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2026/04/05 00:55 |
赤と黒の蝶  其の陸 懇願
紫蓮が莎子を連れて廃墟を出てから約数時間後。
辺りはすっかり暗くなっていて、場所は人通りの多い都市部に移っていた。
夜の街、夜中でも光が消えることなく街中がざわめきを持っているこの街の、とある高層ビルの一室。そこには、大企業の副社長室がおかれている。その部屋にいるのは二人の男で、二人とも黒い背広に黒板ネクタイをしている。一人は窓際にいて、もう一人は部屋に置かれたデスクの側にいる。デスクの書類を整理しており、かけている眼鏡を指で上げつつ仕事をする。その部屋の主である男が、夜の街の放つ光を眺めつつ、眠気覚ましのブラックコーヒーを口に運ぶと、突然部屋の電話が鳴り響いた。すぐに、仕事をしていた秘書が電話の受話器を持ち上げ、通話に応じる。電話を受けた秘書は相手が誰であるかを確認し、窓際でコーヒーに舌鼓している男に声をかけた。
「副社長、お電話が。」
秘書のその言葉に反応し、男は身体を翻しながら夜の街から室内へと視線を移す。
「誰だ。もうすぐ最終会議が、」
会議まであと十分。本来ならばもうこの部屋自体を出なければならない時間になっている。そんな中、たった今掛かってきた電話に対応することは出来ない。とあしらうところだった。
だが、言葉の途中でその言葉を遮ってまで秘書が相手の名を告げる。
「南条紫蓮さま、と仰って…。」
相手の名が出た瞬間、男は全ての動作を一時中断した。そして相手を再度確認する。
「…紫蓮?」
相手を確認した後、秘書から受話器を受け取る。そして電話の向こう側にいる人物に話の内容を促す。
「紫蓮、どうした。」
電話の相手は滅多に連絡を寄越さない者だが、寄越したら寄越したで何か付属品を持っている。それにしても連絡を寄越すこと自体が珍しい。何かあったのか、と心配をしてしまう。
『兄さん、お忙しい中すみません。携帯が繋がらなかったもので、こちらに…。』
すぐに自分の用件を言わず、初めに会社の電話に掛けてきたことを謝罪する。だが、今時分と連絡を取るならば、ここに電話を掛ける以外に方法はなかったはずだ。それを瞬時に思い出し、相手を宥める。
「別に構わない。こっちこそ昼の会議から電源を切っててな。悪かった。」
昼過ぎに行なった会議の際に携帯電話の電源を切って以来、携帯電話の電源を入れ直していなかった。普段ならば会議が終わり次第すぐに入れ直すところだが、今日はその後に欠かすことの出来ない会社絡みの会食が入っており、携帯電話をそのままにしていた。そのため、携帯電話が繋がらなかった原因や落ち度はこちらにある。手早く連絡を取りたいならばここに連絡するべきだと考えたのだろう。いつもならば人に頼ろうとはしない者が、自ら連絡を取ろうとしたのは何か自分の手には負えない訳があるはず。
「…で、どうした。」
用件は一体何なのか。核心を突くと、相手は言い難そうに引け目な態度の物言いをする。
『実は、…お願いがあります。』
〝お願い〟など珍しい。いつもならば自分でするであろうことを態々人に頼むということは、何かあるのかと思考を巡らせる。話を聞くと、相手が何を考えているかが何となく分かる。
「…分かった。調べる。」
一通り話を聞き、了解の相槌を打つ。
口調、雰囲気、癖、ちょっとした仕草。いろんなところに〝あの人〟の面影を感じて、思い出す。成長するにつれ段々〝あの人〟に似てきて、そんなとき改めてこいつは〝あの人〟の子なのだと実感する。
「…紫蓮。」
『はい。』
声すらも〝あの人〟に似ている。
不用意に名を呼んでも、何か言いたいことがある訳ではない。今まで職業柄、仕事が忙しくなかなか会う機会を作れなかった。もう何年も会っていないが、元気にしているだろうか。我が子を心配する親心とはこういったものなのか。
「いや、何でもない。」
そう言い、軽く挨拶をしてから通話を終え、受話器を元の場所へ戻した。
そして、ふと自分の中の全てが虚ろになる。
「………今でも思い出すな…。」
感傷に浸っている訳にはいかないけれど、思い出すのは、遠い日の〝あの人〟との記憶。



***


「兄貴!」
突然、書斎の扉が大きな音を立てて勢い良く開かれた。
自分を呼び、書斎に入って来たのは年の離れた自分の従弟(いとこ)。
いつもなら家の教育上、扉をノックし、返事を聞いてから入室するようにしているが、今日はそんな粗相を咎めるような日ではなかった。
