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2026/04/05 00:48 |
赤と黒の蝶  其の弐 告白
夜が明け、朝の六時半に設定された目覚まし時計が時刻を知らせる。ベッドの中から手を伸ばし、その響きを止めた。そして、ベッドから出て部屋の隅にあるクローゼットの中から制服を出し、カッターシャツに袖を通す。制服を着て、カッターシャツの襟にネクタイを通し、緩く結ぶ。机の近くにある鞄をひったくるように持ち、部屋から出る。部屋を出てすぐの廊下を歩き階段を下りる。階段を下りると、その足で洗面所へ行きある程度の身支度をする。身支度を終えるとキッチンダイニングに行き、紫蓮の食べる朝食を用意している千代に挨拶をする。
「おはようございます。」
紫蓮が挨拶をすると、千代は作業を中断し、軽く頭を下げて紫蓮に挨拶し返す。
「おはようございます。坊ちゃま。」
千代は紫蓮が六時半に起床することを知っていて、その前に南条邸を訪れ、いろんなことをする。紫蓮の朝食の用意を初め、掃除洗濯など家事一般をこなすのだ。
紫蓮は毎朝千代の用意した朝食を食べる。朝食の献立は白米に油あげとワカメの味噌汁、塩鮭といった日本の代表的な和食で、紫蓮はパンやミルクなどの洋食を好まないため、毎朝の朝食は和食と決まっており、これらを食べて学校へ行く。
千代はそんな紫蓮を眺めつつ、紫蓮の弁当を作る。そして、ふと何かを思い出したように紫蓮に声をかける。
「そういえば、坊ちゃま。先日行われた学力テストで、主席を取ったそうですね。」
それを聞き、紫蓮は動かしていた箸を止めて千代の話に応える。
「えぇ。主席は毎回のことですから。」
紫蓮が学年主席を取るのは今回に限ったことではない。入学して以来、行われてきた学力テストでは主席を保持している。それを当たり前のように守り続け、今に至る。
千代も紫蓮が主席から落ちることなど考えてはいない。今回の学力テストは千代が暇を貰っていたときに行われたもので、千代自身が直接テスト前後の紫蓮を見ていないため、今回のことを口にした。だが、紫蓮には小さな疑問が残った。昨日紫蓮が帰宅したときに千代は既に南条邸にいた。その後、紫蓮は千代にテストの話をしていない。千代はどうやって紫蓮の主席の話を知ったのか。疑問に思った紫蓮がそのことを問う前に、千代は自分から答えを放つ。
「祝さんに伺ったとき、流石坊ちゃまだと思いましたよ。」
この言葉に紫蓮は眼を丸くする。
祝といえば親友の河村祝以外にいるはずがないのだが、千代は一体いつ祝と連絡を取ったのだろうか。いつも情報を持っては来るが、今回はその場面を見ていない。祝が千代にどのように連絡をしているのか検討もつかない。
だが、気にしても仕方がないため、脳内で話を戻す。
「そんなことないですよ。今までもそうでしたし。」
朝食に出された味噌汁を流し込み、朝食を完食し、千代は満面の笑みで紫蓮を見る。
「それを当然のように保持することが難しいことなんですよ。」
千代の言葉に紫蓮は少し考え込み苦笑する。そして持っていた箸を箸置きの上に揃えて置いた。
「…そうですね。ご馳走さまでした。いってきます。」
その言葉に千代はゆっくりと頭を下げて見送りの挨拶をする。
「いってらっしゃいませ、紫蓮坊ちゃま。」
その言葉を背に受け、自宅を出ると、門の前には河村祝の姿があった。祝は紫蓮が自宅から出てきたことに気付くと、紫蓮に向けて朝の挨拶をする。
「おっす!」
「…河村。」
シレンは自宅前に祝がいても驚くことはない。祝が紫蓮を迎えに来るのは毎朝のことで、紫蓮の両親が他界してからはずっとしてきた恒例のこと。祝が自宅前にいても驚かないのはそのためだ。
