそのまま、秋吉に身を預けた。
「つうか、やっぱそうだったか。」
ピロートークの第一声は迅矢のそんな一言だった。
「やっぱってなに。」
思った通りにそのまま聞いて見ると、煙草に手を伸ばした迅矢が少し拗ねたように言った。
「セフレって思われてたわけね。俺恋人のつもりだったのに、すげーショック。」
そんなことを言われても、思っていたものはしょうがない。
本当に今日は、迅矢は別の誰かと過ごすのだろうと疑いもしなかったし、まさか自分と、なんて微塵も思っていなかった。
逆に言うならば、それほど迅矢を信用していなかったのだろう。
迅矢は一つため息をつき、煙草の灰を灰皿に落とした。
「今までにお前にやったプレゼント覚えてる?」
「ピンキーに、ピアス、ブレスにネックレス?」
ふと過去に貰ったものを挙げてみる。
その贈り物たちは、一体いつ貰ったものだっただろうか。
誕生日なのか、記念日なのか、去年のクリスマスなのか。
考えることも出来なかった。
「全部束縛アイテムなんだけどなぁー。」
そういえば、貰ったものは大体こんな系統のもの。
束縛アイテムだと言われて初めて気付いたが、そういえばこれらは束縛アイテムだ。
「で、今年はこれのつもりだったの。」
そう言われ、迅矢を見るとラッピングされた小さな箱を投げられる。
形状からしてプレゼントだ。
小さいからピンキーかピアス、そんなところだろうか。
「開けていいの?」
「お前へのプレゼントなんだから開けろよ。」
言われるままにラッピングを外し、見えてきたのは小さな箱。
その中の箱を更に開けて、眼を見開いた。
「………これ、」
思わず言葉が漏れる。
それを見た迅矢は、俺の方に手を伸ばした。
「ほら貸せ、嵌めてやっから。」
「…ピンキーなら、前に…、」
戸惑いながら言いどもると迅矢は声を高くした。
「本気で言ってんの?どう見てもピンキーじゃねーじゃん。」
本当に、どうみても、ピンキーじゃない。
ピンキーじゃないけど、じゃあ…。
迅矢は箱から俺がピンキーだと言った指輪を取り出し、俺の左手を手に取った。
「これをお前に贈って、一緒に住もうって言ってやるつもりだったの。」
左手を迅矢に預け、なすがままになっていると、迅矢は薬指にその指輪を嵌めた。
サイズがぴったりで、その薬指で堂々と光っているその指輪と迅矢の言葉は、俺の涙腺を崩壊させるには充分すぎた。
「愛してる、加弦。」
迅矢に腕を引かれ、迅矢の腕の中に収まり、胸の音を聞く。
涙腺が崩壊した俺の眼からは大量の涙しか出てこない。
「俺と、一生生きて。」
これは、なに。
愛の告白?
永遠の誓い?
一生の証明?
ううん、なんでもいい。
どれでも構わない。
「迅矢…、好き。」
「もっと。」
「だいすき。」
「もっと。」
「愛してる。」
「分かってる。」
「離さないで。」
「離してなんて、やらない。」
迅矢に抱きしめられながら、ただ泣くことしか出来ない。
でも、幸せだ。
これ以上ないってくらいに、幸せだ。
「離してやれねーよ、もう。」
その一言で、完全に、落ちた。
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