「どうしたんだ、清芳(さやか)。」
机に向かい書類整理をしていた手を止め、勢い良く飛び込んで来た理由を問うと、今年十二になる従弟の清芳は太陽のような笑顔を向ける。
「子供!生まれたんだって!?」
子供とは、妻が妊娠していた胎児のことだ。今日、無事この世に生を受けた愛しい我が子。
産まれた胎児が男児であることは、出産までの定期検診で分かっていたが、誰にも話してはいない。我が家の、我が一族の大事な跡取りのため、親戚中が吉報を心待ちにしており、一人に報せると一時間後には一族全体に広がっていたようだ。
従弟の清芳がこの家を訪れたのはそのためだろう。
本来ならば、明日以降に正式な出生を報せる案内を出すため、今日挨拶に来る者はいない。皆、出産祝いの引出物などの手配に追われている。そんなことをまったく気にせず飛び込んで来るのは、清芳がまだ子供だということと、南条ではないということ。
「あぁ、今日の日付が回ってすぐな。丁度お前と一回り違う。」
干支が同じだな。
そう付け足し微笑むと、清芳は嬉しそうに返す。
「兄貴とは二回りだよね。」
干支、一緒だね。
その言葉を聞き、再度笑みが溢れる。
「俺とお前が一回りだからな。」
従弟の清芳とは丁度一回り違いのため、十二歳違うことになり、干支は同じだ。そしてそこに産まれたばかりの子供も加わることになる。丁度清芳と一回り違いだ。
「一回りずつ違うんだ。」
子供と清芳が一回り、清芳と自分が一回り。一回りずつという偶然に運命を感じたりもする。
「そっかぁー。…生まれたんだー。」
再度子供が産まれたことを実感する。母体の中にいたときから、産まれるのを純粋に誰より心待ちにしていたのは清芳だ。
「お前は俺の従弟(じゅうてい)だから、紫蓮は甥じゃなくて従甥(じゅうせい)だな。」
兄弟ならば甥だが、清芳との血縁関係は父と清芳の母が兄妹で従兄弟(いとこ)ということになり、名称としては〝従甥〟が当てはまる。そう言った後、清芳を見ると、きょとんとした顔をしていた。そして、そのまま口を開く。
「〝紫蓮〟?」
清芳は初めまして聞く名に多少の驚きを表したが、納得する事柄を述べるとすぐに馴染んだ。
「あぁ、名前だ。」
名前は前から決めていた。誰にも話していないとはいえ、産まれる前から男であることは判っていたのだから。
「〝紫蓮〟ってゆーのかぁー…男?」
清芳は産まれたばかりの胎児の名を呼び、性別を確かめた。名前の感じから性別を判断したのではなく、文脈から性別を導き出した。
「〝従甥(じゅうせい)〟って言ったってことは男だよね。」
この場合、男なら従甥(じゅうせい)、女なら従姪(じゅうてつ)と呼ぶことになる。これと同類の言葉で清芳を表すならば、従弟(じゅうてい)になる。一族が多いこともあり、直系から繋がる身辺関係や血縁関係は特によく教え込まれている。従甥や従姪など、十二歳の子が理解し、使えるものではない。それらのことを考慮して、それなりの教育を受けさせたため、文脈から答えを導き出すことは然程難しいことではない。頭の回転も悪くない。
「その通り。」
年の割によく勉強をしていて、よく回る頭を持っている。端から見れば生意気に見えるかもしれない。だが、壮大な家名にはそれくらいの度胸がなければならない。実質上、清芳は南条の者ではないが、一族の血を引いていることは確かで、両家の教育方針に従う謂れはある。まだ十二歳だが、不仲で今にも離婚届に印を押しそうな両親の間でさぞ苦しんでいるだろう。清芳は安らぎを求めてこの南条邸に顔を出すといっても過言ではない。幼いながらに苦しみながら、言われたことは全てこなしている。勉学も運動も作法もあらゆることを。そんな中、まだ芽生えたばかりの小さなものだが、行く末は期待できる。
「まだ会えないんだよね。楽しみだなー紫蓮。」
清芳は笑みを溢しながらそういうと、部屋の中央に位置する会談用の対するソファーの一つに座り込む。産まれたばかりの胎児のことを考えながら会える日を心待ちにしている。その姿がとても微笑ましい。清芳は今までずっと年上の大人に混ざって過ごして来たため、年下の血縁者が生まれることが未知数のことで楽しみなのだろう。
清芳の顔から笑みがなくなることがない。少しでも長く、笑顔でいてほしい。
そのために今出来ること。
「…清芳。」
小さくもはっきりと放った言葉に、重苦しさはなかっただろうか。とても大事な話があり、清芳の名を呼んだ。その呼びかけに、清芳は明るく聞き返す。
「何?」
微笑ましさを残している清芳を見て、話すための最終決意をした。
「紫蓮を頼むぞ。」