「…お前、どうした?」
学校への行き道に祝は紫蓮にそう問いかけた。いきなりの唐突な問いかけに紫蓮は返事を一瞬遅らせた。
「…何が。」
どうしたと言われても、どうもしてないと答えるしかない。別にどうした訳でもないからだ。だが、祝はそんな紫蓮を他所に問いかけを続ける。
「何かあったろ。」
何かあったのかと言われればあったと答えるべきなのだろう。
昨日、あったこと。
老いぼれた黒い蝶から手紙が来て、自らを赤い蝶と名乗る髪の長い少女、莎子に会ったこと。
だが、それを言う気にはなれなかった。そのため、言葉を濁し答える。
「…別に。」
それだけ言うと、祝は紫蓮の顔を見つめ、それから視線を反らし、空を眺めた。
「ふーん。ならいいけど。」
二人はそのまま学校までの道のりをゆっくりと歩いて行った。

「やっぱ何かあったな。」
午前最後の授業が終わり、昼食を済ませたとき、紫蓮の傍にいた祝は呟くように紫蓮に告げた。
その言葉を聞いた紫蓮はすぐに否定を表す。
「別に何もない。」
そうは言っても祝は頭が回らない訳ではない。紫蓮が本気で言っていないことが分かっている。そのことを考慮した上で紫蓮に再度別の問いかけをした。
「…昨日の浴衣の話か?」
この言葉が出た瞬間、紫蓮は動きを止めた。
浴衣の話ではない。だが、そこで肯定しても否定しても、祝に全てを話す気にはなれない。それでも祝にその真偽まで隠すことをしたくはなかった。
「…いや、違う。」
そう言うと祝の顔が変わった。少し不満げに腕を組み、先程より強めの口調で問い質す。
「じゃ、違うことで何かあったんだな。」
その言葉が出た後、祝はすぐさま次の言葉を放った。
「まぁ、お前がそこまで言うならこれ以上追求はしねーけどさ。」
祝は自分が何度聞いても答えない紫蓮を見て、紫蓮が本当に隠しておきたいことだということが理解出来たらしく、それ以上追求はしなかった。それを感じた紫蓮も祝に申し訳なさそうにしている。
そのとき、教室の扉から紫蓮を呼ぶ声が聞こえた。
「南条!呼ばれてるぞ。」
その声は7同じクラスの男子のもので、声のした方を見ると、そこには声の主である男子以外に同じ学年の女子生徒の姿があった。紫蓮と祝はお互いを見合う。そして祝から紫蓮に一言。
「また熱烈な告白タイムか。」
二人の溜め息はお互いにしか聞こえていなかった。

「南条くん!好きです!付き合ってください!」
言われることは分かっていた。こうやって呼び出されるのは慣れている。言われる言葉もいつも同じ。返す言葉もいつも同じ。呼び出されたのは中庭で、大量の樹や植物が生い茂っている。校内で一番、告白場所に相応しい場所。
ここに来た回数を数えるだけ馬鹿らしくなってくる程、この場所は馴染みの場。祝は回数を数えているかもしれない。何度言っても慣れないけれど、言うしかないと割り切り、重い口を開く。
「…悪いんだけどさ、今はそういうこと考えられないんだ。だから、ごめん。」
風に黒髪が揺られ、右耳にしたつがいの赤と黒の蝶ピアスがよく見えただろう。
返事を返した瞬間の女子生徒は眼に涙を浮かべ、今にも泣きそうな顔をしている。だが、自分に言い聞かせているのか、重い口を開き必死に言葉を作り、出している。
「…あ…そう、ですか…。ありがとう、ございました…。」
そのまま深く頭を下げ、女子生徒は慌ただしくこの場から去って行った。その女子生徒と入れ替わりに祝が中庭に訪れる。紫蓮が申し出を断った娘の顔を見たのだろう。中庭の入口で樹に身体を寄り掛け、紫蓮を毒ついた。
「あーあ、またフっちゃったのかよ。結構、」