突然脈絡のない言葉を放ったが、清芳は思いの他、動揺していなかった。驚いてはいるようだが、動揺している様子はない。この言葉に込められた〝本意〟を瞬時に理解したのか。
清芳は驚いた顔を元に戻し、ただ一言、問いかけた。
「…兄貴?」
〝本意〟を理解したのか、していないのか、それは定かではないが、初めからあれだけの言葉で済ませるつもりはなかった。ちゃんと、はっきり言わなければならない。相手は未だ十二の子供。遠回しに言って通じさせるには若すぎる。
「俺に何かあったら、紫蓮を頼む。」
いつ、何があるか分からない。特にこの柵(しがらみ)の中、直系である自分や我が子はどんな〝事故〟に見舞われるか分からない。それが本当に事故なのか、仕組まれた事故なのか、分からなくなる程壮大な〝事故〟に。
直系が亡き者になれば喜ぶ一族はどれ程いるだろう。芽生えたばかりの小さな芽に対する悦びの祝辞を述べたその口で、その小さな芽を握り潰す算段を模索し、弔辞をも準備する。芽は早い内に摘み取っておかなければならないという原理であり、その時期はいつ来るか分からない。
だからこそ―――。
「紫蓮の支えになってやってくれ。」
この先、親がいつまでも護ってやれるとは限らない。一族内の直系という孤独の中で、親以外に頼れる者を作っておかねばならない。何かあったとき、心の拠り処になるように。
〝心意〟を理解したのか、放った言葉に重みを感じたのか、清芳はしばらくの沈黙の後にいつも以上の笑顔で返す。
「…分かった。兄貴には世話になってるからな。」
その笑顔が、いつもの素の笑顔ではなく、無理をして作った作り笑いだと分かっていた。余りにも重い物を背負わせてしまった罪悪感が身体中に残る。
だが、これからは清芳のこの笑顔に頼るしかない。
そう思い、そっと眼を閉じた。

「副社長、会議の時間です。」
秘書のその言葉に記憶の中から呼び戻される。
あの日から早くももう十七年が経った。あのとき産まれた直系がもう十七歳になった。月日が早く流れていても、どれだけの刻が流れても、あの日の〝あの人〟の顔が眼に焼き付いている。覚悟を決めた〝あの人〟を見た、最初で最後の日。
もう会議の時間。会社で行う本日最後の仕事だ。これが終われば、やっと自宅へ帰ることが出来る。
待っている人の元へ帰ることが出来る。
「あぁ、今行く。」
身辺の必要書類を手に持ち、秘書の待っている扉の近くへ行ったときだった。秘書が男を呼び止める。
「清芳。」
呼ばれたのは、会社の役職名ではなく、男個人の名前。
そう呼び止められ、少々驚いたような顔をしたが、その顔はすぐに元の顔に戻った。会社にいるときは極力名前で呼ばないようにしていて、呼ばれないようにもしている。会社にいるときは副社長と秘書だからだ。だが、その優しくも柔らかな呼び方は学生時代と何一つ変わらない。
そんな彼が好きだから、仕事をする際も秘書として傍に置いた。秘書は半分呆れたように口を開く。
「あまり無理をするなよ。」
その優しげな声と顔に、心地好さを覚えるが、そう言ってもいられない。ふと笑みを返し、ちょっとした可愛い愚痴を溢してみる。
「無理せずに頑張りたいが、無理せずにはいられねーんだよ。」
その小さな愚痴は、仕事上だと思わず、学生時代からの友人の労いの言葉に聞こえたことを、合うように言っただけ。学生時代ならすぐにこう言っただろう言葉。学生時代から続いていた友人関係も、仕事上ではないも同じ。それを承知で秘書になることを承諾してくれた。そのことがとても嬉しく、有難い。
その小さな愚痴に遊び心を加え、宥めるように言った。
「…その辺は解ってくれよ。」
解っていないという訳はないけれど、誰よりも解ってくれているだろうけれど。その言葉と同時に秘書の横を通り過ぎる。すると、秘書は眼を閉じ、軽く会釈をした。
「解っていますよ、副社長。」
友人としての会話はここまで。たった一時でも〝友人〟として息抜きをさせてくれてありがとう。ここからまた仕事上の関係に戻ることになる。でも、不思議と身体が軽くなった気がする。
「さて、行こうか。」
残すところ、大きな仕事はあと二つ。その内の一つを今から片付けに行かなければならない。
二人は今までいた副社長室を出て、会議室へと向かう。
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2017/05/24 19:26 | 創作男女 / 赤と黒の蝶

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