毒つきながらも紫蓮に近付き、紫蓮の肩に手を置いた。すると紫蓮はその手については何も言わず、祝が言うだろうことを先読みし先手を取る。
「『可愛い娘だったのに。』だろ。」
それを聞いた祝は眼を丸くしてから即座に笑い、紫蓮が言ったことに対し、小さく反論する。
「言い方がちょっと違うけど、まぁそういうこと。勿体ねー。」
いくら勿体無いと言っても祝が紫蓮同様、先程の娘(こ)に告白をされても、恐らく断っただろう。二人とも色恋に興味はない。
「そういうことに興味がないんでね。」
紫蓮の言葉がその事実を裏付けた。祝も紫蓮がそう言うことや思っていることを知っている。そのため、このような会話が平気な顔で出来るのだろう。
「知ってる。」
二人がそう言い笑い合うと、中庭の入口から声が聞こえた。
「あ、の!か、河村くん!」
その声に二人は笑いを止め、声のした方を見る。そこにいたのは、またもや同じ学年の女子生徒で赤面しつつ、祝のことを呼んでいる。その呼ばれた声に祝は昨日からの仕様で面白く反応した。
「ん?俺?何かにゃ?」
昨日も自分自身のことを〝ボクちゃん〟と呼称したり、おふざけのような言葉を放っていた。そのような言い方は祝のキャラではない。そのため、紫蓮は先程のことにも驚き、顔を顰める。
「お前、そんなキャラだったのか。」
紫蓮の問いに、祝は微笑みながら、
「こーゆーキャラになろうかと思って。」
と漏らす。それを聞いた紫蓮は少しだけ呆れるような顔をし、赤面している女子生徒に気を使い、祝の肩に手を置き、耳元で呟いた。
「…じゃ、先に行ってるぞ。」
紫蓮はそれだけ言うと祝の肩から手を放し、中庭を出て教室へと向かい歩く。紫蓮の言葉に祝は茶目っ気混じりに手を振りつつ返す。
「はいはーい。」
そしてそのまま女子生徒を見ては用件を促すのだ。用件など聞かなくとも判る。一週間のうちの数日をこの用件で満たすこともある。用件は分かっているが、最初から行く先を見てはいけない。
「で、何かな?」
祝は笑顔で、女子生徒を見る。その笑顔は先程紫蓮との間で話していた、今までの祝とはキャラ違いの笑顔だった。咋な作り笑い。そんな作り笑いを見ても、女子生徒の気持ちは高ぶるだけだ。
「あ、の!好きです!つ、付き合ってください!」
女子生徒は赤面しながらも祝を見て想いを告げた。
祝が告白を受ける回数は学校内でも秀でていて、紫蓮がいるためあまり知られていないが、紫蓮に次いで二番目だ。祝も紫蓮に負けず劣らずの容姿を持ち、学年次席の勉学も持つ。
人に好意を寄せられるのは紫蓮同様で、また、そんな女子生徒たちへの返事も紫蓮同様、全て断っている。
「ごめんね。今はそういうこと考えられないの。」
いつもとは違うキャラを作りながら、女子生徒の申し込みを困ったような苦笑でやんわりと断る。茶色の髪が困ったような苦笑とよく合う。そして、目の前の女子生徒には聞こえないくらい小さな声で、いつも通りのキャラを使い呟く。
「…紫蓮が一段落するまでは、な。」

「ただいまー。」
教室の扉を開けて、自分の席に座って読書をしている紫蓮に向けて帰還の挨拶をした。女子生徒の用件が済んだため教室に戻って来たのだが、戻って来た祝に紫蓮はただ一言、
「おかえり。」
とだけ返した。
祝はそのまま紫蓮の席の前に行き、昨日と同様に紫蓮の前の席に座る。そして紫蓮の机の方向に寝そべり、紫蓮の机を身体で占領する。その行動を先読みし、紫蓮は祝の身体をかわす。
「はー…何で皆、告白すんのかねー。」
呟いた言葉は自分の実体験から出た言葉で、告白された回数が多いことを示していた。
「断ったんだろ。人のこと言えないな。」
紫蓮も祝も、想いを告げられても応えられないから。と、今までに数知れずの乙女たちを泣かせてきた。今回の女子生徒も二人にとってはその中の一人でしかない。
「………紫蓮。」
自分の身体で紫蓮の机を占領していた祝が、ふと顔を上げて紫蓮を見た。その眼差しは先程のキャラ違いのふざけたものではなく、とても真剣なもの。その真剣な眼で祝は紫蓮に問う。
「冗談抜きで何かあったろ。」
その問いを聞いた紫蓮は不思議でならなかった。何故、祝だけ紫蓮の僅かな異変に気付くのか。
真剣な眼差しから眼を反らすのに時間がかかった。眼を反らすと同時に紫蓮は逆に問い返す。
「…何で、そう思、」
「紫蓮。」
紫蓮の言葉を先読みしていた祝は途中で言葉を遮った。
「他の奴等は誤魔化せても、俺は誤魔化せらんねーぞ。」
…誤魔化せない。
そう言われて紫蓮の心が揺れる。祝に全てを話してしまいたい。でもこの話をして祝に危害が加わるような結果になってはならない。紫蓮が何も言葉にしないのと同時に、紫蓮が頭の中で何かと闘っていることが分かった祝は静かに次の意を放つ。
「…別に、今話したくないならいいさ。」
それだけ言うと、紫蓮の席を占領していた身体を起こし、席を立つ。席を立った祝を見て、紫蓮は祝を呼び止める。
「河村。」
少しの沈黙の後に紫蓮は不思議を聞いてみた。
「………そんなに、様子違ったか…?」
いつも通り接しているつもりだった。それなのに、それを祝には気付かれてしまった。長年の付き合いだ。祝には分かってしまったのかもしれない。よく考えれば、紫蓮に近付くのも、近付くのを許されているのも祝だけだ。
それを恐る恐る聞くと、祝は微かに笑い、静かに、だが力強く言った。
「バレバレってくらいな。」
気付くのは俺くらいだろうけど。
そう思っていても、祝がそれを言葉に出すことはなかった。

「待て、南条紫蓮。」
放課後、いつものように紫蓮と祝が帰宅しているとき、後方から紫蓮を呼び止める声が聞こえた。その声に紫蓮と祝は足を止め、後ろを振り返った。振り返ると、そこには同じ制服を着た少年が一人立っている。少年の五十歩ほど後方には黒いベンツと複数の男たちの姿が見える。
「………誰…?」
その少年に心当たりがないらしく、紫蓮は長い沈黙の後にそう呟いた。すると隣にいた祝が素早く口を開いた。
「楠ヶ丘学園高学部二年B組十三番、浅草寺暁(せんそうじあかつき)。浅草寺財閥の御曹司。十五のときから大滝財閥の代表総取締役社長と張り合って自社の代表総取締役社長をやってるよ。」
楠ヶ丘学園とは紫蓮や祝も通う私立学校で、基本的には大企業の子息や令嬢など家の教育上、一般の公立学校に行かない者が通う学校だ。紫蓮も南条財閥の子息としてこの学校に通っている。また、紫蓮や財閥子息とは別の系統でこの学校に通っているのが祝だ。
祝だけではなく、特定の秀でたものを持っている者には通学資格が与えられる。だが、祝のように資格を持ち通っている者はごく稀でその資格が認可されることも極めて稀である。幼学部、小学部、中学部、高学部、全て合わせても資格が認可されているのは全体の一割程度。
祝はその僅かな一割の一人。記憶能力に秀でており、頭脳には数億もの情報が整理されている。そのため近辺では情報屋として有名だ。それだけの頭脳がありながらもメモ帳を常に持ち合わせており、それは所謂バックアップらしい。
そんな能力を持った情報屋と名高い祝には、これくらいの情報を何も見ずに話すくらい容易なことで、紫蓮もそんな祝との付き合いが長いため、それでこそ祝でそれが当たり前だと思っている。紫蓮はその情報を聞き、少し考え込み、記憶を探り出す。
「名前は聞いたことあるな。楠ヶ丘高学部二年って同級生か。それに…大滝財閥の代表総取締役社長っていうと…。」
楠ヶ丘学園は学部ごとに別れているため、会話の中では学部が優先され、学園名が略される場合が多い。
大滝財閥とは、今や日本の大企業、大財閥に名を馳せる一族であると同時に、いろいろなものを手がけている企業で芸能事務所や石油、自動車など、儲かるものを大々的に取り扱っている一流企業。その後を僅差で浅草寺が追いかけているという状態で、南条はその後になる。
だが、歴史で云えば一番古くからあるのは南条であり、紫蓮を現在の当主と数えれば相当なものなのに比べ、大滝も浅草寺も歴史は浅く南条には遠く及ばない。
そんな南条の直系の子息である紫蓮も、当然、一般知識として大滝と浅草寺のことは認識している。
記憶の中にあった情報を引き出す。
「…大滝星流(おおたきせいりゅう)、か。………大滝に浅草寺…。」
紫蓮が口にした名は浅草寺暁が張り合っている同い年の大滝財閥の代表総取締役社長の名だ。十五のときから大企業である大滝の代表総取締役社長をしていることは、当時業界にかなりの衝撃を与えた。それに続き浅草寺暁も浅草寺財閥の代表総取締役社長に就任した。
まだ子供と認識される年の者を代表にするなど、常識の範疇を越えていると話題になったものだ。
「どっちも南条と張り合える程の財閥さ。詳しく見てみると浅草寺より大滝の方が優れてる。南条は張り合いに参加してないみたいだけど、今のところ張り合っても大滝、浅草寺、南条と順位が付くだけだ。」
紫蓮は祝が言ったことを頭の中に入れ、脳内を模索する。
「それより、日本を代表する三大財閥の子息がみんな同い年とは…狙いすぎだろ。」
紫蓮の隣にいた祝が毒つく。
確かに、日本の上位三大財閥の子息が皆同い年なのは、企業の役員からすれば笑い事ではない。
三大財閥のうち、既に上位二位は後継者を直系の子息と決め、代表総取締役社長に就任させている。若年の子息に会社を担う重大な部位を任せるなど、そうそう出来るものではない。そのため、南条もその争いに便乗し、紫蓮を代表総取締役社長やそれ以外の上位役員に就けるのではないか、と考えているのだ。通常ならばまだ若い子息の前にワンクッション置くように年長の遠縁などを配置し、子息の経営者としての成長を待ってから重大な部位に就けるものだ。それならばそのワンクッションの間に、直系である一族の胸の内に入り、外部の者が会社の重要な部位を担うことも難しくはない。その隙も間も与えない上位財閥はそのことを先読みし、このような大胆な行動に出たともいえる。子息が皆(みな)同い年ということは上位の三大財閥が同じ手で来れば、為す術なしということになる。
「そういえば…葬儀に来ていたな。」
先程から何やら考え込んでいた紫蓮が急に口を開いた。
葬儀に来ていた。―――大滝と浅草寺が。
葬儀に、というのは四年前の両親の葬儀のことだろう。
各界の著名人だった紫蓮の両親の葬儀に同じ大企業の大滝と浅草寺が来てもおかしくはない。逆に言えば、来ない方がおかしい。
「…で、何の用だ。」
何故自分に会いに来たのか。用件があるならば、どんな用件なのか。
紫蓮は話を初めに戻す。
「浅草寺といえば利益を欲して手段を選ばないと聞いている。何か裏があるんだろ。」
浅草寺は対立している大滝と違い、何事にも手段を選ばないため、大滝よりも印象は劣る。この状況で紫蓮の元を訪れたのも、何か理由があってのことだろう。
紫蓮にそのことをつかれると、暁は少し顔を歪ませ嫌味や皮肉のように、掌を軽く合わせて拍手をした。
「ご名答。学年主席は伊達じゃないようだ。」
学年主席とは紫蓮のことを指しているが、この状況では本当に嫌味や皮肉のようにしか聞こえない。
紫蓮のことだからと、今まで極力口を挟んでいなかった祝も少々苛つく所があったのか、暁に向けて皮肉で返す。
「学年主席って、嫌味かよ。学年三位の浅草寺。」
それを聞いた暁はそれこそ嫌味だと言わんばかりに祝に食ってかかる。暁の目的は紫蓮のはずだが、余程その言われ方が気に入らなかったのだろう。紫蓮ではなく祝に敵意を向けている。
そして、目を細め言葉を吐き捨てるように放った。
「主席と次席がつるんでいる方が嫌味だろ。学年次席、情報屋で名を轟かせている河村祝。」
学年主席は紫蓮であり、その後に次ぐ次席にいるのは祝だ。そして三位の暁はその後ということになる。
暁は主席の紫蓮だけでは飽き足らず、次席である祝にまで喧嘩腰に当たる。自分より上にいる者への小さな抵抗なのだろうが、紫蓮も祝も根本的に相手にはしていないため、暁もこれ以上言っても無駄なことが分かっているだろう。その件をあたかも始めからなかったかのように流し、本題に入った。
「どうだ、南条紫蓮。南条と浅草寺、業務提携をして大滝を越えてみないか。」
浅草寺から南条への業務提携の申し入れ。浅草寺は余程大滝を越えたいのだろう。そうでなければ、このようなことを言っては来ない。大滝を越えるために手段を選ばないのなら、話は分かる。
「浅草寺と南条なら一夜で大滝を落とせる。」
不敵な笑みを浮かべ紫蓮を見ている暁に紫蓮は溜め息を吐き、暁を見据えてたった一言呟いた。
「…お断りだな。」
眼は遊びの眼ではなく、真剣な眼差し。
紫蓮が断りの返事を遊びや、いい加減な気持ちでしたのではないということだ。
紫蓮は暁の用件が南条の会社関係であることが分かったため、隣にいる祝に向けて先に行くように促した。
「河村、先に行ってろ。」
「はいはーい。」
紫蓮にそう言われると、祝はすぐに返事をし、少し笑いながら紫蓮と暁に背を向け、進むべき道を進む。
紫蓮は祝が歩いて行ったのを見届けると、暁に詳細を話した。
「悪いが、俺は南条の事業とは一切関わっていない。経営者にも、なる気はない。…他を当たってくれ。」
それだけ言うと、紫蓮は身体を翻し、暁には目も暮れず祝が歩いて行った道を歩き始める。暁は紫蓮の言っていることが本気であることも、浅草寺に良い印象を持っていないことも解っている。そのため、それ以上の詮索はせず、部下を連れてその場を後にした。
紫蓮は祝が歩いた道を行き、自宅へと帰ろうとしていた。
紫蓮が先に行けと言った祝は、事情を察し先にあの場を後にしたが、行き先が南条邸であることは変わらない。自宅に帰れば祝は紫蓮の部屋で大人しく紫蓮の帰りを待っているだろう。
そんな帰り道を歩いていると、紫蓮はふと立ち止まった。そして、妙な違和感がすることに気付く。誰かが紫蓮を見ている。だが、その誰かが判らない。その視線だけが判らない。
紫蓮は周りの変化や違和感に必要以上に敏感で、普段から周りのことは気を付けて見ている。視線を感じても、その視線の主が判らない。それはそうそうあることではない。嫌な予感を感じ取った紫蓮は、早々にその場を立ち去った。
紫蓮が視線に気付いたことを察知した為、視線を向けていた者はすぐさまその視線を違う方向へ向けた。向けたのはその者から見て丁度真後ろの位置。気配は消されていたが、長年の感覚で目的の人物がこの場に訪れたことを察知したのだ。
新しい視線の先にいるのは、黒髪に翠色の瞳をした比較的小柄な少年。
小柄と思うのは、その少年の年齢に似つかわしくないからだろう。年齢の割には少し華奢で、身長も低めだ。その少年は翠の瞳を、先程まで紫蓮に視線を向けていた者に向ける。そして、少年は口元を少し緩め、言葉を発した。
「久しぶりだな。飛乃(ひの)。」
少年は目の前の者を〝飛乃〟と呼び、久方ぶりの挨拶を交わした。
〝飛乃〟は少年と大して年の変わらないような少女で、今時珍しく立派な値の張りそうな着物に足袋と下駄を履き、手には小さめの巾着袋が握られている。腰まである長い黒髪の一部を頭の上で結い、その頭に簪を刺していた。
飛乃はゆっくりと身体を少年の方へ向け、身形を整えた上で少年の挨拶に答える。
「本当に久しいわね。翠月(すいげつ)。」
ゆっくり且つ、淡々と綺麗な物言いをする飛乃は少年のことを〝翠月〟と呼んだ。その独特の呼称からその名が少年の本名であるはずはないのだが、何らかの呼称として使われているのか、少年は嫌な顔一つせず、飛乃の挨拶を受けた。だが、飛乃はそう言った後、ふと何かを思い出したかのような顔をして少年を見た。着物ごと手を口元に持って行き、口元を隠す。
「あぁ…ここじゃ〝花山来夏(はなやまらいか)〟と呼んだ方がいいのかしら。」
少し楽しんでいるような、また面白がっているような、嘲笑ったような話し方。それを少年は何事もなかったかのようにあっさりと流す。
「どっちでもいいさ。」
少年にとって、〝翠月〟も〝花山来夏〟も自分を呼称するものであることは変わりなく、どちらでも構わないのだろう。呼称のことにはそれ以上触れることなく、少年、基(もとい)、来夏は自分の本題を進めた。
「どうだった?南条紫蓮は。」
来夏は飛乃がこの場所から密かに紫蓮の様子を伺っていたことを知っている。飛乃に紫蓮を見るように言ったのは来夏であり、来夏の申し出で飛乃がここまで足を運んだと言っても過言ではない。飛乃は来夏に問われたことを瞬時に理解し、核心をつく。
「…手強いわね。浅草寺暁の話に興味も示さなければ、深く関わりもしない。様々な要素を含め、あの大滝星流や浅草寺暁より優秀で聡明。あなたがここまで頓着するのも解かるわね。」
着物を揺らしながら手を動かし、髪の乱れを直す。紫蓮を思いの外強く絶賛した飛乃はその発言に責任を持っている。
紫蓮は大滝財閥代表総取締役社長である大滝星流より、浅草寺財閥代表総取締役社長である浅草寺暁よりも優秀で聡明である、と。
「浅草寺暁に南条紫蓮を取り込むように進言したのでしょう?それが裏目に出なければいいけど。」
暁に南条と業務提携をすることを進めたのは来夏であり、来夏は三大財閥の一つである暁に助言が出来るほどの位置にいるということが分かる。来夏は暁と同年代であり、割りと近い存在ではある。
来夏は意味もなく髪をかき上げ、少し苦笑しながら吐き捨てるように言葉を放った。
「大滝星流を今使うことは出来ない。」
この発言により、来夏と大滝星流とも何かしらの接点があることが分かる。来夏は三大財閥を手玉に取り、より利用しようと考えているのだろう。大滝星流も暁も共に来夏と交流を持つというのはどのようなメリットがあるのか。何にせよ、来夏の得体が知れないことに変わりはない。
飛乃は何処からか扇子を取り出し、口元を覆う。
「あの様子だと、何かしらの策が必要になるわ。」
来夏は腕を組み、何処か遠くを見ているような眼をしている。
「…だろうな。あいつはそんなに簡単な男じゃない。…四年前と何も変わってないしな。」
その言葉を聞いた飛乃は顔をしかめ、毒つく。
「四なんて不吉ね。…四年前、何かあったの?」
前半は毒ついたものの、後半は真剣に紫蓮との関係を問う。
「………あぁ。」
飛乃の問いを、来夏は長い沈黙の後に答えた。
それから、記憶の中を旅する。
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2017/05/24 19:19 | 創作男女 / 赤と黒の蝶

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